オッさん探索者の迷宮制覇

蒼彩

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牙鼠の森

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 レームは迷宮の変化を肌で感じていた。
 空気が絡みつくように重く不気味な風の音が森の嘆きを体現させる。

「気を引き締めて行こう」

 レームの号令に後ろに続くセシリアとルナは真剣に頷くが、セシリアの表情はどこか嬉しそうだ。
 ルナはセシリアの空気の変化を敏感に感じ取った。

「セシリアさんどうかしたんですか?」

「あぁ不謹慎だったな。正直この背中を再び見る事が出来るとは感慨深いものだな」

 セシリアの瞳には若かりし頃のレームの姿が重なる。
 長い年月を経て狂おしい程に望み、既に諦めていた光景に瞳が潤むが、ルナに悟られないように笑った。
 今日のレームはいつも背負っている大荷物をルナの魔法鞄マジックバックにいれており、ギルドからのレンタルで借りた片手剣と自身のダガーを二本腰に装備していた。

「レームは剣も使えるんだね?」

「ふふふ、レームの剣捌きは中々のものだったぞ。この十年でどこまで鈍っているかを確認せねばならないがな」

 ルナの質問にセシリアが揶揄うように答え、辺りを警戒していたレームは聞こえてきたセシリアの言葉に頭を掻いた。

「あの...セシリアさんはその...あっ......やっぱりなんでもないです」

「遠慮する事はないさ。この右腕の事だろう? 戦闘では全く使えないがまぁ心配するな。これでも元銀級探索者でギルドマスターだ。右腕がないくらいで白の迷宮に後れを取る事はないさ」

 ルナはセシリアの言葉に驚き、「銀級探索者!?」と声を上げるが、セシリアが人差し指を唇に当て合図を送ると直ぐに口を閉じ辺りを見渡す。
 迷宮の入口が見えなくなる程の距離でレームが歩みを止めると隣にルナを呼んだ。

「ルナ。分かるかい?」

 傍目には何の変哲もない茂みと木々が続いているだけだが。

「なんとなく......こっちを見られてる気がする。なんかすっごい気持ち悪い」

「どんな魔獣もこの雰囲気だけは同じだ。全身で感じて覚えておくんだ」

レームは片手剣を鞘から抜くと「これが魔獣の殺気だ」と言い放ち一歩踏み込むと、前方の茂みから黒い塊が三体現れ鋭い鳴き声を上げた。

「群れる事を覚えたか、これは厄介だな」

 剣を構えたレームは視線を隣りに向けると、ルナの抜いたナイフの切っ先が震えている。
 視線を牙鼠に戻し庇うようにルナの前に出ると、牙鼠の一体に集中した。

~~~

牙鼠
単体で突進してくる鼠型の魔獣。
牙や唾液には麻痺を引き起こす成分があり、噛まれた箇所は数分の間麻痺を起こす。

~~~

 レームは鑑定のスキルが魔獣にも通じた事に口角をニヤリと上げた。

「ルナ! 落ち着いてよく見ておくんだ」

 チュ゛ウ! と鳴き声を上げて牙鼠は三体同時にレームに向かい襲い掛かってきた。
 横に避けて首の根元を刺すのが定石ではあるが、ただそれは単体の時のみの戦法に過ぎず、複数ともなれば避けた先で他の二体に食いつかれやられる可能性がある。
 レームは右足をしっかりと踏み込み剣を中段に構えると、もう長年彼を苦しませ続けた脚の痛みは存在しなかった。

 牙鼠の一体が飛び掛かって来る勢いを利用し、下から振り上げた刃は先頭の牙鼠の首を跳ねる。
 そのまま振り上げた刃をもう一体の牙鼠の胴体に振り下ろし、瞬時に二体の魔獣は絶命した。
 最後に残った一体は全身の毛を逆立たせ威嚇するように甲高く鳴いた。
 これは小動物型の魔獣が仲間を呼ぶ際に使う仕草である。

「牙鼠が仲間を呼ぶところなんて初めて見るな。やはり異変が起きているのは間違いないようだね」

 視線を横に向けるとルナの肩に手を置いたセシリアが戦闘の解説をしてくれていたようだ。

「この近くに広場があるからそこまで走るぞ」

 レームの号令により三人が木々の間を駆け抜け開けた場所に出た時、後ろから無数の足音が迫ってきた。
 迎え撃つレーム達の前には十数匹の牙鼠と、奥に一体だけ見知らぬ一回り大きな灰色の牙鼠が混ざっているのを見つけた。

~~~

大牙鼠
牙鼠の進化種。
???

~~~

 レームは即座に鑑定の結果を二人に共有する。

「ほぉ。牙鼠の進化種とは私も昔の資料で見た記憶があるが実物は初めて見る。それにしても鑑定とは便利なものだな」

 レームは片手剣を、ルナもレームから借りたナイフを構え、セシリアは何処からか刃のついた二節棍ヌンチャクを取り出した。

「来るぞっ!」
 
 掛声と同時に飛び掛かかってくる鼠達を、レームは片手剣で丁寧に捌いていく。
 ルナにも数体の牙鼠が襲い掛かるが、「ひっ!」っと目を閉じてしまったルナに牙鼠が牙を剥く。
 
(やばい! 死んだ!) と思ったルナの耳に届いたのは。

「ルナ! 恐れるな!」

 恐る恐る目を開けると、宙を舞うセシリアの周りを鋭い風切り音が飛び交い牙鼠が切り刻まれていく。
 ルナが思わず見惚れてしまう程に、片手のセシリアの演舞は美しかった。
 林の中から増え続ける牙鼠達にレームも奮戦し屍を積み重ねた頃、数体がルナの方へ抜けて迫り来る。

「ルナ! そっちに行ったぞ! やれるか!?」
 
 レームは焦ったように叫ぶ。

(やらなきゃ...やられる!)

 ルナは目の前に迫って来る牙鼠に対し、唇を血が出る程の力で噛み締め震える手指に力を込め無理矢理に抑え込むと、覚悟が決まった。

「はい!」

 大きく声を上げたルナは向かって来た牙鼠の一挙手一投足さえも見逃さないように集中し観察した。
 牙鼠が前脚に力を込め飛び上がる仕草をした時、ルナはダンっと地面を思いきり蹴りつけ横に飛んだ。まるでスローモーションのように眼の先を牙鼠が宙を舞う。
 ルナは握ったナイフを着地寸前の鼠の首筋に思いきり突き刺し、刃は首を貫通して地面に縫い付けるように牙鼠を叩きつけた。
 呼吸を忘れていたルナはゆっくり緊張と共に肺の空気を吐き出していく。

「最後まで気を抜くな!」

 再びレームの怒声が響きルナは顔を上げた時、ルナの指の震えはいつの間にか消えていた。
 今度は二体同時に迫って来る牙鼠に対しナイフを構えようとするが、地面と鼠の死体に深く突き刺さったナイフは中々抜けない。

 「ルナっ!」

 セシリアがルナの名を呼び助けに入ろうとするが距離がある。
 迫る牙鼠の感情のない冷酷な瞳にルナは恐怖に飲まれそうになるが、

「負ける......もんか!」

 ルナは歯を食いしばり思いきり握った拳を牙鼠の鼻先にめり込ませると、力を込めて拳を振り抜き牙鼠を吹っ飛ばした。
 しかし、体制を立て直そうとした矢先、その無防備な肩にもう一体の牙鼠が牙を突き立てた。

「あああぁぁぁ!」

 後ろに倒されたルナの身体に、思いきり噛みついて離れない魔獣の頭を外そうと必死に掴み揺さぶる。
 激痛によって溢れた涙を垂れ流しながらも、側に落ちていた未だに死体の抜けていないナイフを欲して手を伸ばす。

「これさえ...あれば」

 ルナが心の底から窮地を脱する為の刃を欲した時、殴った際に牙で切ったのか血が流れる右手が輝きだした
 眩しい光を発し徐々に収まっていくと、その手にはレームが良く使っている大き目のダガーが握られていた。

「うりゃぁぁぁぁっ!」
 
 ドスン!! 

 牙鼠の甲高い断末魔が響いた後、肩から牙が外れて地面に崩れ落ちる。
 迷宮の雲一つない空を見上げ、ルナはぎゅっと拳を突き出し勝利のガッツポーズを決めたのだった。

 セシリアはルナの勝利にホッと安堵の息を吐き、戦場を見渡す。
 最早十数匹の牙鼠に囲まれ襲われながらも、冷静に辺りを観察した。

「そういう事か」

 現役時代を彷彿とさせる笑みを浮かべたセシリアは状況の打破に動き出したのだった。
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