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第14話 この身と引き換えに

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 怪我だらけの体に鞭打って走る。
 小屋を飛び出すと、あたりは薄黒い霧に包まれていた。

 雨のおかげか、森の炎は消えてしまったらしい。
 けれどほとんどの木は燃えつき、灰になっているようだった。
 風が森の灰を運んでくる。
 それらが人間を苦しめる瘴気の元であると知らずに。

 そこは寂れた小さな村だった。
 家々の並ぶ道には、大人や子どもが苦しげに呻いている姿が見えた。

「誰か、医者を!」

 叫ぶ声が聞こえて来る。

 ばか。
 これはお医者なんかでどうにかなるようなものではない。
 お前たちが森を焼いたせいで、こうなってしまったんだ。
 私は苦しむ人々の間を通り抜けて、森へ走った。
 首に嵌められた輪から、チリチリと音が鳴っていた。

 ◆

 森は焦げ臭い匂いを発していた。
 幼い頃、転げ回った草原も、抱かれるようにして眠った大きな木の根も、何もかもが消えて無くなっていた。
 私は走る。
 母なる大樹のもとへ。

「ドライアド!」

 焼け焦げたその木を見て、私の心はひんやりと冷たくなった。
 真っ黒な煤と変わり果ててしまったその木は、かろうじてまだその場に立っていた。私はそこに頭をすりつける。

「ドライアド、ドライアド……どうしよう」

 肉球を押し付けて、答えを乞うた。

「どうしたら、みんなを助けられる?」

 私は悲しくなって、そんなことをしている場合ではないのに、ぽろぽろと涙を流した。

『やっぱりクウ様は、お優しいですね』

 しばらく泣いていると、私を包むように優しく、懐かしい声が木から聞こえてきた。

「ドライアド……」

 顔を上げると、儚げな姿をしたドライアドが、私の前に立っていた。
 その姿は半分透けていて、もう私は彼女には触れないのだとわかった。

「ドライアド、私、どうすればいい?」

 みんな、苦しそうだったよ。
 そう問えば、彼女は悲しそうな顔になった。

『……森をこのようにしてしまった以上、この地を去るしか、彼の者たちを救う方法はありません。あなたの力も、今はないでしょうから』

「……」

『再びあの地に村を築きたいのなら、何年かかっても、この森の灰をよその幻獣がいる地へ捨て、浄化していただきなさい。そしてあなたはもう、ここにいてはいけない』

 私は悲しくなって、目を伏せた。
 やはりこの地をさるしか、もう方法は残っていなかったのだ。

『クウ様』

 ドライアドは苦笑するような、悲しそうな声音でいった。

『やっぱりあなたは、人間を嫌いにはなれないのですね』

「……」

 私は何も答えられなかった。

 ◆

 前世、私が覚えている最初の記憶は、ガラスケースの向こうにたくさん人間がいる光景だった。
 それ以前は母親と兄弟たちと一緒にいたような気もするが、早いうちに一人引き離され『ペットショップ』という場所で暮らしていた。

 一緒にゲージに入れられていた他の子犬はさっさと売れちゃって、なぜか私だけが売れ残っていた。
 私は柴犬という犬種だったのだが、『売れ残り』と呼ばれていた。
 他にも売れ残りの犬がいたけれど、彼らは知らないうちにどこかへ消えていた。私はなんだか嫌な予感がしていた。
 ずうっと、このままここにいることはできない。
 売れ残ってしまえば、何か悪いことがあるのではないかと。
 けれどそんな私を迎えに来てくれたのが、マキちゃんだった。

「ママ、この子にする!」

 そう言って手を差し伸べてくれたのは、六歳の、小さな女の子だった。

「ええ? ちょっと大きいんじゃないかしら……。顔もあんまり可愛くないし」

「やだ! マキ、この子がいいもん!」

「そう? まあ、いいか」

 こうして、私はマキちゃんの家に引き取られることになった。
 マキちゃんの家で過ごす日々は、幸福だった。
 人間と一緒に暮らすこと。
 それはあったかくて、優しくて、とても幸せなことだ。

 毎日ごはんをもらって、お昼寝して、お散歩。
 マキちゃんは毎日私をかわいがってくれた。

「あのね、今日は空っていう漢字を習ったの。空って、クウって読むんだって」

 マキちゃんが私を引き取ってくれた日は、空がとても青くて、綺麗な日だった。

「それにマキ、クウっていうジュース大好きなの。だから君の名前は『クウ』だよ!」

 私を抱っこして、マキちゃんはそういった。
 私は名前をつけてもらえたことが嬉しくて、ずっとしっぽを振っていたことを今でも覚えている。

 でも、十五歳を過ぎて、足腰が弱くなり、自分で排泄ができなくなった頃、私はマキちゃんの家族に捨てられた。

「犬にも介護があるなんて、知らなかったのよ」

「お前も仕事があるしなぁ。マキも就職だし」

 マキちゃんが、友達と旅行に行っていた時のことだ。
 ある晩、お父さんの車に乗せられて、私は山の中に一人で降ろされた。

「ごめんな。マキにはうまくいっとくから。元気でな」

 そういって、車は眩しい光を放って、去っていった。
 車を追いかけていって、ずっとウロウロしてたら、よく分からない人たちに捕まって。
 そして『保健所』と呼ばれる施設に連れて行かれた。
 
 私はそこで七日間、マキちゃんのことを待っていた。
 絶対迎えに来るって思っていた。
 でも、マキちゃんは来てくれなかった。

 私はとても苦しい死に方をした。
 小さな部屋に数匹の仲間たちと押し込められ、息ができなくなって、死んだ。 

 それから生まれ変わって、ドライアドや、森の精霊たちに出会った。
 彼女は私の悲しみを、まるで母親のように癒してくれた大切な人だった。
 前世の記憶があるせいで、私の中の何かはきっと、歪んでしまった。
 けれどそれ以上の歪んだ存在にならなかったのは、彼女のおかげだろう。

 だから私は人間なんか大っ嫌い。
 いつもいつもそうだ。
 あいつら、自分たちのわがままで私たちをひどい目にあわせるから。

 私たちが何かした?
 森を守って、自分たちの住処でおとなしくしているだけなのに。

 ただ放っておいて欲しい。
 なのに、なんで、なんで。


 なんで私は、こんなに人間のことが気になって仕方ないのだろう。

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