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間違えない探偵
しおりを挟む隔壁がせり上がる。事務所内各所が次々と封鎖されていく。
これに対して、ムナは真っ先に制御室を目指すはずだ。僕が部屋から離れる時間を確保する為、入力に対して数秒以上の時間差をそれぞれの隔壁に対して設定してある。
そして逃げる。全力で逃走しつつも、タブレットから目を離さず、画面で敵を観察する。
予想通り通路が閉じられる前にムナは走り込み、一直線に制御室を目指している。
だけど途中の仕掛けはこれだけじゃない。
まずは催涙ガス。一瞬で身体の自由を奪う量が散布される。しかしそれは突然掻き消えた。これは風? 風を起こして吹き飛ばしたっていうのか?
管制室に通じる通路の閉鎖速度をここで上げる。装置自体の安全性を度外視したような速さで閉まる扉は数枚。探偵は動じず先ほどと同じく、刀も斧も使わずその壁を切断し切り開く。
「あはは。全く問題ない。僕が行くのは正しい道だからぁぁぁ!」
ここまで届くような大声で訳のわからないことを叫びながら、探偵団団長は迷いなく疾走する。
相手はここまでいろいろと曝け出しているのに、肝心の能力の正体は未だ不明、って何だよそれ、理不尽だろ!
風、刃、そして熱。周囲の空間を変化させる系統か?
疑問は尽きない。それでも逃げるのを止めない。それでもあらゆる策で探偵の上を行くことをあきらめない。
「操作、芦間ヒフミ認証。第3研究所にアクセス。4番ケージの火霊を解放」
ひとまず相手の能力を空間制御、操作と仮定する。
なら生物霊魂の類はどうだ? 研究所の中にある検体。堕ちた精霊心霊神霊の数々を、後先考えずに解放する。
堕ちた神。旧世界にて万象を支配していた精霊、神霊。外より来る神、名探偵により支配者の座を追われた後あるものは理性を失い無差別に生あるものを喰らう畜生に。あるものはひたすら戦いの身を欲する修羅に成り果てた。その中でも狂暴で人に害なすものを駆除し、世界を守るのが名探偵より与えられた探偵の主たる使命のひとつであり、そのため生体を捕獲し研究対象としている機関も数多く存在する。
そしてこの19探偵団事務所にもそうした研究施設は備わっている。
解放と同時に手元の機器を操作し、通路の閉鎖を一部解除、探偵の匂いを嗅ぎつけた霊が標的へと向かうルートをお膳立てしてやる。
興奮剤を投与した結果、狂乱したように獲物を狙い、牙をむく霊の群れ。刃をはじく岩の鎧をまとうもの、熱には火霊、風には風霊を宛がう。
どうだ、探偵。これだけの種類の敵には、手の内を全て見せないとさすがに厳しいだろう。見せてくれ、その全てを。
タブレットを観る手に力がはいる。見極める。ヒフミがあれだけ一緒にいてなお底が見えなかった探偵の力を、この迷宮を武器にこのケラが解析してみせる。
その時。
何十もの霊を前に、探偵はただこちらに語り掛けて来た。
「これで全部か?」
今までの過剰なテンションとは完全に真逆の、機械のように冷静で温度を感じさせない声色だった。
思い返せば罠に嵌められて以降、芦間ムナはずっと独り言を喚いていた。その彼が初めて敵に、丙見ケラに問いかけた。
さて、どう動く探偵。これまでの経緯でこちらを擬態する怪人とは認識しているだろう。そして探偵なら少しでも情報を探ろうとするはずだ。
ちょうど今僕がそうしているように。
言葉を使ってこちらの意図を探る素振りは微塵も見せていない。ムナにとって何も言う必要はないかのように。
「これが全てなら、誰より正しい僕は今より障害を破壊して正しく問題を解決する。その後探偵らしく正しい僕が犯人を正しく捕らえる」
それは宣言だった。
挑発でも決意表明でもなく、ただ当たり前のことを当たり前に行う。必ずそうなる、絶対の確信を持って彼は言う。その監視カメラ越しであってもそれがわかった。
そして次の瞬間には化外の群れがムナに襲い掛かる。
そこから探偵による虐殺が始まった。
「はははははは!! 正解がどんどん浮かんでくる!!」
堕ちた神を倒す方法は単純な力で削る、潰すのが基本である。しかし中にはそれが困難な程の強靭な膂力、一切の物質的干渉が出来ない霊体型も存在する。それらに対処する方法としては荒ぶる神を鎮める加持祈祷、世界を呪い人を呪う邪なるものを払う悪魔祓い。そういった種類の戦いを専門とする探偵も数多く存在する。
いずれにせよ、化外との戦いではその各々に応じて全く異なる戦法が求められる。
いかに強力な人間であろうと、たったひとり、単独の能力で起源も在り方も異なる化外を複数体相手にするのは容易ではない。
「頭の中に啓示が来る!! だから僕は正しい手段で戦える!!」
しかしムナは迷いなく、一から十まで最適な行動をとった。
その全てが正解だった。そこに逡巡や錯誤は一切ない。
火霊に水を浴びせ、水霊を土をかけ、木霊に火を放つ。邪な霊にはその上位存在の神性による悪魔祓いを行い、石化鳥の前に鏡を形成してその視線を跳ね返す。
先の刃、風とは異なるもの、岩や水など物体の生成を併せ最適な攻撃を化外に振るう。
「何だよ、これ・・・」
ひとつひとつは単調で、計画性はない。この一連の攻撃の目的は勝利ではなくあくまでも相手の力を測ること。その為に数と種類、物量で攻め続ける。正体不明のものを探るには、とにかく試行回数を重ねるしかない。どんな能力であろうと、万能ではない。規則性があるはず。そう信じていたのに。
画面の中でムナが行っているのは化外一体一体に対し即座に最適、最も確実にそれを屠る手段の行使。聖なる道具、武器がなければ即座にそれを形成し、神の威光を詠う祝詞を唱える。
その動作に無駄はなく、決まりきった解答を埋めるようだった。
「探偵は間違えない」常に最良の解決をする。
その言葉の通り群れ成す霊魂たちは瞬く間にムナの手で削り取られ、数を減らしていく。二十、十、三、二・・・そして最後の死霊が僅かな間違いもない完璧な祈祷により清められる。残されたのはただひとり、探偵芦間ムナだけ。
「何だ、こいつは何をやってるんだ?」
思わずそんな疑問を呟く。何をやったかはこの上なく明白だ。立ちはだかる困難を最適解で突破しただけ。一瞬の迷いもなく過ちなく屠り祓う。
問題はその異常なまでの正確さ。
その手際は単に鮮やかという次元ではない、まるで決まりきった筋書きで犯人を追い詰める名探偵のようで・・・
だから僕はその姿に一瞬、見惚れていたのかもしれない。
そしてそれは致命的な結果を招く。
音をたて、床を蹴って。ムナは走り始める。常人離れしたその速度、何よりも。これは。こちらが居る場所へ一部の隙も無い最短ルートを辿ってるとしか・・・
「まずっ!」
変化してまたダクトに逃げ込むか? それとも迎え撃つ? あれだけのものを投入して、能力の正体がわからなかった奴を相手にか?
さらに一瞬こちらが迷う間にも、探偵は距離を詰めて来る。こちらを決して逃がさない。画面越しに感じていたその意思が、やがて実際にこの身体に近づいて来るのを五感で感じ、そして。
「・・・お前にはいろいろと確認したいことがある・・・違うな。それは正しくない。何も話す必要はない」
無様に立ちすくむ怪人へ引導を渡すべく、迷宮を突破し、探偵が現れた。
「お前が姉さんでないことは出会った時から気付いていた」
「・・・見え透いたハッタリだな、探偵」
「犯人の変装を見破るなんて、探偵取っては児戯に等しい、何故なら探偵だから。そして僕のその推理は常に正解だ」
「根拠になってない」
無駄な会話を交わしつつ、この場を逃れる算段を立てる。彼我の距離、通路の広さ・・・思考から無駄な要素を排除。目的を脱出に絞る。
ムナの能力、ここまでこちらの全てを完封した能力について、この局面で仮説、いやもっと漠然とした予感のようなものが組み立てられつつあるのだから。
だとしたら。この予想が正しいのなら。
最悪だ。
怪人は誰もこいつには勝てない、勝てるはずがない。
それでも、勝利出来なくても。みっともなく逃げることだけは出来る。
手元の機械に最後の入力をして。仮初の姿を変える。怪人「カオトバシ」戦闘形態。向こうはそれに動じずに進む。こちらの正体までわかっていたのか? わからない。でもすべきことはある。
両腕形態変化、刃とし前へ構える。
対してムナは正面から突っ込んでくる。武器の類は持っていない。おそらく先ほどの熱による攻撃? こちらの動きを封じて、確実に通すつもりなのか。さっきは一瞬で身体を焼いたほどの熱量だった。あれをまともに喰らえば防御する間もなく蒸発するまで焙られるだろう。
距離をとる。後方へ跳ぶ。熱に関するなら、射程はそれほどではないはず。さっき直接熱された時、それから群れとの戦いを見ても、もっと遠距離を攻撃出来ればさっさと身体のあるあたりを大雑把に、燃やしたり遠くの群れに向かって先制攻撃を積極的に行っていたはず。同じ探偵の時木野。同じく炎や冷気を使う探偵と比較して近くのものにしか作用できない。
だから、ここから全力で離れなければ。
通路全体を覆う程無数の触手を繰り出しつつ、本体部分の離脱を図る。得た情報はふたつ。探偵ムナは名探偵と通じ、自分の仲間を売り渡してまで何かをしようとしている。そしてその強さ。漠然とした根拠のないものとは言え、その正体の推測は出来た。その呆れる程単純の単純さ。
「それだけに質が悪い、本当に・・・!」
これだけだ。敵方の本拠地を武器にする、これまでの潜入がなければ不可能で、同時にそれを無意味にする暴挙でたったひとりを相手取って得たのはたったこれだけの情報と推理。
それを絶対に仲間に伝える。
牽制を払いつつ全力で駆ける。部分部分は人型の、ヒフミの姿を保ちつつ手足を触手に変えた異形。それに見合わぬ速度で出口へ、外へかける姿は正に怪物、正に怪人。
だから、探偵はそれを許さない。
権能を行使し異形を狩るのがその存在理由なのだから。
ムナがどのような動作を、どういった順番で行ったのか。ケラには認識出来なかった。
確かなこと、起こったこと。芦間ムナ探偵は群れ成す触手を熱で退けつつ、その間に隙間を強引に作り出した。殺到する攻撃を最善の動作で弾き、躱し身体を僅かな隙間にねじり込ませる。
そして。カオトバシが防御、回避を行う間もなく。
探偵は怪人の首を絞め上げ、捕縛した。
奇しくもそれは、怪人が名探偵と戦った時と同じ構図だった。
「・・・」
「さて、僕はどうするのが正しいだろうか? お前にとって、僕がとるべき正しい行動は何だ? 怪人」
「知らないよ。頭の中の声なり電波なりに質問しろよ・・・」
万力のように的確にこちらを掴み、締め上げるムナ。ヤバっ・・・意識飛ぶ。質問視点だから喉絞めるの止めろ、喋れない・・・
首だけじゃない。手足を固めてきている。石化、凝固っていうのか、不定形の敵への最適な攻撃・・・
「意識する必要はないのか?」
「?」
はじめて発したその質問は予想外だったのかムナは怪訝な顔をする。
「ひとつひとつ、具体的な『正解』を意識する前に、自動的に最適な攻撃が出るのかと聞いている」
「・・・既に理解している事実を確認するのは正しいのか?」
その返答は、きっと僕の推測が正解だという意味なんだろう。
「最適解」
それが芦間ムナの能力だった。
障壁やガスを突破する最適の現象を起こし、化外に最も有効な道具や祝詞を、意識する前に行使する。
僕やヒフミさん、ヤマメが必死になって行ってきた「相手の弱点を突く」ことを、息をするように自動的に行使する。考えて推理する必要すらない。身体の動きすらその場面場面でもっとも効果的なものとなる。
「脳細胞使えよ、探偵だろ」
攻撃を見た瞬間、考える前に最適解を返す。
じゃあそれを判断している頭の中の声って誰なんだよ。
神様? まさか。
「全てを正しく解決するのが探偵だ。結果が最優先。わざわざ考える必要はない」
その声はどこまでも冷たく、感情を感じさせないものだった。さっきまでの狂乱が嘘のようだ。こいつも姉とは別ベクトルで精神的に不安定だな。
全く・・・この姉弟は。
「本当に探偵失格だな」
一番ひどいのがこの能力が僕やヒフミさんの天敵だということ。何も考えない。だから間違えようがなく、策に嵌める隙が生じない。
・・・失敗したのか? 有利な条件に慢心して、不用意に仕掛け過ぎた?
「一応、持っていくか、うん。それが最適。僕の望みを叶える為には、この後が一番大切なのだから」
「ひとりごとを目の前で呟くなよ、無視されてるみたいで傷つくなぁ」
「お前はもう終わってる。言っておくが、内部に仕組まれた装置は、掴んだ時点で全て壊れている。中身を出さないようピンポイントで凍らせる。どういうからくりかはわからないが、それが最適解だったようだな」
ムナが言うのは、矢森戦で使った紅天狗含む装置のことだろう。途中いくつか仕込んでおいたそれらの中には、不用意に壊せば毒素を噴出するものも複数ある。だから凍らせるのがが正解なんだ。本人が知らない内に勝手に罠を解除して、後からそれがあったとわかる。
つくづくデタラメ。探偵の対極。
「・・・こんな返答も無意味、最適解でないなら不要。」
「最適、ね」
こいつの能力は万能に近い防御型。どんな攻撃にも確実に対応する・・・
まだだ。
こいつにだって弱点や付け入る隙はあるはずなんだ。身体の石化が進行し、意識が薄れる・・・眠い・・・散々動きまわったから・・・
「そろそろ、外の戦いが終わった頃か・・・どっちが勝つか。まあ姉さんはきっと生きてるだろうけど」
もうこっちに関心を向ける気もないのか。さっきまで追い回してたのに。
・・・動き回るこちらを追い回す、か・・・
「薄い線だけど・・・ないよりはマシだから・・・」あ、そろそろ意識とぶなこれ。
「言っておきたいことは?」
・・・・・・・・・ないよ、そんなもの。
擬態怪人。制圧完了。
全ての局面で最適な行動を選び続けたのだから、これは勝利ですらない。電卓を弾いて出した計算結果のような必然。もっとも正しい行動。
そして僕に次の啓示が下った。
適当なコンテナに怪人、芦間ヒフミと不定形のスライムが混ざり合った奇怪な石像のようなそれを放り込む。
後始末は先に用事を済ませてからだ。
探偵は間違えない。
啓示に従う限り、芦間ムナに敗北はない。
さあ、ヒフミ姉さんに会いに行こう。
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