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第2話 転生
しおりを挟む前世、私は地球という星の日本という国で暮らす、普通の女の子だった。
お父さん、お母さん、マキちゃん、私の、四人家族だ。
正直、死んだときのことは苦しすぎて、あまり思い出したくない。
いい死に方じゃなかったと思う。
でも、確かに死んだはずなのだ。あの状態で生きられるわけがなかったのだから。
それなのに……それなのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
『幻獣様、幻獣様』
森の精霊が、木の実や、魚や、綺麗な石などを持って、私の周りを飛び回っていた。
私はドライアド──あの、緑色の髪をした女性の名前だ──の横にちょこんと座り、それを見ていた。
ここは、あの巨大な木のうろの中だ。
私が目を覚ましてからもう三日が経つ。
このうろを部屋がわりにして、私はドライアドと一緒に生活していた。
『幻獣様、どうぞ』
ぶーん、と飛び回っていた精霊たち(ドライアドが精霊だって、教えてくれた)が私の前に、次々と木の実などを置いていく。彼らは小さな人間に羽が生えたような美しい姿をしている。羽の色が違うから、すごくキラキラして綺麗だ。
どこから持ってきたのかはしれないが、つやつやとした美味しそうな木の実を見て、ぐう、と腹が鳴った。
私は『幻獣様』と呼ばれていた。その意味はよく分からない。
けれど私は、何か他とは違う、特別な生き物のようだった。
本来なら、私は何をたべずとも生きていられる生物らしいのだが、前世の記憶のせいか、美味しそうなものを見ると腹が減る……ような気がする。
「どらいあど、これ、たべていい?」
ぽん、と可愛らしい、舌ったらずな女の子の声が飛び出した。
小さいときのマキちゃんの声に似ているような気もする。
でも、これはれっきとした私の声だ。
私はどうやら、言葉を話せる狐のようなのだ。
「はい、大丈夫ですよ。喉に詰めないようにゆっくり食べてくださいね」
隣で編み物をしていたドライアドは、にっこり笑って頷いた。
私は目の前にあった木の実をくわえて、奥歯ではぐはぐと噛む。
うん、おいしい。
私がしっぽを振るうと、精霊たちも喜んでいるようだった。
健気なやつらだなぁ。
よしよし、この木の実も魚も全部食べちゃう。
機嫌よく魚の頭に噛み付いている途中で、ものすごい眠気がやってきた。私はまだ赤ちゃんらしく、突然電池が切れたように、うごかなくなってしまうのだ。
「あらあら」
魚を咥えたままウトウトしていると、ドライアドが私の口から魚を引っこ抜いた。
「おねんねしましょうか、幻獣様」
「……ん」
私はいそいそと、ドライアドに頭を擦り付けた。
「どらいあど、だっこして」
「はい、幻獣様」
「なでなでも」
「もちろんです、幻獣様」
やわらかなドライアドの胸に埋もれるようにして抱かれると、すぐにまぶたが重くなった。
おまけにドライアドが優しく撫でてくれるものだから、意識はすっと遠くなっていく。
眠っているのか、起きているのか。
そんな微妙な意識の中、ドライアドが私に静かに聞いた。
「幻獣様、あなたはお名前がありますね?」
「……おなまえ?」
「あなたの名前を、私に教えてくれませんか」
「……」
「あなたがとても大切にされている、魂に刻み込まれた、その名前を」
──私の名前。
ちょっとだけ、考えた。
でも、幻獣様って呼ばれ続けるのも、大変だなぁと思ったから、教えた。
「くう。くうっていうの」
「……クウ様。綺麗なお名前ですね。教えてくださってありがとうございます」
「うん」
私はこんな穏やかな日々を何日も何日も過ごした。
毎日目が覚めては、これが夢じゃないことを確認する。
お腹が減って、眠くなって。それから誰か、人の手に触れると安心する。
真っ白でふわんふわんの頼りげない生き物にはなってしまったけれど、それは以前までと全く同じで。
私はどうやら、前世の記憶を持ったまま、新たな生を受けてしまったようだった。
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