探偵災害 悪性令嬢と怪人たちのギリギリな日常と暗躍

鳥木木鳥

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虚ろな探偵を満たすもの

治療、そして参戦決定

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 もう無理だって! これどう考えても無茶だって! わかれよ脳みそ120%筋肉でその150%腐ってんのかこの馬鹿!
 斑鵺と黄色矢、ヒルメの大立ち回りの最中、私はそう叫びたかった。しがみつくのに必死で口を開く余裕がなかったから、結局「プシー」と変な息が漏れただけで終わったけど。

 危なかった。
 下手すりゃその場で協力関係解消されるレベルの毒を吐く所だった。

 意識をなくしたヤマメさんをしっかり片手で掴んだまま、見事にヒルメに蹴りを浴びせ、返す刀で黄色矢の殴打を躱す。
 私はその動きに振り落とされないよう握力最大。出来るなら今すぐこの大猿虎男から離れたい、けどこの身体でまともに走れるか自信がない。

「・・・・・・・・・・・・そろそろか」
 斑鵺はそれだけ呟いた。
「では、また」
 それは誰に言った言葉か。それまで全方位に発散していた暴力が、一瞬で全て停止した。
「ぐぎゃ」
 急な方向転換に、声が出たと思ったら、そのまま土蜘蛛の王と呼ばれた怪人は私とヤマメさんを連れてその場を全力で離脱した。
 後から考えると、この「大暴れ」20秒、いや10秒程だった。私とそれに探偵ふたりにとっては10分にも感じられたけど。
 その僅かな時間で、鵺は追跡の為の装備を全て的確に破壊していた。
 無法無策に見えてその辺りのは計算済み。だからこそ主として群れを率いることが出来るのだろう。
 振り回された私には関係ないことだけど。



「・・・逃げられたみたい」
「・・・はい」
 残されたわたしたちは呆然としていた。もちろん普通に考えれば相手があのふたりを助けることを優先したのは明白。だけど何だか中途半端に打ち切られたような気持ち悪さを感じてしまう。
 何よりもタンテイクライ、あのままだとあいつには勝てていた。
 それがわたしではなく黄色矢さんの力のおかげというのは、長らくあいつらに悩まされてきた身としては正直複雑だけど、まあいいや。
 ヒフミさんもよく言ってる、変なプライドは邪魔なだけだってね。
「ヒルヒル、大丈夫?」
 黄色矢さんが警戒を解いて声をかけてきた。
「ええ。でもあいつらには逃げられました」
「仕方ないよ。街の外から来た戦闘能力持ち怪人2体にあの『耳蜻蛉』、おまけに『土蜘蛛の王』まで出てきたんだから」
 王。
「あの猿面が土蜘蛛の首魁なんですか」
「うん。私より彼の方が詳しいかな」
 そう言って黄色矢が顔を向けた方向から、フシメ兄さんが現れた。
「ヒルメ、それに黄色矢。状況を報告出来るかい?」
「予め言われた通り、一般員は遠距離からの支援のみに留めて、わたしたちで対処・・・おかげで職員には死傷者なし、おめでとう!!」
「それは重畳」
「代わりにわたしとヒルヒルが痛めつけられたけどね・・・」
「それは残念」

 ・・・このふたりの会話聞いてると疲れる。ヒフミさんの相手してる時とは別の種類だよ、この感覚は。
「ああ、ヒルメ。あの『斑鵺』に遭遇して、よくぞ無事だったね」
 いきなりこんな風に話を振ってくるし。
「はい、何とか・・・兄さん、いや団長。あれが『土蜘蛛』の」
「ああ。『斑鵺』あいつが組織の王にして土蜘蛛の頭、群れの脳を守る最強の番人だよ」


「今すぐ治療室に放り込んで。再生増進薬は十分? なら外皮、内臓器官それぞれの再定義促進薬も余裕があったはず」
「探偵に負わされた内部の傷は単純な切断。鮮やか過ぎて内部の壊死が起きてないの。これでこいつの鋼の鎧を・・・じゃがこの場合はそれが不幸中の幸い、悪運強いのこの給仕は」
「最近再生した後が・・・全身ほぼ丸々。すごいな。これって・・・・・・・・」
「そこの女から聞いとる。施術したのは鍵織、ザザ、汝の話にあった旧家の末裔じゃと」
「道理で。これなら再生もやりやすい」

 ・・・・・さっきから何ひとつ話がわからない。

 ここは土蜘蛛のアジト、だと思う。入る前にわたされた懐中電灯の灯りの他は一切光のない洞窟の奥の奥。こいつら普段こんな所でまともに生活出来てるの?
 今重要なのはそこじゃない。
 まだ意識の戻らないヤマメさんの治療をするとジキの方から言ってきたのは意外だったけど、実際余裕のない状況だから助かった。
 このふたり、鍵織と同じ医者? あるいは怪人の製造元とか。そういえば最初に会った時も「英雄化」がどうとかそっちの知識があるみたいなこと言ってたな。
 私としては、無事治療をしてくれれば何でもいいけどさ。

「タンクラ。それでこの給仕じゃが」
「タンクラ・・・それ私のこと言ってる?」
「他に誰がおる」
 そういえばさっきチラリとそう呼ばれたな。
 タンテイクライ、縮めてタンクラ・・・
 安直な上、戦車タンクみたいでややこしくないか、それ。
「こいつに施されてるのは鍵織のとこの技術で間違いないな?」
「・・・ああ、それは確か。私以外の怪人は全て、鍵織の家の技術で生み出された」

 仲間外れは私ひとり。
 探偵で怪人、そしてひとりめの「令嬢」
 本当の意味で私と同じなのは、シイ、あの子だけなのかも。
 忌々しいけど。

「そうかい、なら良かった。うちのとこで十全にやれる・・・三世代前のならエミュレートも容易に出来るからの」
 また変な単語が混じった・・・それに今のセリフだと、この人たちが拾人形怪人団、鍵織より遥かに進んだ技術を持ってるように聞こえるじゃないの。
 ・・・まさか、ね。
「そういう訳で安心してくれてええよ。あとはザザがひとりで全部やる手はずや」
「あ、はい。ありがとうございます」
 虚を突かれて咄嗟に素で返事してしまった。微妙に気まずい。

「そんで、あいつを待つ間に、これからのことを話してええかな?」
 私がしょうもないことを考えてても、状況は待ってくれない。
「タンクラ、それから今治療しとる給仕。これであんたらはワレらに大きな借りが出来た、それには合意するよな」
「・・・否定出来ない」
「なら、ひとつくらい『お願い』きくん仁義というものちゃう?」
「そうですね」あはは、こういうの何て言ったかな。

 お願い風脅迫、とか。

「『拾人形怪人団』が首魁、タンテイクライ。汝の力を借りたい」
 ここは蜘蛛の腹の中同然、まして、今ヤマメさんの身を好きに出来る立場にこいつらはいる。
 どんな無体な要求をされても、こちらは断れる空気じゃない。

「ワレらと協力して、第11探偵団団長蛇宮フシメ、及びその側近兼戦闘要員、黄色矢リカを打ち滅ぼして欲しい」
「・・・・・・・・・へ?」たったそれだけ?
「何じゃ不満か?」
「いや、てっきり最低でも『囮として敵を引き付けて自爆、その後再生のサイクルを数十回繰り返せ』くらいのことを言われると思ってたので」
「汝の中でのワレらはどんな外道なんじゃ・・・」
 ジキが真剣に引いてる。止めてよ、そんな発想をする私がおかしいみたいな目で見ないで。
「昨日と随分話が違うみたいだけど」
「ああ、正直な話、あの給仕に説得されてな」
 え。
「ワレらもまさか汝らに発破をかけられるとは思わんかった。おかげで目が覚めたわい」
「そうなの」
「腹を括って、身を削ってでもあのふたりを排除する。それ以外にワレらが平穏を取り戻すのは無理じゃ。そう気付かせてくれた汝には・・・感謝しとる」
「それは良かった」

 ・・・・聞いてない!
 ヤマメさんには「ジキがあんまり好き勝手言うようなら断れ」「良いと思う条件を飲ませろ、裁量は任せるから」それくらいしか言ってないのに・・・
 それが何で、こんな風に私たちが徹底抗争の口火を切ったことになってるのさ!

 いや・・・原因はこれ以上なくはっきりと、嫌になるくらい明白だ。
 船織ヤマメ。
 私が命じたことを、彼女はこちらの利益が最大となるようにしろと解釈した。その為にジキに自分自身が最良だと思う方法を伝え、こうして彼女たちを焚き付けた。

 ヤマメさんが最良とおもうこと、それは偏に彼女の趣味に合った形の闘争に他ならない。
 即ち、周囲全てを巻き込む何ひとつ容赦のない大混乱中で、私のような人間が足掻く様を観るという悪趣味の極北。
 確かにこいつらの元の考え方じゃジリ貧になるのは目に見えてる。少なくともジキとあのザザ以外の組織のメンバーには会ってないけど、そんな大所帯のはずもなし。
 だから疑いなくヤマメさんの提案は理に適ってる。
 私たちがその決戦に強制参加させられることを除いては。
 あわよくば黄色矢さえ討てれば良い。
 そう伝えていたのに真正面からの殴り込みになってる。

 ヤマメさんみたいな合理性と自分の美意識への飽くなき情熱の塊の精神性の持ち主に、交渉の真似事をさせればこうなると予想しておくべきことだった。
 つまり一切全ては私のせいということで。

 ・・・嫌だなぁ。


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