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第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!

クルージング

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「うわぁ、すごい!」

 強い海風に帽子を飛ばされないようにしながら、ショコラは海を眺めていた。
 眼下に広がる海は、船の波紋を残しつつ、後ろへ流れていく。
 海へ落っこちないように、銀色の柵を握り、ショコラはめいっぱい身を乗り出して海を堪能していた。

 今日は魔界イルカクルージングというものにショコラたちは参加している。
 専用の船に乗って、魔界イルカの生息する地域まで船で出るのだ。
 船の下部は半潜水式になっているので、海の中を覗くこともできる。

「あっ、みて! 何か跳ねましたよ!」

 リリィが遠くを指差して、興奮したように言った。
 ショコラも目を細めてみると、確かに何かが次々と跳ねていく。
 ひときわ高く跳ねたそれは、正真正銘、魔界イルカだった。

「す、すごい!」

 灰色の体が太陽の光を受け、きらりと光る。
 魔界イルカは群れで行動しているため、たくさんの個体が海上で跳ねてその体を陽の元へ晒していた。
 耳をすませば、キュイー、という鳴き声が聞こえてくるような気がした。

「可愛いですね」

 ショコラは初めてイルカというものをみた。
 船に沿うように一緒に泳ぎ、跳ねまわる姿は、とても不思議に思えた。
 魔界イルカは人懐っこく、よく観光にくる船を覚えているのだという。
 だからこのように船の周りを取り囲んで泳いでくれるらしい。

 船がエンジンを止めた。
 
「みなさん、下のガラス窓から、海の中が見えますよ~」

 そう言ってツアーガイドのお姉さんが観光客を船の下へ案内していく。
 ショコラたちもそれに従って、階段を降りて行った。

 ◆

「ふわぁ」

 ツアーガイドさんの言った通り、船の下には大きなガラス窓がいくつもあって、そこから海の中を覗けるようになっていた。
 ショコラはガラス窓に鼻をひっつける勢いでへばりつく。
 海の中はこんなになっていたのかと、感動してしまった。

 カラフルなサンゴ礁に、群れになって泳ぐ魚たち。
 上を見上げれば、水面が太陽の光を浴びて、キラキラと不思議な水の天幕を張っていた。
 まるで別世界へ来てしまったようだとショコラは思った。

「キュイー」

「!」

 こつん、と窓が叩かれる。
 びっくりして視線を前に戻せば、先ほどのイルカのうちの一頭が、窓からこちらを覗き込んでいた。
 つぶらな瞳が愛らしい。

「うわぁ、こんにちは」

 思わずそう挨拶すれば、イルカはショコラの前で回転してみせたり、バブルリングを作って見せたりした。
 ずいぶんとサービスのいいイルカだとショコラは思った。
 思わずすごいすごいと拍手してしまう。

 ショコラは初めて見る生き物に、夢中になっていたのだった。

 ◆

 しばらく海中の魚を楽しんでいたショコラだったが、ふと先ほどからラグナルの姿が見えないことに気づいた。
 
「あれ……? ご主人様は……?」

 隣の窓ではミルとメルが窓からイルカを覗いて、大はしゃぎしていた。
 リリィもその後ろから窓を覗いている。
 ヤマトとシュロも、のんびりと窓を見たり、別の観光客と話したりしていた。

「?」

 よく見ればルーチェもいない。
 どこに行ってしまったのだろうか。

 ショコラはきょろきょろしながら、船内を歩いた。
 けれどやっぱり、どこにもいない。

 中にいないとなれば、いるのは上しかない。
 ショコラは階段を上って、甲板へ出た。

 ◆

 甲板へ出たショコラは、思わぬものを目にしてしまった。

「!」

 思わず物陰にかくれてしまう。

(ご主人様とルーチェさん……?)

 物陰からそうっと顔を出し、ショコラは甲板の方を眺める。
 柵にもたれかかっていたのは、ラグナルとルーチェだった。
 二人は寄り添うように、近い距離にいる。
 ラグナルがルーチェの背に手を回した。

「……!」

 ずきん。

 ショコラの胸が痛んだ。

(あれは……まさか……)

 寄り添い合う二人は、まるで恋人同士のように思えた。
 ショコラはそれを見て、なぜか胸がズキズキと痛む。

(あれ……なんだろう)

 ショコラは胸元をきゅ、と握った。
 なんだか、とても……不安な気分というか、あまり良い気分にはならなかったのだ。

(二人は、好き合ってる……?)
 
 ショコラは自分の感じたその感情がなんなのかよくわからなくて、不安になった。もやもやとしたものを感じるが、言葉にできなかったのだ。
 ラグナルに対する胸の鼓動といい、このもやもやといい、一体なんなのだろうか。

「……」

 ラグナルがルーチェに近づく。
 
 ──そして。

「おええええ」

 ルーチェが海に……リバースした。

「!?」

 ショコラはびっくりして、声を上げてしまった。

「ルーチェさん!?」

 ラグナルが振り返る。
 ショコラを発見して、困ったような顔をした。

 ショコラは慌てて二人のもとへ走る。

「酔っちゃったみたい」

「大丈夫ですか!?」

 ルーチェは完全にグロッキーになっていた。
 昨日のラグナルのような状態である。

「これ舐めれば楽になるって言ってるのに、聞かないんだよ」

 ラグナルはショコラにもらった飴を握って、呆れていた。
 飴を舐めたのか、ラグナルは元気だ。

「う……う……何も口に入らないわよぅ」

 ルーチェは涙目でひたすたら込み上げてくる吐き気をこらえていた。

「いや!! 見ないでよ! あっちいってって言ってるでしょ!!」

 珍しくルーチェはラグナルにも拒否反応を示している。
 ラグナルが困ったようにショコラを見た。

「こう言われちゃうんだけど……」

 ショコラもなんとなく、吐いているのを見られるのは恥ずかしいという気持ちはわかった。

「僕、何か飲み物買ってくるから、ルーチェのそばについていてくれる?」

 さっきから拒否されまくって辟易していたラグナルは、ショコラへそういった。ショコラもまだ同性に見られている方がマシなのではと思って、頷いた。

 ラグナルが去った後。

「う……う……アホ犬、背中さすって……うえええ」

「は、はい。しっかりしてください」

「無理ィ……オロロロ……」

 こうしてルーチェは、青い海に、その……いろんなものを、ぶちまけてしまったのだった。
 そしてショコラのもやもやも、どこかへぶっ飛んでしまったのだった。

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