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第4話 美しいもの

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 私の名前は九尾のクウという。この世界の意志によって〝発生〟した特別な生き物、幻獣だ。多くの人間たちが私を九尾様と呼び、崇め讃え、森の守護者として尊んでいる。

 あれから百年の時が流れ、私は立派な成体へと進化していた。
 私は生まれたての赤ちゃん狐の頃から森の精霊たちに傅かれ、大切に大切にここまで育てられてきた。私の仕事は多くの精霊が宿るこの森を守護し、魔素に侵されぬよう、この土地を浄化し続けることだ。

 ここまで聞けば、私はずいぶんと立派な生き物のように思えるかもしれない。
 だがしかし。
 その実態は、『前世』の記憶のせいで、怠惰で捻くれ、そしてイタズラ大好きになってしまった、性格の悪い女狐なのであった。

 もう百年以上も前の話になるが、私は前世、地球という星の日本という国で暮らす、普通の女の子だった。
 お父さん、お母さん、マキちゃん、私の、四人家族。私は死んだ時、確か十代だったと思う。
 正直、死んだときのことは苦しすぎて、あまり思い出したくない。
 いい死に方じゃなかったのは確かだ。
 とてもとても怖かった。今世にまで、心にその傷が残ってしまうくらいに。
 
 無駄に前世で苦しい死に方をした分、なんというか、幸せにありたいという気持ちが強すぎて、ものすごいワガママに育った。
 まず、今世の私は大層美しかった。
 美しいと、着飾ることがさらに楽しくなる。
 私は自分を美しく見せるために、多くの時間を割いていた。
 人型時は、真っ白な髪に、空を切り取ったかのように青い瞳。
 すっとした鼻梁に、紅牡丹の花びらを連想させる、柔らかな唇。
 顔立ちはこれ以上ないほどに整っていたし、プロポーションも抜群だ。
 私は世界に二人といない(おそらく)美女に成長した。

 美人は三日で飽きるっていうけれど、いやいやいや、ふざけんな、こちとら百年自分の顔を見てるが、まったく飽きないわよ。暇があれば自分の姿を見てうっとりしているくらいだもん。

 そして、九本の尾が生えた狐の姿も、これ以上なく美しい。
 たまに水辺に映った自分を見て、惚れ惚れしすぎて動けなくなるくらいだ。
 こんなにふわふわでサラサラな毛を持つ獣など、この世界のどこを探してもいないだろう。

 自分で言うのもなんだが、私は女帝だった。
 わがままし放題、やりたい放題。
 精霊たちに身の廻りの世話を全て任せ、自分は優雅で豪勢な生活を送る。
 森に引きこもり、毎日寝るか、酒を飲むかする日々。
 たまに川へ出かけては魚取りをし、人間の里へ降りてはうまいものを食べ散らかして帰って来る。人間たちは私にどんなものでもくれた。この神々しい美しさをもってすれば、私のいうことを聞かない人間など、いなかった。

 野を駆け回って遊び、幻でいくつも服を作っては、精霊たちと着せ替えをして楽しむ。この世界はどちらかというと、前世でいう西洋ファンタジーっぽい世界なのだが、私は幻覚で前世で見た神社をアレンジし、豪奢な建物になるよう幻覚を見せている。私の幻覚は、もう本物と変わらない。人の頭を極限まで騙しているからだ。

 世界に与えられた仕事もロクにせず、私は遊びまわっている。
 まあ、私が存在しているだけで、空気は浄化されているのだから、さぼっているわけではないのだけれど。

 ◆

「はふぅ。ほんっと、人間なんてだいっきらい」

 童女たちにブラッシングしてもらいながら、私はため息を吐いた。
 今、私には九本のしっぽがある。
 その先っぽにはそれぞれ一つづつ、九色の宝石が嵌められており、私はその宝石を媒介にして、不思議な力を使うことができる。

 幼い頃、私のしっぽは青い宝石がはまった一つだけで、できることもそんなになかったが、今ではこのようにして、最高練度の幻覚まで作れるようになった。
 しかし愚かな人間どもは、私のこのしっぽの宝石を狙って、ときたまこの森へやってくるのである。

 私は人間が嫌いだ。
 大っ嫌いだ。
 私利私欲で自然を破壊し、獣を殺す。
 そのたびに森の精霊たちは減っていき、私は暮らしずらくなる。
 そのくせ何かあれば幻獣様、幻獣様とすがってくるのである。
 あまりにちんけな供物などを持って。

 だから私は、この森に雨を降らせ続けている。
 できるだけ、この森に人が近づかないように。
 これは幻覚の雨だ。
 人間には百年間、この森に雨が降っているように見えているのだろう。
 実際、私自身も、ドライアドが消えてからたった一度も晴れた空を見たことがない。
 それくらい強烈な幻覚だった。

 しかし私たちこの森に住む生物は、これが偽物の雨であることを知っているから、決して濡れはしない。
 まあ、今日の雨は本物なんだけどさ。

「クウ様、どうされますか?」

 ドラが眉を寄せて言った。
 私は優雅に前足を顎に置いて、目を瞑る。

「……今日の雨は、本物よ」

 サァアア、と冷たい雨音が、私たちを包み込んでいた。


 ◆

  七日目。ゆめのはこ、すぐそば。

  もう時間がない。
  早く、お願いだから。
  迎えに来て──。
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