上 下
99 / 101
第4章 ショコラの想い

ひまわり畑でつかまえて

しおりを挟む

 みーん、みーんと蝉が鳴いている。
 夏は盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ暑い。
 本日も空は青く、雲は真っ白で、夏のぬるい風がゆるゆると吹いていた。

「暑いですねぇ」

 ショコラは汗をぬぐいながら、かぶっていた麦わら帽子をとって、ふるふると頭を振った。
 チョコレート色の髪の毛が風に揺れる。
 帽子の中に耳も入れていたのだが、汗で蒸れてしまって、かゆくて仕方がないのだった。

「もう少しなので、頑張ってください」

 先を歩いていたリリィが、汗をぬぐいながらショコラを振り返った。

「この先に、とっても綺麗なひまわり畑があるんですよ」

 リリィはミルメルと手を繋いで、暑い夏の道を歩いていた。
 今日はひまわり畑を見に行こうと、みんなで山の麓から少し離れた平地へとやってきていた。
 毎年満開のひまわりが美しいことで、地元では有名なのだそうだ。

 ショコラはリリィの言葉にこくりと頷いて、隣をちらと見た。
 ショコラのとなりにはラグナルが溶けそうな顔で歩いている。

「あづい……」

「ご、ご主人様、頑張ってください」

「溶けちゃう……」
 
 亀の歩みのようなラグナルだったが、とうとうしゃがみ込んでしまった。

「ご主人様、大丈夫ですか!」

 思わずそのそばに膝をつけば、ラグナルがゆっくりと顔を上げる。
 以外と顔色は悪くない。

「ショコラ、手、繋いで」

「え?」

「ショコラと手をつながなくちゃ、歩けないから」

「えええ……」

 ショコラは困ってしまった。
 けれど歩けないというのなら、仕方がない。
 そも、ショコラはラグナルの命令を拒める立場にないのだから。

「……はい」

 ショコラはラグナルの手を握った。
 そして立ち上がる。

「行きましょう、ご主人様」

 ラグナルはショコラを見上げると、にこ、と笑った。

「うん」

 ショコラは頬を真っ赤にした。
 とくん、と心臓が脈打つ。
 少しでもラグナルの視線をそらそうと、ショコラは麦わら帽子をかぶりなおした。

 二人は手を繋いで歩く。
 手を繋ぐのは気恥ずかしかったけれど、ショコラはそれが幸せでもあった。
 ずっとこんな時間が続けばいいのに。
 素直にそう思った。

 しばらく歩くと、道のずっと向こうに、鮮やかな黄色が見えた。
 ひまわり畑だ。

 どきどきしていたショコラだったけれど、ラグナルと顔を見合わせると、ぱあっと笑顔になった。

「行きましょう、ご主人様!」

「うん」

 夏空の下。
 二人は手を繋いで、ひまわり畑に向かって、歩いて行った。

 ◆

「綺麗ですね」

 目の前には、黄色い花の群生。
 ショコラたちはベンチに座って、背の高いひまわりが太陽に向かって花を咲かせている様子をながめていた。
 リリィやミルメルたちは、ひまわり畑をもっと近くで観察している。

 ここはひまわり畑のそばにある、小さな小さなお茶屋さん。
 軒先には風鈴がぶら下がっていて、緩やかな風が吹くたびに、りぃんと涼やかな音を鳴らしていた。

「ゆっくりしていってね」

 そう言うと、お店の店主であるおばあさんは注文したものを置いて、お店の奥へ入っていった。
 ショコラはおばあさんが置いていったものを見て、目を丸くする。

「なんですか? これ」

 水色の瓶の中に、丸いビー玉が入っている。
 ショコラはそれを手に取ると、太陽にかざしてみた。
 ビー玉がキラキラと光る。

「懐かしいな」

 ラグナルはショコラから瓶を受け取ると、つるりと瓶の表面を撫でた。

「これ、ラムネっていうんだよ」

「らむね?」

「うん。中身は炭酸ジュース。しゅわしゅわしておいしいよ」

 ショコラは首をかしげた。
 炭酸ってなんだろう?
 どうして瓶の中にビー玉が入っているのだろう?

 ラグナルはふふ、と笑った。

「ビー玉で口を塞いでたら、炭酸が抜けないんだよ。だからこうやって……」

 きゅぽ。
 ラグナルが蓋を裏にしてビー玉を押すと、ビー玉がちゃぷんとラムネの中にひたった。ぷつぷつと泡がのぼる。

「はい、どうぞ」

 にっこり笑ったラグナルが、ショコラにラムネを手渡す。
 ショコラはしっぽを振って、それを受け取った。
 ラムネ瓶とラグナルを交互に見る。
 いいよ、と言われたので、恐る恐る冷たい瓶に口付けた。
 ゆっくりと瓶を傾けると、冷たいラムネが喉でしゅわしゅわと弾けた。

「!」

 ショコラは耳をぴょこんと立てる。
 炭酸ジュースを飲むのは、初めてだったのだ。
 喉に不思議な感覚を感じて、ショコラは目を瞬かせた。
 なんだか、癖になりそうな感覚だった。

「お、おいしです……!」

 なんとなくレモンっぽい爽やかな味がする。
 しっぽを振っていると、ショコラの様子を眺めていたラグナルが、手を伸ばした。

「ちょっとちょーだい?」

「え? あ……ど、どうぞ……」

 ショコラはラグナルに瓶を渡す。
 ラグナルは躊躇せず、瓶に口付けた。
 こくりとラグナルが喉を鳴らす。
 なぜかショコラはそれを見てドキドキしてしまう。

(この間見た映画みたい……)

 ──キス。

 いや、してない。
 これは関節キス、というものだ。
 ドキドキしてしまったけれど、別に嫌な気分をしない。
 
「……なつかし」

 炭酸に目を細めながら、ラグナルがそう呟いた。

「子どものころ、よく飲んだな」

 ショコラはあまりラグナルから昔の話を聞いたことがなくて、目を瞬かせた。
 最近になって、ようやくラグナルは自らのことを語るようになってきた気がする。

「魔王様もこういうものを飲むんですね」

 ラグナルは王宮で大切に大切に育てられていそうだと勝手に思っていた。だからこのように庶民的なものを飲むのかと、少し驚いてしまったのだ。

「うん」

 ラグナルはくす、と笑った。

「別に僕、魔王だけど、普通の魔族だよ。ほかの人と、君と、なんら変わらないさ」

 変わらない。
 そう言われて、ショコラはなぜか驚いた。

「ラムネだって飲むし、お菓子だって食べるし。寝坊もするよ。よく知ってるでしょ?」

 そう言われて、ショコラは笑ってしまった。
 確かに、ショコラはラグナルが寝坊することをよく知っている。

「嬉しい時は笑うし、悲しいときは泣く、疲れたらぐったりするし、お腹減ったら機嫌悪くなる」

 だから、とラグナルは続けて言った。

「僕は、君とそんなに変わらないんだよ」

 ラグナルは、なぜかショコラの目をまっすぐに見てそういった。
 
「君と同じ、魔族の一人だ」

「ご主人様……」

 ラグナルは、ショコラにどんな言葉を求めているのだろう?
 しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
 何か、ラグナルは言いたいようだった。
 けれど言葉にできなくて、それをショコラに読み取ってほしいようでもあった。

 そんな二人の空間を崩したのは、店のおばあさんだった。

「みなさん、よかったらこれ、どうぞ」

 しわしわの手に、何かチラシのようなものを持ってきた。
 ショコラはそれを受け取った。
 チラシには何やら絵と文字が書いてある。

「『なつまつりのおしらせ?』」

 ショコラはそれをたどたどしく読み上げる。

「ええ。もうすぐ開催されるので、よかったら行ってみてくださいな。小さなお祭りですけど、花火もやるんですよ」

 花火。
 ショコラは目を輝かせた。
 あの手持ち花火をもう一度やれるのだろうか。

 それにお祭り。
 何か美味しいものを食べたり、楽しいことをしたりするのだろう。

 ショコラが目を輝かせていると、ラグナルが微笑みを浮かべてショコラを見ていた。

「行きたい?」

「っはい!」

「じゃ、いこっか」

 頭をくしゃりと撫でられる。
 ショコラは幸せそうにしっぽを振ったのだった。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

処理中です...