優しい鎮魂

天汐香弓

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本家2

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秋月さんと一郎さん、一郎さんの奥さんと娘さんの五人で食事をして秋月さんと客室に布団を並べて横になった。
「明日は分家への顔見せか」
「うちの親も来るんだろうな……」
「まあ、大丈夫だって、なにかあっても当主と俺が隣にいるから、な」
「うん」
知らない人たちの前に出るのは正直嫌だったが、秋月さんが隣にいてくれるならいいかなと思ってしまっている。
知らない場所で、秋月さんと言う心強い人がいてくれて本当に良かった。

朝食の後、水干という服に着替えさせられて、広間の横の控えの部屋で待つように言われた。
「あぐらでいいってさ」
秋月さんに言われてホッとする。
「いいか、お前は望まれて来たんだ。だから顔を上げてろよ」
「うん……」
膝の上の手をギュッと握り頷く。
そうだ、俺は次の当主になるんだ。そう自分に言い聞かせていると、一郎さんがやってきた。
襖の向こうに人が集まっている気配がして、胸をギュッと押さえた時だった。
「新君、行こうか」
「はい」
一郎さんに声をかけられ、立ち上がると一郎さんの後に続いて部屋に入る。
一郎さんの隣に腰を下ろすと、正面に大勢の人がいて、大きな家なんだとはじめて分かった。
「皆、集まってくれてありがとう。ようやく、私の力を受け継ぐ者が現れた」
一郎さんの言葉に「おお」と分家の人たちの間から声が上がった。
「異議あり!」
だがそんな中響いた金切り声と共に母が立ち上がっていた。
「当主様、そいつは無能です!そんな出来損ないではなくこちらの長男の数の方がーー」
「次期当主を前に出来損ないとは何事だ!」
母に腕を引かれ立ち上がった兄を前に一郎さんが怒鳴りつけた。
「そいつには能力はない!そんな無能に新のような力はない!新は我が一族に一人だけが受け継ぐ力を持っている!」
一郎さんはそう言うと、秋月さんの方を見た。
「不破誠一、美智子、数の三名は新への暴力、いじめ、養育放棄を行ってきた。よって本家からら縁を切る!二度とここに来るではない!」
その場にいた人たちが一斉にこちらを向き頭を下げた。
「そんな!私達は……」
「なんなら先日の暴行現場の動画をここで流しましょうか?」
隣にいた秋月さんがそう声を上げると母の顔色が変わった。
「な……、な……、なんでアンタが!」
「こちらは跡取りの新の恩人で、手続きを請け負ってくれている弁護士の秋月さんだ。秋月さんには今後、我が神社の法務担当をしていただく」
一郎さんの言葉に秋月さんが頭を下げた。
「それではこれから昼餉の準備に入る。縁を切った者以外は残っていただきたい」
そう言って一郎さんが両手を叩くと神社の職員の人たちが入って来て、両親と兄を広間から追い出した。
「それじゃ俺はあの親子に接近禁止を出してきます」
そう言って秋月さんが立ち上がって部屋を出ていった。
一言も話さないまま無事に話し合いが終わりホッとする。
「よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
一郎さんにそう声をかけられ頭を下げると、一郎さんがにこやかに頷いた。

食事会が始まり、目の前に置かれた膳に手をつける前に、知らない親戚の人が入れ替わり立ち替わりやってきた。
「新さんはおいくつですか?」
「あ、十八歳です……」
「それなら一郎様も仕込み甲斐がありますな」
「いえいえ、新さんの力もなかなかのものですよ」
話を聞くので食事も取れずにいると、秋月さんが戻ってきた。
「不破君食べてないんだ。食おうぜ」
「あっ、はい」
「おお、全然食べてないじゃないか。新君、食べて食べて」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げるとようやく食事がとれてホッとした。
夕方、食事会が終わり客間に戻って着替えをすると、敷いてもらった布団に仰向けになった。
「おつかれ」
「秋月さんも」
そう言って顔を見合わせた。
「明日、今後のことを話して終わりだそうだ」
「そうなんですね、早く落ち着きたいな……」
うんと伸びをして目を閉じる。当主になると言うことがどういうことかよくわからないが、精一杯頑張ろうと思っていた。

翌朝、目が覚めて5人で朝食を取ると、一郎さんから今後のことについて話があると言われた。
「秋月さん誓約書は?」
「はい。今後、新君に近づいたら罰金三十万という書面を書かせています」
秋月さんがそう言って書類のコピーを差し出した 
「さて、新君」
書類を受け取った一郎さんがこちらを向いた。
「ここを継ぐには講道館大学の神学科に通わなければならない」
「はい……」
「受験科目は国語、日本史、英語だ」
「俺、地歴だったので日本史は中学の範囲しか分からないです……」
日本史と言われ戸惑っていると、学校案内のパンフレットを開きながら一郎さんが頷いた。
「秋月さんもこちらの事務所に移ってもらう。それに合わせて、新君もここから予備校に通って欲しいんだ」
「えっ、じゃあ……」
「大学の退学の手続きや、退去の手続きは秋月さんとやってくれ」
「はい……」
あの部屋でたくさん出会った思い出や、バイト先の人たちにお世話になった思い出がある。
そういうのが全部リセットされるのが養子に行くということなんだとぼんやり分かった。
「寂しいかね」
「少し。でも人づきあいがあるのは秋月さんとバイト先の人たちだけで……」
「バイト先の人にもきちんとお礼を言いなさい」
「もちろんです」
頷くと、一郎さんが目を細めた。
「ところでバイトは何をしていたんだい?」
「ラーメン屋です。出来たものを運んで、後は皿洗い機に皿を置いて……そんな感じです」
「秋月さんは行ったことは」
「一度だけあります。店の常連に可愛がられているようでした。それに給食以外の食事はカップラーメンだったらしいので、バイト終わりに食べさせてもらえるものは何でも喜んで食べていたので、店主も喜んでいたように思います」
「新は本当に苦労してきたんだね」
腕を組んだ一郎さんの言葉に首を横に振った。
「でも、食べさせてもらえてただけ良かったと思います。俺、今の部屋に幽霊が訪ねてくるんですが、お腹を空かせて死んだ人がすごく多くて……それを思うと、一日一食、食べれるだけ良かったと思います」
慌ててそう言うと、一郎さんが目を細めた。
「君は、君のご両親を恨んでいないことが一番の美点だね。お友達が良かったのかな?素直に育ってくれていて良かったよ」
「そんな……ありがとうございます」
褒められ慣れていない俺には一郎さんの言葉は少し擽ったかったが、それでもこの家に来られることがとても嬉しかった。
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