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はじまりは突然に

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「好きです、俺と付き合ってください!」
ざわめく廊下が一瞬でシンとなり、小さな花束を差し出し腰を90度曲げて頭を下げる男と面食らっている男とをジロジロと見つめる。
「あ、あの……」
「浅葱行くぞ」
告白され困惑している男の腕を後からやってきた背の高い男がつかみ引きずるように歩くと廊下の階段のドアを押してその場を立ち去った。
「麻生、ごめん」
腕を引っ張られながら浅葱優が申し訳なさそうに声をかけた。
「あのバカ、懲りないよな」
ため息をついた麻生と共にビルから出ると、ランチのために近くの中華料理屋に入った。
先ほどの男は取引先の営業で、担当の優に一目惚れしたらしく、毎日のようにやってきてはアプローチをかけてくるのだ。
「断ったんだろ?」
「何度か断ったんだけど、付き合ってる人がいないなら、って」
エビチリ定食に箸をつけた優がため息をつく。
「じゃあ俺と付き合うか?」
麻生の言葉に優が目を瞬かせた。
「で、でも……そんな迷惑……」
「別に迷惑じゃない。俺もお前が好きだしな」
精悍な顔立ちで営業部のエースと言われる麻生の言葉に優の胸がドクンと鳴る。
「ところ構わずあのバカが来て、業務に支障が出るほうが迷惑だ」
バッサリとそう言って酢豚定食をかきこむ麻生の姿に淡い期待を抱いた自分を優は恥じた。
「そ、そうだよね……」
「とりあえず社内には報告しよう。それと今夜は俺のために時間を開けておけよ」
ふっと目を細めた麻生が優の頭をポンと撫でた。
優は入社当初から天使のような美貌と柔らかな物腰で人気があった。
営業より企画向きな性格もあって先方の企画にも携わることが多く、麻生も一目おいていた。
そんな優がここ最近山海商事の担当者に振り回され疲れ果てているのを見ると腹立たしかったのだ。
「それじゃ戻るか」
食後に出された烏龍茶を飲み会社に戻ると麻生が早速社内メールを開いた。
『私事ですが、営業部麻生圭は同じ営業部、浅葱優さんとお付き合いすることになりました。あたたかく見守っていただけると幸いです』
そう書いて送信すると部署内がざわついた。
「麻生さん、浅葱さん、おめでとうございます!」女子社員が手を叩き立ち上がって麻生が頭を下げると耳まで赤くなった優が俯いていた。
「麻生!浅葱!」
部長から呼ばれ慌てて部長席の前に行くと優も麻生の隣に立った。
「実は鳳産業から業務用エアコンについて詳しく聞きたいと話があってな。予定を見たらお前たちが丁度相手の都合と合うわけだ」
メモに示された日は確かに用のない日で麻生が優をチラリと見ると優が部長を見た。
「鳳産業と言うことは、工場設置ということでしょうか?」
「そこを聞いてくるのが君たちの仕事だ」
「分かりました。麻生、俺は工場をリストアップする」
「分かった」
キリッとした表情になった優が一礼をして資料室へと向かう。
鳳産業は今の社長が一代で築いた会社というだけで詳しくは知らない。
会社のホームページで見ていると、向かいの席の優は何かを打ち込みはじめている。
誰に何も聞かず調整をした部長は呑気でいいなと思っていると優からのチャット画面が開いた。
麻生のフォルダにデータ送ってるという文章に早速フォルダを開く。
所在地、広さ、それらのリストを見て、設置になると出張が必要だろうなと感じた。
「面倒なやつを押し付けられたな」
そう言いながら分析をしていると内線が鳴った。
「はい、麻生」
「すみません、山海商事の山海さんがおいでで……」
優でなくこちらに電話をしたということはそういうことなのだろう。
「今行きます」
そう言って電話を切り受付のあるフロアの入口に向かうと、大きな花束を抱えた男がいた。
「浅葱の恋人の麻生と申します。浅葱に個人的に会いたい方がいると聞いて来ましたが、私の恋人が何か?」
営業の時の笑みではなくはっきり相手を見据えると、相手がたじろいだ。
「こ、恋人……そんなの優から聞いてない!激昂した相手が掴みかかる。
「暴力は困ります。警察沙汰にしたいですか?」
冷たく言い放つと手を離した男が麻生を睨みつけた。
「お前みたいなやつから優を解放してやる!」
吐き捨てて出て行った男を見送ってため息をついた。
「連絡ありがとう」
「いえ……」
受付の女性に片手をあげて部署に戻るとドカッと椅子に腰を下ろす。
「浅葱、打ち合わせしたいから会議室いいか?」
「あ、うん」
立ち上がった優と会議室に入るとタブレットを出しフォルダを開いた。
「機械製造がメインなんだな」
「だからA2b型がいいと思うんだ」
「なるほどな」
商品知識の豊富さは流石だと感心する麻生に優が笑顔を向けた。
「とりあえず明日、話を聞いてプレゼンの資料を作らないとな」
「そうだな」
話を切り上げ部署に戻ると終業まで作業をした麻生が優の肩を叩いた。
「帰るぞ」
「あ、うん」
パソコンの電源を落とした優が立ち上がり麻生の隣を歩く。
「どこに行くの?」
優の問いかけに麻生がふっと目を細める。
「ちょっと良いところだ」
「なんだろう、楽しみ」
無邪気に笑う優と共にビルを出るとジュエリーショップに入る。
「麻生……」
「プライベートは名前で呼べよ、優」
片目を閉じるとリングが並ぶケースの前に立った。
「どれがいい?」
「どれって……」
「付き合う記念にペアリングがいいなぁって。虫避けにもなるだろ?」
「な……」
「俺と付き合うことにしただろ?」
「そ、そうだけど……」
偽装彼氏ではなく「付き合うか」と聞かれたことを思い出して優の耳が真っ赤になっていく。
「す、好きって……本気?」
「ああ。すみませんこれと、それとこれを出してもらっていいですか?」
今更ながら困惑している優に構わず肩を抱くと指輪をケースから出した。
「ほら」
優の指にひとつを嵌めてみる。
「うわー」
無限大をかたどったシンプルなリングに優が目を輝かせる。
「これがいい、です……」
「じゃあこれで、俺のサイズもありますか?」
カウンターの向こうに話しかける麻生の生き生きとした顔が眩しくて見つめているとふzつとこちらを向いた麻生がポンと頭を撫でた。
「飯食ったら、どこか景色のいいとこで渡すな」
どう返事をしていいかわからず首を縦に振るとふっと形の良い目を細める。
「一度ケースに入れるぞ」
「え……このままがいい」
咄嗟にそう言うと指輪を庇っていた。
「そんなに気に入ったか」
「うん……」
「絶対外さないって約束するならそのままでもいいぞ」
麻生の言葉に優が目を輝かせる。
「それじゃ、俺もお前に嵌めてもらおうかな」
ケースに入った指輪を差し出され優が麻生の手を取る。
「麻生の手、大きいね……」
「まあお前と違ってゴツいな」
「好きだな……」
優の言葉に麻生の頬が熱くなる。
「お前、その天然発言やめろよ」
指輪が嵌められ満足した麻生がポンと優の頭を撫でた。
ジュエリーケースだけの入ったショッパーを手に店を出ると目についた居酒屋に入った。
「改めて、よろしくお願いします」
「かしこまるなよ」
ビールを煽った麻生が笑顔を見せると優が赤くなって俯いた。
「でも……」
「俺が浅葱を好きなのは本当だ。そのお前が困ってるんだ、当然だろ?」
「お、俺も、麻生のことカッコイイと思ってたし……」
思わぬ優の言葉に麻生が今度は赤くなった。
「そ、そうか……良かったーー」
はぁと安心したように麻生が体の力を抜いた。
「その……本当にいいの?」
「好きなやつが他のやつに取られるのも、嫌な思いをするのも嫌だろ」
「そういう風に思えるとこ、麻生らしいよね」
優に褒められることは悪い気分じゃない。
「そろそろ帰るか。明日は鳳、行かなきゃだし」
「そうだね」
店を出ると麻生が時計を見た。
「心配だから送るよ」
「いいの?」
「ああ」
無言で歩いていると優がそっと麻生の手を握る。握り返すと視線の横で優の耳が真っ赤に染まった。
「なんかいいな、こういうの」
「うん……」
「そのうち仕事落ち着いたらデートしような」
「うん」
優の住むアパートが見えてきて階段を上がると麻生が足を止めた。
「シッ……」
優の部屋の前に花束を持った男がいて、麻生が音を立てないように優に告げるとゆっくりと階段を降りた。
「俺の部屋に行くぞ」
「うん……」
「あれはストーカーで警察に出した方がいいな」
「うん、そうだね……」
「それか、同棲するかだな」
麻生の言葉に優が真っ赤になって麻生を見上げる。
「ダメか?」
「ううん……迷惑じゃない?」
「どうして?好きな奴と住めるなら嬉しいだろ?」
「そ、そうなんだ」
恥ずかしそうな優の様子が愛おしい。
「ほら、コンビニで下着を買って行くぞ」
「うん」
繋いだ手を強く握りなおすと麻生は自分のマンションに向かった。

「ゆっくりしてくれ」
広い1DKのマンションに案内されて優が目を丸くした。
「こんなおしゃれなとこに住んでるんだ」
「ここは親父の持ってる不動産のひとつだから、オーナーとしてゴミ捨て場の管理するかわりにタダで住んでるんだよ」
「麻生のお父様ってすごいんだな」
「うーん、まあ、でもちょっと変わった人かな?そのうち紹介してやるよ」
背広を脱ぎシャツを脱いで上半身裸になった麻生がハッと気づく。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
そう言って洗面所に飛びんだ麻生に優がクスッと笑うと脱ぎ捨てられたスーツを拾うとソファーに放り出されていたハンガーに掛けて吊るす。
そして飲みかけのマグカップを洗って散らばった新聞を片付けていると麻生が出てきた。
「悪い、片付けてたのか」
「麻生の部屋ってもう少し整理してると思ったから意外だな」
「職場ではキチンとしてるんだがな」
「意外な面が見れて良かったよ」
クスッと笑う優に隣の部屋に行きシャツとジャージのズボンを突き出した。
「入って来いよ」
「うん」
優が洗面所に入っていくのを見送って麻生はソファーに座り込んだ。
「浅葱がいる……俺の部屋に浅葱が……」
内定式の時に隣に座って以来気になっていた優とふたりきり、しかもまんざらでもなさそうな雰囲気に胸がドクドクと音を立てる。
天使のような綺麗な顔で、優しい声で、呼ばれるだけでときめいていた相手が同じ空間にいるのだ。
「落ち着け、オレ……」
立ち上がり冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターの瓶を開け一口飲み込む。
「ソラン・デ・カブラスだ!一口頂戴」
洗面所から出てきた優が麻生の手にしたブルーのボトルを目にして目を輝かせた。
「あ、ああ……」
「ありがとう」
コクンと一口飲んだ優がパッと笑みを輝かせる。
「美味しい!ありがとう」
「あ、ああ……」
ナチュラルに口つけたよなと思いながらそっと口をつける。
間接キスでときめくとか、中学生かよ、そうひとり胸のうちでツッコミを入れて飲み干すと優の隣に腰を下ろそうとしてシャツしか羽織っていないことに気がついた。
「ジャージは?」
「サイズが合わなかった」
舌を出して笑う優がふふんと笑う。
「まずは新居決めて、それから引っ越し専門業者に荷物を運び出して貰おう」
「うん、麻生に任せるよ」
「そうと決まれば物件選びだな」
「うん」
頷いた優の頭をくしゃりと撫でて、麻生が息を吐いた。
「あー、なんか夢みてぇ……浅葱が隣にいるなんて」
「俺もだよ……内定式の時からカッコイイって思ってたし」
「俺も、内定式で一目惚れした」
顔を見合わせると互いに真っ赤になっていく。
「そ、そろそろ寝るか」
「う、うん。ソファー借りていい?」
「ダメ。布団で寝ないと疲れが取れないぞ」
「じゃ、じゃあ……麻生の隣で寝ていい?」
上目遣いで見つめら、大きく胸が音を立てた。
「も、もちろんんだろ……い、行くぞ」
隣の部屋を開け散らかったベッドに頭を抱えた。
「奥に行くね」
「ああ」
優が布団に寝転がると、トンと隣を叩いた。
「お邪魔します」
「自分のベッドだよ」
「そ、そうだな……」
「麻生の匂いがする」布団を鼻まであげた優がニコリと笑う。
反則だろ。そう心のなかで呟くと細い体を抱きしめた。
「大事にするから」
「うん」
張り裂けそうな心臓の音を聞きながら、ああ恋が始まったとそう思っていた。
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