上 下
90 / 101
第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!

再会

しおりを挟む

「!」

 路地の入り口に、背の高い男が立っていた。
 顔は逆光になって、よく見えない。

「僕のものに、なぜ他の男が触れている?」

 男はそう呟いて、こちらへ近づいてくる。
 その場に、奇妙な空気が流れた。
 緊張感にも似た、何か。

「まったく、目を離せば、君は……」

 誰に向かって告げたのかはよく分からない。
 けれどショコラの耳がひょこりと動いた。

(あれ……?)

 ひどく聞き覚えのある声だった。
 しかしショコラは、一体それが誰の声であるのか、わからない。

「その手を離してくれるかい」

「あ、え」

「荷物も返してあげて」

 背の高い男はやんわりと、ショコラの手をとり、男たちから荷物を奪い返した。奪い返したと言っても、ただ手に取っただけだ。
 男たちはぽかんとした顔で、ただただされるがままになっていた。
 まるで身動きがとれない、とでもいうように。
 背の高い男に腰を引かれ、ショコラはその胸の中に収まった。紙袋を渡され、自然とそれを胸に抱く。
 不思議と嫌な感じはしない。

(……?)

 ショコラは男の顔を見上げて、息をのんだ。

「!」

 その顔を見て、目を見開く。

「あなた、は……」

 サラサラとした黒髪に、切れ長の青い瞳。
 整った顔立ちは、最後に出会ってから、わずかも変わっていなような気がした。
 青い瞳の男はし、と口元に指を立て、ささやくように告げる。

「静かに」

 男たちはぽかんとしたような顔で、突如現れた背の高い男を見た。

「僕についておいで」

 腰をぐいと引かれ、ショコラは明るい道の方へ歩き出した。
 その間もショコラは男の顔を見上げ続ける。

(この人……絶対にあのときの人だ……)

 数年前、ショコラが公園で焼き芋を分け与えた人。
 夢の中でおしゃべりをした人。

 なぜそんな人が、この場にいるのだろうか。

 ショコラはぽかんとしたまま、声をだすことができなかった。
 頭もうまく働かない。

「ああそうだ、君たち」

 青い瞳の男は立ち止まると、ショコラをいじめていた男たちに視線だけ向けた。
 暗い路地の中、その瞳に一瞬ぎらりと鋭い光がよぎる。

「次この子に同じことしてごらん」

「ひっ……」

「命の保証はないよ」

 それは人を従わせる絶対的な声だった。
 冷たい声。
 ショコラはぶるりと震えた。

 その言葉の刃を向けられた男たちは、腰が抜けたように座り込んだり、呆然としたような表情で、ショコラたちが表へ歩み去っていく背中を眺めていた。

 ◆
 
「あの」

 人通りの多い道を歩く。
 正しくは、歩かされる。

「あの!」

 勇気を出してそう声をかける。
 しかし男はちらりともショコラを見ず、歩き続けた。

「歩いて」

「ま、待って!」

 そう言っても、男は待ってくれない。

「君の知り合いのところへ送ってあげる」

「えっ?」

「だから黙ってついておいで」

 ショコラは頭がごちゃごちゃになって、男の言うことがよく分からなくなってきた。

「ど、どうしてわたしのことを知っているの?」

「……」

「あなたは、あのときの人ですよね?」

 ショコラの質問は止まらない。

「どうしてここにいるの?」

「……」

「ここに、住んでるんですか?」

 男は何も答えない。
 しばらく歩くと、男は小さく呟いた。

「……見つけた」

 人混みを抜け、立ち止まる。
 それはラグナルが休憩しているカフェの近くで、遠くの方にリリィやヤマトたちが見えた。みな心配そうにあたりをキョロキョロとしている。

「あ……」

「ほら、もう行って」

 背中を押され、ショコラは思わず走りだそうとする。
 けれど男のことがどうしても気になって、振り返った。

「あの!」

 男は相変わらず何も答えない。
 ショコラは少し冷静になった頭で、男にずっと聞きたかったことを聞いた。

「もう、元気ですか?」

 男は目を見開く。

「お腹痛くないですか?」

「……君は」

 男は眉を下げると、小さくため息をついた。

「僕は……大丈夫だよ」

「ほ、本当に?」

 その返答で、やっぱりあのときの人だったんだ! とショコラは目を輝かせた

「あの、さっきはありがとうございました!」

 男に近づこうとすると、首を横に振られる。

「もう戻って。さっきみたいなことにならないように」

「あ……」

「一人で行動しないでっていつも言ってるじゃないか」

「え?」

 男はそれだけ言うと、人混みの中に消えていった。
 
「ま、待って!」

 ショコラは思わずその後を追いかける。
 けれどその人は、あっという間にどこかへ消えてしまって、見つけることはできなかった。
 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

処理中です...