15 / 16
第14話 この身と引き換えに
しおりを挟む怪我だらけの体に鞭打って走る。
小屋を飛び出すと、あたりは薄黒い霧に包まれていた。
雨のおかげか、森の炎は消えてしまったらしい。
けれどほとんどの木は燃えつき、灰になっているようだった。
風が森の灰を運んでくる。
それらが人間を苦しめる瘴気の元であると知らずに。
そこは寂れた小さな村だった。
家々の並ぶ道には、大人や子どもが苦しげに呻いている姿が見えた。
「誰か、医者を!」
叫ぶ声が聞こえて来る。
ばか。
これはお医者なんかでどうにかなるようなものではない。
お前たちが森を焼いたせいで、こうなってしまったんだ。
私は苦しむ人々の間を通り抜けて、森へ走った。
首に嵌められた輪から、チリチリと音が鳴っていた。
◆
森は焦げ臭い匂いを発していた。
幼い頃、転げ回った草原も、抱かれるようにして眠った大きな木の根も、何もかもが消えて無くなっていた。
私は走る。
母なる大樹のもとへ。
「ドライアド!」
焼け焦げたその木を見て、私の心はひんやりと冷たくなった。
真っ黒な煤と変わり果ててしまったその木は、かろうじてまだその場に立っていた。私はそこに頭をすりつける。
「ドライアド、ドライアド……どうしよう」
肉球を押し付けて、答えを乞うた。
「どうしたら、みんなを助けられる?」
私は悲しくなって、そんなことをしている場合ではないのに、ぽろぽろと涙を流した。
『やっぱりクウ様は、お優しいですね』
しばらく泣いていると、私を包むように優しく、懐かしい声が木から聞こえてきた。
「ドライアド……」
顔を上げると、儚げな姿をしたドライアドが、私の前に立っていた。
その姿は半分透けていて、もう私は彼女には触れないのだとわかった。
「ドライアド、私、どうすればいい?」
みんな、苦しそうだったよ。
そう問えば、彼女は悲しそうな顔になった。
『……森をこのようにしてしまった以上、この地を去るしか、彼の者たちを救う方法はありません。あなたの力も、今はないでしょうから』
「……」
『再びあの地に村を築きたいのなら、何年かかっても、この森の灰をよその幻獣がいる地へ捨て、浄化していただきなさい。そしてあなたはもう、ここにいてはいけない』
私は悲しくなって、目を伏せた。
やはりこの地をさるしか、もう方法は残っていなかったのだ。
『クウ様』
ドライアドは苦笑するような、悲しそうな声音でいった。
『やっぱりあなたは、人間を嫌いにはなれないのですね』
「……」
私は何も答えられなかった。
◆
前世、私が覚えている最初の記憶は、ガラスケースの向こうにたくさん人間がいる光景だった。
それ以前は母親と兄弟たちと一緒にいたような気もするが、早いうちに一人引き離され『ペットショップ』という場所で暮らしていた。
一緒にゲージに入れられていた他の子犬はさっさと売れちゃって、なぜか私だけが売れ残っていた。
私は柴犬という犬種だったのだが、『売れ残り』と呼ばれていた。
他にも売れ残りの犬がいたけれど、彼らは知らないうちにどこかへ消えていた。私はなんだか嫌な予感がしていた。
ずうっと、このままここにいることはできない。
売れ残ってしまえば、何か悪いことがあるのではないかと。
けれどそんな私を迎えに来てくれたのが、マキちゃんだった。
「ママ、この子にする!」
そう言って手を差し伸べてくれたのは、六歳の、小さな女の子だった。
「ええ? ちょっと大きいんじゃないかしら……。顔もあんまり可愛くないし」
「やだ! マキ、この子がいいもん!」
「そう? まあ、いいか」
こうして、私はマキちゃんの家に引き取られることになった。
マキちゃんの家で過ごす日々は、幸福だった。
人間と一緒に暮らすこと。
それはあったかくて、優しくて、とても幸せなことだ。
毎日ごはんをもらって、お昼寝して、お散歩。
マキちゃんは毎日私をかわいがってくれた。
「あのね、今日は空っていう漢字を習ったの。空って、クウって読むんだって」
マキちゃんが私を引き取ってくれた日は、空がとても青くて、綺麗な日だった。
「それにマキ、クウっていうジュース大好きなの。だから君の名前は『クウ』だよ!」
私を抱っこして、マキちゃんはそういった。
私は名前をつけてもらえたことが嬉しくて、ずっとしっぽを振っていたことを今でも覚えている。
でも、十五歳を過ぎて、足腰が弱くなり、自分で排泄ができなくなった頃、私はマキちゃんの家族に捨てられた。
「犬にも介護があるなんて、知らなかったのよ」
「お前も仕事があるしなぁ。マキも就職だし」
マキちゃんが、友達と旅行に行っていた時のことだ。
ある晩、お父さんの車に乗せられて、私は山の中に一人で降ろされた。
「ごめんな。マキにはうまくいっとくから。元気でな」
そういって、車は眩しい光を放って、去っていった。
車を追いかけていって、ずっとウロウロしてたら、よく分からない人たちに捕まって。
そして『保健所』と呼ばれる施設に連れて行かれた。
私はそこで七日間、マキちゃんのことを待っていた。
絶対迎えに来るって思っていた。
でも、マキちゃんは来てくれなかった。
私はとても苦しい死に方をした。
小さな部屋に数匹の仲間たちと押し込められ、息ができなくなって、死んだ。
それから生まれ変わって、ドライアドや、森の精霊たちに出会った。
彼女は私の悲しみを、まるで母親のように癒してくれた大切な人だった。
前世の記憶があるせいで、私の中の何かはきっと、歪んでしまった。
けれどそれ以上の歪んだ存在にならなかったのは、彼女のおかげだろう。
だから私は人間なんか大っ嫌い。
いつもいつもそうだ。
あいつら、自分たちのわがままで私たちをひどい目にあわせるから。
私たちが何かした?
森を守って、自分たちの住処でおとなしくしているだけなのに。
ただ放っておいて欲しい。
なのに、なんで、なんで。
なんで私は、こんなに人間のことが気になって仕方ないのだろう。
0
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する
清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。
たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。
神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。
悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
姫軍師メイリーン戦記〜無実の罪を着せられた公女
水戸尚輝
ファンタジー
「お前を追放する!」無実の罪で断罪された公爵令嬢メイリーン。実は戦いに長けた彼女、「追放されるのは想定済み」と計画通りの反撃開始。慌てふためく追放する側の面々。用意周到すぎる主人公のファンタジー反逆記をお楽しみください。
【作品タイプ説明】
イライラ期間短く、スカッと早いタイプの短期作品です。主人公は先手必勝主義でバトルシーンは短めです。強い男性たちも出てきますが恋愛要素は薄めです。
【ご注意ください】
随時、(タイトル含め)手直ししていますので、作品の内容が(結構)変わることがあります。また、この作品は「小説家になろう」様「カクヨム」様でも掲載しています。最後まで閲覧ありがとうございますm(_ _)m
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる