僕らの沙汰は何次第?

堀口光

文字の大きさ
上 下
20 / 27
4 Who are you?

第20話

しおりを挟む
「……あなたそれ、本気で言ってんの?」
「こんなこと、冗談じゃ言えないよ」

 笑顔で、かつ真剣に、彼女は答える。力強く、けれども優しいその目に宿るのは、自分は嘘をついてはいないという確信。

 その自信に満ち溢れる発言に、村雨はしかし動じはしなかった。

「馬鹿を言わないで。なら何よ、今のあなたは幽霊だとでも言いたいの? それとも、自分は一度死んだけど、また生き返りましたって? それを私たちに信じろって言うの?」
「ある意味ではそうなるかな。今から十年前、私は舞台上で死んだ。それは揺るぎない事実なの。でも、私は……」
「――いい加減にして!」

 声が、僕らの耳を揺るがした。

 村雨の顔には怒りと共に、悲しみとも、悔しさとも取れる表情が浮かんでいた。

「私、そういう悪ふざけが一番嫌いなの。死んだ人を利用して、人を騙して、面白がって……あなた、一体何様なわけ? 悪趣味にも程があるわ。正直に言って、あなたがそんな奴だとは思ってなかった。この前会ったときは、もうちょっとマシだと思ってたのに」
「む、村雨、もっと話を……」
「いいの、零君」

 僕が仲裁しようとしたところを、明日葉明日香が首を振って制止する。噛みつかんばかりの勢いで睨みを効かせる村雨に近付いた彼女は、少しだけ寂しそうな笑顔で、静かに声をかけた。

「そうね。確かにそうだわ。死んだ人が生きているなんて、明らかにおかしいもの。でもね……雫には、死んだ後も生きていて欲しいと思うような人はいない?」
「は? 何それ、どういう意味?」

 威圧的に聞き返す村雨に物怖じもせず、明日葉明日香はしっかりとその目を見据えて言った。

「私は明日葉明日香という人物に、ずっと生きていて欲しかった。だから、私は明日葉明日香になった。ただそれだけなんだよ」

 それだけの話――か。

 誰が認識するのか、誰に判断を委ねるのか、誰が理解するのかで、物事の些事なんて大きく変わる。明日葉明日香にとっては『それだけ』で済ませられることでも、村雨にとっては理解出来ないほどのことなのかもしれない。

 それは僕にとってももちろん同じことだ。だが、僕は既に彼女の正体を知っている。故に、その動機も、目的も、ある程度推測が付いていた。彼女の苦悩や決断が、全て理解出来るとは思わない。それでも、なぜそうせざるを得なかったのかを、想像することくらいは出来る。

「君は明日葉明日香という人間に、大きな憧れを抱いていたんだね――桐島さん」
「……零君は、分かってくれるんだ。やっぱり優しいね、君は」

 彼女は、あくまで明日葉明日香として、そう僕に笑いかけた。今ここにいるのは、僕の目の前に存在しているのは、明日葉明日香という人間でしかなく、それ以外はあり得ない。そう僕に、改めて分からせるかのように、彼女はしっかりと、その言葉を僕に伝えた。

「零、あんた何言ってんの? なんで今桐島園加の名前が……って、もしかしてあなた、まさか……!?」

 凄く今更のリアクションだった。やはり村雨にも先に説明しておくべきだったのだろうか。

 目を丸くして明日葉明日香の顔を覗き込み、口をあんぐりと開けて驚いていた彼女であったが、理解と切り替えは流石の早さのようで、五秒後には、すぐにその表情は固いものに戻った。胸に手を当て、こめかみを指で押さえて呼吸を整えているようである。

「えーと、ちょっと待って、こういう時は落ち着かないと。まずはしっかりと状況を確認させて。そうね、一つずつ聞いていくことにするわ。……まず一つ目。あなたは今、明日葉明日香という人物であると自分で認識をしている。そうなのね?」
「うん、そうだよ」
「二つ目。あなたの正体……というか、普段の姿は、桐島園加という人物である。……こういうこと?」
「そうだね、その通りかな」
「じゃあ三つ目。零は、昨日からこのことを知っていたというわけ?」
「え、僕? う、うん、まあそういうことになるのかな……?」

 突然振られた質問に、とりあえずで答える僕。真面目な顔で頷いて、こちらを向きにっこりと笑う村雨。よく分からずに僕も同じ表情で応える。まずい予感。

「知ってたなら先に言いなさいよ馬鹿ー!」
「いやそれはぐはぁっ!?」

 飛んできたのは腹への強烈な蹴りだった。予想通りだが、もちろん嬉しくなどは全くなく、むしろやっぱりこうなるのかと、笑いさえ込み上げてきそうになるほど、僕の心は打ちのめされていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハッピーサイクル

西野尻尾
青春
幼い頃から全国トップの足の速さを誇ってきた七原司は、人格者でありカリスマ性も持っていたため、学校はもちろん日本中から憧れの的にされていた。 しかし、高校2年の夏休み中に突如として陸上を辞めてしまう。 加えて人格も豹変してしまい、誰も寄せ付けなくなっていた。 そんな彼女に唯一、どれだけ邪険にされても構わず近付いていったのが、クラスメイトである天禄望。 彼は学校中から『変』な奴だと忌み嫌われていた。 誰も寄ってこない少年は、夏休み明けから誰も寄せ付けない少女にずんずん踏み込んでいき、やがて彼女の秘密に辿り着く。 そして彼もまた、誰にも言えない重大な秘密を持っていてーー まだ十数年しか生きていなくても、生きるのが辛くなったり、消えたくなったりすることもある。 それでもめげずにしあわせを願う少女と、『変』な少年の物語

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

『女になる』

新帯 繭
青春
わたしはLGBTQ+の女子……と名乗りたいけれど、わたしは周囲から見れば「男子」。生きていくためには「男」にならないといけない。……親の望む「ぼく」にならなくてはならない。だけど、本当にそれでいいのだろうか?いつか過ちとなるまでの物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

Ribbꪆ୧n

OKAYU*
青春
きみと過ごした冬の記憶――ヒヨドリの鳴き声、凍て星、雪をかぶったジニアの花。溶けてくれない思い出・・・ ୨୧ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ୨୧ 【❅story❅】 高校時代の同窓会にさそわれた「あたし」は、久しぶりにかつての通学路を歩いている。 たったひとつの季節を共有した、友人でも恋人でもない、けれど特別なクラスメイトだった「かれ」との帰り道を思いだしながら。 むかし、〚エブリスタ〛のコンテストに応募した物語です🎁🧸 ୨୧ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ୨୧ 【❅補足❅】 1.物語の名まえは『リボン』と読みます。『ribbon』の“o”文字をリボンの結び目に見立て、蝶結びの輪っかは「あたし」と「きみ」のために2つある……そんな意味を込めました。 2.妄コン応募にあたり、文字数の都合でちょっと(?)いきなりの締め括りになっちゃいました💧 ・・なので、シリーズ化し、新枠にほんとうのラストを書きたいと思います🕊️🌸 「あたし」と「かれ」を待っているストーリーの続き、ほんの少しだけど、もし興味のある方は、見届けていただけたら幸いです。

処理中です...