幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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沈船村楽園神殿

神体

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 グチュグチュグチュ。
 祠の扉が開いて、その「中身」が露わになる。
 そこには沈船屋敷と同じく肉塊があった。あれと比べて青みが強い色彩に見える。設置されたそれは脈打って、壺のような形のあちこちから灰色の液体がしたたり落ちている。
 そして。
 ギュチュギュギュ
 顔があった。
 人形の様な大きさに圧縮された無数の顔が表面に浮き出ている。
 塊には目と鼻と口があり、口からは絶えず音が漏れ出て。
【枇々木宇リtkヰ】
【日売りw英rkw5エア】
 意思がある。
 屋敷で使用人に見えていたものは、ただ動き回るだけで思考しているように見えなかったけど、こんなにも異形なのに、この物体はこっちを認識している。
 はっきりとその視線を感じるから。
 数多の顔。複数の人が、あんな風にひとつに縮められて。

「鈴白、船織、船腰、水白、織白。村の五つの家族、23人」

 後ろから声がした。
 祠の中に設置されていた「あれ」が、元々は「誰」だったのか。岬さんは淡々と説明していた。
「私が村長になってから『器』に変容した村人たちの数はそれだけです」
 当たり前のように言うその声に、ようやく我に返る。
「変容・・・取り込まれたってことですか」
 辛うじて、私は岬さんにそう尋ねる。まさか昔の映画みたいにあのブヨブヨスライムが動き回って人を襲ったりしたんだろうか。
「いえ、違います」
 B級映画な光景が繰り広げられる私の妄想は、あっさり否定された。
「彼や彼女は皆、自分からあのように神体、あの肉塊と一体化したのです」
「自分から」
「ええ。古典的な誘惑ですよ。あの姿になれば、永遠に神の傍に居られるという甘言を真に受けた人が、自分だけでなく時に家族、子供まで巻き込んであれと一体化した」
 本当に村の恥部です。
 心から恥じている。憂鬱な様子で沈村岬さんはそうは気捨てた。

 ・・・神の傍に永遠に。
 それは単なる不老不死なんてわかりやすい話じゃない。
 この話の本質は、全てを神に委ねることが出来るということだ。
 今の世界は怨霊も神も溢れかえっている。人の価値観、宗教、信仰。何ひとつとして確かなものはない。だから、ただひたすらひとつの価値観、ただひとつの信仰に帰依する存在になること、それは甘い果実のような魅力を放つ。
 悪魔ならぬ異界の神の誘惑。
「もっとも、あれの核となっているのは、遥か昔からただひとりだけですが」
 そうだ、岬さんは村長だ。さっきの口ぶりから言っても、今あそこで蠢いている人の中には知っている人間が何人も居るはず。
 
「岬さん、その、これは・・・」
 見ず知らずの他人じゃない、顔も名前も知っている自分の村の住民が、こんな神体とは名ばかりの肉塊に成り果てた。彼女にとってそれはきっと絶え難い程の・・・
「ええ、腹立たしいですね」
「は?」いや、たしかに怒りは感じるだろうけど。
「村に住む、私の大事なものを勝手に食べちゃうなんて、手足をもがれた気分です」
 そんな大切な蒐集品が盗られたみたいな・・・。
「えと、沈船岬さん? 言ってることがわからないんですが」
 あっけにとられる私をよそに、困惑しきった顔で質問する宇羅。
「そのままの意味です。この村は私自身。なら自分の身体を奪われれば痛いのは当然です」

 沈船岬。
 彼女は生まれた時から自分の村を愛していた。
 長じてその長となった今も、岬はこの村のひとりひとりと家族よりも深い絆で結ばれていると感じている。
 深く深く。そう自分自身のように。
 この村を構成するものは、石一個、砂の一粒であろうと岬にとっては自分の身体。
 この村の住民は男も女も、赤子、老人、誰であろうと、その心は自分と繋がっているもの。

 沈船岬こそが沈船村。
 沈船村こそが沈船岬。

「それをこともあろうに身内が奪おうだなんて、最悪の気分ですよ、沈船《しずふね》鱗《うろこ》」
 その名を口に出した時。
 ニチャリと。
 肉塊の顔が嗤った気がした。

 沈船鱗。
 蔵記様を信仰する教団の開祖にして、この地に後に沈船村となる集落を築いた男。
 生没年不詳。それ他の情報もネットとかじゃ全く手に入らない、謎に包まれた教祖。生きているとしたら数百歳、そんな馬鹿なこと信じられないけど。
 あれは、もう人間の範疇に括れないのか。
 肉塊。怪物。意思持つ怪奇。
「游理さん、大丈夫ですか」
 宇羅が私の肩に触れて言う。
「あまり見ない方が良いと思います」
「宇羅、あれ見えてたの?」
「はい。初めてここに来た時から」
 それで様子がおかしかったんだ。
「屋敷の時と同じ。言ってくれたら良かったのに」
「下手に見せたら引き込まれる恐れがあったんです」
 引き込む。引き込んで喰らう。
「あれには『悪意』しか感じません。屋敷の肉は蠢いてるだけでしたけど、はっきりとした怨念怨嗟の類があの祠には籠ってますから」
 悪意。怨嗟。人が変じた化外の存在基盤。
 この村が神を奉じるなら、祠にあるあの存在の役割は。

「あれがこの祠に奉られた神体です」
 いつの間にか私の横に立っていた岬さんは、祠で蠢くものを指して言う。
「神に呼ばれ、神を崇めた始祖がその果てに至った神意の為の器」
 生物でも無機物でもなく、ただ理解出来ない思考を流し続けるもの。わかるのは常軌を逸した信仰が狂気にまで至り、神が報いた結果これが生まれたということだけ。
 ぎゅぎゅぎゅゆゆぎゅ。
 鳴り響く音は、この神体の鳴き声だった。私たちに語り掛けてるんだろうか。全く意味が伝わらない。
「『母なる蔵記様の御許にて。遍く祈り夢の果てに』とのことです」
「翻訳ありがとうございます、岬さん」
 でも言われても何のことかわからない。
 一応ここでの祓いは完了した。残る仕事はひとつ、園村さんを探し出すだけ。その為には、この村についてもう少し情報を集める必要がある。
「岬さん。それで蔵記様について教えていただきたいことが」
 彼女にそう言った時。

「かみのすがたをみるめをかみのこえをきくみみをかみにうったえる」

 声がした。
 ひたすら何かを呪うように、淡々と祈りの言葉を吐き続けて。
 意味が聞き取れない。でもその声は聞き覚えがある。

「園村さん?」

 捜していた彼が、岬さんの後ろに立っていた。
 そんな気配感じなかったのに。いやそれより。
「何処に言ってたんですか。私も所長も心配してたんですよ」
「・・・・・・・・・・」
 返事はない。口数の多い方じゃなかったけど、でも何だか様子がおかしいな。
「どうしたんです? 何か言ってくださいよ」
 私の言葉が聞こえないのか、そのまま園村さんは懐から何かを取り出して。

 トンッ・・・

 沈船岬さんの胸に刃を突き立てた。



「園村さんってどんな人なんです?」
 この村に来る前。彼を探し出す仕事を半ば強引に受けた時、宇羅はそう私に訊いてきた。

「ここの職場に入ってから、宮上さんとは何度か話をしたんです」
「ああ、そういえばよくいっしょにいたような」
「それに先の仕事では、いろいろと事情を知ることが出来ましたし」
 巻き込まれた成り行きでそうなったんだけどね。
「でも園村さんは単独行動が多く、なかなか顔を合わせる機会がなかったもので、人となりとかよく知らないんですよ」

 園村砂。
 亜江島祓い所にあって外なる神を専ら狩る専門家。
 私の先輩。

「沈船村での仕事は彼向きの祓い、とのことでしたけど」
 彼向きの仕事、相性の問題か。
「祓い師としての園村さんならきっとそうだろうね」
「? 何か含みのある言い方ですね」
 まあ、知識も経験も圧倒的に足りない私があれこれ言った所で根拠のない妄言に留まるだろうけど。
 その上で感じたことを言っておく。
「祓いの場合、あんまり相性が良すぎるっていうのも、手放しには喜べないよ」
 園村砂という人間と沈船村という場所の相性があまりにも良すぎた場合、両者の境界が揺らぐ恐れがある。
 村の世界に引き込まれるか、あるいは向こうの中身が人の側に流れ込んで元の人格を塗りつぶすか。

 適正がありすぎると、時に致命的な失敗に繋がる。

 あの家で私はそれを嫌という程学んだ。


「・・・何をやってるんだ、あなたは!」
 大声を上げて岬さんの所に駆け寄る。
 彼女を刺した園村さんは、私に構わずそのまま何処かに走り去ろうとする。
 まだ話は終わってないのに、宇羅に追わせる?
 いや、ダメだ。彼女の力が必要だ。
「宇羅、すぐに彼女を治して!」
「はい!」
 かなり深い・・・けど幽霊屋敷の権能なら治療は出来るはず。
「庚さん・・・」
「喋らないで、今傷を治しますから」

「ああ。どうやら鱗様は、これ以上私を見逃すつもりはないようですね」
 鱗、沈船鱗。
 この村の祖。

「庚さん、裏内さん。これが私の本当の依頼です」
 血を流しながら、はっきりとした声で岬さんは私に告げた。
「村を害するあの怨霊を祓うこと」
 怨霊。
 かつて神を崇めていた開祖。
 村人を自身に取り込むあれにどれほど彼の意識が残っているんだろうか。
「いずれにしても、あれが神意に適うものであるはずがありません」
 一片の迷いなくそう言い切る。

「ならばあれは神の所有物を貪り喰らう害獣」
 神に身を捧げた挙句、自らを神と錯覚したのか。
 あるいは自身の行いは全て神の為に正当化されると信じるか。
「いずれにしろ、その驕りは許しがたい」
 驕り、傲慢、妄念。その果てに生まれるのが怨霊。
「ならば、憑かれた愚者は討たれるのが道理でしょう」
 沈船の末裔は、己の先祖にそう宣告した。
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