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第9話 炎
しおりを挟む「……所詮、まやかしか。それ以上は、できないのか」
「っ」
その声に、ぞっとしてしまった。
百年前の記憶が呼び起こされる。
ひどい苦痛と、未練の中で死んだ私。
私は百年生きる中で、知っていることがある。
それは、死んでも魂は再び別の世界へと生まれ変わり、それを何度も繰り返すことを。けれど今の生は一度きりで、今の関係や仲間は、もう二度と同じにはならないことを。
私はたった一つだけになったしっぽを抱えて、ふるえあがった。
「ごめ、ごめんなさい……お願い、このしっぽまでなくなったら、私ほんとに死んじゃう……」
涙で顔をぐしょぐしょにして、しっぽをぎゅうっと抱く。
もふもふのしっぽを抱いて泣く幼児。
こうすりゃ加護欲も湧くだろ……と思っていたら、思いっきり横っ面をけられた。
そううまくはいかないか。
私の小さな体は無残に地を転がった。
ドライアドに加護されていた頃の体は、俊敏ではない。まだ子どもの姿をしているのだから。
八つのしっぽは攻撃によって破壊された。
私の溜め込んでいた魔力は霧散し、姿も幼児に戻っている。
もうじき、それすら維持できなくなって、小狐の姿に戻るだろう。
そうなればもう、あとは死を待つだけだ。
髪を捕まれ、無理やり顔を上げさせられた。
「……聞け」
心臓に剣を突きつけられ、私は震え上がった。
こいつ、しっぽじゃなくて、心臓を壊さないといけないこと、知ってたんじゃないか。だったらなんで、こんな嬲るようなことを……。
「俺の補佐官がここより西の地で死んだ」
ほさかん?
それがなんだっていうんだ。
「人手がいる」
私が浅い呼吸をしながら男を見上げると、彼は吐き捨てるように言った。
「俺と使い魔の契約を結べ。そうすれば命だけは助けてやってもいい」
……。
…………。
「……この私が、お前と、使い魔の契約を?」
ヘドがでそうな条件だな。
私の嘲りが顔にでていたのだろう。
突きつけられていた剣が、腹部にめり込んだ。
「……っぐ、」
激痛が体を襲う。
血が吹き出た。
「……犬畜生のように、私に主人を持てというのか」
「その通りだ。さっさと決めろ」
私は考えた。
死ぬのは嫌だ。
私にはやらなければいけないことがあるから。
でもそれ以上にもっと嫌なことがある。
「はっ」
私は血を吐きながら笑ってやった。
「そんなの、お断りだばーか」
誰が人間になぞ、仕えてやるものか。
私は残った力を振り絞って、小さな獣の姿に戻った。
わずかわばかり剣先がずれ、その隙に私は脱兎のごとく森の中へ逃げ込んだ。
出血が止まらず、血を撒き散らして逃げる。
いつもなら幻術で隠すこともできたが、今の私にはその余裕がなかった。
しばらく進んで、森の様子がおかしなことに気づいた。
本来なら、すぐにわかるだろうその灰色の靄。
視認できるレベルのそれに私は立ち止まって、前を向いた。
煙が上がっている。
何かが、焼ける匂い。
大勢の人間たちのあしおと。
森に、炎が。
「っ」
赤々とした炎が、すぐそばまで迫っていた。
「焼け、焼けーっ!」
「今のうちだ! 雨が止んでいるうちに、早く!」
「九尾の狐が出てくる前に!」
「燃やせ!」
──燃やせ。
その声が妙に頭の中に響いた。
「っやめ、」
私は残った力でよろよろと地面を歩く。
「やめろ……」
赤い炎の中へ吸い込まれるように。
初めてここへ生まれ、ドライアドと会った日のこと。
精霊たちと遊んだ日々。
甘くて水水しい森の香り。
すべての美しいものを、炎が舐めるようにして奪い去っていく。
「やめろーーっっっ!!」
なんてことを、なんてことを……!
絶叫と同時に森へかけ出そうとする。
けれど腹の出血で、頭がクラクラとした。
目の前の景色がぐにゃりとゆがむ。
赤と黒、緑。
気味の悪い色が混ざり合って、視界は真っ暗になった。
「人間はすぐに忘れる。痛みがなければ」
それでもなお泣き叫ぶ私の背後で、まるで人形のように無感情な男が、そう言った。
◆
三日目。
ここでいい子にしていれば、絶対に迎えに来てくれるんだもん。
だから、大丈夫。
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