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銀銃屋敷決闘
沈滞と再開
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「あ?」
撃たれた。おかしい、発射された音も聞こえなかった、何より急所から遠すぎる。
「裏内!?」
「あ、あがっつ…大丈夫です」
中の鉄骨と鎖骨が折れた程度です。問題なし。それよりも今は彼女を。
そこまで思考した時。わたしの右腕が消し飛んだ。
「っつ!?」
ありえない。
無作為過ぎる。
必殺、必ず殺るというやる気など微塵もない攻撃。
いや攻撃じゃない。
同時に発射された98発中、たまたま4発が命中した、ただの事故・・・!
意識を失う前、最後に見たのは怯えているような表情の宮上さんだった。
神隠しの家。
幽霊屋敷「裏内屋敷」
その奥、最奥。
裏内宇羅が裏内宇羅になる以前からあるその場所で。
「…走馬灯、ですか。幽霊屋敷がそんなものを見るなんて失笑ものです」
まあ実際には外側が深刻な損傷を受けたから、反射的にここまで引っ込んだってところでしょうが。
「どうやら何もできないようなので、一旦考えをまとめましょうか」
灯もない暗闇の中、わたしはひとり銀の銃の屋敷、その能力の解体を開始する。
「情報源は心臓、宮上下。彼女が感じ取ったのは屋敷の能力が銃に関係しているということ」
まあこんなのは犯人が最初から全て話すようなもので、信用できるはずもないんですが。
「銃、というあからさまな象徴から最初に想定していたのは必中。」
さらに付け加えるなら。
「彼女がこの屋敷に取り込まれたと感じた場面。剪定、儀式とはいえ『決闘』という血なまぐさい場面で生まれたなら、それが屋敷の在り方に影響するはず」
つまり。
「『勝ちたい』という願いから、さっきまでわたしたちはこの屋敷の力を『必殺』と想定し、途中までそれでうまくいってたんですが」
そこでいきなり敗北。
「まあ、そのおかげで宮上下を心臓とする『銀銃屋敷』の能力の性質は何となく理解できましたし」
銀銃屋敷。
わたしが考えた通りの能力なら、確かに決闘の中で生まれた屋敷にふさわしいですね。
「まあ、一番の問題はそんな些末なことではなく」
途中までこの屋敷の能力は、正真正銘必殺、「必ず急所を射抜く魔弾」だった、ということ。
正解はふたつ。
なら話は単純です。
目が覚めて、最初に目にしたのは十字架だった。
「ここは・・・礼拝堂ですか」
はい、生きてます。なんとか。
目を覚ましたことに気付いた宮上さんがこっちに走ってきた。
「裏内、大丈夫か」
「ええ、おかげさまで。ここは…礼拝堂ですか」
「屋敷の北東にあるただの離れだよ。こういうの祓いの道具を作るのには付き物だろ。まあうちの場合は信仰よりも実利優先だから」
まあ、ざっと見ているだけで古今東西無差別に手あたり次第、悪魔祓いの技術をかき集めた、って感じですね。祈りどころか武器製造所ですねここ。
「えっと、すみません。あの時意識飛んじゃって…下さんがここまで運んでくれたんですか?」
自分で言うのもなんですが、鉄骨多めの身体は結構重いはずですが。
「ここにもあるだろ、悪魔祓いの技術を応用した肉体の瞬間強化薬。まあこの前も庚の奴を抱えて大怪獣から逃げたりしてたし」
あはは。そんな特撮じゃないんですから。
…あの人といっしょならあり得ますね。
「時計塔から逃げ出して、おまえに応急処置というか補強か? それをするのに必要な材料や薬品があるからここに運び込んだんだ」
「ああ、道具の修理もここでするわけですか」
「裏内、おまえの身体について所長から最低限必要なことを教わってたから何とかなった」
何とかなった、って雑ですね。
「とりあえず、ありがとうございます宮上先輩」
本調子じゃないですが、まあいいです。
ここから先はたぶんわたしの仕事じゃないんで。
「そうだ、狩人は。どうなりました」
「頭に二発、逃げる時ついでに一発撃ち込んだから」
「流れるようにやりましたね」
殺意が高いです。
「じゃあ、この屋敷はあなたを心臓と認めたということですよね」
「ああ、いや、それなんだけど。なんかまだダメらしい」
「じゃあどんな状態なんです?」
「ええと、『銀銃屋敷』の内側に新しい『銀銃屋敷』が生まれたらしい」
「………」
「驚かないのか」
「ええ、やっぱりって感じです」
「言わなきゃいけないことがもうひとつある、非常に言いづらいんだが」
「やめてください、そういう言い方」
「おまえが寝てる間に底が内線で連絡してきたんだ」
「ああ、無事だったんですね、それはよかった」
「それで…」
「彼女はあなたとわたしに、人質の庚游理並びに『銀銃屋敷』の所有権をかけて決闘を行えと言ってきたんでしょう?」
「…すまん。身内のごたごたに巻き込んでしまって」
「…だったら游理さんの機嫌を直すなるべく早く楽な方法を考えてください」
「嫌だよめんどくさい」
游理さん。
あなたたぶん周り中の人間に面倒くさい性格って思われてますよ。
これが終わったらその辺どうにかしないと社会的に詰みます。
「だから、いつも通りの情緒不安定のまま無事でいてくださいね、游理さん」
「…………」
「…………」
重い。沈黙が重い。
北館、底さんの私室。
その中心で、私は彼女とふたりきり。
何を、何を話せばいいのかわからない。
実はさっきまで内心あなたを黒幕と疑ってました。
実は騙されてここに連れてこられたんです、私も被害者なんです。
そんなセリフ言われたら、速攻相手を殴りたくなるな。
先輩と同居人が中庭で怨霊を討伐している時、コミュ力不足で詰んだ女。
「下は」
「うひゃい!」
「は?」
「失礼しました、宮上様」
鬱々してる所にいきなり話しかけれたら普通は奇声が出るよね、うん自然なこと、そう思い込もう。
「下は普段どんな様子なのですか?」
「宮上…下さんが、ですか」
「いえ、所長さんから連絡があり、貴社への依頼を決めてから、何かと慌ただしくてそのようなことをきく時間もなかったものですから」
依頼があった、とは言っていたが、宮上底の方から依頼してきた、とは言ってなかったな。
所長…もしかして私が思ってるより嘘つき?
そしてトリガーハッピー先輩の顔で見つめられると無駄に緊張しますよ、こっちは。
「…まあ、宮上さんは優しくて仕事に熱心な先輩ですよ」
ついうっかり異界の邪神を召喚しても何とかしてくれる優しさに、そんな邪神にハイテンションに後先考えずに突撃銃撃する熱心さ。
…ごめん先輩。よく考えなくても私のせいで苦労かけてる…あなたの身内には絶対言えないですが。
「ええ、下は熱心に祓いの仕事をしているのでしょう、必ずそうだと思っていました」
「熱心すぎる時もありますがね…そうだ、下さんって昔どんな人だったのかきいていいですか?」
「私とは正反対でした。臆病でいつも私の影に隠れていて、ええ、今と全く変わらないですね」
臆病? あの戦闘狂が、今も?
「幽霊屋敷、惨劇と怨霊を生み千の死をもたらす生物・・・その程度の存在のせいで、あの子が私から2年も離れたなんて、不条理、道理に合ってないですよね。必ずあの子は私の傍にいて、必ず私はあの子の傍にいる。それが正常。あるべき世界なんです」
宮上底。
心臓が逃げ出したあと、生まれる寸前の屋敷の中で彼女を待っていた女性は、狂気も悪意も感じない口調のまま淡々と話し続けた。
「ええ、わかっています。あの日私から下を寝取ろうとしたこの唾棄すべき狩人の幽霊屋敷を骨の髄までバラバラに解体するんですよね。必ず、必ず」
「はい、まあそれは可能な限り、努力して、お客様にご満足いただけるような方向で、はい」
「ちゃんとあの子が受けてくれるように、こうしてあなたを、人質としているのですから」
「あの、今何と」
「ええ、感謝しています」
「私は護衛役のつもりだったんですけど」
ヤバい。
この人、ヤバい。
口まかせに適当に相槌を打って、なんとかこの会話を穏便に済ませようと、なけなしのコミュ力を振り絞る。
なんだこの状況。
「まあ、ここまでお膳立てしていただいた以上、私も然るべき誠意を見せなければなりませんね。そうでなくては必ず不義理の誹りを受けるでしょう。」
「謝礼の件につきましては、所長の方に通していただければ、その、一介の所員である私の管轄外ですので…」
その目に私の姿を映しながら、まるで芝居のセリフを読み上げるように、目の前にいる私を微塵も見ていない宮上底に、私、庚游理はただ無意味な言葉を返した。
待て、サラッととんでもないこと口走ってなかったか、この人。
「ですので、ここからは私、宮上底による必滅の幽霊屋敷『銀銃屋敷』が惰弱で愛しい宮上下の破滅の幽霊屋敷『銀銃屋敷』を、必ず解体してご覧に入れましょう」
銀銃屋敷、中庭の時計塔前で。
宮上底は宮上下を待っていた。
「庚は」
「当然無事です、人質云々は方便ですよ」
「別に縛ってほっといてもよかったと思うが」
「下。もう少し後輩に優しくしなさい。怖いからという理由で、何でもかんでも噛みつくのは悪い癖ですよ」
「底、あんたのそういう説教癖、本当に嫌だった」
「知ってる」
思い出した。確かあの日もこんな会話をしたんだ。
なら、一応そういうノリでやらないとな。
「無作為の幽霊屋敷『銀銃屋敷』その心臓、宮上下」
「必中必殺の幽霊屋敷『銀銃屋敷』その心臓、宮上底」
後輩の前で無様は晒せないから。
「敵を撃ち、祓う」
「敵を屠り、穿つ」
「だから、おまえは撃たれて祓われろ」
「だから、あなたが穿たれて縛られろ」
そして剪定は再び始まった。
「游理さん游理さん、無事ですか!」
「ええ、まあ気疲れはした…って宇羅、どうしたのそのケガ!?」
「ちょっとまあ、いろいろ読み違えちゃってそれで…」
あっさりいうが右手が千切れかけてる上、頭や胴体も悲惨なことになってる!
「大丈夫、これでも人外、幽霊屋敷ですし、下さんに修理、いえ治療をしていただいたので」
「そ、そっか、よかったーっ」
ハァー少し離れたらこれだよ。
この幽霊屋敷、心臓の心臓を止める気か?
これからは目の届く所にいるように言っとく…いやそんなこと言ったら絶対また調子に乗るだろうけど。
こんな残念な奴でも、恩人で仲間だし。
友達って…言えるかなあ?
「とはいえ、本当に下さんの幽霊屋敷が『必殺』だったら危なかったでしょうが」
必殺。「決闘に勝つ」という願いから生まれた屋敷なら。
宮上下と裏内宇羅、ふたりが時計塔で戦った狩人は必殺の幽霊屋敷の器官であり、その能力を持っていた。生まれたばかりの幼児が撃つ、ただ相手の急所を狙うだけの単調な攻撃など、それを想定して張っていた宇羅の防御を突破することは出来なかった。
「そこまでうまく行ってたんですけど、最後の最後に宮上下を心臓とする本当の『銀銃屋敷』が顕われて、おかげでこっちは格下相手に恥を曝したわけです」
「宇羅ってたまにナチュラルにマウントとるよね」
「あなたの口から性格を非難されると心が抉られますね」
宮上下の願いから生まれた真実の「銀銃屋敷」
その根源となる感情は。
「『破滅願望』でしょ」
「………」
「わざわざこんな、いっちゃんだけど辺鄙な場所にあるただ大きいだけの屋敷なんて相続しても持て余すだろうし」
それに、剪定決闘。一応ある程度加減、というか深刻な傷を負わないようにいろいろ配慮とかされていたそうだけど。
それでも。
「大好きな家族と戦うのは誰だって嫌に決まってる」
「………」
「だけど、話した感じだと底さんは下さんに相当厳しかったんでしょうね。まあ行き過ぎた愛情か、独占欲かそんな機微はわからないけど」
「………」
「勝つ勝たない以前に、宮上下は、やる気がなかった。だけど宮上底は彼女がわざと負けることも許してくれない」
「………」
「おまけに幽霊屋敷なんて得体のしれない力が流れ込んできた」
特別下さんが適性があったとか、その辺は情報がないから語れない。
多分底さんが言った「屋敷に選ばれた」というのが真相だろうし。
「下先輩はそんな進退窮まった状態だった。私だったらそんな時願うのは」
「『自分がどうなってもいい、何もかもから逃げ出したい』随分な願いね、下!」
中庭を破壊しながら、西館に雪崩れ込む。くそ、こんなとこまで、あの時と同じか。
わたしは霊やら相手をぶちのめすのが仕事なんだ、こんなまともな戦いなんて管轄じゃないんだ。
「あんたがそんなスパルタだからだ! この家も、何もかも捨てたい、面倒くさいって普通思うだろ!!」
「決闘の時、あなたが屋敷に選ばれたのを知って、どれだけ私が絶望して喜んだかわかる?」
「ごめん、さっぱり想像できない」
背後から撃ち込まれる弾丸。
その射線上にたまたま別の弾丸が割り込み、弾く。
「游理さんってコミュニケーション能力が壊滅的にアレなのに…そういうところが…」
「なんなのさ、その表現。傷つくな」
あと当然のように人の気にしてることを言わないでよ。
「…まあいいです。あなたがやればできる人だってわたしは知ってましたし」
「微妙な上から目線なんなの」
「それで、下さんは大丈夫でしょうか。ただでさえこの屋敷は正常な駆動を開始したばかり、能力を確かめる時間も十分になく、おまけに仕方ないとは言え十全な状態ではないだなんて」
そういうことか。
宇羅、きっとあなたは入ったばかりで知らないでしょうけど。
「心配要らない。だってあの人は『亜江島祓い所』その数少ない実働部隊で最強の戦闘能力をもつ宮上下なんだから」
撃たれた。おかしい、発射された音も聞こえなかった、何より急所から遠すぎる。
「裏内!?」
「あ、あがっつ…大丈夫です」
中の鉄骨と鎖骨が折れた程度です。問題なし。それよりも今は彼女を。
そこまで思考した時。わたしの右腕が消し飛んだ。
「っつ!?」
ありえない。
無作為過ぎる。
必殺、必ず殺るというやる気など微塵もない攻撃。
いや攻撃じゃない。
同時に発射された98発中、たまたま4発が命中した、ただの事故・・・!
意識を失う前、最後に見たのは怯えているような表情の宮上さんだった。
神隠しの家。
幽霊屋敷「裏内屋敷」
その奥、最奥。
裏内宇羅が裏内宇羅になる以前からあるその場所で。
「…走馬灯、ですか。幽霊屋敷がそんなものを見るなんて失笑ものです」
まあ実際には外側が深刻な損傷を受けたから、反射的にここまで引っ込んだってところでしょうが。
「どうやら何もできないようなので、一旦考えをまとめましょうか」
灯もない暗闇の中、わたしはひとり銀の銃の屋敷、その能力の解体を開始する。
「情報源は心臓、宮上下。彼女が感じ取ったのは屋敷の能力が銃に関係しているということ」
まあこんなのは犯人が最初から全て話すようなもので、信用できるはずもないんですが。
「銃、というあからさまな象徴から最初に想定していたのは必中。」
さらに付け加えるなら。
「彼女がこの屋敷に取り込まれたと感じた場面。剪定、儀式とはいえ『決闘』という血なまぐさい場面で生まれたなら、それが屋敷の在り方に影響するはず」
つまり。
「『勝ちたい』という願いから、さっきまでわたしたちはこの屋敷の力を『必殺』と想定し、途中までそれでうまくいってたんですが」
そこでいきなり敗北。
「まあ、そのおかげで宮上下を心臓とする『銀銃屋敷』の能力の性質は何となく理解できましたし」
銀銃屋敷。
わたしが考えた通りの能力なら、確かに決闘の中で生まれた屋敷にふさわしいですね。
「まあ、一番の問題はそんな些末なことではなく」
途中までこの屋敷の能力は、正真正銘必殺、「必ず急所を射抜く魔弾」だった、ということ。
正解はふたつ。
なら話は単純です。
目が覚めて、最初に目にしたのは十字架だった。
「ここは・・・礼拝堂ですか」
はい、生きてます。なんとか。
目を覚ましたことに気付いた宮上さんがこっちに走ってきた。
「裏内、大丈夫か」
「ええ、おかげさまで。ここは…礼拝堂ですか」
「屋敷の北東にあるただの離れだよ。こういうの祓いの道具を作るのには付き物だろ。まあうちの場合は信仰よりも実利優先だから」
まあ、ざっと見ているだけで古今東西無差別に手あたり次第、悪魔祓いの技術をかき集めた、って感じですね。祈りどころか武器製造所ですねここ。
「えっと、すみません。あの時意識飛んじゃって…下さんがここまで運んでくれたんですか?」
自分で言うのもなんですが、鉄骨多めの身体は結構重いはずですが。
「ここにもあるだろ、悪魔祓いの技術を応用した肉体の瞬間強化薬。まあこの前も庚の奴を抱えて大怪獣から逃げたりしてたし」
あはは。そんな特撮じゃないんですから。
…あの人といっしょならあり得ますね。
「時計塔から逃げ出して、おまえに応急処置というか補強か? それをするのに必要な材料や薬品があるからここに運び込んだんだ」
「ああ、道具の修理もここでするわけですか」
「裏内、おまえの身体について所長から最低限必要なことを教わってたから何とかなった」
何とかなった、って雑ですね。
「とりあえず、ありがとうございます宮上先輩」
本調子じゃないですが、まあいいです。
ここから先はたぶんわたしの仕事じゃないんで。
「そうだ、狩人は。どうなりました」
「頭に二発、逃げる時ついでに一発撃ち込んだから」
「流れるようにやりましたね」
殺意が高いです。
「じゃあ、この屋敷はあなたを心臓と認めたということですよね」
「ああ、いや、それなんだけど。なんかまだダメらしい」
「じゃあどんな状態なんです?」
「ええと、『銀銃屋敷』の内側に新しい『銀銃屋敷』が生まれたらしい」
「………」
「驚かないのか」
「ええ、やっぱりって感じです」
「言わなきゃいけないことがもうひとつある、非常に言いづらいんだが」
「やめてください、そういう言い方」
「おまえが寝てる間に底が内線で連絡してきたんだ」
「ああ、無事だったんですね、それはよかった」
「それで…」
「彼女はあなたとわたしに、人質の庚游理並びに『銀銃屋敷』の所有権をかけて決闘を行えと言ってきたんでしょう?」
「…すまん。身内のごたごたに巻き込んでしまって」
「…だったら游理さんの機嫌を直すなるべく早く楽な方法を考えてください」
「嫌だよめんどくさい」
游理さん。
あなたたぶん周り中の人間に面倒くさい性格って思われてますよ。
これが終わったらその辺どうにかしないと社会的に詰みます。
「だから、いつも通りの情緒不安定のまま無事でいてくださいね、游理さん」
「…………」
「…………」
重い。沈黙が重い。
北館、底さんの私室。
その中心で、私は彼女とふたりきり。
何を、何を話せばいいのかわからない。
実はさっきまで内心あなたを黒幕と疑ってました。
実は騙されてここに連れてこられたんです、私も被害者なんです。
そんなセリフ言われたら、速攻相手を殴りたくなるな。
先輩と同居人が中庭で怨霊を討伐している時、コミュ力不足で詰んだ女。
「下は」
「うひゃい!」
「は?」
「失礼しました、宮上様」
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「いえ、所長さんから連絡があり、貴社への依頼を決めてから、何かと慌ただしくてそのようなことをきく時間もなかったものですから」
依頼があった、とは言っていたが、宮上底の方から依頼してきた、とは言ってなかったな。
所長…もしかして私が思ってるより嘘つき?
そしてトリガーハッピー先輩の顔で見つめられると無駄に緊張しますよ、こっちは。
「…まあ、宮上さんは優しくて仕事に熱心な先輩ですよ」
ついうっかり異界の邪神を召喚しても何とかしてくれる優しさに、そんな邪神にハイテンションに後先考えずに突撃銃撃する熱心さ。
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「熱心すぎる時もありますがね…そうだ、下さんって昔どんな人だったのかきいていいですか?」
「私とは正反対でした。臆病でいつも私の影に隠れていて、ええ、今と全く変わらないですね」
臆病? あの戦闘狂が、今も?
「幽霊屋敷、惨劇と怨霊を生み千の死をもたらす生物・・・その程度の存在のせいで、あの子が私から2年も離れたなんて、不条理、道理に合ってないですよね。必ずあの子は私の傍にいて、必ず私はあの子の傍にいる。それが正常。あるべき世界なんです」
宮上底。
心臓が逃げ出したあと、生まれる寸前の屋敷の中で彼女を待っていた女性は、狂気も悪意も感じない口調のまま淡々と話し続けた。
「ええ、わかっています。あの日私から下を寝取ろうとしたこの唾棄すべき狩人の幽霊屋敷を骨の髄までバラバラに解体するんですよね。必ず、必ず」
「はい、まあそれは可能な限り、努力して、お客様にご満足いただけるような方向で、はい」
「ちゃんとあの子が受けてくれるように、こうしてあなたを、人質としているのですから」
「あの、今何と」
「ええ、感謝しています」
「私は護衛役のつもりだったんですけど」
ヤバい。
この人、ヤバい。
口まかせに適当に相槌を打って、なんとかこの会話を穏便に済ませようと、なけなしのコミュ力を振り絞る。
なんだこの状況。
「まあ、ここまでお膳立てしていただいた以上、私も然るべき誠意を見せなければなりませんね。そうでなくては必ず不義理の誹りを受けるでしょう。」
「謝礼の件につきましては、所長の方に通していただければ、その、一介の所員である私の管轄外ですので…」
その目に私の姿を映しながら、まるで芝居のセリフを読み上げるように、目の前にいる私を微塵も見ていない宮上底に、私、庚游理はただ無意味な言葉を返した。
待て、サラッととんでもないこと口走ってなかったか、この人。
「ですので、ここからは私、宮上底による必滅の幽霊屋敷『銀銃屋敷』が惰弱で愛しい宮上下の破滅の幽霊屋敷『銀銃屋敷』を、必ず解体してご覧に入れましょう」
銀銃屋敷、中庭の時計塔前で。
宮上底は宮上下を待っていた。
「庚は」
「当然無事です、人質云々は方便ですよ」
「別に縛ってほっといてもよかったと思うが」
「下。もう少し後輩に優しくしなさい。怖いからという理由で、何でもかんでも噛みつくのは悪い癖ですよ」
「底、あんたのそういう説教癖、本当に嫌だった」
「知ってる」
思い出した。確かあの日もこんな会話をしたんだ。
なら、一応そういうノリでやらないとな。
「無作為の幽霊屋敷『銀銃屋敷』その心臓、宮上下」
「必中必殺の幽霊屋敷『銀銃屋敷』その心臓、宮上底」
後輩の前で無様は晒せないから。
「敵を撃ち、祓う」
「敵を屠り、穿つ」
「だから、おまえは撃たれて祓われろ」
「だから、あなたが穿たれて縛られろ」
そして剪定は再び始まった。
「游理さん游理さん、無事ですか!」
「ええ、まあ気疲れはした…って宇羅、どうしたのそのケガ!?」
「ちょっとまあ、いろいろ読み違えちゃってそれで…」
あっさりいうが右手が千切れかけてる上、頭や胴体も悲惨なことになってる!
「大丈夫、これでも人外、幽霊屋敷ですし、下さんに修理、いえ治療をしていただいたので」
「そ、そっか、よかったーっ」
ハァー少し離れたらこれだよ。
この幽霊屋敷、心臓の心臓を止める気か?
これからは目の届く所にいるように言っとく…いやそんなこと言ったら絶対また調子に乗るだろうけど。
こんな残念な奴でも、恩人で仲間だし。
友達って…言えるかなあ?
「とはいえ、本当に下さんの幽霊屋敷が『必殺』だったら危なかったでしょうが」
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宮上下と裏内宇羅、ふたりが時計塔で戦った狩人は必殺の幽霊屋敷の器官であり、その能力を持っていた。生まれたばかりの幼児が撃つ、ただ相手の急所を狙うだけの単調な攻撃など、それを想定して張っていた宇羅の防御を突破することは出来なかった。
「そこまでうまく行ってたんですけど、最後の最後に宮上下を心臓とする本当の『銀銃屋敷』が顕われて、おかげでこっちは格下相手に恥を曝したわけです」
「宇羅ってたまにナチュラルにマウントとるよね」
「あなたの口から性格を非難されると心が抉られますね」
宮上下の願いから生まれた真実の「銀銃屋敷」
その根源となる感情は。
「『破滅願望』でしょ」
「………」
「わざわざこんな、いっちゃんだけど辺鄙な場所にあるただ大きいだけの屋敷なんて相続しても持て余すだろうし」
それに、剪定決闘。一応ある程度加減、というか深刻な傷を負わないようにいろいろ配慮とかされていたそうだけど。
それでも。
「大好きな家族と戦うのは誰だって嫌に決まってる」
「………」
「だけど、話した感じだと底さんは下さんに相当厳しかったんでしょうね。まあ行き過ぎた愛情か、独占欲かそんな機微はわからないけど」
「………」
「勝つ勝たない以前に、宮上下は、やる気がなかった。だけど宮上底は彼女がわざと負けることも許してくれない」
「………」
「おまけに幽霊屋敷なんて得体のしれない力が流れ込んできた」
特別下さんが適性があったとか、その辺は情報がないから語れない。
多分底さんが言った「屋敷に選ばれた」というのが真相だろうし。
「下先輩はそんな進退窮まった状態だった。私だったらそんな時願うのは」
「『自分がどうなってもいい、何もかもから逃げ出したい』随分な願いね、下!」
中庭を破壊しながら、西館に雪崩れ込む。くそ、こんなとこまで、あの時と同じか。
わたしは霊やら相手をぶちのめすのが仕事なんだ、こんなまともな戦いなんて管轄じゃないんだ。
「あんたがそんなスパルタだからだ! この家も、何もかも捨てたい、面倒くさいって普通思うだろ!!」
「決闘の時、あなたが屋敷に選ばれたのを知って、どれだけ私が絶望して喜んだかわかる?」
「ごめん、さっぱり想像できない」
背後から撃ち込まれる弾丸。
その射線上にたまたま別の弾丸が割り込み、弾く。
「游理さんってコミュニケーション能力が壊滅的にアレなのに…そういうところが…」
「なんなのさ、その表現。傷つくな」
あと当然のように人の気にしてることを言わないでよ。
「…まあいいです。あなたがやればできる人だってわたしは知ってましたし」
「微妙な上から目線なんなの」
「それで、下さんは大丈夫でしょうか。ただでさえこの屋敷は正常な駆動を開始したばかり、能力を確かめる時間も十分になく、おまけに仕方ないとは言え十全な状態ではないだなんて」
そういうことか。
宇羅、きっとあなたは入ったばかりで知らないでしょうけど。
「心配要らない。だってあの人は『亜江島祓い所』その数少ない実働部隊で最強の戦闘能力をもつ宮上下なんだから」
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