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本編
第35話 目が覚めて
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ロザリアは夢を見ていた。
それは床に伏せっていた母親の夢だった。
「ロザリア……」
やせ細った腕が、ロザリアに伸びる。
幼いロザリアの頬を撫でると、母ローズは悲しそうに眉を寄せた。
「もう少し大きくなったら、あなたはお母様のこの状況を理解してしまうのでしょうね」
優しく頬を撫でられる。
「でも決して忘れないで。私があなたを心の底から愛しているということを」
それから、とローズは続けた。
「言うか、言わないか、迷ったけれど。でもきっと、お母様は、長くはあなたのそばにいられないから……」
泣きじゃくるロザリア。
「お母様が本当に愛していた人は、あなたを絶対に助けてくれる」
ローズは静かに告げた。
「いつか、思い出して。その人の名前は……」
──アレイズ
◆
「……ん」
頬に柔らかな風を感じて、意識が覚醒した。
ロザリアが目を開けると、ぼんやりと見慣れぬ天井が視界に映った。
首を動かせば、真っ白な部屋。
どこかで見覚えがあるな……と思っていると、そばに誰かがやってきた。
「あら、目が覚めたのね」
「……? わたし、なにやって」
それは以前ロザリアが天球儀に頭をぶつけた際に治療してくれた女医だった。
どうやらここは、保健室のようだ。
ロザリアは思わず、がばっと起き上がってしまった。
「あら、だめよ。ちゃんと寝ていなさい」
「せ、先生、私は一体なぜ、ここに?」
おろおろとするロザリアを見て、女医は苦笑する。
「あなた、随分とやんちゃをしたようだけれど」
「え……?」
ロザリアは眉をひそめた。
昨晩からの記憶が、あやふやになっている。
ロザリアは一つ一つ丁寧に、何があったのかを思い出した。
「変な手紙が部屋に来て、それから、それから……!」
あっと声を上げてしまう。
そうだ、あの訓練場におびき出され、大勢の前で糾弾されたのだ。
真白とアリスを人質のような形にされて、理不尽な罵声と虚偽の罪での断罪を受けそうになった。
けれどロザリアは……。
「うそ、待って、私……!」
ロザリアはぼんやりと覚えていた。
自分が何をしてしまったのかを。
あのとき、あの夢の中の男と話した後。
ロザリアは確かに武具を召喚して、戦ったのだ。
そして訓練場を、破壊したのだ。
ぼんやりとしか覚えていないが、手にはまだ槍の感覚が残っているような気がした。
「私、なんてことを……!」
ベッドから飛び出そうとするロザリアを押しとどめて、女医は言った。
「あなたには休息が必要よ。ここでしばらくねむっていなさいな」
「でも……」
「いいから。別にいまさら、どうにもならないんだから」
くす、と女医は笑った。
「校長からのお達しなのよ」
「!」
「ゆっくり休んで、元気になったら、校長室に来るように仰せつかっているわ」
ロザリアは震え上がった。
(わたし……とうとう退学になるんだ)
あれだけのことをしてしまったのだ。
でも、もとから退学になると思っていたのだ。
これは当然の結末なのかもしれない。
(もしも退学になったら、アリスちゃんの働いているお店、紹介してもらおう。そこで働いて、自立すればいい)
そうだった。
ロザリアはもう知っているのだ。
自分の中にある強さを。
今はまだ、公爵から完全に逃げ切ることは無理なのかもしれない。
けれど、できることならある。
「そういえば、みんなは……?」
ロザリアが首をかしげると、女医は言った。
「怪我をした生徒はいなかったわ。さっきまで二年生の男の子が寝てたんだけど、元気になって出て行ったわよ」
(グレン殿下のことかな……?)
ロザリアはごくりとつばを飲んだ。
(退学になるだけじゃなくて、罪に問われてしまったらどうしよう……)
変な汗が頬を伝う。
(それに真白は……)
ロザリアが守り通したあの狼のことを思い出した。
「せんせ……」
ロザリアが声を上げようとしたとき。
ベッドを取り囲むカーテンがシャアっと開いた。
そこから顔をのぞかせたのは、アリスだった。
「あっ!」
目があうと、アリスはロザリアのもとへかけよってきた。
「目が覚めたんだね、ロザリアちゃん!」
ロザリアの手を握ると、アリスはへなへなと床へ腰を落とした。
「よかったぁ……」
「あらあら」
女医は苦笑すると、あまり長話をしないように、と注意して二人の元から去って行った。
「アリスちゃん」
ロザリアが床にへたり込んだアリスに声をかけると、アリスはびく、と肩を揺らした。
「あ……」
気まずそうな顔で、アリスはロザリアを見上げる。
ロザリアは、ごく自然に言った。
「アリスちゃんに怪我がなくてよかった」
「っ」
アリスは顔をくしゃくしゃにした。
ロザリアの手を強く握ったまま、涙を流す。
「ロザリアちゃんって……ほんと、優しすぎ……」
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
それは床に伏せっていた母親の夢だった。
「ロザリア……」
やせ細った腕が、ロザリアに伸びる。
幼いロザリアの頬を撫でると、母ローズは悲しそうに眉を寄せた。
「もう少し大きくなったら、あなたはお母様のこの状況を理解してしまうのでしょうね」
優しく頬を撫でられる。
「でも決して忘れないで。私があなたを心の底から愛しているということを」
それから、とローズは続けた。
「言うか、言わないか、迷ったけれど。でもきっと、お母様は、長くはあなたのそばにいられないから……」
泣きじゃくるロザリア。
「お母様が本当に愛していた人は、あなたを絶対に助けてくれる」
ローズは静かに告げた。
「いつか、思い出して。その人の名前は……」
──アレイズ
◆
「……ん」
頬に柔らかな風を感じて、意識が覚醒した。
ロザリアが目を開けると、ぼんやりと見慣れぬ天井が視界に映った。
首を動かせば、真っ白な部屋。
どこかで見覚えがあるな……と思っていると、そばに誰かがやってきた。
「あら、目が覚めたのね」
「……? わたし、なにやって」
それは以前ロザリアが天球儀に頭をぶつけた際に治療してくれた女医だった。
どうやらここは、保健室のようだ。
ロザリアは思わず、がばっと起き上がってしまった。
「あら、だめよ。ちゃんと寝ていなさい」
「せ、先生、私は一体なぜ、ここに?」
おろおろとするロザリアを見て、女医は苦笑する。
「あなた、随分とやんちゃをしたようだけれど」
「え……?」
ロザリアは眉をひそめた。
昨晩からの記憶が、あやふやになっている。
ロザリアは一つ一つ丁寧に、何があったのかを思い出した。
「変な手紙が部屋に来て、それから、それから……!」
あっと声を上げてしまう。
そうだ、あの訓練場におびき出され、大勢の前で糾弾されたのだ。
真白とアリスを人質のような形にされて、理不尽な罵声と虚偽の罪での断罪を受けそうになった。
けれどロザリアは……。
「うそ、待って、私……!」
ロザリアはぼんやりと覚えていた。
自分が何をしてしまったのかを。
あのとき、あの夢の中の男と話した後。
ロザリアは確かに武具を召喚して、戦ったのだ。
そして訓練場を、破壊したのだ。
ぼんやりとしか覚えていないが、手にはまだ槍の感覚が残っているような気がした。
「私、なんてことを……!」
ベッドから飛び出そうとするロザリアを押しとどめて、女医は言った。
「あなたには休息が必要よ。ここでしばらくねむっていなさいな」
「でも……」
「いいから。別にいまさら、どうにもならないんだから」
くす、と女医は笑った。
「校長からのお達しなのよ」
「!」
「ゆっくり休んで、元気になったら、校長室に来るように仰せつかっているわ」
ロザリアは震え上がった。
(わたし……とうとう退学になるんだ)
あれだけのことをしてしまったのだ。
でも、もとから退学になると思っていたのだ。
これは当然の結末なのかもしれない。
(もしも退学になったら、アリスちゃんの働いているお店、紹介してもらおう。そこで働いて、自立すればいい)
そうだった。
ロザリアはもう知っているのだ。
自分の中にある強さを。
今はまだ、公爵から完全に逃げ切ることは無理なのかもしれない。
けれど、できることならある。
「そういえば、みんなは……?」
ロザリアが首をかしげると、女医は言った。
「怪我をした生徒はいなかったわ。さっきまで二年生の男の子が寝てたんだけど、元気になって出て行ったわよ」
(グレン殿下のことかな……?)
ロザリアはごくりとつばを飲んだ。
(退学になるだけじゃなくて、罪に問われてしまったらどうしよう……)
変な汗が頬を伝う。
(それに真白は……)
ロザリアが守り通したあの狼のことを思い出した。
「せんせ……」
ロザリアが声を上げようとしたとき。
ベッドを取り囲むカーテンがシャアっと開いた。
そこから顔をのぞかせたのは、アリスだった。
「あっ!」
目があうと、アリスはロザリアのもとへかけよってきた。
「目が覚めたんだね、ロザリアちゃん!」
ロザリアの手を握ると、アリスはへなへなと床へ腰を落とした。
「よかったぁ……」
「あらあら」
女医は苦笑すると、あまり長話をしないように、と注意して二人の元から去って行った。
「アリスちゃん」
ロザリアが床にへたり込んだアリスに声をかけると、アリスはびく、と肩を揺らした。
「あ……」
気まずそうな顔で、アリスはロザリアを見上げる。
ロザリアは、ごく自然に言った。
「アリスちゃんに怪我がなくてよかった」
「っ」
アリスは顔をくしゃくしゃにした。
ロザリアの手を強く握ったまま、涙を流す。
「ロザリアちゃんって……ほんと、優しすぎ……」
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
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