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第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!
再会
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路地の入り口に、背の高い男が立っていた。
顔は逆光になって、よく見えない。
「僕のものに、なぜ他の男が触れている?」
男はそう呟いて、こちらへ近づいてくる。
その場に、奇妙な空気が流れた。
緊張感にも似た、何か。
「まったく、目を離せば、君は……」
誰に向かって告げたのかはよく分からない。
けれどショコラの耳がひょこりと動いた。
(あれ……?)
ひどく聞き覚えのある声だった。
しかしショコラは、一体それが誰の声であるのか、わからない。
「その手を離してくれるかい」
「あ、え」
「荷物も返してあげて」
背の高い男はやんわりと、ショコラの手をとり、男たちから荷物を奪い返した。奪い返したと言っても、ただ手に取っただけだ。
男たちはぽかんとした顔で、ただただされるがままになっていた。
まるで身動きがとれない、とでもいうように。
背の高い男に腰を引かれ、ショコラはその胸の中に収まった。紙袋を渡され、自然とそれを胸に抱く。
不思議と嫌な感じはしない。
(……?)
ショコラは男の顔を見上げて、息をのんだ。
「!」
その顔を見て、目を見開く。
「あなた、は……」
サラサラとした黒髪に、切れ長の青い瞳。
整った顔立ちは、最後に出会ってから、わずかも変わっていなような気がした。
青い瞳の男はし、と口元に指を立て、ささやくように告げる。
「静かに」
男たちはぽかんとしたような顔で、突如現れた背の高い男を見た。
「僕についておいで」
腰をぐいと引かれ、ショコラは明るい道の方へ歩き出した。
その間もショコラは男の顔を見上げ続ける。
(この人……絶対にあのときの人だ……)
数年前、ショコラが公園で焼き芋を分け与えた人。
夢の中でおしゃべりをした人。
なぜそんな人が、この場にいるのだろうか。
ショコラはぽかんとしたまま、声をだすことができなかった。
頭もうまく働かない。
「ああそうだ、君たち」
青い瞳の男は立ち止まると、ショコラをいじめていた男たちに視線だけ向けた。
暗い路地の中、その瞳に一瞬ぎらりと鋭い光がよぎる。
「次この子に同じことしてごらん」
「ひっ……」
「命の保証はないよ」
それは人を従わせる絶対的な声だった。
冷たい声。
ショコラはぶるりと震えた。
その言葉の刃を向けられた男たちは、腰が抜けたように座り込んだり、呆然としたような表情で、ショコラたちが表へ歩み去っていく背中を眺めていた。
◆
「あの」
人通りの多い道を歩く。
正しくは、歩かされる。
「あの!」
勇気を出してそう声をかける。
しかし男はちらりともショコラを見ず、歩き続けた。
「歩いて」
「ま、待って!」
そう言っても、男は待ってくれない。
「君の知り合いのところへ送ってあげる」
「えっ?」
「だから黙ってついておいで」
ショコラは頭がごちゃごちゃになって、男の言うことがよく分からなくなってきた。
「ど、どうしてわたしのことを知っているの?」
「……」
「あなたは、あのときの人ですよね?」
ショコラの質問は止まらない。
「どうしてここにいるの?」
「……」
「ここに、住んでるんですか?」
男は何も答えない。
しばらく歩くと、男は小さく呟いた。
「……見つけた」
人混みを抜け、立ち止まる。
それはラグナルが休憩しているカフェの近くで、遠くの方にリリィやヤマトたちが見えた。みな心配そうにあたりをキョロキョロとしている。
「あ……」
「ほら、もう行って」
背中を押され、ショコラは思わず走りだそうとする。
けれど男のことがどうしても気になって、振り返った。
「あの!」
男は相変わらず何も答えない。
ショコラは少し冷静になった頭で、男にずっと聞きたかったことを聞いた。
「もう、元気ですか?」
男は目を見開く。
「お腹痛くないですか?」
「……君は」
男は眉を下げると、小さくため息をついた。
「僕は……大丈夫だよ」
「ほ、本当に?」
その返答で、やっぱりあのときの人だったんだ! とショコラは目を輝かせた
「あの、さっきはありがとうございました!」
男に近づこうとすると、首を横に振られる。
「もう戻って。さっきみたいなことにならないように」
「あ……」
「一人で行動しないでっていつも言ってるじゃないか」
「え?」
男はそれだけ言うと、人混みの中に消えていった。
「ま、待って!」
ショコラは思わずその後を追いかける。
けれどその人は、あっという間にどこかへ消えてしまって、見つけることはできなかった。
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