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第13話 奪われる
しおりを挟む私は自分の愚かさを呪った。
「さあ、どう? 次は鼻を削ぐけど」
神の前で行われる、残忍な仕打ち。
目の前には、血まみれになった小さな女の子が痛みで呻いている。
──地面には、小さな耳がころりと血の水たまりの中に転がっていた。
「やめて……やめて、助けて……」
ユナの右耳が、目の前で切り落とされた。
ひゅうひゅうと荒い呼吸を繰り返すユナを見て、エルラディンは楽しそうに笑った。
「ははっ。まだこれしかしてないのに、死にそうな顔してるね」
「やめなさい、エルラディン」
「君がそこから出て来ればいいだけの話だよ」
エルラディンは持っていたナイフを舐め上げた。
「この子が終わっても、他の子もたっぷりいるから、結構楽しめるよ。ほら、前に全身の皮をむいた人間いたじゃないか。あの子は確か、三日くらいは生きてたよなァ」
「やめなさい!!」
私は叫ぶと、人の姿になって台座から飛び出した。
これが、剣の姿を人の姿に変化させる技だ。
私はなんて愚かなのだろう。こんなところでこいつと戦ったとしても、負けるに決まっている。最初から分かっていたのに。
ユナを傷つけてしまった。
私が最初からおとなしくしていれば、こんなことにはならなかった。
「なんだ、随分早いね、おもしろくないよティア」
エルラディンの手がユナの左耳に向く。
私はその前に、その腕を自分の出せる最大限の力で握り止めた。
「もういいでしょう。必要のないことはやめなさい」
「はっ。君のせいでこんなことになってるのに、えらそうなものだね」
そう言うと、エルラディンはユナを地面に投げ捨てだ。
私は彼女のそばにかがむと、傷口に手を当てる。
切り落とされた耳を戻すことはできない。だが、傷口を癒すことはできる。
手を当てると、地が止まり、醜い傷口が言えていった。
「た、たすけ、て」
「もう大丈夫ですよ。私のせいで本当にごめんなさい。きっともう、償うこともできないわ」
「……っせ、せいれ、さ」
「早く逃げなさい。森の外へ!」
私がそう声を荒げると、ユナは恐怖にふるえながらも立ち上がって、ものすごい勢いで駆けていった。
その後ろ姿を見ながら、エルラディンはため息をつく。
「はあ、つまらないね」
「……」
「まあでも、これからもっと楽しいことが待ってるからね」
再び彼の顔に狂気じみた笑顔が浮かんだ。
「まずは君にお仕置きしないと」
▽
腹を思いっきり蹴られる。
「がッ……」
数メートルは吹っ飛んだ気がする。
体が瓦礫にぶつかって、止まった。
もう立ち上がる気力も逃げる気力もない。
聖剣から人間の女に姿を変えることは、便利なことも多い。自分で移動できるのが最大の利点だ。
だがしかし、こうして痛みを感じるとともに、与えられたダメージはブレードに直接向かってしまう。この人間の体が死ねば、聖剣も折れてしまうのだ。
……いっそここで殺してほしい。
そう思ったが、こいつがそんな生易しいことをするはずがなかった。
「ったく、時間を無駄にしてくれちゃってさァ。殺してやろうかとも思ったんだけど、それじゃあつまらなし、やはり僕には君があっていると思うし」
「……ッ」
顔を蹴られる。
「他の聖剣を使うのもアリだと思って、ちょっと探してみたんだけど、途中で気が変わってね」
ぞっとした。兄弟剣がこいつに使われるなんて、あってはならないことだ。
「やっぱり他の兄弟よりも、君が一番いいよ。正義の剣なのに悪魔に使われて、快楽殺人の道具にされるってところが、最高にクールだ」
悔しくて悔しくて、涙が滲んだ。
「ああ、いいよ……君を陵辱して泣きじゃくるところを見るのが僕の生きがいなんだよ」
「やめ、……ッ」
「んー、なんだ、まだ躾がきいてないみたいだ」
「……ッッ」
暴力は続く。
果てしなく長い時間。
▽
「さあ、どうなんだい、ティア。君のご主人様は誰なの?」
「……」
人間の姿を保っているのが難しくなる。
私は聖剣の姿に戻った。
そのまま地面にぱったりと倒れ込む。
「そう、いい子だね、ティア」
エルラディンは微笑みを浮かべると、私をひろい、剣帯にさした。
ねっとりと柄を撫で上げられる。
「これからもかわいがってあげる」
そういうと、歩みをすすめる。
「よし! さっそく新しい土地にいって、それで人を殺そう! 楽しみだよ」
「……」
私はただ、彼に抗うこともせず、されるがまま、そこに収まっていた。
絶望が心を支配する。光の聖剣だというのに、もうどこにも光は見えない。
もう一度、あの地獄の日々が始まる。
罪のない人たちを、殺さなければいけなくなる。
そんなのだったら、私が死ぬ方がずっとずっとマシなのに。
もう私は償いきれないほどの罪を犯してしまった。
汚れた剣だ。
お父様にも、他の兄弟たちにも顔向けすることができない。
誰か、私を折って。こいつから、奪って。
私を殺して。
──ジョット。
ハッとした。
なぜ今、彼の名を思い出した。
けれど深い絶望の中で、強く、鮮明に、彼との思い出が蘇った。
彼のことを思い出すと、どこからか力が湧いてくる。
ジョットに会いたい。
だけど彼を守るためにも、もう二度と、会わない方がいい。
でも、でも。
刃がふるえた。
ジョット、助けて……。
とめどなくそんな思いが溢れてくる。
もう彼はここにはおらず、そしてその方が絶対にいいと分かっているのに。
「ん?」
そのとき。
礼拝堂の入り口に向かっていたエルラディンが、立ち止まった。
その視線を追うと、礼拝堂の入り口に、誰かが立っていた。
「!」
ああ、嘘だ。神様、嘘だって言ってくれ。
けれど近づいてくるうちに、それは確信に変わった。
なぜ、どうして。
こないで。
助けて。
いろんな思いがないまぜになって、叫びたくなる。
こちらに向かって歩いてきた人物は、いつものように気怠げな声で言った。
「すんませーん、ここに聖剣があるって聞いたんですけど」
ポケットに手を突っ込み、タバコの煙を燻らせながら、ジョットは私たちの前に堂々と立ちはだかった。
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