幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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「裏内屋敷」対「乾森学園」 

羽化と飛翔

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 裏内宇羅は震えていた。
 なんだ、これは。
 
 何もかも消え去ってるのに祟りだけが残る。
 それを生んだ苦しみも無念も存在しているのに。
 初めからなかったことになるなんて。
 この時、幽霊屋敷は初めて幽霊屋敷《じぶんたち》の悍ましさを理解した。
「…大丈夫?」
「游理さん。あなたは平気なんですか、こんなものを見て」
「そんなわけない!」
 叫んだ。
「私が関わると、悪意も災厄も底が抜けて、無茶苦茶になる、だからって」
 いつもこんなものを見て来た庚游理だから

「理不尽なんて見慣れたこと、だなんて絶対に、世界が滅びても言っちゃいけないだろ」

 揺れる、揺れる。
 外見だけは普通の建築物だった校舎が蠢き、巨大な何かの形に変化していく。
「游理さん、いったん『中』に入ってください、跳びます!」
 差し出された宇羅の手を取った、と次の瞬間私は見慣れた家の「玄関口」にいた。
 これは宇羅の中にしまい込まれた、ってこと?
 窓の外にはさっきの光景が広がっていた。
 校庭に避難した裏の前で、乾森学園の動きは落ち着いたみたい。
「もう出ていいようですよ。游理さん」
「ああ。それでどうやって出るんだ?」
「普通にドアを開けてください」
「なるほど」
 普通?

 乾森学園は白い塊になっていた。
「この後はどうなるの、裏内さん」
「さっきのミイラは間違いなく心臓です。ならあの肉塊の最深部に取り込まれてます」
 肉塊。校舎だったもの。幽霊屋敷だったもの。狗神の苗床だったもの。
「今からあれを切り崩すのは骨が折れますね………えっ」
 肉の塊。その上部が動いた。そのまま「裂け目」が広がって、
 ああそうか、これは。

「『蛹』かよ!」

 
 どうして。
 どうしてボクはここにいるの
 どうしてのどが渇くの。
 どうして僕は溺れてるの。
 どうしてこの人たちはボクの声に気付かないの。
 どうしてどうしてどうして。



 狗神の呪いの果ての果て。
 生み出された巨大な蚕蛾は飛び立った。

「走って!」
「待って、ねえ!」
巨大な蛾の羽ばたきによって巻き起こされた突風に飛ばされそうになるのを
宇羅に支えられて何とかその場に留まる。
鉄とコンクリートの一軒家分の重さを戻した状態で、彼女は地面に立ち、鉄の槍を構える。
「それで勝てるの!?」
「わかりませんよ、でもやるしかないです」
投擲した槍は、蛾の身体に届くことなく羽で弾かれた。
「だったら」
次弾。コンクリートの塊を「投石」する宇羅。
今度は阻まれないほどの質量の弾だが、しかし。
「アアアアアアアアゥゥゥゥゥゥー!!」
「っつ!? 耳キッツ!」
蛾の口から怪音が放たれると同時にそこから射出された「杭」
先ほど苦しめられたそれが、縫い留めるように巨石を迎撃する。
勢いを殺された弾丸は標的にかすることなく地面に落下した。
そして残りがこちらにー!
「『南壁!』」
寸前で先と同じく壁で守るーが。
「宇羅!」
「!? がっ…」
貫通した。
防壁を貫いて私を穿つ杭を、
裏内宇羅は背中で受け止めた。

「宇羅…さっきは防げたのに、なんで…」
「本領発揮、ってことらしいです。やっぱり格の違いを思い知らされた感じです」
悔しいな。
そう言って血を吐きながらも、宇羅は防壁を解かない。
心臓を、屋敷の主を護る防御を崩さない。
「…ごめんなさい、游理さん。さっき嘘を言いました」
「喋らないで! くそ、止血、いや下手に動かしたら…」
「聞いてください、庚游理」

初めて、
宇羅は私の目を正面から見据えた。

「人間が幽霊屋敷の心臓になるには契約が必要なんです」
「契約?」
「心臓を持たない幽霊屋敷は、ただの幽霊とただの屋敷」
それはあまりにありふれていて、弱いから。
「あのままだと、あなたもわたしも取り込まれることすらなく、乾森学園に縊り殺されていたことは話しましたよね」
「だから首ボキンで強引についてきたって」
「演出というか、強引にでもこちらに共鳴させて…ラジオを叩いて電波をキャッチするような感じで」
そんな技術はない。
「今あなたは半分程度、まだ完全にわたしの心臓には成りきっていません」
儀式の前倒し。
どんな遠大な計画でも強引に開始すれば綻ぶ。
「先ほどわたしたちは運命共同体みたいな話をしましたが、実際にはまだそこまで進んでいません」
だから、あなただけでも助かるかもしれない、と。
命を喰らう幽霊屋敷は告げた。
「リンクが完全でない以上私が乾森学園に取り込まれて消滅しても、游理さんは弾き飛ばされる可能性はあります。あなただけでも生き残ることができるんです」
リンクが完全でない。
「じゃあ、もし私が本物の心臓になれば、裏内屋敷は完全な幽霊屋敷になるんだな」
「…はい」
「それだけじゃないだろ?」
「………」
沈黙は肯定。
やめてよ、そんな弱った顔をしないで。
私はそういう顔に弱いんだから。
ならもう少しよけいなことを言っておかないと。
「そんな両者の合意なんて邪道。むしろ心臓となる人間を喰らって、意思も思考も奪うのが本当の幽霊屋敷なんでしょ」
「………はい」
なおも上空をふらふらと移動する巨大な蛾は杭を撃ち続け、確実にこちらの防御を穿ち削っている。
その轟音を背景に、私たちは話し続ける。
「なら、なんで」
庚游理は問いかけた。
「嫌だったからです」
裏内宇羅は答えた。

「顔も知らない誰かの怨みを、無念を、怨嗟が消えていくことを許さなかった庚游理」
幽霊屋敷がその住民をいくら見ようとも、その心は理解できない。
でも、もし。
ただの人間のように相手を見て、ただの人間のようにその心を想ったなら。
「そんな素敵な人を、ただの傀儡に貶める、そんな三流心霊スポットになれる訳ないじゃないですか」

絶え間ない砲撃で壁の一角が崩れたその時に。
人を喰らう幽霊屋敷は
人の怨みを忘れない祓い師に微笑んだ。

「そっか。じゃあ」
 手を握る。
 この子の手、こんなに細かったのか。
「今すぐ私を喰いなさい」
「はい…はい?」
「庚游理を裏内屋敷の心臓にしなさい、裏内宇羅」
 ハッキリと目を見て告げる。
「私の命で、あなたは完全な幽霊屋敷になるの」

「…バカなんですか? 正気を失いました?」
 いきなりそれか!
「そんな自己犠牲に酔わないでください! 何度も言いますが、あなたは今の状態なら生きて戻れるかもしれない」
「それじゃ救えないでしょう」

「森白学園を。無意味に死んで、無意味に怨んでいるあの子を助けられない」

 怨みを誰にも向けられないなら。
「あの貯水槽の子を怨みを引き受けて、潰す」
 何故なら
「それが私の仕事。亜江島祓い所の社員として怨霊を縛る怨みを粉砕するのが」
 そうだよ、それだけが私にできることなんだ。
 これまでも、そして今も

「ん? 宇羅。どうしたの。顔赤い」
「…ええ、まあ。あ、そろそろわたしあぶないみたいです」
「え」
「今いろんな意味で昇天寸前になったので…」
「わー! バカ、今の流れでそんなギャグめいた退場は許されないぞ!」
 シリアスな空気をピンク色ラブコメモードにするんじゃない!
「本当にいいんですか」
「ここであなたが消えたら、私も向こう側に取り込まれる。そうなったら間違いなく最大級の厄神の誕生」
 藪蛇
 藪を突いて蛇を出す
 敵のレベルの強制アップ、難易度ハードオンリーが庚游理の宿命なら、
「こっちからぶつかるしかないでしょ。自分がどうなっても私が私である以上は」
「…はい、わかりました」
 そして。
 私の手を握って。

 血肉を備えた幽霊屋敷が誕生する。

「裏内宇羅は庚游理の血肉を喰らい、庚游理は裏内宇羅の存在を喰らう」

「千の怨みを千の死で祓い尽くすまで、互いに喰らい合う輪廻蛇」

「さあ、怨嗟の声を響かせましょう」
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