上 下
14 / 20

第13話 奪われる

しおりを挟む

 私は自分の愚かさを呪った。

「さあ、どう? 次は鼻を削ぐけど」

 神の前で行われる、残忍な仕打ち。
 目の前には、血まみれになった小さな女の子が痛みで呻いている。

 ──地面には、小さな耳がころりと血の水たまりの中に転がっていた。

「やめて……やめて、助けて……」

 ユナの右耳が、目の前で切り落とされた。
 ひゅうひゅうと荒い呼吸を繰り返すユナを見て、エルラディンは楽しそうに笑った。

「ははっ。まだこれしかしてないのに、死にそうな顔してるね」

「やめなさい、エルラディン」

「君がそこから出て来ればいいだけの話だよ」

 エルラディンは持っていたナイフを舐め上げた。

「この子が終わっても、他の子もたっぷりいるから、結構楽しめるよ。ほら、前に全身の皮をむいた人間いたじゃないか。あの子は確か、三日くらいは生きてたよなァ」

「やめなさい!!」

 私は叫ぶと、人の姿になって台座から飛び出した。
 これが、剣の姿を人の姿に変化させる技だ。
 私はなんて愚かなのだろう。こんなところでこいつと戦ったとしても、負けるに決まっている。最初から分かっていたのに。
 ユナを傷つけてしまった。
 私が最初からおとなしくしていれば、こんなことにはならなかった。

「なんだ、随分早いね、おもしろくないよティア」

 エルラディンの手がユナの左耳に向く。
 私はその前に、その腕を自分の出せる最大限の力で握り止めた。

「もういいでしょう。必要のないことはやめなさい」

「はっ。君のせいでこんなことになってるのに、えらそうなものだね」

 そう言うと、エルラディンはユナを地面に投げ捨てだ。
 私は彼女のそばにかがむと、傷口に手を当てる。
 切り落とされた耳を戻すことはできない。だが、傷口を癒すことはできる。
 手を当てると、地が止まり、醜い傷口が言えていった。

「た、たすけ、て」

「もう大丈夫ですよ。私のせいで本当にごめんなさい。きっともう、償うこともできないわ」

「……っせ、せいれ、さ」

「早く逃げなさい。森の外へ!」

 私がそう声を荒げると、ユナは恐怖にふるえながらも立ち上がって、ものすごい勢いで駆けていった。
 その後ろ姿を見ながら、エルラディンはため息をつく。

「はあ、つまらないね」

「……」

「まあでも、これからもっと楽しいことが待ってるからね」

 再び彼の顔に狂気じみた笑顔が浮かんだ。

「まずは君にお仕置きしないと」

 ▽

 腹を思いっきり蹴られる。

「がッ……」

 数メートルは吹っ飛んだ気がする。
 体が瓦礫にぶつかって、止まった。
 もう立ち上がる気力も逃げる気力もない。
 聖剣から人間の女に姿を変えることは、便利なことも多い。自分で移動できるのが最大の利点だ。

 だがしかし、こうして痛みを感じるとともに、与えられたダメージはブレードに直接向かってしまう。この人間の体が死ねば、聖剣も折れてしまうのだ。
 ……いっそここで殺してほしい。
 そう思ったが、こいつがそんな生易しいことをするはずがなかった。

「ったく、時間を無駄にしてくれちゃってさァ。殺してやろうかとも思ったんだけど、それじゃあつまらなし、やはり僕には君があっていると思うし」

「……ッ」

 顔を蹴られる。

「他の聖剣を使うのもアリだと思って、ちょっと探してみたんだけど、途中で気が変わってね」

 ぞっとした。兄弟剣がこいつに使われるなんて、あってはならないことだ。

「やっぱり他の兄弟よりも、君が一番いいよ。正義の剣なのに悪魔に使われて、快楽殺人の道具にされるってところが、最高にクールだ」

 悔しくて悔しくて、涙が滲んだ。

「ああ、いいよ……君を陵辱して泣きじゃくるところを見るのが僕の生きがいなんだよ」

「やめ、……ッ」

「んー、なんだ、まだ躾がきいてないみたいだ」

「……ッッ」

 暴力は続く。
 果てしなく長い時間。

 ▽

「さあ、どうなんだい、ティア。君のご主人様は誰なの?」

「……」

 人間の姿を保っているのが難しくなる。
 私は聖剣の姿に戻った。
 そのまま地面にぱったりと倒れ込む。

「そう、いい子だね、ティア」

 エルラディンは微笑みを浮かべると、私をひろい、剣帯にさした。
 ねっとりと柄を撫で上げられる。

「これからもかわいがってあげる」

 そういうと、歩みをすすめる。

「よし! さっそく新しい土地にいって、それで人を殺そう! 楽しみだよ」

「……」

 私はただ、彼に抗うこともせず、されるがまま、そこに収まっていた。
 絶望が心を支配する。光の聖剣だというのに、もうどこにも光は見えない。
 もう一度、あの地獄の日々が始まる。
 罪のない人たちを、殺さなければいけなくなる。
 そんなのだったら、私が死ぬ方がずっとずっとマシなのに。
 もう私は償いきれないほどの罪を犯してしまった。
 汚れた剣だ。
 お父様にも、他の兄弟たちにも顔向けすることができない。
 誰か、私を折って。こいつから、奪って。
 私を殺して。

 ──ジョット。

 ハッとした。
 なぜ今、彼の名を思い出した。
 けれど深い絶望の中で、強く、鮮明に、彼との思い出が蘇った。
 彼のことを思い出すと、どこからか力が湧いてくる。
 ジョットに会いたい。
 だけど彼を守るためにも、もう二度と、会わない方がいい。
 でも、でも。
 刃がふるえた。

 ジョット、助けて……。

 とめどなくそんな思いが溢れてくる。
 もう彼はここにはおらず、そしてその方が絶対にいいと分かっているのに。

「ん?」

 そのとき。
 礼拝堂の入り口に向かっていたエルラディンが、立ち止まった。
 その視線を追うと、礼拝堂の入り口に、誰かが立っていた。

「!」

 ああ、嘘だ。神様、嘘だって言ってくれ。
 けれど近づいてくるうちに、それは確信に変わった。
 なぜ、どうして。
 こないで。
 助けて。
 いろんな思いがないまぜになって、叫びたくなる。
 こちらに向かって歩いてきた人物は、いつものように気怠げな声で言った。

「すんませーん、ここに聖剣があるって聞いたんですけど」

 ポケットに手を突っ込み、タバコの煙を燻らせながら、ジョットは私たちの前に堂々と立ちはだかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...