優しい鎮魂

天汐香弓

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土の中の少女

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明かりを消してスマートフォンで青空文庫を読んでいると、シクシクと泣く女の子の声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
起き上がってみると薄汚れた服に髪がぼさぼさで裸足の女の子が泣いていた。
『お兄ちゃん、見えるの?』
「うん。どうして泣いてるか教えてくれないかな?」
『起きたら、パパもママもお姉ちゃんもどこにもいないの』
スンスンと泣く女の子に頷いて、女の子を覗き込んだ。
「家族のこと、好きなんだね」
『嫌い……みいなのこと叩くから。お家に帰らないともっと叩かれるの……』
わんわんと泣き出した女の子にどうすればいいか分からなくて「お父さんもお母さんもみいなちゃんのことを叩くの?」と聞くとみいなちゃんが頷いた。
『みいな、スプーン上手に持てないからこぼすと叩くの……歯磨きひとりで上手にできなくて歯が痛いと叩くの。お前はいない子だからビョウインには行かせないって……』
「酷いな……みいなちゃんが悪いわけじゃないのに」
『泣くと泣かなくなるまで叩かれるの』
きっと気絶するまで殴っていたんだろう。そう思うとやるせなかった。
「それは悪いお父さんとお母さんだね……」
『でもね、キャンプに行くって、車に乗って、初めて甘いお水飲ませてくれたの。そしたら眠くなって……だけど起きたらお父さんもお母さんもお姉ちゃんもいなくて、暗くて……土の中で……』
「え……」
すっと頭の奥が冷えていく。きっとこの子の親はこの子を山奥か何処かに埋めたのだ。
『でもお家に帰らなきゃまた叩かれるからずっと歩いてるの……ねえ、お兄ちゃん、みいなお家に帰れるかな?』
「あのね、みいなちゃん」
死んだんだとは伝えたくなかった。ましてや殺されたなんて伝えたくなかった。
震えそうになるのを堪えて顔をあげると笑顔を必死で使った。
「みいなちゃんはもうお家に帰らなくていいんだ。これからは神様がみいなちゃんのお父さんとお母さんになってくれるんだよ?」
『カミサマってなぁに?』
この子は神様も何も知らないのか、そう思うと余計に悲しくなってきた。
「神様はお空にいて、みいなちゃんみたいないい子のお父さんやお母さんになってくれるんだ」
『カミサマのところに行ったら、もう叩かれない?』
「ああ、きっとお友達もいっぱいできるよ」
『オトモダチってなに?』
「一緒に遊んでくれるお兄ちゃんやお姉ちゃんだよ」
友達の存在も知らないのならこの子はきっと家に閉じ込められて、暴力を受けていたんだと思うと悲しくなった。
『じゃあ、みいな、カミサマのところに行く』
ゆっくりとみいなちゃんの体が薄くなり消えていくと俺はホッと息を吐いた。
俺はたまに蹴られることはあったけど、俺に無関心な親だった。
あの子は親を探してたけど愛してたからじゃなくて自分の身を守るためだった。
そう思うとなんだかやるせない気持ちになった。
そして俺は横になるとそのまま眠りについた。

昨日のことで親のことを思い出したせいかあまりよく眠れた気がしないまま起きて顔を洗うと教科書を買いに行くために書類と空のリュックを背負って部屋のドアを開けると隣の部屋のドアも開いた。
「おはようございます」
そう挨拶すると、相手がジッとこちらを見てきた。
「何かついてます?」
「あんたその部屋いて平気なの?」
「え?」
「俺、この部屋七年以上住んでるけど、その部屋すぐに人がなくなるんだよ。あんたも何日持つか」
「ふーん、そういうことですか。大丈夫ですよ。それじゃ」
ペコっと頭を下げてその人の前を通りすぎるとなんだか無性に腹が立ってきた。
こちらは挨拶もしたのに返しもしないで変なことを言う。常識がないのかなと思いながらバスに乗り、指定された本屋で教科書を揃えてリュックに入れた。
「はぁ、重い……」
祖父母からもらったお金の残高を確認し、バスに乗り込むとスマートフォンを開いてバイトアプリでバイトを検索する。
バスを降りてアプリからバイトを申し込むとポケットにスマートフォンを入れて大学に向かって、健康診断を受けると部屋へと戻って食事をして寝支度をするとゴロンと寝転がった。
『動けない……』
「え?」
か細い女の子の声に起き上がると、左胸によしわらりかと書かれた女の子が立っていた。
「どうしたの?」
『お母さんどこ?』
「お母さんとはぐれたの?」
俺がそう聞くと女の子が首を横に振った。
『熱が出て防空壕で寝てたの。そしたら空襲が始まって……』
「ひとりで防空壕で待ってたの?」
こくんと頷いた女の子の不安そうな顔に、手を握ってあげたいと思った。
「えらいねぇ、ひとりで待てて」
『うん。朝ね、お母さんが芋を蒸して置いていってくれたの』
「おイモ美味しかった?」
こくんと女の子がまた頷いた。
『すごく甘かった……でももう忘れちゃった……』
「そっか。空襲の時お母さん来てくれた?」
そう問いかけると首を横に振って涙を流し始めた。
『爆弾が落ちて、土がいっぱい落ちてきて、だんだん苦しくなって……気がついたら知らない場所にいて……ずっとお母さん探してるの……』
きっとこの子の親ならもうこの世にはいないだろう。
「多分だけどねお母さんはお空でご飯作って待ってるんじゃないかな?」
そういうと女の子が目を丸くした。
『お母さん、お空の上にいるの?』
「うん。きっと待ってるよ」
『白いご飯もあるかな?』
「もう戦争も終わったからお腹いっぱい食べれるよ」
『ほんと?じゃあ、おかわりするの』
ゆっくりと女の子の輪郭が薄れていく。
「きっとお母さんがいっぱいご飯作って待ってるよ」
そう言って笑顔を見せると、女の子はとびきりの笑顔を残して消えていった。
「お母さんと会えるといいね」
昨日と今日、土の中にいた女の子たちを見送った。親に見捨てられ埋められた子と戦争の最中一人で死んでいった子と。
冷たい土の中から暖かい天国に行けますように、そう願うしかなかった。
みいなちゃんのようないない子と云うのは何なんだろう。家から出させてもらえず、誰にも存在を知られずに土の中で誰も見つけてくれずに待っている。それは寂しいだろうと思う。
そして防空壕の子は、きっと両親は防空壕に逃げ込むことも出来なかったのだろう。そんな中、防空壕が崩れ、生き埋めになったあの子はひたすら親を待ったのだろうと思うと、悲しくなった。
もしも自分が同じ立場になったなら、きっと誰も悲しんでくれないだろうなと思ってしまった。


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