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虚ろな探偵を満たすもの
恐れ
しおりを挟む「じゃあさ、じゃあさ。ヒルヒルは3年ぶりにフルフルに再会したんだよね?」
「はい。あとその呼び方で行くって決定してるんですね」
兄妹だからって似せているの? そうでなくともネーミングセンスがデッドエンドなことは間違いないけど。
「いいじゃない、いいじゃない」
もしかしなくても話と半分も聞いてないんじゃないの。
あの後、一通り連絡が終わった後、黄色矢さんがわたしにここの案内をしたいと突然言ってきた。
断る理由もないから付き合ってるんだけど。やっぱりグイグイ来るんだよね・・・
「そんでもって、ヒルヒルの所属は『第19』でしょう? あの『迦楼羅街事件』の当事者、なんだよね」
「はい。一応は」
いきなりぶっこんできた。報告書にはでかでかと名前が書かれてるから知ってるでしょうに。何でわざわざ聞くの。
やりにくいなぁ。
「でも、そんなに把握してるってわけじゃぁないです。色々と周りに流されてたってのが正直な所なんでぇ」
嘘じゃないよ。あの団長始め裏で様々な勢力の思惑が交差していたことはわかるけど、知ったことじゃない。
むしろ私はその後始末で、言えないようなことをした訳で・・・
「だから公のレポート以上のことは何も知りません」
「本当に?」
「本当です。嘘じゃないです」
「・・・・・・」
急に黙らないで欲しいな。
「へえ、てっきりヒフッペ、ヒフミ団長と同じくらいヒルヒルもあの場にいた怪人のこととか知っていると思ってたのに」
「? 何でそこで彼女の名前が出てくるんです?」
「理由なんてないよ、ただ何となくあの人なら詳しいんじゃないかって思ったんだよ」
「同じですよぉ、あの人も。まあ役職とか考えれば、わたしから聞くよりは参考になるんじゃないですかね?」
まあ、あまり大っぴらに出来ないことをわたしはヒフミさんにしたのは本当だけど。
記憶改竄。脳に悪影響はないっていう、あの白い奴の言葉を信じるしかないんだ。そうでなかったらさすがにダメだよ、いろいろと。
「にゃは。そうだろうね」
また笑う。この人コロコロ表情変わるんだ。そのせいなのか、こうして向き合ってると落ち着かない。
「でもこうやってあなたと話すのは興味深いよ、ヒルメ」
その言葉を言った黄色矢リカの表情は、見たことがないものだった。
「ここにきて、フシメといっしょにいるきみを見てすぐにわかった」
わかった。理解した。探偵だから
「蛇宮ヒルメは隠し事をしている」
「・・・何のこと」
「もちろん人間なら多かれ少なかれ秘密はある、それは否定しない」
間髪入れずに黄色矢は続けた。
「だけど、それにも種類がある。自分の損になるから黙っていることや、その方が得だから内緒にしておくもの」
止まらない。探偵の言葉は止まらない。
「案外、自分の感情のことはわからないもんなんだよ、蛇宮ヒルメ。司祭の家系の末裔」
そう呼ばれた時。何故かどこかでこれと似たような状況に遭遇した気がした。
「そうそう、秘密がどうとかって話だよね」
こちらの答えを一切聞かず、それでもジッとこちらを見つめながら黄色矢は話し続ける。
「あとは・・・そうだな。『恐怖』で口をつぐんでいたり、とかかな」
「恐怖・・・?」私が怖がってる? 何を?
決まってる。
「ああ、それもひとつだけじゃない。昔から持ってるものと、最近芽生えたもの。二種類の恐れが蛇宮ヒルメの中に巣くっている」
昔から?
過去、わたしはあの蛇宮を追い出された。
「すごく単純で、誰もが持つ。その恐怖がきみの行動原理」
「誰もが、持つ?」
「そう、蛇宮ヒルメ。蛇宮フシメ団長が象徴するのは古い方の恐怖かな? そして残る方は、ま、語るまでもないよね」
迦楼羅街事件。
あの混乱の中、わたしは団長に切り捨てられ、あの怪人と取り引きした。
「でもその根っこは同じなんだよね。蛇宮ヒルメ、きみの根幹にあるのは・・・・・・・・」
「止めてください、黄色矢リカ」
止めろ。
その言葉を言わせたらきっと何かが壊れると、わたしは直感した。
「あーごめんごめん。ついつい喋り過ぎちゃった」
何もなかったように、黄色矢さんは元のお気楽な顔に戻る。
「そうそう、案内だ。せっかくだからヒルヒル。街の方にも行ってみない?」
「え。はい」
いきなり話題が変わったから、つい頷く。
「決まり、決まり!」嬉しそうに言う彼女。
・・・もう間違いない。
この人、ヒフミさんとは外見は正反対。
黄色矢リカは茶色のショートヘア。目がキュピーンって感じの陽のオーラが空気中に排出されてるような人間。
芦間ヒフミは黒く長い髪でジト目。愛想よく振舞っていても、隠しきれない陰のオーラが空気を澱ませるって、わたしは知ってるんだ。
そしてこのふたりは違った方向で、滅茶苦茶めんどくさい。
もうやだ。あの兄より濃い人がポップするなんて、罰ゲームかなんか?
「なんだかややこしいことになっとる」
糸追ジキは独白する。
「一応盗聴やら対策はしとるが、ま、この『耳』は想定外じゃろ」
ヒフミとケラ、ふたりが交わした通信はジキには完全に筒抜けだった。
結局の所、古き民。まつろわぬ者の力を彼女たちは侮っていた。
どれほど綿密な対策を施した機械、機構も蜘蛛の糸からは逃れられない。
自分たちにとって致命的な情報まで抜かれたことを、ヒフミはまだ知らない。
「ヒフミ、ヒフミね。まぁさか団長代理が繋がっとるとはな」
からから。からから。
公園の一角に、糸追ジキの笑い声が響く。
「そうじゃの。明日の顔合わせにはこいつと、ケラとかいうのが来るか・・・ケラ、ケラか。何か聞いたことあるような」
トントン。ヘッドフォンを叩く。叩いて思い出す。
「・・・ああ、そうじゃった。ケラ、丙見の。ああ」
周囲には誰もいない中で、芝居がかった調子の独白は続く。
「なら、いよいよ楽しみじゃんな、なあそうじゃろう。ザザ」
ここにいない誰かに呼び掛けてセリフを終える。
そのままクルリ、と挨拶するように、ジキはその場で回る。その視線の先に、蛇宮ヒルメと黄色矢リカがいた。
目の前の人を見て、私は違和感を感じた。
ヘッドフォンとか言ったっけ。向こう側の機械。施設でしか見たことのないものを当たり前のように身に着けてる。
歳は・・・わたしよりしたっぽいけど。
何だか・・・姿が。
「何? お姉さん。じっと見てるけど」
「へ? ごめんなさい」思わず謝る。知らない内にわたし、相手をじろじろ見ちゃってたのだろうか?
「じゃあ、用がないなら行くので」
こちらの返事を待たずにその青髪の子はさっさとどこかに行ってしまう。
立ち去る彼女が、ほんの一瞬振り返って黄色矢さんと目を合わせる。
「****」
何か言った気がした。けれどもその言葉は聞き取れなかった。
そしてあっという間に少女は姿を消す。やたら足が速い。
「黄色矢さん? 今、あの子に話しかけられませんでした?」
「さあ? ヒルヒルの気のせいじゃない?」
そうかな・・・そうなんだろうな。
「それよりもどこか行きたいとこない?」
「え。でもわたし来たばかりでこの街のこと何も知らないんで」
「あはは。そりゃそうか。だから私が案内してんだった」
そう言ってまた笑う。忙しい。
「今度はあのふたりか。やはり狭い街じゃなここは」
ヒルメたちから離れたジキは呟いた。
「まあ、今回はそのおかげで色々こちらには都合のいい展開になってきたんじゃから、僥倖だわな」
彼女たち「土蜘蛛」にとって敵は探偵。そして「拾人形」は敵の敵、最大限好意的に考えても利用する相手でしかない。
それでも、まあ偶然か意図した結果か、「上の立場」であろう芦間ヒフミが、危険を冒して顔を見せたことで、彼女たちに対する評価が上がったことを糸追ジキは否定しない。
「誠意を見せてきたのなら、それに応える。それが筋じゃあなかろうか」
さもありなん、という態度のジキだが、彼女はまだ知らなかった。
芦間ヒフミにとって、誠意を示すなど、何の価値もなければ興味もない。
彼女が勢戸街を訪れたのは、慣れない団長業務でフシメの要請をうまく断ることが出来ず、そのままズルズルと成り行きで時間が過ぎた結果だということを。
そんなグダグダな裏事情など露知らず、糸追ジキは訳知り顔で明日のこと、そしてこれからのことを考える。
「まあ、単なる養分で済ますのもなんじゃから、もう少しきっちりと味わわないとな」
あくまで自分たちが上位で、外様の怪人など下に過ぎない。その前提があるからこそ、ジキはヒフミやケラを読み違えた。
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