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恋をしました

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 カッコンカッコンと音を立て、手押しポンプで水をくむ。
 いっぱいになった桶を持とうとしたところで、背後から伸びてきた手に奪われた。

「力仕事は、俺にさせろと言っただろう?」

 振り返った先には、真っ黒に日焼けした顔に苦笑を浮かべるタカシがいる。

「大丈夫よ。神力を使うから」

 便利な神力には、重いものを軽くする力もある。今なら私は一俵の米俵だって軽々と担げるのだ。

「うん、それはわかるけど。でも、俺が持ちたいんだ。ナズナに頼ってほしいと思うから」

 そんな真面目な顔で言わないでほしい。
 私の顔は、たちまち熱くなった。

「耳まで真っ赤だ。可愛い」
「タカシ!」

 恨みがましく睨めば、彼は嬉しそうに笑う。


 仮移住をはじめて三ヶ月。
 私はタカシと、恋人同士になった。
 若返ったあげくに、自分と同じく若返った本当の年齢も姿もわからない相手に恋するなんて、浮かれすぎだと呆れられるだろうか?
 それでも、この世界で自分の気持ちに嘘はつきたくない。

 恋するきっかけは些細なものだった。
 話し方が好きだなとか、真面目な態度に好感が持てるなとか、その程度のこと。
 そうして、段々と彼の姿を目で追って、目を離せなくなって……ある日、これは恋しているかも? って、気がついた。
 そう思ってしまえば、後は坂道を転げ落ちるよう。
 見れば見るほど好きになって、止まり方なんてわからない。

 それに、タカシも私のことを気にかけてくれていた。
 やたら話しかけられたり、笑いかけられたり、目と目があったり。
 今みたいに重いものを持とうとすればすかさず助けてくれるし、時間があるときは必ず傍にいてくれる。
 何より、私を見て、大好きっていう気持ちが丸わかりの笑顔を向けられて、誤解なんてできるはずもなかった。

 互いの気持ちを互いに気づいて一ヶ月。告白は私の方から。
 ちょっと大胆だったけど、若返って、気持ちが大きくなっていたのかもしれない。
 それに、なんとなく、タカシの方からは言ってこないような気がしていた。
 その感覚が間違いじゃなかったとわかったのは、食い気味に告白のOKを貰ってからだ。

「ありがとう! すごく嬉しい! ……それで、ゴメン! 男の俺から言うべきだったのに、君に言わせてしまった」

 深々と頭を下げたタカシは、ギュッと拳を握りしめ、話しはじめる。

「言い訳にしかならないけれど……この世界へきた日、俺は結婚を考えていた女性にフラれてしまったんだ。どうやら二股をかけられていたようでね。俺より若くて出世できそうな人と結婚するから別れてくれと頼まれた。『俺を愛していたんじゃなかったのか?』と詰ったら、『くそ真面目でなんの面白みもないオジサンのあなたなんか、本気で愛するはずがないでしょう?』と嘲笑されて。……君はそんな女性じゃないとわかっていたはずなのに、勇気が出なかった」

 それは、かなりトラウマになりそうな過去だ。
 女性不信になってしまっても仕方ないかもしれない。
 むしろそんな経験をしたのに、よく私を愛してくれたなと感心した。

 その後も自分を責め続けるタカシを、私は宥める。

「そんなに気にしなくても大丈夫よ。むしろ自分から告白とか、貴重な体験ができてよかったって思っているから」
「ナズナは、優しいな」

 タカシの言葉に、私は苦笑する。

「優しいっていうより、勇敢だなって言ってほしいわ。私、この世界にきて変われたって思っているもの」

 電気もガスも水道もないこの世界では、自分がなんとかしなければ何もできない。
 受け身で待っていても事態は動かないのだ。
 必要なのは、やる気と勇気。後は行動あるのみだ。

「今までの私は、うまくいかなかったことの全てを自分が年を取ってしまったせいだって思っていたの。若さを失ってオバサン……まではいってなかったと思うけど、でもお局さまみたいなOLになって、だから周囲からバカにされたり、思うように行動させてもらえなかったりするんだって。でも、それって違うのよね。今考えれば、あの時の私って、全然前向きじゃなかったわ。失敗ばかりを恐れて、新しいことに挑戦とか考えられなくて、古いやり方にこだわって。……私が失っていたのは若さじゃなくて、純粋な心や挑戦する勇気だったのよ!」

 滔々と語ってしまった私の言葉に、タカシは目を見開いた。
 真剣な表情で考えこみ……やがて「そうだな」と頷く。

「言われてみれば、俺にも思い当たることが多い。……フラれた彼女にも、最近は仕事にかまけて自分から積極的に誘うことはなかった。……とはいえ、二股を許容できるわけではないが――――」
「そんなもの、許容しなくていいわ!」

 私が怒鳴れば、タカシはプッと吹き出した。

「ああ、君を好きになってよかった。俺も変わってみせるから、愛想を尽かさず、つき合ってくれるか?」

 顔をのぞきこまれて、コクンと頷いた。
 頬を熱くしていれば、歌声が聞こえてくる。

「――――あ」
「ミクだな。彼女は本当に歌がうまい」

 きれいな声のミクは歌うことが大好きで、いつでもどこでも何をしていても、歌を歌っている。しかもプロ並の歌唱力だと思う。
 ここへくる前のことを詮索するのはルール違反だが、私は密かにミクは歌手だったのではないかと思っていた。仮移住に同意するくらいだから人気歌手ではないのだろうが、売れないが実力のあるベテラン歌手とか、いかにもありそうだ。
 ミクが今歌っているのは、恋の歌だった。
 思いを通わせた恋人たちが幸せな未来を望む歌。
 その歌を聴きながら、私とタカシは見つめ合う。



 …………久しぶりのキスは、お日さまと土の匂いがした。
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