オッさん探索者の迷宮制覇

蒼彩

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片翼の鎮魂歌

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 片翼に傷を負い茂みの上に舞い降りた女王セーレ。 
 通常種と同じであれば雌は自身に魔法を使えない。
 丘に無数にある巣穴に風が入り込み迷宮に反響した音が迷宮の慟哭のように響いた。

 レームの月詠を持つ手から汗が零れる。
 その場の全ての視線が集中する先には、先程とは様子の違うダンタリオンがいる。
 その変化は劇的だった。

「なんやねんあれ」

 目が覚め起き出したリガルドが痛めた首を抑えながらもヤナの隣に立つ。

「やば~」

 唖然とするルナの声と、警戒を強める【黒鋼】のメンバー達。
 全長が一メートル程の二本立ちの兎の骨格がぐんぐんと大きく成長していく。
 骨が一度壊れて再構築される場面はとても気持ちの良いものとは言えず、誰もが息を飲んでそれを見守った。
 倍ほどの大きさと盛り上がる筋肉、そしてその首には金色に光る呪いの鎖の印が光る。

「あの鎖って指名手配の印じゃないのにゃ?」

 リリアナが驚愕に胃から込み上げてくる物を必至に堪えた。

「......気持ち悪い」

 慎重二メートル程にまで変身したダンタリオンの胸にはジーニアスの顔が浮かび、その両方の目があった場所に眼球はなく、ただの空洞となっていた。

「あああぁぁあぁぁっぁあぁぁぁぁぁぁ!」

 胸に埋まったジーニアスの口が開き大きな雄叫びを上げる。
 その嘆きの声にはまるでこの世の憎悪を凝縮したような怒りに満ちていた。
 ダンタリオンの閉じられた瞳が開くと、悪魔の如き真っ黒な眼光が真っすぐとレーム達を見た。

「怯むな!うおおお!」

 レームが月詠で斬りかかり、後ろから飛び越えるように狼のクロが双爪を振るう。
 結果的に月詠の斬撃は鋼鉄のようなダンタリオンの腕に防がれクロもろとも回し蹴りで一蹴される。
 ルナの矢とリリアナの投げナイフの援護を受けながらリガルドとヤナが飛び掛かった。

「くそぼけがぁ!」

 【金剛】で黒く変色した手甲で思いきりダンタリオンの頬を殴りつけ、利き腕を奪おうとヤナのククリナイフが回転しながらその筋肉に食い込んだ。が、ダンタリオンは微動だにせず、自身よりも少し大きいリガルドの首に手をかけ片手で持ち上げると反対の手がリガルドの心臓を貫こうと突き出された。

「がぁ!」

 掴まれた腕をスキル全開の力で強引に捻るが、ダンタリオンの突きはリガルドの腹を貫通して大量の血を流しながら投げ飛ばされた。

「ルナ! 上級傷薬だ! 援護頼む」

朔夜さくや!」 レームが刺突で突っ込んでいく。刺突をうっとうしそうに払うとすぐ様「おぼろ!」と本来は居合であるが身体の回転を利用して鞘を使わず横一文字に斬りつけ連撃は止まらない。

「上弦;五月雨さみだれ

 止まらぬ連撃とダンタリオンの脚には【電光石火】により一瞬で間合いに入ったヤナが応戦した。

 繰り出される刃が突如ぴたりと止まり、レームが押しても引いても刃先を掴まれた月詠はビクともしなかった。
 月詠はぐいっと強引に奪われ遠くへ投げられ丘に回転しながら刺さると、リガルドと同様ヤナとレームは首を掴まれ持ち上げられた。

 苦しそうにもがく二人。焦ったようにリリアナとクロが救援に走るが、ダンタリオンの太ももが一回り太く筋肉が盛り上がり、ダンっと高く飛びあがった。
 レームは必至に暴れ拘束を解こうとする。
 それはヤナは一度中級傷薬を使用しており、自身は上級の手持ちがもうなかったから。
 傷薬は一般的には効力の高い物を一度使用すれば、効力の低い物の効き目が一定時間酷く低下する。

「間に合え」

 自身も首にダンタリオンの指が食い込む中。腰からドロリスダガーを引き抜きヤナを掴む腕に刺した。
 鍛冶屋のダズの傑作である迷宮主素材から作られたナイフはその淡紅の煌めきを残光として残して腕に奥まで刺さる。
 たまらずヤナを手放したダンタリオンが小さく叫ぶと、その怒りを全てレームに押し付けるようにレームを頭から地面に叩きつけた。
 レームの視界が反転した直後暗闇に覆われた後に、意識を失った。

 ダンタリオンの腕から黒い血が流れ始めると、その瞬間に王の腕が金色に光り傷が完全に癒えた。
 それは完全にその場に残された探索者達の心を折るには充分な光景だった。

「......こんなん、どうすんねん」

「ヤナ...実は」

 リリアナから迷宮主の出現と共に迷宮の入口が閉ざされた事を聞かされたヤナの額に汗が滲む。

「勘弁してほしいにゃぁ」

 ルナが大きな声で叫んだ。 「皆さん! 来ます!」

 ダンタリオンの猛威は止まらなかった。
 地面ごと抉りとるハイキックはクロに止めを刺して召喚が解除される。
 リリアナは決死の覚悟で盗賊らしい身のこなしで拳を躱して斬りつけるが力及ばずに殴られ、人形のように岩に激突して動きを止めた。
 殴られた衝撃でボーガンを落したルナの目の前に立ち塞がるダンタリオンにレームから貰ったお守りのシーフナイフを構えるが、全身の震えで歯をカチカチと鳴らす。

「私の弟子になにしとんじゃこらぁ!」

 ヤナが俊足とスキルの剛脚で王の側頭部を思いきり蹴り上げると態勢を崩したダンタリオンがルナからヤナに標的を変える。

「ルナ! 逃げぇ!」

 着地をする前に頭を鷲掴みにされヤナはその場で何度も殴られ放り投げられた。

「や......やめて.......お願い...」

 ルナはぼたぼたと涙を垂らしながら懇願する。
 もう地面に転がって痙攣するばかりのヤナに静かにダンタリオンは歩み寄ると、両の拳をギュッと絡めて頭上にあげた。
 もう振り下ろすだけでヤナが絶命するのは明らかだった。
 ルナは膝をついた状態のままヤナに向けて震えた手を差し出す。
 ルナの絶望をさぞ楽しむ様に、今まで沈黙していた胸のジーニアスの表情が歪み、下劣な高笑いを上げた。

「やめてぇぇぇ」

 振り下ろされた一撃は粉塵を上げながらヤナの心臓を止めた筈だった。


「待たせてごめんね。ルナ」

 粉塵が晴れると衝撃でひび割れた地面にヤナはいなかった。
 少しだけ離れた場所から声がする。

 ルナは顔面をぐしょぐしょに濡らしてその声の主を見て涙をぬぐう。

「遅いよぅ。ユウナ」

 危機に現れたユウナは「ごめんごめん」と笑うと、愛おしそうな視線をヤナに送ると、丁寧にヤナを地面に降ろす。

「......ちゃん」

 その呟きは全部を聞く事が出来なかったが、一部だけが聞えたルナが呟いた。

「お姉ちゃん?」

 ルナはハッとして立ち上がりボーガンを拾う。

「こいつは私に任せるにゃ! ルナはラズリーを止めて。大丈夫! あの子の自我はまだ消えてない!」

 その言葉にルナは笑顔を作ると、ばんと頬を叩きレームの真似をして息を大きく吐きだす。


 その黒き瞳には覚悟が宿った。
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