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第2章 ショコラと愉快な仲間達

料理長ヤマトの帰還

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 ショコラが館にやってきて、二週間が経った。
 今日も朝からミルティアとメルティアが騒いで賑やかだった。
 ショコラは魔界ニュースを見ながら、苺ジャムをつけたトーストをかじっていた。今日のメニューはゆで卵とサラダ、トースト、オレンジだ。ショコラがミルクの入ったカップを手に取ると、ちょうどテレビでは、美しい魔族の女性が、なにやら白い物体とマイクを手に持って、楽しそうに話していた。

『今日はおにぎり専門店ニギニギさんにお邪魔しました!』

 女性レポーターは、手で大きな木造の建物を示した。ショコラが見たことのないタイプの建物だった。

『魔界でもすっかり定着しつつあるお米。こちらのワの国産アノヒカリで作ったオニギリは、とても美味しいそうですね』

 女性レポーターはそれをはむりと口に入れる。

『ん~、程よい固さと甘みが素晴らしいです! あ、こちらのお味噌汁もワ国産なんですね?』

 そう言って、白い物体を食べると、女性レポーターは二本の箸を持って、気のお椀のようなものを手で包み、中の汁をすすった。

「?」

 ショコラは首をかしげた。

(あの白いものや、茶色いスープは、一体なんだろう?)

 オニギリと呼ばれていた白い物体は、どうやら穀物を握って作ったもののようだった。まわりには黒くて薄い何かが巻いてある。
 あとは、茶色いスープのようなものや、小さなお皿に何か野菜の刻んだようなものが置いてあった。
 ショコラがじいっとそのテレビに見入っていると、ミルティアが首に絡みついてきて言った。メルティアはミルクをこぼして、リリィに世話を焼かれていた。

「ショコラ、ワ食知らないの~?」

「ワ食?」

「とってもおいしいの。あれ、おにぎり」

 そう言って、小さな手でテレビを指す。
 ショコラが首をかしげると、前に座っていたシュロが、微笑んで言った。

「ワ食というのは、東の大陸の風土と文化で発達した料理のことです。こちらの料理とは、全然違うんですよ」

 例えば、主食が米と呼ばれる穀物であること。無理な味付けをせず、食品本来の味を生かし、旬と呼ばれる季節感を大切にしていることなど。そしてそれらは『箸』と呼ばれる二本の棒で食べることなどをシュロはショコラに説明してくれた。
 ショコラはそんなものがあるのかと驚いた。

「へえ、世界にはすごいお料理があるんですね」

 確かに、テレビでもショコラが普段食べているのとはまったく違う料理の数々が並んでいる。

「メル、おにぎり食べたいー!」

 こぼしたミルクを拭き終わったメルティアが、びゅーんとショコラの首に飛びついて言った。
 ショコラも耳をひょこひょこ動かしながら、頷いた。

「おいしそうです。おにぎりっていうの、食べてみたいですね」

 少し前までは、かびたパンやほぼ具のないスープ、そして折檻がひどい日には雑草をむしって食べていた。それがこのようにおいしい料理を食べられるようになって、さらにワ食と呼ばれる料理まで食べたいと思ってしまう。

(わたし、くいしんぼうだなぁ)

 人の欲はどこまでも尽きないものだと、ショコラは少し恥ずかしくなった。

「ふふふ。そんなショコラさんに朗報ですよ」

 メルティアの世話を終え、席に着いたリリィが含み笑いをした。

「?」

 ショコラが首をかしげると、リリィは頬の横で両手を合わせて言った。

「実は今日、ようやくうちの料理人が退院して、戻ってくるんですよ」

「え? 料理人さんが?」

 ショコラは驚いた。
 初日に聞かされていたことだが、この館のキッチンを預かっている料理人は、ワイバーンに襲われ、大怪我をして入院中とのことだった。

「都立病院でも二週間以上入院した怪我ですから、本当にひどかったみたいです。でももう、この間お見舞いにいったときは、すごく元気そうでしたので、さっそく今日から働いてくれるでしょう」

 そう言ってリリィは目を輝かせた。
 料理人のいない間は、リリィがキッチンを預かっていた。
 毎日何を作るかで頭を悩ませていて、大変そうだったことを思い出す。
 ショコラはリリィが作る料理は十分美味しくて、ご馳走だと思っていた。
 けれどそれ以上にすごい人が来るのか。

「ほっほっほ、よかったですな、ショコラさん」

 シュロがそういうと、リリィがふふふ、と笑った。

「うちの専属料理人、ヤマトはワ食の達人なんです」
 
 ◆

 その日の午後、ショコラはラグナルとシュロと一緒に、近くの村まで出かけていた。
 ワイバーンの被害について相談するためらしく、ショコラは近隣を把握するために、一緒に出かけるようにリリィに勧められたのだ。

 ラグナルの館は山間にある『エルフの里』の近くに存在している。
 この辺りは特に『魔素』が濃く、それゆえモンスターも繁殖しやすい地域となっている。エルフたちは魔素やモンスターを利用して、古来から伝わる魔法体系を研究したり、魔道具を作っているらしかった。

 村人たちはラグナルたちを歓迎し、特にショコラは村人たちからたいそう可愛がられた。
 ラグナルたちの話し合いに入るのも悪いと思ったので、村をふらふら歩き回っていると、みんな獣人を生まれて一度も見たことがなかったらしく、物珍しそうに話しかけてきたのだ。そのうちにかわいいかわいいと頭を撫でられ、お菓子もいっぱいもらってしまった。

「あー、獣人の子どもを見られるなんてねぇ」

「人間界から戻ってきた獣人たちもいるようだけど、本当に少しらしいからね」

「ショコラちゃんはかわいい上に珍しい種族だから、変な人には気をつけるんだよ」

 口々にそう言われ。ショコラは恥ずかしげにしっぽをちょろちょろと振っていた。
 それからしばらく、農作物やら人やらを襲うワイバーンの愚痴を聞いているうちに、ラグナルたちの話し合いは終わったようだった。

「いつも本当にありがとうございます、魔王様」

 老人が深く腰を折る。

「僕、もう魔王じゃないし、別にこれくらいいよ」

 ラグナルがそう言った。
 ショコラは知らなかったのだが、ラグナルはこの辺りに出てくるモンスターを、できるだけ片付けるようにしていたのだ。

「それにしても、例のワイバーンも早く片付けばいいですなぁ」

 シュロが不安そうに言う。
 きっと、料理人を襲った、あのモンスターだろう。

「ワイバーン、美味しいから、来たら呼んでね」

 じゅる、とラグナルはよだれをぬぐった。

(食べるんだ……)

 相変わらずマイペースなラグナルに、ショコラは微妙な気持ちになった。
 そして優しい村人たちに見守られながら、三人は村を後にしたのだった。

 ◆

 館に戻ると、入り口に大量の荷物が置いてあった。

「ああ、ドラゴン急便が来たんですね」

 ショコラが不思議そうにしていると、シュロが優しく教えてくれた。

「ここは田舎ですから、二週間に一回ほど、通販で頼んだものをまとめてドラゴンが持ってきてくれるのです」

 ショコラはなるほど、と頷いた。
 ここへ来るまでに、ドラゴンが空を飛んでいたのは一度や二度じゃなかった。
 ドラゴンは御者を乗せ、大空を何よりも早く駆け抜け、荷物を颯爽と届けてくれるのだという。移動と荷運びには欠かせない存在だ。

「あ、ちょうどよかった」

 ショコラたちが入り口で話していると、リリィが正面の階段から降りてきた。

「さっき、ドラゴン急便と一緒にヤマトが帰ってきたんです」

「おお、そうだったのですな」

「ちょっと一杯買いすぎちゃったので、荷物の運び込み、お願いします」

 そう言ってリリィはラグナルにも大量の箱をもたせて、部屋に運ばせた。ラグナルはヨロヨロと歩いていて心配になったのだが、ショコラにも荷物があったので見届けることはできなかった。

「これはキッチンによろしくお願いしますね」

「はーい」

 リリィは台車にのせた荷物をショコラに渡した。
 ショコラはカラコロと台車を押して、キッチンに向かった。

 ◆

 ダイニングルームにつくと、ショコラは台車から荷物を持って、キッチンへ向かった。伝票には調味料と書いてあって、少し重い。けれど小柄な割にショコラは力持ちだった。
 よいしょよいしょと前が見えないくらいに荷物を重ね、キッチンへ入っていくと、ドンっと誰かにぶつかった。

「うひゃぁっ!?」

「うおっ」

 ショコラはそのまま荷物をぶちまけて、尻もちをついてしまった。

「いてて……」

 一体何にぶつかったのだろうと上を見上げて、ショコラは凍りついた。

「あ"あ"?」

 目の前に、やたらと目つきの悪い黒髪黒目の男が立っていた。
 すらっとしているのだが、威圧感が半端ない。
 肩につきそうな髪を一つに縛り、腕を組んでショコラを見下ろしている。

「んだテメェ」

 不機嫌そうな低い声をかけられ、ショコラはあまりの恐怖に震えあがった。

(ま、魔王だ!)

 ラグナルよりも断然魔王っぽい。
 男はいぶかしげにショコラを見たあと、なぜか眉を引きつらせて、ずい、と一歩前に踏み出し、ショコラを覗き込んだ。

「ひぃっ!?」

 ショコラはガクガク震えながら、思わず後ろへ下がる。

「なんで」

 ショコラが下がった分、男もまた一歩、近づいてくる。

「そんなに」

 ショコラはまた、一歩後ろへ下がった。
 背中に壁がついて、これ以上逃げられなくなってしまう。

(ひいい! 殺される!!!)

 ショコラはあまりの恐怖に、目をぎゅっとつぶった。




「痩せてるんだ!?」




 男はそう叫んで、くわっとショコラに掴みかかった。
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