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再現される英雄
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「街の人たちの様子はどうなんですかぁ?」
「うん。今簡単に診たけど、眠ってるみたい」
「信じられませんねぇ・・・名探偵が普通の人を巻き込んで、怪人と戦わせるなんてぇ」
そういう傲岸さは神様らしいと私は思うんだけど。
「残念だけど、間違いないよ。あなたもあの女神の中に取り込まれる所だった」
「・・・わたしは鉱山霊の駆除から後のことはよく覚えてないんです・・・そうどこかの部屋で誰かと・・・」
「ストップ」何か思いだしかけてた蛇宮を途中で遮った。
「起きたこととその結果はもうわかってる。なら徒にその細部を思い出して、心を傷つける必要はない」
「はい・・・でも誰かに会ってたのは本当なんです」
「別に疑ってないよ。蛇宮が遭遇したその人はきっと彼女、井草要だろうね」
「わざわざ名探偵がわたしと差し向かいで話したがりますかねぇ?」
「別におかしくない。だって能力を喰うのにも、話をして理解するのは必要でしょ?」
向こうにしてみれば、与えたものを元に戻すって感覚なのだろうけど・・・ちょっと引くんじゃない。そんなリアクションされると、私の頭もあっち側みたいじゃないか。
でもそんな私の懊悩とは関係なく、蛇宮ヒルメは己の心情を吐露した。
「・・・そんなのまるで家畜じゃないですかぁ」
探偵。名探偵の恩寵を受ける者。神に等しい存在の眷属として戦うことも、抱いた誇りも、全て無意味だった。
「蛇宮も、わたしも、名探偵の走狗として戦ってきた探偵たちは、その程度の存在だったってことですか・・・」
家畜。支配の効率化の為の道具。だからその信仰も忠誠も意味はない。
「だったら、わたしは、わたしたち蛇宮は何なんですか?」
夢の中で嫌なこと言われた気がする。
お前の、お前たちの積み重ねてきたことは所詮模造品。独自性もなく価値もない。だからお前の生に意味はない・・・
「違う」
はっきりと、普段の態度からは考えられない程はっきりとした声で、私は蛇宮のその思考を否定した。
「それは違う。うまく言えないけど、でもあなたがこれまでしてきたこと。化外と戦い怪人を退けてきたのは、皆を守るため・・・ああいや違う、そんな立派な目的じゃなくてもいいんだ。ただ怪人が怖いとか、給料欲し~とかそんな当たり前の感情で必死に戦っていた」
私はただ間違い続けてきただけの人間。目的のために仲間も平気で裏切る癖に、人並みに罪悪感を感じ非常になれないどこまでも中途半端でつまらない人間。
だから、自分と違って、信念と意思を持って戦う相手は眩しく見えちゃうんだよ、昔の自分もそうだったから。
「名探偵が神様だから、常に正しいから、そんなのとは関係ないはず・・・だよね」
「・・・何ですかぁ。いきなりそんな・・・」
我ながら柄じゃないってわかってるんだよ。
どうしよ。今さら恥ずかしくなってきた。
「でも、そうですね。よくわかりませんけど、何かいいこと言ってる風なのは伝わって来ましたぁ・・・ありがとうございますぅ」
「あ、そ・・・いや、これでも言葉を選んで、真面目に話したんだけどね?」
なんかいいこと言おうとしてもうまく行かない・・・
「それで、ヒフミさん。これからどうするんですかぁ?」
これから、これからね。
「とりあえず本部に戻ろう。蛇宮、あなたは早く治療した方がいい。私もつき合うからさ」
問題は取っ散らかったこの状況。いろいろ訊かれるんだろうな・・・やだな・・・・
「ヒフミさん?」
「何でもない。そうそう、時木野、それにムナにも早く連絡しないとね」
そんな微妙にずれた会話をしている私たちの所へ。
「姉さん」
「ムナ?」
当たり前のように自然に。芦間ムナが現れた。
・・・こいつ・・・
手に持ってるのは剣、なのか? 初めて見る武器だけど・・・
「よかった、無事だったんだね。蛇宮も」
「団長? あ、はいぃ。団長は今ここに来たんですかぁ?」
「うん。これに用があって」
と。龍の遺骸を指さした。井草要の残した骸。あの様子だと彼女がヤマメに討たれたことは間違いない。人型になる時に削ぎ落した肉塊は、今も切った爪のように残されている。あれだけの巨躯だったからかなりの量になるな。
その肉塊に芦間ムナは近付いていく。
「それ・・・何に使うんですぅ?」
彼の振る舞いを訝しんだ蛇宮が尋ねた。
「決まってる。規格外れのキャパシティに約百七十万の眷属を喰らった名探偵。ここまで育てるのには本当に苦労したよ」
自分は正しいことをしていると心から確信した表情で、探偵団団長芦間ムナはそう言った。
「団長? 育てるって、何を言ってるんですか?」
「団長として何かと情報を得やすい立場だったから、僕と知り合ってから彼女・・・井草はどんどん探偵を捕食して、力を貯めることが出来た」
名探偵の内部に膨大な探偵の力を集める。身体の持ち主が消えても、芦間ムナの望みに必要な残骸は遺る。
そうだ、そもそもあれだけの数の探偵を喰わせるには、その餌の居場所などの情報に加え、その事後処理で隠蔽もしなければならない。
それを名探偵ひとりで行うのは手間がかかり過ぎる。他の協力者が必要だ。多くの探偵を束ねる探偵団の長のような人間の協力が。
「ムナ団長。あなたは」
「まあ、正直キミはもっと早く喰わせておいた方が良かったかな。時間が無くてこんな中途半端な結果になったのだけは最善じゃなかった。反省しないと・・・ああ、ある程度消化されてたら記憶が混濁するそうだから、彼女に捕食された時のことは憶えてないかな?」
「・・・嘘ですよね」
「嘘でこんなこと言えないよ」
「何か、事情があるんですよねぇ」
「うん。時木野くんの方は、他の都市に行ってるから、さすがに手を出すと隠しきれない。でも蛇宮くん。あの日たまたま鉱山霊の討伐任務が発生して、単独で行動していたキミなら、喰われてもしばらく隠しておけると判断したから」
あの時はそうするのが正しかった。
当たり前のように芦間ムナはそう言った。
「隠せるぅ・・・?」
その言葉が意味するのはひとつだけ。蛇宮はそれを理解した。
「たまたま都合が良かったから。それだけの理由でわたしは襲われたってことですか」
「まあ、ここまで喰わせたら、今さらひとりふたりどうでもいいけど、蛇宮くんのように優秀な探偵なら経験値として有益だからね」
「・・・・・・・・・・・・・そうか、わかりました。私からもひとついいですかぁ?」
「何?」
「地面に這いつくばらせて、頭蓋骨ごとその脳を潰してやる。壁に叩きつけて、その腐った腹から内臓を抉ってやる。それでいいですよねぇ? 下種がぁー!」
そう吐き捨て、蛇宮ヒルメはムナに飛びかかる。
瞬間移動で左側面に移動、即座に連打を浴びせる。如何にムナといえどその全てに対応出来るはずはなかった。
「まず左手から、あんたを磨り潰して悲鳴をあげさせるっ!」
仲間を、自分の誇りが穢されたことへの怒りにより、最高の精度に研ぎ澄まされたその殴打は、ムナが意識する間もなく全て当たるはずだった。だけど。
「さすがに速い・・・それに正確。でもだからこそ、対応しやすい」
ムナ本人がそれを「認識する前に」
蛇宮の殴打は防がれ、捌かれた。
「「最適解」攻撃を防ぐ最善の動きが存在するなら、意識するでもなく自動的に僕の身体はそれをなぞることが出来る」
「・・・っな訳あるか、おかしいでしょうぅ!?」
最適の防御動作。これだけの殴打を全て防ぐ? そんなものが都合よく出てくるわけがない。攻撃の中には疑似分離した拳のパンチもあった、それも含めて捌き切るなんて、最適な動作ひとつで済ませられない・・・!
「でも出来た。最適な動作があるということは僕にはそれが出来る。僕に出来たということはあらゆる攻撃への最適解、唯一の正解が存在するということ」
「そんなの、子どもの理屈以下でしょっ!」
論理も何もないデタラメですらない暴論の極北に、耐え切れずに蛇宮が声を荒げる。
でも知っている。名探偵と戦ってきた私は知っている。
この牽強付会のご都合主義を現実に押し込んで実現させる理不尽の権化が存在すると、私は誰よりも知っているのだから。
「じゃあもいいかな、もういいよね」
「え」
そう言ってムナは最小限の最適な動作で蛇宮の首を絞め、その意識を刈り取る。
「・・・! 芦間ムナ・・・!」
蛇宮がどんなに憎悪の目を向けても、ムナには届かない。
何故なら彼の目に映っていたのはたったひとり。芦間ヒフミだけなのだから。
「・・・さて、蛇宮くんの片づけは終わった。姉さん、見ててよ。ここまで来たんだ。これはこうやって有効活用しないと」
言い終わると、ムナは、最強の探偵は。
龍の骸に刃を突き立てた。
「・・・は?」
「この剣は、この時の為だけに作られた」
屍のものとは思えない量の血液が、切り口から噴き出た。ムナはそれを躱さず全身で浴びる。
「伝承において龍は神の化身ともいわれる強大な存在。そして何よりも英雄に倒される敵だ」
まるで名探偵の前に立ち塞がる犯人のように。
「だから龍を剣で討った者は、物語に従って英雄になる」
神話、伝説、英雄譚。英雄とは世界に選ばれ、祝福された存在である。それは時に名探偵として数々の事件を駆逐する者であり、そして時に暴虐を振るう龍を鎮める騎士である。
同時に英雄は破滅の宿命に殉じる者である。多くの英雄譚が流血の悲劇に終わるのはその表れ。何故なら英雄は、人は神に、運命に勝てない。それが教訓、それが法。
しかし、それはあくまで元の世界、神が支配した世界での物語である。例えば、外部より飛来した名探偵が旧き神を堕とし、神の座に取って代わった世界があるのなら、そこは英雄が神になった世界といえるのではないか? なら英雄は宿命に敗北することはないのではないか?
そして神と英雄。両者には決定的な違いがある。
「神は神として生まれ、英雄は人として生まれる」
半神半人の者も多く存在するとはいえ、ただの人間が様々な難題、偉業の果て昇格した存在が英雄である。快刀乱麻を断つ超推理で不可能犯罪をいくつもいくつも解決した人間が名探偵と呼ばれるように。
見立て。
英雄譚の再現。
英雄が運命に、神に勝利する可能性のある世界で人が英雄になる。
その目的はひとつ。
「姉さん。あなたは間違えた」
弟は、芦間ムナは私に話しかける。
血まみれに似つかわしくない、不思議と穏やかな口調のその姿が、あの日のシイと重なって。
心の底から気持ち悪いと思った。
なのに。それなのにムナは喋るのを止めてくれない。
「頑張ったんだよね。正しいことをしようとした。名探偵を全て滅ぼす為に」
極めて自然に。ムナは私が隠していたことを口にする。
「滅ぼす・・・?」
横にいる蛇宮が怪訝そうに呟く。やばいな・・・何とかして意識奪えるか? さすがにここまで来たらごまかしきれない?
この期に及んで私は考えてしまう。目の前の探偵は真実を明らかにすればそんなの全くの無意味になるとわかっていても。
「探偵としてずっと僕たちの仲間だったヒフミ姉さん。その裏であなたは怪ーー」
ムナが言い終わる前に、私は彼を全力で殴った。
変身し、そのまま拳で血まみれのムナの顔を殴打。呑気にセリフを流させる訳がない。
・・・バレてた。あれだけ四苦八苦して隠していたのに、私の二重生活はこの探偵にはお見通しだった。ああそうかい、陰で私を笑ってたのか。滑稽だったろ。それは認めるよ、探偵。でも。
「はいそうですかと、おとなしく推理を拝聴するほど余裕はないんだよ! 自分からバラして叩けばこの場は私の方が有利だろ!」
探偵につまらない謀は通じない、だったら暴で。問答無用の力押し。美学も何もない攻勢で乗り切る。生き延びる!
でも・・・どれだけ威勢のいいことを言っても。心の何処かで躊躇ってる。何で・・・違う。こうしていると思い出してしまう。身体中が拒否反応を起こしてる。
だって。このムナの姿があまりにシイに似ている。思い出してしまう。刃を取り出して・・・ああもう、何でこいつを斬れないんだ私は!
「ほら。また間違えた。ここで僕を斬れない。何故ならあなたには」
言わせてはならない。
そう直感した。
だけど、身体は動かなかった。
まるで、名探偵を前にした犯人のように。芦間ムナが話すのを止められない。
「根本的に覚悟がないのだから」
「人のことをそう知った風に喋るな」
「覚悟がないからシイを守れなかったとわかってるんだろう?」
その名前を聞いて、頭が真っ白になった。だから悟られないようにそのまま殴る。目の前の探偵を殴って彼の言葉を止めないと、これ以上は私が耐えられない。
「半端に親の言うこと聞いて、半端にシイの為に生きてるつもりだったけど。本当に妹を想うならさっさと周りをぶち壊しておくべきだった。それをしなかったのは」
理解したようなことを言うな。それが出来るような環境じゃなかった。もしそれが上手くいったとして、その後はどうすればいいんだ。
頭ではそんな理屈が浮かんできて、それなのに言葉が出てこない。
何故ならムナの言うことが正しいと、私が一番わかっているから。
「自分が可愛かったから。親の為妹の為世界の為に戦う自分に酔っていたから」
黙れよ。
「それは今も変わらない。今もシイの仇を討つ、その役目に酔い狂ってる」
「頼むから・・・口を閉じて」
「ヒフミ姉さんは探偵と怪人とも、自分以外の誰とも向き合ってない・・・違うな、自分の本音とも向き合ったことがない」
「お願い・・・ムナ・・・」
「だから、そんな間違いばかりの姉さんを救ってあげる。芦間の一族。その最果ての探偵である芦間ムナがあなたの望みを叶えよう」
最良の探偵。後に丙見との抗争の敗北により、主要な構成員全員に精神、記憶操作が施術され実質崩壊した芦間の研究。
その最終作品。前2体と異なり男性であるムナは単純な戦術から因果、運命レベルにまで干渉して「最適解をとる」能力に特化した、最高傑作となるはずだった。
そしてその最適解を直観する力故。芦間の家が崩壊することも、その裏でヒフミがどのように立ち回ったのか。彼女の仲間も。芦間家全てを傀儡化することで名探偵に近づき消すという遠大な企みも何もかも容易に理解出来た。その妨げとなる彼女の脆さも。
理解したから。ムナはヒフミの願いを叶える。
この世界から名探偵を全て消す。
「・・・・・なんで? 何であなたが私の願いを叶えるなんて話になるのよ。何で私を告発しなかったの、裏切ってたのよ」
「だって当たり前だろう。家族なんだから」
家族。芦間ヒフミは芦間ムナの姉だから。
「お姉ちゃんの願いを叶えるのは弟の役目だろう?」
だから。
名探偵の龍の血を浴びて英雄となった探偵は宣言する。
「これが正しいこと、正解なんだ。見ていてくれヒフミ姉さん」
血に染まった両手を広げ、探偵は自分の目的を告げる。
「僕は英雄として、この世界から名探偵、神の如き災害を一掃する」
それだけ言うと、ムナは何処かに立ち去った。
追うべきだとわかっていても、身体に力が入らなかった。
本当に眠い・・・全てが霞んでるみたい・・・
そうして、私の目に映る世界は消えていった。
「うん。今簡単に診たけど、眠ってるみたい」
「信じられませんねぇ・・・名探偵が普通の人を巻き込んで、怪人と戦わせるなんてぇ」
そういう傲岸さは神様らしいと私は思うんだけど。
「残念だけど、間違いないよ。あなたもあの女神の中に取り込まれる所だった」
「・・・わたしは鉱山霊の駆除から後のことはよく覚えてないんです・・・そうどこかの部屋で誰かと・・・」
「ストップ」何か思いだしかけてた蛇宮を途中で遮った。
「起きたこととその結果はもうわかってる。なら徒にその細部を思い出して、心を傷つける必要はない」
「はい・・・でも誰かに会ってたのは本当なんです」
「別に疑ってないよ。蛇宮が遭遇したその人はきっと彼女、井草要だろうね」
「わざわざ名探偵がわたしと差し向かいで話したがりますかねぇ?」
「別におかしくない。だって能力を喰うのにも、話をして理解するのは必要でしょ?」
向こうにしてみれば、与えたものを元に戻すって感覚なのだろうけど・・・ちょっと引くんじゃない。そんなリアクションされると、私の頭もあっち側みたいじゃないか。
でもそんな私の懊悩とは関係なく、蛇宮ヒルメは己の心情を吐露した。
「・・・そんなのまるで家畜じゃないですかぁ」
探偵。名探偵の恩寵を受ける者。神に等しい存在の眷属として戦うことも、抱いた誇りも、全て無意味だった。
「蛇宮も、わたしも、名探偵の走狗として戦ってきた探偵たちは、その程度の存在だったってことですか・・・」
家畜。支配の効率化の為の道具。だからその信仰も忠誠も意味はない。
「だったら、わたしは、わたしたち蛇宮は何なんですか?」
夢の中で嫌なこと言われた気がする。
お前の、お前たちの積み重ねてきたことは所詮模造品。独自性もなく価値もない。だからお前の生に意味はない・・・
「違う」
はっきりと、普段の態度からは考えられない程はっきりとした声で、私は蛇宮のその思考を否定した。
「それは違う。うまく言えないけど、でもあなたがこれまでしてきたこと。化外と戦い怪人を退けてきたのは、皆を守るため・・・ああいや違う、そんな立派な目的じゃなくてもいいんだ。ただ怪人が怖いとか、給料欲し~とかそんな当たり前の感情で必死に戦っていた」
私はただ間違い続けてきただけの人間。目的のために仲間も平気で裏切る癖に、人並みに罪悪感を感じ非常になれないどこまでも中途半端でつまらない人間。
だから、自分と違って、信念と意思を持って戦う相手は眩しく見えちゃうんだよ、昔の自分もそうだったから。
「名探偵が神様だから、常に正しいから、そんなのとは関係ないはず・・・だよね」
「・・・何ですかぁ。いきなりそんな・・・」
我ながら柄じゃないってわかってるんだよ。
どうしよ。今さら恥ずかしくなってきた。
「でも、そうですね。よくわかりませんけど、何かいいこと言ってる風なのは伝わって来ましたぁ・・・ありがとうございますぅ」
「あ、そ・・・いや、これでも言葉を選んで、真面目に話したんだけどね?」
なんかいいこと言おうとしてもうまく行かない・・・
「それで、ヒフミさん。これからどうするんですかぁ?」
これから、これからね。
「とりあえず本部に戻ろう。蛇宮、あなたは早く治療した方がいい。私もつき合うからさ」
問題は取っ散らかったこの状況。いろいろ訊かれるんだろうな・・・やだな・・・・
「ヒフミさん?」
「何でもない。そうそう、時木野、それにムナにも早く連絡しないとね」
そんな微妙にずれた会話をしている私たちの所へ。
「姉さん」
「ムナ?」
当たり前のように自然に。芦間ムナが現れた。
・・・こいつ・・・
手に持ってるのは剣、なのか? 初めて見る武器だけど・・・
「よかった、無事だったんだね。蛇宮も」
「団長? あ、はいぃ。団長は今ここに来たんですかぁ?」
「うん。これに用があって」
と。龍の遺骸を指さした。井草要の残した骸。あの様子だと彼女がヤマメに討たれたことは間違いない。人型になる時に削ぎ落した肉塊は、今も切った爪のように残されている。あれだけの巨躯だったからかなりの量になるな。
その肉塊に芦間ムナは近付いていく。
「それ・・・何に使うんですぅ?」
彼の振る舞いを訝しんだ蛇宮が尋ねた。
「決まってる。規格外れのキャパシティに約百七十万の眷属を喰らった名探偵。ここまで育てるのには本当に苦労したよ」
自分は正しいことをしていると心から確信した表情で、探偵団団長芦間ムナはそう言った。
「団長? 育てるって、何を言ってるんですか?」
「団長として何かと情報を得やすい立場だったから、僕と知り合ってから彼女・・・井草はどんどん探偵を捕食して、力を貯めることが出来た」
名探偵の内部に膨大な探偵の力を集める。身体の持ち主が消えても、芦間ムナの望みに必要な残骸は遺る。
そうだ、そもそもあれだけの数の探偵を喰わせるには、その餌の居場所などの情報に加え、その事後処理で隠蔽もしなければならない。
それを名探偵ひとりで行うのは手間がかかり過ぎる。他の協力者が必要だ。多くの探偵を束ねる探偵団の長のような人間の協力が。
「ムナ団長。あなたは」
「まあ、正直キミはもっと早く喰わせておいた方が良かったかな。時間が無くてこんな中途半端な結果になったのだけは最善じゃなかった。反省しないと・・・ああ、ある程度消化されてたら記憶が混濁するそうだから、彼女に捕食された時のことは憶えてないかな?」
「・・・嘘ですよね」
「嘘でこんなこと言えないよ」
「何か、事情があるんですよねぇ」
「うん。時木野くんの方は、他の都市に行ってるから、さすがに手を出すと隠しきれない。でも蛇宮くん。あの日たまたま鉱山霊の討伐任務が発生して、単独で行動していたキミなら、喰われてもしばらく隠しておけると判断したから」
あの時はそうするのが正しかった。
当たり前のように芦間ムナはそう言った。
「隠せるぅ・・・?」
その言葉が意味するのはひとつだけ。蛇宮はそれを理解した。
「たまたま都合が良かったから。それだけの理由でわたしは襲われたってことですか」
「まあ、ここまで喰わせたら、今さらひとりふたりどうでもいいけど、蛇宮くんのように優秀な探偵なら経験値として有益だからね」
「・・・・・・・・・・・・・そうか、わかりました。私からもひとついいですかぁ?」
「何?」
「地面に這いつくばらせて、頭蓋骨ごとその脳を潰してやる。壁に叩きつけて、その腐った腹から内臓を抉ってやる。それでいいですよねぇ? 下種がぁー!」
そう吐き捨て、蛇宮ヒルメはムナに飛びかかる。
瞬間移動で左側面に移動、即座に連打を浴びせる。如何にムナといえどその全てに対応出来るはずはなかった。
「まず左手から、あんたを磨り潰して悲鳴をあげさせるっ!」
仲間を、自分の誇りが穢されたことへの怒りにより、最高の精度に研ぎ澄まされたその殴打は、ムナが意識する間もなく全て当たるはずだった。だけど。
「さすがに速い・・・それに正確。でもだからこそ、対応しやすい」
ムナ本人がそれを「認識する前に」
蛇宮の殴打は防がれ、捌かれた。
「「最適解」攻撃を防ぐ最善の動きが存在するなら、意識するでもなく自動的に僕の身体はそれをなぞることが出来る」
「・・・っな訳あるか、おかしいでしょうぅ!?」
最適の防御動作。これだけの殴打を全て防ぐ? そんなものが都合よく出てくるわけがない。攻撃の中には疑似分離した拳のパンチもあった、それも含めて捌き切るなんて、最適な動作ひとつで済ませられない・・・!
「でも出来た。最適な動作があるということは僕にはそれが出来る。僕に出来たということはあらゆる攻撃への最適解、唯一の正解が存在するということ」
「そんなの、子どもの理屈以下でしょっ!」
論理も何もないデタラメですらない暴論の極北に、耐え切れずに蛇宮が声を荒げる。
でも知っている。名探偵と戦ってきた私は知っている。
この牽強付会のご都合主義を現実に押し込んで実現させる理不尽の権化が存在すると、私は誰よりも知っているのだから。
「じゃあもいいかな、もういいよね」
「え」
そう言ってムナは最小限の最適な動作で蛇宮の首を絞め、その意識を刈り取る。
「・・・! 芦間ムナ・・・!」
蛇宮がどんなに憎悪の目を向けても、ムナには届かない。
何故なら彼の目に映っていたのはたったひとり。芦間ヒフミだけなのだから。
「・・・さて、蛇宮くんの片づけは終わった。姉さん、見ててよ。ここまで来たんだ。これはこうやって有効活用しないと」
言い終わると、ムナは、最強の探偵は。
龍の骸に刃を突き立てた。
「・・・は?」
「この剣は、この時の為だけに作られた」
屍のものとは思えない量の血液が、切り口から噴き出た。ムナはそれを躱さず全身で浴びる。
「伝承において龍は神の化身ともいわれる強大な存在。そして何よりも英雄に倒される敵だ」
まるで名探偵の前に立ち塞がる犯人のように。
「だから龍を剣で討った者は、物語に従って英雄になる」
神話、伝説、英雄譚。英雄とは世界に選ばれ、祝福された存在である。それは時に名探偵として数々の事件を駆逐する者であり、そして時に暴虐を振るう龍を鎮める騎士である。
同時に英雄は破滅の宿命に殉じる者である。多くの英雄譚が流血の悲劇に終わるのはその表れ。何故なら英雄は、人は神に、運命に勝てない。それが教訓、それが法。
しかし、それはあくまで元の世界、神が支配した世界での物語である。例えば、外部より飛来した名探偵が旧き神を堕とし、神の座に取って代わった世界があるのなら、そこは英雄が神になった世界といえるのではないか? なら英雄は宿命に敗北することはないのではないか?
そして神と英雄。両者には決定的な違いがある。
「神は神として生まれ、英雄は人として生まれる」
半神半人の者も多く存在するとはいえ、ただの人間が様々な難題、偉業の果て昇格した存在が英雄である。快刀乱麻を断つ超推理で不可能犯罪をいくつもいくつも解決した人間が名探偵と呼ばれるように。
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英雄譚の再現。
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その目的はひとつ。
「姉さん。あなたは間違えた」
弟は、芦間ムナは私に話しかける。
血まみれに似つかわしくない、不思議と穏やかな口調のその姿が、あの日のシイと重なって。
心の底から気持ち悪いと思った。
なのに。それなのにムナは喋るのを止めてくれない。
「頑張ったんだよね。正しいことをしようとした。名探偵を全て滅ぼす為に」
極めて自然に。ムナは私が隠していたことを口にする。
「滅ぼす・・・?」
横にいる蛇宮が怪訝そうに呟く。やばいな・・・何とかして意識奪えるか? さすがにここまで来たらごまかしきれない?
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「探偵としてずっと僕たちの仲間だったヒフミ姉さん。その裏であなたは怪ーー」
ムナが言い終わる前に、私は彼を全力で殴った。
変身し、そのまま拳で血まみれのムナの顔を殴打。呑気にセリフを流させる訳がない。
・・・バレてた。あれだけ四苦八苦して隠していたのに、私の二重生活はこの探偵にはお見通しだった。ああそうかい、陰で私を笑ってたのか。滑稽だったろ。それは認めるよ、探偵。でも。
「はいそうですかと、おとなしく推理を拝聴するほど余裕はないんだよ! 自分からバラして叩けばこの場は私の方が有利だろ!」
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でも・・・どれだけ威勢のいいことを言っても。心の何処かで躊躇ってる。何で・・・違う。こうしていると思い出してしまう。身体中が拒否反応を起こしてる。
だって。このムナの姿があまりにシイに似ている。思い出してしまう。刃を取り出して・・・ああもう、何でこいつを斬れないんだ私は!
「ほら。また間違えた。ここで僕を斬れない。何故ならあなたには」
言わせてはならない。
そう直感した。
だけど、身体は動かなかった。
まるで、名探偵を前にした犯人のように。芦間ムナが話すのを止められない。
「根本的に覚悟がないのだから」
「人のことをそう知った風に喋るな」
「覚悟がないからシイを守れなかったとわかってるんだろう?」
その名前を聞いて、頭が真っ白になった。だから悟られないようにそのまま殴る。目の前の探偵を殴って彼の言葉を止めないと、これ以上は私が耐えられない。
「半端に親の言うこと聞いて、半端にシイの為に生きてるつもりだったけど。本当に妹を想うならさっさと周りをぶち壊しておくべきだった。それをしなかったのは」
理解したようなことを言うな。それが出来るような環境じゃなかった。もしそれが上手くいったとして、その後はどうすればいいんだ。
頭ではそんな理屈が浮かんできて、それなのに言葉が出てこない。
何故ならムナの言うことが正しいと、私が一番わかっているから。
「自分が可愛かったから。親の為妹の為世界の為に戦う自分に酔っていたから」
黙れよ。
「それは今も変わらない。今もシイの仇を討つ、その役目に酔い狂ってる」
「頼むから・・・口を閉じて」
「ヒフミ姉さんは探偵と怪人とも、自分以外の誰とも向き合ってない・・・違うな、自分の本音とも向き合ったことがない」
「お願い・・・ムナ・・・」
「だから、そんな間違いばかりの姉さんを救ってあげる。芦間の一族。その最果ての探偵である芦間ムナがあなたの望みを叶えよう」
最良の探偵。後に丙見との抗争の敗北により、主要な構成員全員に精神、記憶操作が施術され実質崩壊した芦間の研究。
その最終作品。前2体と異なり男性であるムナは単純な戦術から因果、運命レベルにまで干渉して「最適解をとる」能力に特化した、最高傑作となるはずだった。
そしてその最適解を直観する力故。芦間の家が崩壊することも、その裏でヒフミがどのように立ち回ったのか。彼女の仲間も。芦間家全てを傀儡化することで名探偵に近づき消すという遠大な企みも何もかも容易に理解出来た。その妨げとなる彼女の脆さも。
理解したから。ムナはヒフミの願いを叶える。
この世界から名探偵を全て消す。
「・・・・・なんで? 何であなたが私の願いを叶えるなんて話になるのよ。何で私を告発しなかったの、裏切ってたのよ」
「だって当たり前だろう。家族なんだから」
家族。芦間ヒフミは芦間ムナの姉だから。
「お姉ちゃんの願いを叶えるのは弟の役目だろう?」
だから。
名探偵の龍の血を浴びて英雄となった探偵は宣言する。
「これが正しいこと、正解なんだ。見ていてくれヒフミ姉さん」
血に染まった両手を広げ、探偵は自分の目的を告げる。
「僕は英雄として、この世界から名探偵、神の如き災害を一掃する」
それだけ言うと、ムナは何処かに立ち去った。
追うべきだとわかっていても、身体に力が入らなかった。
本当に眠い・・・全てが霞んでるみたい・・・
そうして、私の目に映る世界は消えていった。
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高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

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