探偵災害 悪性令嬢と怪人たちのギリギリな日常と暗躍

鳥木木鳥

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虚ろな探偵を満たすもの

崩れた均衡

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「あなたが糸追ジキ様ですか?」
「ああ。あの怪人のお仲間か?」
「船織ヤマメと申します。よろしくお願いしますね、『土蜘蛛』の怪人」
 それだけ言うと私は礼儀正しく一礼しました。
 緑の服を着た目の前の女性は、ヒフミ様の話の通りの外見です。
「ほいよ。よろしくの、怪人」
 ・・・確かにいまいちつかみどころがなくて落ち着かない気分にさせられますね。

「汝がこうして指定された場所に来たっちゅうことは、ワレらの申し出に答えると解釈してええんか?」
 ここは前回の接触した場所とは違う路地裏の一角。
 こういう人の目のない所をすぐに用意出来るのは見習いたいですね。
「ええ、我々『拾人形怪人団』はあなた方の申し出を謹んで受け入れ、『土蜘蛛』との共闘及び互いの技術提携に同意させていただきます」
「そうか。それは良かった。正直もうちっとごねられるのを覚悟しとったんじゃがな」
「そのような無礼な真似をするはずがありません」
 過剰なほどへりくだって相手を持ち上げる。このような振る舞いは主や元主には難しいでしょう。ふたりとも変な所でプライドが高いので、下手にお世辞を言おうとしても隠しきれないボロが出る。
 揃いも揃って面倒な人たちですね。
「そんじゃ、早速じゃが近々予定されとるワレらのアジトへの襲撃、その迎撃に回ってもらうというのはまず理解しとるか」
「無論」
「ならええ。汝らにはこちらが指定した場所の防衛を担当してもらう」
「防衛ですか。それ以上のことは?」
「へ? なんじゃそれ。先に言うとったじゃろ。汝らにはそれだけやってもらえればいいって」

「わざわざ指を加えて待ってるのではなく、襲撃だのが始まる前にこの勢戸街の第11探偵団をさっさと壊滅させればいいのでは?」

 ポカンとした表情の糸追。何考えてんだこのイカレメイドと言いたげですね。まあそんな目で見られるのは慣れてますので。
「あ~わかっとるかと思うが、ワレらは、ずっとここに巣くった組織じゃ」
「そうですね。長らくこの地で尻尾を見せずに探偵組織への破壊活動を継続していますね」
「ほんで向こうはここに至るまで、末端の施設は壊せても肝心の頭の場所は掴めとらん」
 頭・・・群れの指揮をする存在、という理解でいいんですよね。
「そして、これが重要な話じゃが、ワレらがここまで存続出来たのは、単に隠れ潜むのんが上手かったことだけが理由じゃあない」
 よく聞けよ、と言いたげに指を立てて。
「馴れ合ってきたからじゃ」
「それは、探偵と癒着してきたと聞こえますね」
「そう言われたら聞こえは悪いがの」

 第11探偵団、勢戸街、そして土蜘蛛。
 その3者の歴史は長い。
 勢戸街が生まれる前からこの地に棲みついていた土蜘蛛、街を守る為、地を平定する為に外部から来た探偵団。
 敵対する組織が隣接する構図から絶えず抗争が起きる、と外部の人間は予想する。
 しかし現実には小競り合いすら滅多になかった。
 探偵と真正面からぶつかってなお勝利出来る能力持ちが、その剣呑さとは裏腹に積極的に仕掛けなかったというのもある。
「何より目こぼし、ちゅうんか。勢戸街に住んどる人間も、そこに常駐しとった探偵も、ワレのことは潰そうとは考えとらんかったんよ」
 過剰に相手を攻撃すれば、自分たちも少なからず損害を受ける。
 そのような一種の平衡状態は数十年、あるいはもっと長い年月をかけて土蜘蛛が築いたものだった。
「温いと思うかもしれんが、現実問題、例えあそこの第11の連中を殲滅しても、後からいくらでも補充されてくるだけじゃ」
 何故なら、この世界を支配するのは探偵たちだから。日陰に潜む蟲とは規模が違う、頭数も暴の質も隔絶している。
「だから、まあこのままの状態で社会から排斥された奴らを受け入れつつ何とかやってこれた。それがうちの組織の実態じゃ」
 まつろわぬ民。この世界においても土蜘蛛はその名に相応しい存在であろうとした。
「今の頭に至るまで、長々と苦労しての。その甲斐あってナアナアで成り立つ関係を作れたんじゃ」
「・・・話を伺うに、仮初にもそれなりの平穏な状況だったのでしょう? それが他の街に増援を求めてまで襲撃することとは結び付かないようですが」

「3年前、今の団長と、あとひとりの探偵がこの街にやってきた」
 蛇宮フシメ、黄色矢リカ。

北園きたぞの宮岸みやぎし、ああ第11の団長とその側近なんじゃが、そのふたりは今言ったナアナアの関係を維持しとった」
「あなた方とそのような関係になるとは、正直信じがたいですね」
「探偵といっても全員が名探偵の狂信者じゃない、ということじゃ。特に何だかんだ言ってここは中央から離れた地域。神の威光も届かないということじゃ」
 そうかもしれませんね。
 頭のネジが2、3本吹き飛んだ探偵と、日夜潰しあってるとその辺りを忘れがちになりますが。

「そんで後から来た蛇宮と黄色矢が、速攻で物理的にそいつらを排除しての」

「サラッとすごいこと言いますね」
「しょうがないじゃろ。実際にやっちまったんじゃから」
「やっちまいましたか」

 何ですか、それ。
 新参がトップを暴力で排除。
 一応は正義の味方でしょ、それじゃ反社な組織じゃないですか。

「ほんで頭がすげ変わった途端に、いきなり土蜘蛛の排除を徹底するようになっての」
 辛うじて成り立つ均衡を全く考慮せず、容赦なく怪人を狩る。
「無茶ですね」私が言うのも何ですが、後先考えてないんじゃないですかその人たち。
「無茶な奴らじゃが、質の悪いことに強い。汝らも知っとるじゃろ?」
 黄色矢リカ。
 ヒフミ様含め私たち3人と渡り合ったあの探偵ですか。
 団長の方はまだ未知数ですが、相手はあの蛇宮。厄介なのは間違いないでしょうね。
「馬鹿なんじゃよ、とどのつまりあいつらは」
 糸追は容赦なく切って捨てます。
「だから今度の襲撃作戦を成功させることしか考えてない。街や周辺への被害もお構いなしにな」
「そこまでしますか? 街を守るのが仕事でしょうに」
「そこまでする。この3年、ワレらも少なくない被害を受けてきた。だからあいつらの本性は昨日今日ここに来た汝らよりはわかっとる。それはわかるじゃろ?」
「まあ、そうでしょうね。無茶な探偵の心当たりはいくつかありますし」
 主には内緒ですよ?

「ほんで話を戻すと、ワレらは探偵団の壊滅は望んどらん。、むしろ下手にあの団長と探偵を排除してしまうとそれより質が悪いのが増員される恐れがある」
 だからこそ現状維持、とは違いますね。前のような状況に戻すのが彼女たちの望みという訳ですね。
「今更自分たちを正当化するつもりはないが、今のままあいつらだとこの街自体下手すりゃシャレにならん傷を負わされる。ワレもギギも、それに他の連中もそれを避けたいと思う程度にはここには愛着があっての」
「正当化ですね」
「断言するの」
 ちゃんと言うべきことは言うのが誠実さでしょう。
「まあ、そういう良い感じに偽善と自己正当化の混ざった所は、個人的に好感が持てますが」」
「それは褒めとるんか、それとも嫌味か、判断に困るの・・・真剣に」
「十割称賛ですよ。私の主やお仲間に似た煮え切らなさ、私の中で高得点です」
「ワレにはわかる。その点数、絶対ろくでもないもんじゃろ」
 失礼な。「私が見てて楽しい対象」を厳密に数値化した有益なものです。ちなみに今の所ぶっちぎりでヒフミ様がトップです。

「お話はわかりました・・・ですがそうだとすると増々呑気に防衛などと言ってられませんね」
「何が言いたいんじゃ」
「理解していますよね? ここを凌いでも無意味だと」
「それは・・・」
「簡単なことです。蛇宮フシメと黄色矢以外を全て倒したとしてもそのふたりが残っている限り、いくらでも補充してくる、いいえ彼らだけであなた方と刺し違える覚悟で突っ込んでくるくらいのことはしかねないんじゃないですか?」
「・・・そうじゃな。あいつらなら街ごと自爆するくらいやりかねん」
 そこまでは言ってないんですけど。そこまでアレとは・・・正直ドン引きです。
「ですので、言い換えればさっさとふたりを潰す。それが最小のコストでその不安の一切が消え去る最適解じゃないですかね?」
「簡単に言ってくれるの」
「はい、無責任な外野ですので」
 だから好き勝手なことを言います。
「その『簡単なこと』、汝らと組めばそれが可能だと?」
「ええ」
 その問いかけに、拾人形怪人団所属怪人「ハガネハナビ」として、わたしは迷わず頷きました。

『タンテイクライ』理不尽で混沌とした状況こそ彼女の独壇場です。だからきっとあなた方『土蜘蛛』にギリギリの泥仕合の果ての勝利をもたらすでしょう」

「自信があるのかないのか、訳のわからん口上じゃな」
 でも、まあええかー
 苦笑しながら糸追は私に手を差し出してきます。
「ワレらもしぶとさには自信がある。なら汝らのその頭に賭けるのもええか」

 今更ながらこの人何歳なんでしょう? 考え方もそうですが、見た目より口調や振る舞いが古めかしいというか。
 別に今は重要じゃないですけど。

 私が彼女の手を握り返したのとほぼ同時に、主に付けていた状態把握機能付き発信機から警報が鳴り響きました。
 そしてわたしは怪人「耳蜻蛉」とここに駆けつけたという訳です。


「無事で幸いです、主。すぐに助けますからね! ・・・あ、ちなみにあの蜻蛉怪人が言っていたんですけど・・・」
「そういうのは後で聞くから、今は戦いに集中して!」

 優雅に物騒に登場した怪人「ハガネハナビ」は、そのまま探偵、蛇宮ヒルメとの戦闘に突入した。
 今すぐ加勢すべきだけど、まだ身体が上手く動かない。
 ヤマメさんが普段より饒舌なのも、相手の注意を自分に向けて、私から引き離す為だってことはのはわかるけどさ。
 それとは無関係に、この人話始めると長いんだよ!

 黄色矢は蜻蛉怪人と一騎打ちの真っ最中。
 あれ程の空中機動なら、あるいは彼女に抵抗出来るかもしれない。

 あの蜻蛉はジキ、それとも名前の出たギギとかいう人や他の誰かなのか。それもはっきりさせとかないと。

 まあ、全てはこの混乱を潜り抜けてから。
 前向きに・・・頑張るしかないね!

 はぁ・・・しんどいなぁ・・・
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