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虚ろな探偵を満たすもの
空っぽ
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蛇宮。
支配者たる名探偵に仕え、探偵を多く輩出している一門。
この一族は世代を超えて「最良の探偵の器」たる人間の製造を行っていた。
同じ目標をもつ芦間は胎児の時点で操作を行い、先天的に探偵に向いた存在「令嬢」を生み出した。
対して蛇宮のアプローチの中心は「後天的」な領域にあった。
「では、今日は『探偵権限、魔術殺し』についてを授業を行います」
蛇宮の屋敷の一室。
机や椅子の並んだ、「教室」のような部屋だが、そこには妙齢の女性と少女がふたり居るだけだった。
教壇に立つ長身の女性の言葉に、その前に座った髪の短い少女が頷く。
「はい、わかりました。先生」
毎日毎日、来る日も来る日もただひたすら探偵の異能、名探偵の与える恩恵、この世界の秩序についての知識と技術を詰め込む。
代々の蛇宮の子供のひとりとして、それが彼女の日常だった。
「今後『恩寵』であなたが獲得する権能は高確率で『物質操作』、ないしはその派生でしょう」
「物質操作、ですか?」
「検査結果はそうなっています。もっとも名探偵の御心は我々俗人には計り知れない程深いものなので、何らかの変更が加えられるかもしれませんが」
「それで、どんな力なんですか」
「生物あるいは無機物、様々な外部の存在に干渉する能力。私たち蛇宮の人間、そのほとんどが持つ異能」
戦闘だけでない、より多くの場面で機能し得る能力、そう見做したものを獲得するのが第一歩。
そこから蛇宮の探偵としての人生が始まる。
「だから、あなたは一刻も早くその権能に自信を最適化させることを目指しなさい。ヒルメ」
教師はそう言い切って、授業に移った。
探偵としてより強くなり、より名探偵の役に立つ人間になる。ヒルメはそれ以外を在り方は想像することすら出来なかった。
教育によりただの凡才を比類なき「探偵」に成長させる。その完全なメソッドを創り出せればより多くの探偵を量産出来る。
そういった考え方の方向性も、少数の突出した存在を生み出す芦間とは真逆と言えた。
生きている限り、探偵神の道具として駆動し続ける。それが一族の宿命だった。
他には何もない、何もいらない。
それが蛇宮ヒルメにとって正しいことだった。
恩寵の日、周囲の誰も予想しなかった異端の能力を与えられる前は。
「何で? 何でなんですか、神様!?」
全身を切り刻むような痛み。何よりも自分の足元が崩れ、自分の存在が掻き消えていく苦痛と恐怖の中で、ヒルメはそう叫んでいた。
彼女の異能は「不在証明」
自分自身が消滅するという危険性を持ちながら、かつ強大なその権能を得たのは、蛇宮の歴史の中でもヒルメが初めてだった。
それを祝福しつつも持て余した一族は、中央から離れた地方で探偵として彼女を派遣することを決定する。
代々一族の人間が都で働いていることを考えれば、いかに言い繕っても、実質放逐に過ぎないのは明らか。
蛇宮の「完全な教育法」が未だ未完成とされるのは、蛇宮ヒルメというイレギュラーの存在が大きい。
結局ヒルメの存在は、「より優れた探偵の量産」という蛇宮の目標を大きく後退させた結果に終わった。
可能性に満ちた異能など、その家にとってはノイズ。個人の能力がいくら高くともそれを集団に還元で出来ないのなら意味がない。
最強の蛇宮は一都市に過ぎない迦楼羅街に流れ着いたのは、その割り切った認識が原因だった。
蛇宮の「完全な教育法」が未だ未完成とされるのは、蛇宮ヒルメというイレギュラーの存在が大きい。
空っぽだと言われた。
あの日。自分がただの探偵でいられた最後の日何が起こったのかは、未だにはっきりと思い出せない。
だけど誰かと会話し、その人物に言われたことだけはは心から消えない。
「空っぽな探偵」
自分を、そして蛇宮がこれまで積み重ねてきた全てを無意味と嘲笑った彼女の言葉を、蛇宮ヒルメは忘れられない。
「勢戸街ですか?」
「ああ。そこに私と蛇宮が向かえというのが中央からの命令だよ」
目の前に座る芦間ヒフミさんはそう言った。
「その間、迦楼羅街には時木野くんが残って、ここの管理とかも彼に頼むことになる」
「大丈夫なんですか? 先日の騒ぎの後始末がやっと終わったばかりの時期なのに」
あの事件で第19探偵団は深刻な被害を受けた。特に団長、芦間ムナは重傷を負い、この街の外の施設で今も治療を受けている。
「職員の人たちのおかげで、ここの施設も大方復旧したし。問題が起きても、時木野くんならうまく皆をまとめてくれるはず」
臨時に団長代理となったヒフミさんは断言した。
「それに、元々ここに4人も探偵がいるのは、集中させ過ぎてるって声はあったんだ」
知らなかった。まあ、たしかに他の街に常駐している探偵は、せいぜいふたりとかだけど。
その上ヒフミさん以外の3人は「戦闘型能力」持ちだから、確かに戦力を持ちすぎてるかも・・・
「だからこの際もっと他の場所に回せってのが、まあ向こうの意向じゃないかな?」
ここで疑問形ですか。芦間ヒフミさんってたまに頼りない時があるんだよねぇ。
まあ、私が言える立場じゃないけど。
「まあ、大体の所はわかりましたぁ。でも急な話ですね。先の騒動の詳細も調査中なのに」
「その『迦楼羅街事件』について、向こうの『第11探偵団』に所属してる人が、一度私たちに会って話を聞きたがってる」
向こうの。つまり現地の探偵がこちらに会いたがってるということ?
その理由は。
「何でも近々怪人に対して大規模な作戦行動みたいなことをするそうだから、その為に少しでも多く情報を共有しておく必要があるそうだよ」
支配者たる名探偵に仕え、探偵を多く輩出している一門。
この一族は世代を超えて「最良の探偵の器」たる人間の製造を行っていた。
同じ目標をもつ芦間は胎児の時点で操作を行い、先天的に探偵に向いた存在「令嬢」を生み出した。
対して蛇宮のアプローチの中心は「後天的」な領域にあった。
「では、今日は『探偵権限、魔術殺し』についてを授業を行います」
蛇宮の屋敷の一室。
机や椅子の並んだ、「教室」のような部屋だが、そこには妙齢の女性と少女がふたり居るだけだった。
教壇に立つ長身の女性の言葉に、その前に座った髪の短い少女が頷く。
「はい、わかりました。先生」
毎日毎日、来る日も来る日もただひたすら探偵の異能、名探偵の与える恩恵、この世界の秩序についての知識と技術を詰め込む。
代々の蛇宮の子供のひとりとして、それが彼女の日常だった。
「今後『恩寵』であなたが獲得する権能は高確率で『物質操作』、ないしはその派生でしょう」
「物質操作、ですか?」
「検査結果はそうなっています。もっとも名探偵の御心は我々俗人には計り知れない程深いものなので、何らかの変更が加えられるかもしれませんが」
「それで、どんな力なんですか」
「生物あるいは無機物、様々な外部の存在に干渉する能力。私たち蛇宮の人間、そのほとんどが持つ異能」
戦闘だけでない、より多くの場面で機能し得る能力、そう見做したものを獲得するのが第一歩。
そこから蛇宮の探偵としての人生が始まる。
「だから、あなたは一刻も早くその権能に自信を最適化させることを目指しなさい。ヒルメ」
教師はそう言い切って、授業に移った。
探偵としてより強くなり、より名探偵の役に立つ人間になる。ヒルメはそれ以外を在り方は想像することすら出来なかった。
教育によりただの凡才を比類なき「探偵」に成長させる。その完全なメソッドを創り出せればより多くの探偵を量産出来る。
そういった考え方の方向性も、少数の突出した存在を生み出す芦間とは真逆と言えた。
生きている限り、探偵神の道具として駆動し続ける。それが一族の宿命だった。
他には何もない、何もいらない。
それが蛇宮ヒルメにとって正しいことだった。
恩寵の日、周囲の誰も予想しなかった異端の能力を与えられる前は。
「何で? 何でなんですか、神様!?」
全身を切り刻むような痛み。何よりも自分の足元が崩れ、自分の存在が掻き消えていく苦痛と恐怖の中で、ヒルメはそう叫んでいた。
彼女の異能は「不在証明」
自分自身が消滅するという危険性を持ちながら、かつ強大なその権能を得たのは、蛇宮の歴史の中でもヒルメが初めてだった。
それを祝福しつつも持て余した一族は、中央から離れた地方で探偵として彼女を派遣することを決定する。
代々一族の人間が都で働いていることを考えれば、いかに言い繕っても、実質放逐に過ぎないのは明らか。
蛇宮の「完全な教育法」が未だ未完成とされるのは、蛇宮ヒルメというイレギュラーの存在が大きい。
結局ヒルメの存在は、「より優れた探偵の量産」という蛇宮の目標を大きく後退させた結果に終わった。
可能性に満ちた異能など、その家にとってはノイズ。個人の能力がいくら高くともそれを集団に還元で出来ないのなら意味がない。
最強の蛇宮は一都市に過ぎない迦楼羅街に流れ着いたのは、その割り切った認識が原因だった。
蛇宮の「完全な教育法」が未だ未完成とされるのは、蛇宮ヒルメというイレギュラーの存在が大きい。
空っぽだと言われた。
あの日。自分がただの探偵でいられた最後の日何が起こったのかは、未だにはっきりと思い出せない。
だけど誰かと会話し、その人物に言われたことだけはは心から消えない。
「空っぽな探偵」
自分を、そして蛇宮がこれまで積み重ねてきた全てを無意味と嘲笑った彼女の言葉を、蛇宮ヒルメは忘れられない。
「勢戸街ですか?」
「ああ。そこに私と蛇宮が向かえというのが中央からの命令だよ」
目の前に座る芦間ヒフミさんはそう言った。
「その間、迦楼羅街には時木野くんが残って、ここの管理とかも彼に頼むことになる」
「大丈夫なんですか? 先日の騒ぎの後始末がやっと終わったばかりの時期なのに」
あの事件で第19探偵団は深刻な被害を受けた。特に団長、芦間ムナは重傷を負い、この街の外の施設で今も治療を受けている。
「職員の人たちのおかげで、ここの施設も大方復旧したし。問題が起きても、時木野くんならうまく皆をまとめてくれるはず」
臨時に団長代理となったヒフミさんは断言した。
「それに、元々ここに4人も探偵がいるのは、集中させ過ぎてるって声はあったんだ」
知らなかった。まあ、たしかに他の街に常駐している探偵は、せいぜいふたりとかだけど。
その上ヒフミさん以外の3人は「戦闘型能力」持ちだから、確かに戦力を持ちすぎてるかも・・・
「だからこの際もっと他の場所に回せってのが、まあ向こうの意向じゃないかな?」
ここで疑問形ですか。芦間ヒフミさんってたまに頼りない時があるんだよねぇ。
まあ、私が言える立場じゃないけど。
「まあ、大体の所はわかりましたぁ。でも急な話ですね。先の騒動の詳細も調査中なのに」
「その『迦楼羅街事件』について、向こうの『第11探偵団』に所属してる人が、一度私たちに会って話を聞きたがってる」
向こうの。つまり現地の探偵がこちらに会いたがってるということ?
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