オッさん探索者の迷宮制覇

蒼彩

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片翼の鎮魂歌

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 「いやなんかよぉ。俺の婆ちゃんが良く言ってたんだよ。翼は誰もが生まれた時から持っているんだと。いつ羽ばたけるようになれるのかは人によって違うらしいんだけどさ、俺は今がその時だと思うんだよな。ユウナ! マギー! 俺達は今日からフリューゲルだ。宜しくな!」

 赤毛の少年の言葉が心に浮かんでは消える。

「ちょちょちょ、駄目ですよぅ。もういつもユウナさんは強引なんですからぁ。あぁ! またそうやって! これはですねここをこうやって」

 私の短絡的な行動でよく迷惑をかけていたけど、そんな私にいつも優しい微笑みをくれたエルフのマギー。

 もう私達の翼は折れてしまったけれど、私達の軌跡は残したいにゃぁ。
 ねぇ二人供ちょっと私に似た後輩を見つけたんだ。
 もう笑っちゃうくらいそっくりなの。
 でもその子の命の灯が消えてしまおうとしているから、あの子の翼を私は守りたいんだ。
 見守ってくれるよね?

 まだ...皆と冒険していたかったにゃぁ

 少女の頬に一滴の雫が零れた。

---------

 ユウナの空気が変わった。
 ルナの知っているお茶らけた雰囲気など微塵もなく、熱気で身体から蒸気がオーラのように立ち込め身体中の毛が逆立つ。
 ユウナは一瞬でダンタリオンの間合いに潜り込むと、強烈な蹴りがジーニアスの顔を潰すように炸裂し後ろに倒れた。

 ダンタリオンを中心に渦巻く黒い靄が徐々に大きなうねりとなり王を包み込んでいく。
 ユウナは飛び上がると空中で身体を横に傾け、そのままに回転して勢いをつけると、勢いを増した宙蹴りがダンタリオンの頭上に落ちる。
 バランスよく着地したユウナは猫の脚力をいかしてゼロスピードから瞬時にトップスピードで間合いに入り、再度ジーニアスの顔面を狙った。

発勁はっけい!」

 掌の甲を二枚重ねて放つ衝撃波がジーニアスの鼻を陥没させてダンタリオンごと地面を転がった。
 ユウナの攻勢は止まらずダンタリオンを追い詰めていった。

---------

「ラズリー!」

 ルナは片翼の女王に向かって懸命に走る。
 もうすぐそこまでといった所で風の刃ウィンドカッター二本がルナを襲い両腕を深く刻まれた。
「いったぁ」 鋭い痛みを感じはしたがその歩みは止めず、冷静に魔法の飛んできた咆哮にボーガンを構える。

「あそこだ!」

 揺れる茂みに向かって放たれた矢は「衝撃インパクト」スキルと共に爆ぜ「ぴぃ」と声を上げた灰兎を仕留めていた。

「もう一匹」

 もう片側にボーガンを向け集中する。
 空気の歪みがこちら側に向かってくるのが見えて横に跳び、跳びながらもボーガンでスキルを付与した矢を放った。

「よし!」

 短時間で二体の進化種を討伐したルナは一目散にセーレの元に向かう。
 辿り着いたルナはセーレを優しく抱きしめ顔を見ると、そこには表情を苦痛に歪ませた女王の姿。

「ラズリー私の事覚えてる? 一緒に私と冒険に出よう? ねぇラズリー。お願いだから戻って来て」

 それは誰も、ルナすらも知らないユウナだけが見た幻想に包まれた光景だった。
 ルナがラズリーに語り掛ける時、ルナの背後には白銀の地面につきそうな程のながい髪を靡かせた絶世の美女が現れ微笑んでいた。

《長きに渡り清き魂を保ち続けた我が子よ。そなたに祝福を授けよう》

 少女の純粋な祈りに呼応するように現れた半透明の女性は一人と一匹をその手で包んだ後、眩い光に包まれてその姿を霧散させた。

 ペロっとルナの頬の涙を舐めとる舌の感触がくすぐったくて「ふふっ」と笑う。

「ルナ、苦しいデシ。どうしたのデシか? わわっ、ちょっなんなんデシか!」

 「ラズリー!」と叫び嬉しさにぎゅぅと強く抱きしめてしまい腕の中のラズリーは苦しそうにもがく。

「でも、なんとなく分かるデシ。僕はおそらく迷宮から解放されたのデシね。ルナ、有難うデシ」

 鼻先を合わせた少女達は互いに笑い合ったのだった。

 ルナはすぐに振り返りユウナの姿を探すと、手を振って大声で「ラズリーが元に戻った!」と叫んだ。
 ルナはその瞬間にユウナの戦う姿に見惚れ、その美しさは脳裏に焼き付く事となる。

 天女の如く宙を舞うユウナが次々と打撃技でダンタリオンを追い詰めていく。

「お前らのせいで、私達の夢は!」

 悲痛の叫びが拳に乗る。
 ユウナが噛み締めた唇が切れて血が滲む。

「これで最後にゃ!」

 大きく振りかぶった拳が、慟哭を上げ続ける眼球のないジーニアスに突き刺さり貫通する。
 ダンタリオンの身体からしゅぅぅっと大量の黒い靄が天に向けて放たれ、ジーニアスを取り込んだダンタリオンからジーニアスが消えて行き、骨格が元へ収縮していく。

「ユウナ」

 そんな彼女に声を掛けたのは上半身だけを起こしたヤナだった。

「おねえ...ちゃん」

 震える脚でゆっくりと立ち上がったヤナは「ユウナ!」と叫んで駆け出す。

 そして

 その抱きしめた筈の身体は通り抜けて行った。
 ヤナの瞳にはもう前が見えない程に涙が溢れる。

「女神ルーナフェリア様が最後に一つだけ願いを叶えてくれたのにゃ」

「ね゛がい゛?」

「そうにゃ。だってこのままお別れしたらお姉ちゃんが悲しむでしょ。最後に伝えたい言葉があったにゃ」

 喉がつまり返事もできないヤナの目の前にいるのは、亡くなった最愛の妹の身体が光を放ち消えゆく光景だった。

「な゛ぁに」

「もう泣かないで。私はお姉ちゃんのお陰で幸せだったにゃ。今まで有難う」

 もう重なり合う事のない二人の手が重なり合うと、ヤナは顔を覆い膝をつく。
 大半が消えかかろうとしているユウナは最後にルナにもう右腕しか残っていない拳を突き出しニっと笑う。

「ルナとも一緒に冒険したかったにゃ。まあまだルナはうち等の足元にも及ばないけどにゃ」

 ルナも涙を拭いてニッと笑うと

「ユウナなんてすぐに追い越してみせるんだからね」

 こつんと拳を合わせる。

「ルナには私のとっておきをプレゼントするから大事にするにゃ」

「ユウナ......ユウナァ!」

 ユウナに抱き着き叫ぶルナの頭をそっと優しく撫でると

「皆...ようやく私もそっちに行けるにゃ」

 呟きが爽やかな一陣の風にのって流されていき、ユウナのいた跡に残されたのは一枚の白い羽。
 ゴトっと岩が動く音がして二人は振り返るとそこには満身創痍のダンタリオンが立っていた。

 ヤナとルナの全身に絶望も相まって一気に脱力感が襲うが最後の力を振り絞って互いの武器を構える。
 そんな二人の肩を後ろからポンと叩き二人の間を何者かが通り抜けた。

「後は任せろ」

 月詠を右手に下げたレームが二人を守るようにゆっくりと歩を進めるのであった。
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