5 / 6
もう躊躇いません!
しおりを挟む
翌朝、泣きすぎてボーッとした頭で、私は無意識にテレビをつける。
今日が休日でよかった。こんな顔で会社になんて絶対いけない。
そんなことを思いながら水を飲んでいたら、芸能コーナーのニュースが耳に飛びこんできた。
それは訃報で、亡くなったのは、かつて国民的な人気歌手だった女性。
死亡原因はガンだった。
「……ガン」
ニュースと同時に流れるのは、彼女の若い頃の代表曲。
その声に、私はハッとした。
「ミク……ミクの声だわ!」
毎日聴いていたのだ。聞き間違えるはずがない。
私は急いでメモとボールペンを用意した。テレビから流れる告別式の日時と場所の情報を書き留める。
「――――三日後ね。場所は少し遠いけれど、行って行けないところじゃないわ」
私が気づいたくらいだ、きっとタカシも亡くなったのがミクだと気づくはず。
だとすれば、絶対、式に参列すると思った。
「会社から休みをもらわなくっちゃ。有給は有り余っているんだから、絶対うんと言わせてみせるわ!」
ギュッとメモを握りしめた私は、そのためにしわくちゃになった紙を見て、慌てて伸ばした。
「タカシ……きっと会えるわ」
もしも会えたならば、今度こそ躊躇わない。
私は固く決意した。
そして、運命の三日後。
キョロキョロと周囲を見回す私は、少し悪目立ちしていた。
みんな亡くなった女性歌手の大ファンで、彼女の死を嘆いているのに、そんな素振りも見せずに誰かを探している人間がいるのだ。腹立たしく思う人がいても不思議ではない。
(でも、だって、ミクは異世界で生きているんだもの。悲しむなんてできないわ)
申し訳なく思いながらも広い式場でタカシを探した。
すると、すぐ近くから忌々しそうな声が聞こえてくる。
「まったく、最近の参列者は礼儀がなっていないな。向こうにも女性と見れば誰彼構わず声をかけていた男がいたが――――」
「それって、どこですか!?」
私は文句を言っていた男に食いついた。
驚いた男は、眉間にしわを寄せ不機嫌そうにこちらを睨みつける。
しかし、私が必死なのがわかったのか、嫌そうにしながらも、その人がいる場所を教えてくれた。
急いでそちらに向かう。
そこはロビーで、献花の順番を待つ人々が溢れかえっていた。
その中に、一人、花も持たず順番に並ぶ女性たちをジッと睨んでいる男性が目に入る。
年は三十代後半か四十くらい。黒の礼服をピシッと着こなした背の高い人物で、少し乱れた前髪が彼の印象を若くしている。
……間違いなくタカシだった。
ちょっとした仕草と、なによりその眼差しで、そう思う。
私が彼を見間違うはずがなかった。
喜びがわき上がってくると同時に、しかし私は激しく動揺してしまう。
現実の彼がすごくステキな男性だったからだ。
どうして、この人がフラれたのかさっぱりわからない。
相手の女性に、目はたしかなのかと聞きただしてみたい!
……いや、やっぱりダメだ。気が変わったなんて言われたら、たまらない。
一刻も早く彼に声をかけなければと思うのだが、私の足は止まったまま動かなかった。
今の自分が、彼に相応しいのか、自信がない。
立ち竦んでいれば、そのとき、会場にミクの歌が響いた。
私の脳裏には、たちまち丘の上の一軒家と、ミク、ヒロキ、そして若かったタカシの顔が浮かんでくる。
みんなが、私に頑張れと言ってくれているような気がした。
「…………そうね。勇気を出さなくっちゃ! 私に必要なのは、行動力よ!」
私は、走り出す。
「タカシ!」
大きな声で呼びかけた。
ビクッと震えた目の前の男性が、こちらを振り向き……目を見開く。
「ナズナ?」
ああ、やっぱりタカシだった。
大きく頷いた私を見たタカシは、顔をクシャクシャにして笑う。
互いに駆け寄り、その場で抱きしめ合った。
「よかった! やっと会えた! ――――あのとき、君に連絡先を伝えなかったことを、死ぬほど後悔した。もう二度と同じ間違いは繰り返さない。――――ナズナ、愛している。俺と結婚してほしい!」
なんと、私はその場でプロポーズされた。
ここは告別式の会場だ。
周囲には故人を偲ぶ参列者がたくさんいて、そんな中での公開プロポーズ。
それは、誰に言われるまでもなく、非常識で、不謹慎で、礼儀知らずの行いだが――――私は、かまわず頷いた。
「私も、タカシを愛している。結婚しましょう!」
それ以外の返事など考えられなかったから。
そして、もう二度と躊躇わないと決めたからだった。
――――その後、私とタカシは告別式の主催者からずいぶん怒られた。
もちろん、私たちは平謝りした。
長年ミクのマネージャーを務めたというその人は、ブツブツと苦情を言った後で、でも最後に「おめでとう」と言ってくれた。
きっとミクならそう言うだろうと苦笑して。
「はい! 絶対にそう思います!」
前のめりでそう叫んだら、反省が足りないとお説教を追加された。
まあ、仕方ないので甘んじて受けたけど。
ずいぶん遅くなってしまった帰り道。
私とタカシは、恋人繋ぎで手を繋いで最寄り駅まで歩いた。
お互いの境遇やこれからのこと、私たちの話はいつまでも尽きることはない。
これからも私たちは、こうやって一緒に歩いていけるのだ。
体は年を取っても、心はいつまでも若々しく勇気を失わずに。
――――ずっと、ずっと。
今日が休日でよかった。こんな顔で会社になんて絶対いけない。
そんなことを思いながら水を飲んでいたら、芸能コーナーのニュースが耳に飛びこんできた。
それは訃報で、亡くなったのは、かつて国民的な人気歌手だった女性。
死亡原因はガンだった。
「……ガン」
ニュースと同時に流れるのは、彼女の若い頃の代表曲。
その声に、私はハッとした。
「ミク……ミクの声だわ!」
毎日聴いていたのだ。聞き間違えるはずがない。
私は急いでメモとボールペンを用意した。テレビから流れる告別式の日時と場所の情報を書き留める。
「――――三日後ね。場所は少し遠いけれど、行って行けないところじゃないわ」
私が気づいたくらいだ、きっとタカシも亡くなったのがミクだと気づくはず。
だとすれば、絶対、式に参列すると思った。
「会社から休みをもらわなくっちゃ。有給は有り余っているんだから、絶対うんと言わせてみせるわ!」
ギュッとメモを握りしめた私は、そのためにしわくちゃになった紙を見て、慌てて伸ばした。
「タカシ……きっと会えるわ」
もしも会えたならば、今度こそ躊躇わない。
私は固く決意した。
そして、運命の三日後。
キョロキョロと周囲を見回す私は、少し悪目立ちしていた。
みんな亡くなった女性歌手の大ファンで、彼女の死を嘆いているのに、そんな素振りも見せずに誰かを探している人間がいるのだ。腹立たしく思う人がいても不思議ではない。
(でも、だって、ミクは異世界で生きているんだもの。悲しむなんてできないわ)
申し訳なく思いながらも広い式場でタカシを探した。
すると、すぐ近くから忌々しそうな声が聞こえてくる。
「まったく、最近の参列者は礼儀がなっていないな。向こうにも女性と見れば誰彼構わず声をかけていた男がいたが――――」
「それって、どこですか!?」
私は文句を言っていた男に食いついた。
驚いた男は、眉間にしわを寄せ不機嫌そうにこちらを睨みつける。
しかし、私が必死なのがわかったのか、嫌そうにしながらも、その人がいる場所を教えてくれた。
急いでそちらに向かう。
そこはロビーで、献花の順番を待つ人々が溢れかえっていた。
その中に、一人、花も持たず順番に並ぶ女性たちをジッと睨んでいる男性が目に入る。
年は三十代後半か四十くらい。黒の礼服をピシッと着こなした背の高い人物で、少し乱れた前髪が彼の印象を若くしている。
……間違いなくタカシだった。
ちょっとした仕草と、なによりその眼差しで、そう思う。
私が彼を見間違うはずがなかった。
喜びがわき上がってくると同時に、しかし私は激しく動揺してしまう。
現実の彼がすごくステキな男性だったからだ。
どうして、この人がフラれたのかさっぱりわからない。
相手の女性に、目はたしかなのかと聞きただしてみたい!
……いや、やっぱりダメだ。気が変わったなんて言われたら、たまらない。
一刻も早く彼に声をかけなければと思うのだが、私の足は止まったまま動かなかった。
今の自分が、彼に相応しいのか、自信がない。
立ち竦んでいれば、そのとき、会場にミクの歌が響いた。
私の脳裏には、たちまち丘の上の一軒家と、ミク、ヒロキ、そして若かったタカシの顔が浮かんでくる。
みんなが、私に頑張れと言ってくれているような気がした。
「…………そうね。勇気を出さなくっちゃ! 私に必要なのは、行動力よ!」
私は、走り出す。
「タカシ!」
大きな声で呼びかけた。
ビクッと震えた目の前の男性が、こちらを振り向き……目を見開く。
「ナズナ?」
ああ、やっぱりタカシだった。
大きく頷いた私を見たタカシは、顔をクシャクシャにして笑う。
互いに駆け寄り、その場で抱きしめ合った。
「よかった! やっと会えた! ――――あのとき、君に連絡先を伝えなかったことを、死ぬほど後悔した。もう二度と同じ間違いは繰り返さない。――――ナズナ、愛している。俺と結婚してほしい!」
なんと、私はその場でプロポーズされた。
ここは告別式の会場だ。
周囲には故人を偲ぶ参列者がたくさんいて、そんな中での公開プロポーズ。
それは、誰に言われるまでもなく、非常識で、不謹慎で、礼儀知らずの行いだが――――私は、かまわず頷いた。
「私も、タカシを愛している。結婚しましょう!」
それ以外の返事など考えられなかったから。
そして、もう二度と躊躇わないと決めたからだった。
――――その後、私とタカシは告別式の主催者からずいぶん怒られた。
もちろん、私たちは平謝りした。
長年ミクのマネージャーを務めたというその人は、ブツブツと苦情を言った後で、でも最後に「おめでとう」と言ってくれた。
きっとミクならそう言うだろうと苦笑して。
「はい! 絶対にそう思います!」
前のめりでそう叫んだら、反省が足りないとお説教を追加された。
まあ、仕方ないので甘んじて受けたけど。
ずいぶん遅くなってしまった帰り道。
私とタカシは、恋人繋ぎで手を繋いで最寄り駅まで歩いた。
お互いの境遇やこれからのこと、私たちの話はいつまでも尽きることはない。
これからも私たちは、こうやって一緒に歩いていけるのだ。
体は年を取っても、心はいつまでも若々しく勇気を失わずに。
――――ずっと、ずっと。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
【短編完結】記憶なしで婚約破棄、常識的にざまあです。だってそれまずいって
鏑木 うりこ
恋愛
お慕いしておりましたのにーーー
残った記憶は強烈な悲しみだけだったけれど、私が目を開けると婚約破棄の真っ最中?!
待って待って何にも分からない!目の前の人の顔も名前も、私の腕をつかみ上げている人のことも!
うわーーうわーーどうしたらいいんだ!
メンタルつよつよ女子がふわ~り、さっくりかる~い感じの婚約破棄でざまぁしてしまった。でもメンタルつよつよなので、ザクザク切り捨てて行きます!
醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?
京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。
顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。
貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。
「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」
毒を盛られ、体中に走る激痛。
痛みが引いた後起きてみると…。
「あれ?私綺麗になってない?」
※前編、中編、後編の3話完結
作成済み。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。
守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。
だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。
それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる