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もう躊躇いません!

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 翌朝、泣きすぎてボーッとした頭で、私は無意識にテレビをつける。
 今日が休日でよかった。こんな顔で会社になんて絶対いけない。
 そんなことを思いながら水を飲んでいたら、芸能コーナーのニュースが耳に飛びこんできた。
 それは訃報で、亡くなったのは、かつて国民的な人気歌手だった女性。
 死亡原因はガンだった。

「……ガン」

 ニュースと同時に流れるのは、彼女の若い頃の代表曲。
 その声に、私はハッとした。

「ミク……ミクの声だわ!」

 毎日聴いていたのだ。聞き間違えるはずがない。
 私は急いでメモとボールペンを用意した。テレビから流れる告別式の日時と場所の情報を書き留める。

「――――三日後ね。場所は少し遠いけれど、行って行けないところじゃないわ」

 私が気づいたくらいだ、きっとタカシも亡くなったのがミクだと気づくはず。
 だとすれば、絶対、式に参列すると思った。

「会社から休みをもらわなくっちゃ。有給は有り余っているんだから、絶対うんと言わせてみせるわ!」

 ギュッとメモを握りしめた私は、そのためにしわくちゃになった紙を見て、慌てて伸ばした。

「タカシ……きっと会えるわ」

 もしも会えたならば、今度こそ躊躇わない。
 私は固く決意した。



 そして、運命の三日後。
 キョロキョロと周囲を見回す私は、少し悪目立ちしていた。
 みんな亡くなった女性歌手の大ファンで、彼女の死を嘆いているのに、そんな素振りも見せずに誰かを探している人間がいるのだ。腹立たしく思う人がいても不思議ではない。

(でも、だって、ミクは異世界で生きているんだもの。悲しむなんてできないわ)

 申し訳なく思いながらも広い式場でタカシを探した。
 すると、すぐ近くから忌々しそうな声が聞こえてくる。

「まったく、最近の参列者は礼儀がなっていないな。向こうにも女性と見れば誰彼構わず声をかけていた男がいたが――――」
「それって、どこですか!?」

 私は文句を言っていた男に食いついた。
 驚いた男は、眉間にしわを寄せ不機嫌そうにこちらを睨みつける。
 しかし、私が必死なのがわかったのか、嫌そうにしながらも、その人がいる場所を教えてくれた。
 急いでそちらに向かう。

 そこはロビーで、献花の順番を待つ人々が溢れかえっていた。
 その中に、一人、花も持たず順番に並ぶ女性たちをジッと睨んでいる男性が目に入る。
 年は三十代後半か四十くらい。黒の礼服をピシッと着こなした背の高い人物で、少し乱れた前髪が彼の印象を若くしている。


 ……間違いなくタカシだった。
 ちょっとした仕草と、なによりその眼差しで、そう思う。
 私が彼を見間違うはずがなかった。

 喜びがわき上がってくると同時に、しかし私は激しく動揺してしまう。
 現実の彼がすごくステキな男性だったからだ。
 どうして、この人がフラれたのかさっぱりわからない。
 相手の女性に、目はたしかなのかと聞きただしてみたい!

 ……いや、やっぱりダメだ。気が変わったなんて言われたら、たまらない。


 一刻も早く彼に声をかけなければと思うのだが、私の足は止まったまま動かなかった。
 今の自分が、彼に相応しいのか、自信がない。

 立ち竦んでいれば、そのとき、会場にミクの歌が響いた。

 私の脳裏には、たちまち丘の上の一軒家と、ミク、ヒロキ、そして若かったタカシの顔が浮かんでくる。

 みんなが、私に頑張れと言ってくれているような気がした。


「…………そうね。勇気を出さなくっちゃ! 私に必要なのは、行動力よ!」


 私は、走り出す。

「タカシ!」

 大きな声で呼びかけた。
 ビクッと震えた目の前の男性が、こちらを振り向き……目を見開く。

「ナズナ?」

 ああ、やっぱりタカシだった。
 大きく頷いた私を見たタカシは、顔をクシャクシャにして笑う。
 互いに駆け寄り、その場で抱きしめ合った。

「よかった! やっと会えた! ――――あのとき、君に連絡先を伝えなかったことを、死ぬほど後悔した。もう二度と同じ間違いは繰り返さない。――――ナズナ、愛している。俺と結婚してほしい!」

 なんと、私はその場でプロポーズされた。

 ここは告別式の会場だ。
 周囲には故人を偲ぶ参列者がたくさんいて、そんな中での公開プロポーズ。
 それは、誰に言われるまでもなく、非常識で、不謹慎で、礼儀知らずの行いだが――――私は、かまわず頷いた。

「私も、タカシを愛している。結婚しましょう!」

 それ以外の返事など考えられなかったから。
 そして、もう二度と躊躇わないと決めたからだった。





 ――――その後、私とタカシは告別式の主催者からずいぶん怒られた。
 もちろん、私たちは平謝りした。
 長年ミクのマネージャーを務めたというその人は、ブツブツと苦情を言った後で、でも最後に「おめでとう」と言ってくれた。
 きっとミクならそう言うだろうと苦笑して。

「はい! 絶対にそう思います!」

 前のめりでそう叫んだら、反省が足りないとお説教を追加された。
 まあ、仕方ないので甘んじて受けたけど。





 ずいぶん遅くなってしまった帰り道。
 私とタカシは、恋人繋ぎで手を繋いで最寄り駅まで歩いた。
 お互いの境遇やこれからのこと、私たちの話はいつまでも尽きることはない。


 これからも私たちは、こうやって一緒に歩いていけるのだ。
 体は年を取っても、心はいつまでも若々しく勇気を失わずに。



 ――――ずっと、ずっと。
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