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4 Who are you?
第20話
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「……あなたそれ、本気で言ってんの?」
「こんなこと、冗談じゃ言えないよ」
笑顔で、かつ真剣に、彼女は答える。力強く、けれども優しいその目に宿るのは、自分は嘘をついてはいないという確信。
その自信に満ち溢れる発言に、村雨はしかし動じはしなかった。
「馬鹿を言わないで。なら何よ、今のあなたは幽霊だとでも言いたいの? それとも、自分は一度死んだけど、また生き返りましたって? それを私たちに信じろって言うの?」
「ある意味ではそうなるかな。今から十年前、私は舞台上で死んだ。それは揺るぎない事実なの。でも、私は……」
「――いい加減にして!」
声が、僕らの耳を揺るがした。
村雨の顔には怒りと共に、悲しみとも、悔しさとも取れる表情が浮かんでいた。
「私、そういう悪ふざけが一番嫌いなの。死んだ人を利用して、人を騙して、面白がって……あなた、一体何様なわけ? 悪趣味にも程があるわ。正直に言って、あなたがそんな奴だとは思ってなかった。この前会ったときは、もうちょっとマシだと思ってたのに」
「む、村雨、もっと話を……」
「いいの、零君」
僕が仲裁しようとしたところを、明日葉明日香が首を振って制止する。噛みつかんばかりの勢いで睨みを効かせる村雨に近付いた彼女は、少しだけ寂しそうな笑顔で、静かに声をかけた。
「そうね。確かにそうだわ。死んだ人が生きているなんて、明らかにおかしいもの。でもね……雫には、死んだ後も生きていて欲しいと思うような人はいない?」
「は? 何それ、どういう意味?」
威圧的に聞き返す村雨に物怖じもせず、明日葉明日香はしっかりとその目を見据えて言った。
「私は明日葉明日香という人物に、ずっと生きていて欲しかった。だから、私は明日葉明日香になった。ただそれだけなんだよ」
それだけの話――か。
誰が認識するのか、誰に判断を委ねるのか、誰が理解するのかで、物事の些事なんて大きく変わる。明日葉明日香にとっては『それだけ』で済ませられることでも、村雨にとっては理解出来ないほどのことなのかもしれない。
それは僕にとってももちろん同じことだ。だが、僕は既に彼女の正体を知っている。故に、その動機も、目的も、ある程度推測が付いていた。彼女の苦悩や決断が、全て理解出来るとは思わない。それでも、なぜそうせざるを得なかったのかを、想像することくらいは出来る。
「君は明日葉明日香という人間に、大きな憧れを抱いていたんだね――桐島さん」
「……零君は、分かってくれるんだ。やっぱり優しいね、君は」
彼女は、あくまで明日葉明日香として、そう僕に笑いかけた。今ここにいるのは、僕の目の前に存在しているのは、明日葉明日香という人間でしかなく、それ以外はあり得ない。そう僕に、改めて分からせるかのように、彼女はしっかりと、その言葉を僕に伝えた。
「零、あんた何言ってんの? なんで今桐島園加の名前が……って、もしかしてあなた、まさか……!?」
凄く今更のリアクションだった。やはり村雨にも先に説明しておくべきだったのだろうか。
目を丸くして明日葉明日香の顔を覗き込み、口をあんぐりと開けて驚いていた彼女であったが、理解と切り替えは流石の早さのようで、五秒後には、すぐにその表情は固いものに戻った。胸に手を当て、こめかみを指で押さえて呼吸を整えているようである。
「えーと、ちょっと待って、こういう時は落ち着かないと。まずはしっかりと状況を確認させて。そうね、一つずつ聞いていくことにするわ。……まず一つ目。あなたは今、明日葉明日香という人物であると自分で認識をしている。そうなのね?」
「うん、そうだよ」
「二つ目。あなたの正体……というか、普段の姿は、桐島園加という人物である。……こういうこと?」
「そうだね、その通りかな」
「じゃあ三つ目。零は、昨日からこのことを知っていたというわけ?」
「え、僕? う、うん、まあそういうことになるのかな……?」
突然振られた質問に、とりあえずで答える僕。真面目な顔で頷いて、こちらを向きにっこりと笑う村雨。よく分からずに僕も同じ表情で応える。まずい予感。
「知ってたなら先に言いなさいよ馬鹿ー!」
「いやそれはぐはぁっ!?」
飛んできたのは腹への強烈な蹴りだった。予想通りだが、もちろん嬉しくなどは全くなく、むしろやっぱりこうなるのかと、笑いさえ込み上げてきそうになるほど、僕の心は打ちのめされていた。
「こんなこと、冗談じゃ言えないよ」
笑顔で、かつ真剣に、彼女は答える。力強く、けれども優しいその目に宿るのは、自分は嘘をついてはいないという確信。
その自信に満ち溢れる発言に、村雨はしかし動じはしなかった。
「馬鹿を言わないで。なら何よ、今のあなたは幽霊だとでも言いたいの? それとも、自分は一度死んだけど、また生き返りましたって? それを私たちに信じろって言うの?」
「ある意味ではそうなるかな。今から十年前、私は舞台上で死んだ。それは揺るぎない事実なの。でも、私は……」
「――いい加減にして!」
声が、僕らの耳を揺るがした。
村雨の顔には怒りと共に、悲しみとも、悔しさとも取れる表情が浮かんでいた。
「私、そういう悪ふざけが一番嫌いなの。死んだ人を利用して、人を騙して、面白がって……あなた、一体何様なわけ? 悪趣味にも程があるわ。正直に言って、あなたがそんな奴だとは思ってなかった。この前会ったときは、もうちょっとマシだと思ってたのに」
「む、村雨、もっと話を……」
「いいの、零君」
僕が仲裁しようとしたところを、明日葉明日香が首を振って制止する。噛みつかんばかりの勢いで睨みを効かせる村雨に近付いた彼女は、少しだけ寂しそうな笑顔で、静かに声をかけた。
「そうね。確かにそうだわ。死んだ人が生きているなんて、明らかにおかしいもの。でもね……雫には、死んだ後も生きていて欲しいと思うような人はいない?」
「は? 何それ、どういう意味?」
威圧的に聞き返す村雨に物怖じもせず、明日葉明日香はしっかりとその目を見据えて言った。
「私は明日葉明日香という人物に、ずっと生きていて欲しかった。だから、私は明日葉明日香になった。ただそれだけなんだよ」
それだけの話――か。
誰が認識するのか、誰に判断を委ねるのか、誰が理解するのかで、物事の些事なんて大きく変わる。明日葉明日香にとっては『それだけ』で済ませられることでも、村雨にとっては理解出来ないほどのことなのかもしれない。
それは僕にとってももちろん同じことだ。だが、僕は既に彼女の正体を知っている。故に、その動機も、目的も、ある程度推測が付いていた。彼女の苦悩や決断が、全て理解出来るとは思わない。それでも、なぜそうせざるを得なかったのかを、想像することくらいは出来る。
「君は明日葉明日香という人間に、大きな憧れを抱いていたんだね――桐島さん」
「……零君は、分かってくれるんだ。やっぱり優しいね、君は」
彼女は、あくまで明日葉明日香として、そう僕に笑いかけた。今ここにいるのは、僕の目の前に存在しているのは、明日葉明日香という人間でしかなく、それ以外はあり得ない。そう僕に、改めて分からせるかのように、彼女はしっかりと、その言葉を僕に伝えた。
「零、あんた何言ってんの? なんで今桐島園加の名前が……って、もしかしてあなた、まさか……!?」
凄く今更のリアクションだった。やはり村雨にも先に説明しておくべきだったのだろうか。
目を丸くして明日葉明日香の顔を覗き込み、口をあんぐりと開けて驚いていた彼女であったが、理解と切り替えは流石の早さのようで、五秒後には、すぐにその表情は固いものに戻った。胸に手を当て、こめかみを指で押さえて呼吸を整えているようである。
「えーと、ちょっと待って、こういう時は落ち着かないと。まずはしっかりと状況を確認させて。そうね、一つずつ聞いていくことにするわ。……まず一つ目。あなたは今、明日葉明日香という人物であると自分で認識をしている。そうなのね?」
「うん、そうだよ」
「二つ目。あなたの正体……というか、普段の姿は、桐島園加という人物である。……こういうこと?」
「そうだね、その通りかな」
「じゃあ三つ目。零は、昨日からこのことを知っていたというわけ?」
「え、僕? う、うん、まあそういうことになるのかな……?」
突然振られた質問に、とりあえずで答える僕。真面目な顔で頷いて、こちらを向きにっこりと笑う村雨。よく分からずに僕も同じ表情で応える。まずい予感。
「知ってたなら先に言いなさいよ馬鹿ー!」
「いやそれはぐはぁっ!?」
飛んできたのは腹への強烈な蹴りだった。予想通りだが、もちろん嬉しくなどは全くなく、むしろやっぱりこうなるのかと、笑いさえ込み上げてきそうになるほど、僕の心は打ちのめされていた。
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