転生もふもふ九尾、使い魔になる

美雨音ハル

文字の大きさ
上 下
10 / 16

第9話 炎

しおりを挟む

「……所詮、まやかしか。それ以上は、できないのか」

「っ」

 その声に、ぞっとしてしまった。
 百年前の記憶が呼び起こされる。
 ひどい苦痛と、未練の中で死んだ私。
 私は百年生きる中で、知っていることがある。
 それは、死んでも魂は再び別の世界へと生まれ変わり、それを何度も繰り返すことを。けれど今の生は一度きりで、今の関係や仲間は、もう二度と同じにはならないことを。
 私はたった一つだけになったしっぽを抱えて、ふるえあがった。

「ごめ、ごめんなさい……お願い、このしっぽまでなくなったら、私ほんとに死んじゃう……」

 涙で顔をぐしょぐしょにして、しっぽをぎゅうっと抱く。
 もふもふのしっぽを抱いて泣く幼児。
 こうすりゃ加護欲も湧くだろ……と思っていたら、思いっきり横っ面をけられた。

 そううまくはいかないか。
 私の小さな体は無残に地を転がった。
 ドライアドに加護されていた頃の体は、俊敏ではない。まだ子どもの姿をしているのだから。
 
 八つのしっぽは攻撃によって破壊された。
 私の溜め込んでいた魔力は霧散し、姿も幼児に戻っている。
 もうじき、それすら維持できなくなって、小狐の姿に戻るだろう。
 そうなればもう、あとは死を待つだけだ。
 髪を捕まれ、無理やり顔を上げさせられた。

「……聞け」

 心臓に剣を突きつけられ、私は震え上がった。
 こいつ、しっぽじゃなくて、心臓を壊さないといけないこと、知ってたんじゃないか。だったらなんで、こんな嬲るようなことを……。

「俺の補佐官がここより西の地で死んだ」

 ほさかん?
 それがなんだっていうんだ。

「人手がいる」

 私が浅い呼吸をしながら男を見上げると、彼は吐き捨てるように言った。

「俺と使い魔の契約を結べ。そうすれば命だけは助けてやってもいい」

 ……。
 …………。

「……この私が、お前と、使い魔の契約を?」

 ヘドがでそうな条件だな。
 私の嘲りが顔にでていたのだろう。
 突きつけられていた剣が、腹部にめり込んだ。

「……っぐ、」

 激痛が体を襲う。
 血が吹き出た。

「……犬畜生のように、私に主人を持てというのか」

「その通りだ。さっさと決めろ」

 私は考えた。
 死ぬのは嫌だ。
 私にはやらなければいけないことがあるから。
 でもそれ以上にもっと嫌なことがある。

「はっ」

 私は血を吐きながら笑ってやった。

「そんなの、お断りだばーか」

 誰が人間になぞ、仕えてやるものか。
 私は残った力を振り絞って、小さな獣の姿に戻った。
 わずかわばかり剣先がずれ、その隙に私は脱兎のごとく森の中へ逃げ込んだ。
 出血が止まらず、血を撒き散らして逃げる。
 いつもなら幻術で隠すこともできたが、今の私にはその余裕がなかった。

 しばらく進んで、森の様子がおかしなことに気づいた。
 本来なら、すぐにわかるだろうその灰色の靄。
 視認できるレベルのそれに私は立ち止まって、前を向いた。

 煙が上がっている。
 何かが、焼ける匂い。
 大勢の人間たちのあしおと。

 森に、炎が。

「っ」

 赤々とした炎が、すぐそばまで迫っていた。

「焼け、焼けーっ!」

「今のうちだ! 雨が止んでいるうちに、早く!」

「九尾の狐が出てくる前に!」

「燃やせ!」

 ──燃やせ。

 その声が妙に頭の中に響いた。

「っやめ、」

 私は残った力でよろよろと地面を歩く。

「やめろ……」

 赤い炎の中へ吸い込まれるように。
 初めてここへ生まれ、ドライアドと会った日のこと。
 精霊たちと遊んだ日々。
 甘くて水水しい森の香り。

 すべての美しいものを、炎が舐めるようにして奪い去っていく。

「やめろーーっっっ!!」
 
 なんてことを、なんてことを……!

 絶叫と同時に森へかけ出そうとする。
 けれど腹の出血で、頭がクラクラとした。
 目の前の景色がぐにゃりとゆがむ。
 赤と黒、緑。
 気味の悪い色が混ざり合って、視界は真っ暗になった。

「人間はすぐに忘れる。痛みがなければ」

 それでもなお泣き叫ぶ私の背後で、まるで人形のように無感情な男が、そう言った。

 
 ◆


 三日目。
 ここでいい子にしていれば、絶対に迎えに来てくれるんだもん。
 だから、大丈夫。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ
ファンタジー
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」 探索者ギルドで満面の笑みを浮かべ、元気よく魔法のリンゴを売る幼い少女チハル。 探索者たちから可愛がられ、魔法のリンゴは毎日完売御礼! 単に彼女が愛らしいから売り切れているわけではなく、魔法のリンゴはなかなかのものなのだ。 そんな彼女には「夜」の仕事もあった。それは、迷宮で迷子になった探索者をこっそり助け出すこと。 小さな彼女には秘密があった。 彼女の奏でる「魔曲」を聞いたモンスターは借りてきた猫のように大人しくなる。 魔曲の力で彼女は安全に探索者を救い出すことができるのだ。 そんな彼女の夢は「魔晶石」を集め、幻獣を喚び一緒に暮らすこと。 たくさんのもふもふ幻獣と暮らすことを夢見て今日もチハルは「魔法のリンゴ」を売りに行く。 実は彼女は人間ではなく――その正体は。 チハルを中心としたほのぼの、柔らかなおはなしをどうぞお楽しみください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...