幽霊屋敷で押しつぶす

鳥木木鳥

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「裏内屋敷」対「乾森学園」 

突貫散布異常増殖

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「とりあえず喰らっとけ!」
トリガーを引き、散布
霧吹き程度意に介さないのか、うっとうしいゴミを払うように杭打ちは数本の杭を撃つ。
「宇羅!」
「『北西扉』!」
こちらに届く寸前、出現した扉で防ぐ。
つ! 同時に壁の向こうに転がり回避する。お世辞にもスマートな動きではないが、祓い師が誰でも宮上さん並みの身体能力を持ってるわけがない。
無様に姿勢を崩し、床の地でスーツを汚しながら、それでも
全力で殺しに来ていたらヤバかったが、見るからに弱い人間に無駄玉は撃たない理性はあった。
むしろよくわからない攻撃を避けるための牽制か?
そんな知能はあるのか。
まずいな、イカレた見た目なのに冷静なやつだなんて。

一番やりやすいじゃないか。


ソレは殺し続けた
生徒を、教師を、人を、虫を、
躊躇もなく憐憫もなく後悔もなく油断もなく
殺し潰し撃ち穿つ

部屋に入ってきた人間と同類を目にした時も、思考はブレない。
最後に同類を相手にしたのは何時だったか、などと意味のないことは考えず。
最も重要なことだけを考える。
一番大事なこと、それは。

トントントン。

打つ撃つ穿つ!

同類はさすがにしぶとい。
最初の全弾発射を鉄塊で防ぎ、こちらを鉄槍で刺しに来る。
しかしその程度だ。
経験値の差。
絶え間なく呼吸するように潰し続けた杭打ちの大量死は、
ひとりひとり呪うしかできない、朽ち果てた廃屋ごときが乗り越えられない。

死の質量差で、確実にすり潰そうとしていた杭打ちの前に立ちはだかったのは、人間だった。
霧吹きのようなものを構え、何かを散布した。
「毒」
そう直感し数発、牽制を撃って後退する。
毒なら問題はない。
数百の人間を殺す毒ごときで、数百の死の質量を持つ杭打ちは殺せない。
それをわかっているはずの敵の屋敷が、わざわざ人間を護ったということは
「思考思考思考思考」
人の言葉でない言葉で呟く。
囮、もしくは目潰し。その程度で杭打ちは停止しない!
「思考思考思考死考思考」
囮ならそれ諸共潰す。
目をふさがれたなら、ふさがれたまま撃つ。
耳をふさがれたなら、ふさがれたまま撃つ。
それ以上思考を巡らせることもなく、何万回と繰り返した動作で、杭を撃つ杭打ち。

その瞬間、勝敗は決まった。



杭打ちが杭を投げる寸前。
その異変は手から始まった。
散布された『薬』がほんの僅か、気付かないほど付着したその手は、まず膨張し膨張し、拡大してそのころには足も目も何もかもが狂乱じみた増殖を開始して。

増殖し拡大する「致命的な成長の連鎖」

その当然の帰結として、
杭打ち。あれほどの力を振るっていた怨霊は、
自分自身に耐えられなくなって爆ぜた。

「えっと、これどうなってるんですか?」

杭の暴発に巻き込まれ、同時に身体のあちこちから火を噴きだして爆発した杭打ちの残骸
それを前に幽霊屋敷は私に尋ねて来た。
「どうって、見たままだよ。この杭打ちの成長に、こいつ自身が耐え切れなかったんだ」
「成長?」
「知らずにスプレーを渡したの」
不用心すぎるよ、それは。
「私自身の霊気を調合した薬を吸った怨霊は、劇的に成長する」
成長、進化、深化、発展。
「自分自身の強さで自壊するくらい、強くなるんだ」

藪蛇。
藪から出た蛇を竜にする体質。
「この体質のせいで、昔からヤバい案件を引き当てて、おかげで家にも居られなくなった」
ステージの強制ランクアップ、と言えばいいのか。
ただの雑魚がラスボス級になる、なんて洒落にならない。
「まあそのおかげで、邪神や異次元の侵略者の王やらをたまたま引き当てて、
頼りになる先輩方が人類を救うことができるんだけど」
「それ、能力というよりそういう運命というだけでは?」
「…言わないで」
人が考えないようにしてることをズケズケ言ってくる人でなし。
…人じゃなかった。

「まあ、おかげで杭打ちをこうして討つことができたんです、それに」
「?」
なんだよ、その無表情なのに微妙に嬉しそうに見える顔は。
「さっき、名前で呼んでくれましたよね、游理さん」
語尾に♡が付きそうな甘いセリフを言ってきた!
「あれはつい咄嗟に」
「はいはいはい、ツンデレテンプレごちそうでした」
「何、その偏った現代用語集に載ってそうな言葉のチョイス」
はぁ…まあこの子が守ってくれなかったら、良くて相打ち、普通に無駄死にだったのは間違いないな。
だから気がすすまないが、言っておかないと。

「裏内さん」
「はい?」
「まだだ」
乾森学園。殺戮で彩られた幽霊屋敷は。
「まだ終わってない。乾森学園の心臓は、杭打ちじゃない」






3年3組は3階建て校舎の最上階に位置する教室である。
 だからその上には何もない。
 あるのは。
「貯水槽、ですか」
「とりあえず怪しいのはそこね」
 屋上に出て、校舎の全景がようやく見ることができた。
 学園の外には普通の街並みが広がってる。まあ背景映像みたいなもんらしいけど。
「さっきの教室。天井から水が漏れてた」
「水? 血じゃなくて、ですか」
「最初の教室も廊下も、床や壁は血で染まってたけど、天井はきれいだった。だからなんとなくあの教室もそうなのかなと」
 なんとなく。
 たまたま厄を引き当てる。
 そんな体質。

 ―触れるだけで大ごとになるー

「それに倒れた時、服に血が着いたの。つまり床の血が乾いてなかったってこと」
 まあ、こんな大量の血糊がしたたり落ちる水程度で溶けるのか、とかツッコミどころは多々あるけど。
「祟りは何かを伝えるもの、なんでしょ」
 だったら
「3年3組の真上にある貯水槽なんていかにも、な代物がある。そこにこそ、この幽霊屋敷の心臓があるって考えるべきでしょう」
「えっと、その決めゼリフっぽい空気の所、恐縮ですが、我が心臓」
「何。ちょっと待ってって。えっと貯水槽には梯子かなんかないの?」
「あんな修羅場でそんなことを考える余裕があったんですか」
「なかったよ」
「なかったですか」
「正直に言うと今の説明は後付け」
 お、梯子あった、いや「中」を見るのって、蓋を開けるんだよな。
 ・・・鍵がかかってたらどうしよう。
「ただ、私がこうして関わったのなら、333名を喰らった悪意」
 鍵はかかってなかった。
 それどころか、まるで内側から押し上げられたように
 アッサリと蓋が開いた。
「程度で終わらないっていうことははっきりしていたから、ここにたどり着けた」

「そうでしょう、乾森学園の心臓さん」
 そこには
 悪意の塊があった。


「ミイラ? それにこの身長は」
「子供、ここの生徒よりも幼い、小学生くらい。死因は…あまり考えたくないな」
「えっと、つまりその子の怨念が学園の惨事を引き起こしたってことですか」
「違う」
そうだったらわかりやすすぎる。

「…よく考えたら、おかしいですよね。なんでこの子は学園の屋上なんかにいたんですか? 外から入れるような場所じゃないです」
裏内宇羅。先刻の教室内での杭打ちとの戦いにあってさえ、どこか超然としていた彼女。
彼女はこの時、怯えていた。
「そうです、ありえないです。大体なんですかこれ! 廃墟でもないのに、誰にも気付かれないなんておかしいです」
まるで縋るように
庚游理、自らの心臓の言葉を否定する幽霊屋敷。
「数百の人間が生活してて、点検だってあるだろうし、それにそもそも貯水槽の中で溺死体でも泣くこともあろうにミイラ化なんて」
「そう仕向けたんだろ」
ミイラの中心。胴体に深々と刺さった杭を指さしながらそういった。
杭。
刺した者から水分を奪う杭。
普通の学校には決して存在するはずのない呪具。呪う道具
幽霊屋敷が武器にできるのは、自分の中にあるものだけ。

「水を飲んで飲んでも体内に水が入らない状態にする。その過程が大事で、ミイラ化は副産物」
私は語る。なるべく感情を押し殺して。
「後は人払い。水道の水から変なにおいがする、なんてことがあっても違和感を感じさせないようにする」
他にも色々と必要な手順はあるだろうが、
必要なことをすればできるということだ。
「簡単でしょう。祟りなんて不条理と不可解を引き起こして、人工的に幽霊屋敷を生む方法としては」

狗神
犬を首だけ出して生き埋めにして放置、飢え死にさせる。
肝心なのはその目前に食料を置いておくことだそうだ。
目の前にある食べ物を見ながら飢えていく犬、
死の間際斬り落とされた首は、飛んで食料に喰らいつくという。
「狗神」化外を生み、用いる呪術。

乾森学園。
いぬいもり。
いぬもり
初めからこの目的で作られたとしたら・・・

「数百の生きた人間が生きているのに、それよりも幼い自分がこんなところでゆっくり死んでいく」
そんな理不尽な目に遭ったら
「怨むでしょ」

その言葉を合図にしたように
屍が咆哮した。
「アァァァー!」
絶叫。
それに共鳴するように校舎が、幽霊屋敷が揺れる、蠢く。
さっきの杭打ちなど比較にならないほどの悪意、憎悪、怨み。
これが心臓。
これが幽霊屋敷「乾森学園」の根幹。
「誰が、何のためにこんなことをしたんですか」
「わからない」

学園の設立者とかが関わってるのがよくあるパターンだけど、怨霊にはそんな区別は意味がないから。
何より乾森学園は存在自体が消されている。
まして、その動機なんて。


「わかりたくもない」


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