オッさん探索者の迷宮制覇

蒼彩

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片翼の鎮魂歌

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 ブォン 大気を震わせながら斧の両刃がリガルドを掠める。
 
(これは『金剛』でも無理やろな)

 流石のリガルドにも一筋の汗が垂れた。

「さっきまでの威勢はどうしたよ」

 ジーニアスは高笑いを上げながら巨大な戦斧を振り回す。
 リガルドも隙を伺うが歴戦の探索者である相手は隙が見当たらなかった。

「ちっ、しくった」

 返す刃で太ももを抉られ血が流れ、肩で大きく息をつく。
 リガルドの武器は己の拳に嵌めた手甲であり戦闘のほとんどは徒手空拳によるスタイルだ。
 じりじりと傾いて行く形成にリガルドに焦りが生まれ始め、ジーニアスが振りかぶった斧の斬撃を手甲で受け止めた。

「おらぁ! これで終いだ!」

 ジーニアスの『剛力』に加えて鋭い斧の切れ味にリガルドの黒の鋼の手甲に切れ目が走り始める。

「おめぇの仲間の女は俺が可愛がってやるからよ。あの猫人はいい声出しそうだしなぁ」

 舌を出して下劣な笑みを浮かべるジーニアスの言葉に、リガルドの頭の中で何かがブチっと切れた。

「あん?」

 無言のままリガルドは徐々に戦斧の刃を押し返していく。

「ちっ、さっさと死ねや!」


 ジーニアスも負けじと柄に力を込めるが、それ以上リガルドを押し返す事は出来なかった。

「ワレは絶対に言っちゃいけねぇ事を言うたんやぞ?」

 互角の態勢まで押し返されたジーニアスはそれでも「だからなんだ」と笑う。
 リガルドの全身の筋肉が盛り上がり黒いたてがみが逆上がると、スキルの変化で金剛の如く硬くなっていった。

「パーティーってのは家族や! 同じギルドの仲間もそうや! 身内を傷付けるんは俺がぜってぇ許さねぇ!」

 咆哮と共に手甲で刃を弾き、弾いた刃を両の拳同士で思いきり挟んだ。
 ガンっという音と共に戦斧の刃が折れる。

 「なっ」驚愕の表情を浮かべるジーニアスだがリガルドの勢いは止まらない。
 左手で斧の柄を掴み、右手で相手の頭を掴みぎりぎりと力を込めると。

ゴン!

 リガルドの頭突きがジーニアスの顔面を強打し、手放された斧は遠くに投げられる。

ワォォォォォォン

 ジーニアスの首を無理矢理に掴みそのまま地面を引きずっていく。
 石を砕き土を抉ってもその進撃は止まらず、最後には丘に埋まった岩に叩きつけた。
 白目を剥くジーニアスの巨体を片手で持ち上げると「終いや」と口ずさむ。
 力を込めた右腕が硬化して膨れ上がり、腕を上段に構えると黒の手甲がキラリと光った。

「金剛拳」

 振り下ろされた黒き拳がジーニアスの胸を刺さり、もたれ掛かっていた岩を破壊しながら吹き飛んでいく。
 リガルドの高く上げた拳が勝敗が決したのを表していた。

 丘の中腹で見ていたヤナが涙を流す。
 復讐は何も生まないとは言え、ヤナの心の消失には今もやり場のない憎悪が渦巻いていたが少しだけ晴れたような気がした。




 それは二人の瞬き一つの間に起きた。

 黒い靄がジーニアスの身体から立ち込め始めたのだ。
 ヤナが直ぐに気付き遠くのリガルドになんとか伝えようと声を張り上げる。
 その様子にリガルドが気付き振り返った時、そこに合ったものは黒い靄に包まれた円形の何かだった。
 徐々に靄はジーニアスの体内に吸い込まれていき、ジーニアスがおもむろに立ち上がる。

「な、なんだこりゃ、なんかやべぇのは分かるが」

 ジーニアスの眼がかっと見開かれるとその眼は全てが漆黒に塗りつぶされており、瞳があった箇所に赤い灯が灯る。
 徐々に身体が伸縮し、すでにジーニアスだった物にその面影は残されていなかった。

 リガルドの全身にピリピリと圧が襲う。
 それは【黒鋼】が過去に対峙した事のある黒の迷宮主と同じ威圧感を感じた。
 闇の伸縮が終わり、中から生まれたのは黒い兎だ。
 リガルドの体格の半分程の全長の、この迷宮名を冠する白兎キラーラビットに色以外はそっくりである。
 無意識の内に身体に『金剛』を纏い黒の鋼鉄に身を包むと、リガルドは拳を構えた。

ペタ、ペタ

 ゆっくりと近づいて来る黒兎からは只ならぬ威圧と妖気が発せられた。
 リガルドの長年の勘が最大限の警鐘を鳴らし続ける。

「やったるわ!」

 ブンと繰り出されるローキックに手ごたえはない。
 「ちっ」と舌打ちをして見た先に黒の兎はいなかった。
 リガルドの耳に僅かに届いたのは尋常ではない風切り音、そしてその後直ぐに金剛石のように硬い身体がくの字に曲がり一瞬で意識を刈り取る程の衝撃に襲われるのだった。

---------

 リリアナと合流しルナを見つけられなかった事の報告を受けていたセシリアとトライデントの三人だったが、セシリアは取り敢えずトライデントを街に帰還させようと考えた。
 
「お前たち...」

 言いかけたその時、「おぉ、凄いなぁ。本当に入口に繋がってるんだね」と呑気な声が後ろからがやがやと聞えてくる。
 視線が集まった事に気が付いたレームは頭を掻いて片手を上げる。

「や...やぁ」

「やっぱりラズリーは凄いねぇ! あっ! ミネア! やほっ! ひっ! セシリア」

 セシリアが頭を片手で抑えたのは頭痛のせいなのか仲間の非常識な行動のせいなのか、まあどちら共だろう。

「お前達は...はぁ...もういい」

 合流した一行にラズリーの話を聞かせる。

「ふむ、確かに過去にこの迷宮の主の討伐は記録されているが、まさかそんな事がな」

 腕を組んで考え事をするセシリアにレームが聞く。

「迷宮主の詳細は分かっているのかい?」

「随分と古い記録だ。なにせ先代のギルドマスターの時代だからな。取り敢えず迷宮内で色付きの兎には気を付けろという注意書きと共に迷宮主は強大な力を持つ雄だけが出現したという記録があるだけだった」

 レームは先代のギルドマスターの事を思い出し苦笑いをする。
 なにせ先代は脳筋で細かい書類や記録を作成するタイプではなかったからだ。

「ラズリー、聞くが迷宮主は本来雄と雌の二体がいるという事でいいのだな? そして雄の‘王’は今まさに復活の兆しがあると?」

「そうデシ。とにかく皆この迷宮から逃げるデシ」

 ラズリーは異空間の中でも常時そわそわして何かに怯えていたがレームやルナは迷宮主に怯えているのだと思っていた。

「お願いだから早くここを去るデシ」

 セシリアに訴えるように願い出るラズリーは小さな羽をばたつかせ必死さが伝わる。

「すまないラズリー、それは出来ない、巣穴に向かった仲間を置いてはいけないからね」

 セシリアの返しに「そうデシか」と俯いた。
 その時、ラズリーの身体がビクっと震えた。

「あぁ、もう間に合わなかったデシ。ルナ...どうか生きて...」

 今にも泣きそうなラズリーがルナの顔を見て消え入りそうな声を絞り出した。

「だ、大丈夫!? ラズリー! ラズリー!」

 ルナの問いにもう答えは帰って来なかった。
 ラズリーが顔を上げた時、くりくりと可愛らしいアクアマリンのような瞳が漆黒に染まっていた。
 徐々に身体が空高く浮いて行くと、一定の高さまで飛んだラズリーは黒く大きな翼を広げ「ぴぃぃぃ!」と甲高く鳴き数本の黒い羽が舞い散る。

「ギルマス! 入口が!」

 リリアナの叫びに皆が視線を向ける。
 そこにあった筈の迷宮の入口は閉ざされていた。

「状況を整理するにどうやらラズリーがこの迷宮の女王だったようだな」

 セシリアの言葉にルナが絶句し、レームはこれから起こる悲劇に目を閉じたのだった。
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