転生もふもふ九尾、使い魔になる

美雨音ハル

文字の大きさ
上 下
13 / 16

第12話 愚かな女

しおりを挟む

「まあ、本当だったのね、幻獣が見られるというのは!」

 その場違いな女が現れたのは、私がここへ囚われて三日ほどがたったときだった。

 怪我の具合はずいぶんよくなったが、相変わらず体は重く、動くことができない。多分、この拘束具に何か呪いのようなものがほどこしてあるのだろう。

 あの男はどこまでも私を苛立たせてくれる。
 あの男といえば、ときたま小屋を出て行くものの、ほとんどの時間を私のそばで過ごしていた。
 ただぼんやりと。

「これが幻獣……美しいわ。しっぽに宝石がついているわね?」

 その女は、十代後半くらいだったろうか。
 デコルテの大きく開いたドレスに、小さな日傘を持って、小屋の入り口からこちらを覗いていた。
 お付きの人が、そんな彼女を危ないから下がるようにと窘めている。

「大丈夫よ。わたくし、動物には好かれる自身があるの。とくにこのような赤子にはね」

 女はそう言うと、日傘をお付きのものに渡して、静かにこちらに近づいてきた。
 シリウスはそれを止めずに、じっと見つめていた。
 女はすぐそばまで来て、しゃがみこんだ。

「なんと愛らしいのでしょう。それなのにこんな待遇じゃ、かわいそうだわ」

 女は心底私を哀れむような目で見た。

「わたくしが、あなたをお家に連れて帰りましょう」

 ……。

「お父様、飼ってもいいでしょう?」

 女が振り返ると、やたらと恰幅のいいオヤジが、小屋に入ってきて私を覗き込んだ。

「なんだ、美しい女の姿をしていると聞いていたが、違うのか?」

 絡みつくような視線を向けられる。

「どのみち、このように弱った幻獣は貴重だ。我々(にんげん)の手で保護しなければな」

「やったわ! おうちに連れて帰っていいのね?」

「ああ」

 女はきゃっきゃとはしゃぐと、私に手を伸ばしてきた。

「あなたも森で暮らすより、うちに来た方が幸せよ。私の家には、なんだってあるから」

「……」

「あ~もふもふさせてくださいませ」

 ──気色の悪い女だな。

 私は残った力を顎(あぎと)に集めて、思いっきり噛み付いた。

 ブチブチブチ!

 と筋繊維の引き裂かれる音が脳内に響いた。

「ひぎゃぁああっ!?」

 ぺっ。
 まんずい血。

「ひっ」

「人間。これ以上私を失望させてくれるな」

 血が吹き出す。
 みるみるうちに、その美しい顔は恐怖に染まった。

 親指と人差し指の間の水かきを噛みちぎってやった。
 女は悲鳴をあげ、周りにいた人たちからは怒号が上がった。

「おい、何をぼやっとしている! 早く手当をしろ!」

「お父様、指が、わたくしの指がぁっ!」

 慌てている人間たちを見て、私は鼻で笑った。

「このくらいで喚くなよ。これからはもっと、この土地でひどいことが起こるんだから」

「こんのっ!」

 びっくりした。
 女は顔を歪めて、ハイヒールで私の体を踏みにじったのだ。
 めちゃくちゃに蹴られて、死ぬんじゃないかと思った。
 サイコパスすぎん? こいつ。
 女は私の体の上で暴れ、周りは唖然としたようにそれを見ていた。
 その状況を止めたのは、意外にもシリウスだった。

「お前は……」

「俺が管轄している幻獣に、勝手なことはやめろ」

「管轄?」

 ハゲ親父はハッとしたような顔で、シリウスを見た。

「まさか、お前……幻獣管理局のものか」

 シリウスは肯定も否定もしなかった。
 瞼を伏せて、暴れる女の腕を掴むだけだ。

「嘘だ。俺が依頼したのは、もぐりの狩人だぞ!」

 何も答えないシリウスを見て、ハゲ親父ははっとした。

「まさかお前……シリウス・レイ執行官か」

「……」

「そうだ、その黒髪と黒目に、人形のような生白い顔」

 途端に、ハゲ親父の顔にみるみる嫌悪が浮かんで行った。

「はっ。触るな、汚れがうつる」

 なぜそのような態度をとるのかわからないが、どうやらシリウスは嫌われているようだった。

「チッ。もぐりの幻獣対策家へ依頼したつもりが、とんだ貧乏くじをひいたもんだ。さっさと出て行け。この、呪われた血め」

 そう捨て台詞を残すと、ハゲ男は痛みに暴れる娘を連れて、小屋を出て行った。
 小屋の中は静かになる。
 私は全身を襲い来る痛みに耐えながら、喘ぐように言った。

「あんた……そんなこというなら、さっさと止めなさい、よ」

「……」

「わざと、やってたんでしょ」

 シリウスは何も言わなかった。
 クソ性格の悪いやつだな、本当に。
 口からドロドロと血が出た。
 もともとこのクソ野郎に切られて腹を怪我していたのに、余計にひどくなってしまったんじゃないの。

 ああもう、最悪。 
 幻獣って、心臓を壊さない限り死なないんだから、こんななぶるようなことしなくてもいいなんじゃないのよ。

 シリウスは私のそばにかがんで、その様子をじっと見る。
 相変わらず人形のように表情のない男だ。
 さっきのハゲ男の話は……一体なんだったのだろうか。
 呪われてるって言ってたっけ。

 あー、マジで死にそう。
 私の周りには血が広がっていた。
 まぶたが腫れ上がって、何も見えない。
 ひゅうひゅう鳴っているのは、私の呼吸音か。

「もう一度、お前に問う」

「……」

「俺の使い魔になるか、ならないか」

 また言ってる。
 頭おかしいんじゃないの、こいつ。

「ならないのなら、ここで死んでもらう。あの領主に殺されたことにしておこう」

「……」

 それでも、いい。
 もう一度主人を持つくらいなら。

「この、ば、か……だれが、おまえなんか……」

 視界がぐにゃりと歪んだ。
 一気に意識が薄れていく。
 あーあ、せっかくレアキャラに転生したのに、また死ぬなんて嫌だな……。
 次はどんなに生き物に生まれ変わるんだろう。
 できれば人間なんてよしてほしいところだわ。
 もう、たくさんよ。
 鳥なんかに生まれ変わったら、大好きな空をずっと見ていられるのかな。

 そんなことを考えていると、じわりと瞳が熱くなった。
 外はどうやら、大雨が降り始めたようだった。
 そのうち煙たい匂いはしなくなって、ただ土の濃い匂いと、水の匂いがしてくる。
 この雨で森の炎が落ち着いてくれたらいいんだけど……。
 そんなことを思っているうちに、私の意識はすうっと薄れていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ
ファンタジー
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」 探索者ギルドで満面の笑みを浮かべ、元気よく魔法のリンゴを売る幼い少女チハル。 探索者たちから可愛がられ、魔法のリンゴは毎日完売御礼! 単に彼女が愛らしいから売り切れているわけではなく、魔法のリンゴはなかなかのものなのだ。 そんな彼女には「夜」の仕事もあった。それは、迷宮で迷子になった探索者をこっそり助け出すこと。 小さな彼女には秘密があった。 彼女の奏でる「魔曲」を聞いたモンスターは借りてきた猫のように大人しくなる。 魔曲の力で彼女は安全に探索者を救い出すことができるのだ。 そんな彼女の夢は「魔晶石」を集め、幻獣を喚び一緒に暮らすこと。 たくさんのもふもふ幻獣と暮らすことを夢見て今日もチハルは「魔法のリンゴ」を売りに行く。 実は彼女は人間ではなく――その正体は。 チハルを中心としたほのぼの、柔らかなおはなしをどうぞお楽しみください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

処理中です...