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私たちが選ばれたわけ
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そんな感じで思っていたより打ち解けて共同生活をはじめた私たちだったが、はじめは、たいへんだった。
「水、水、水道、蛇口がないわ!」
「冷蔵庫ってどこ? 食材が見当たらないんだけど?」
「そろそろ暗くなってきたな。照明のスイッチはどこだ?」
ミク、私、タカシの順の言葉である。
私たちが連れてこられたのは、海の見える丘の上に建つ大きな一軒家。
仮移住ということで、まだこの世界の住民や神々とは隔離されていて、四人だけでこの家に一年間住むのだそうだ。
テーブル、椅子、寝具や衣服の類いは揃っていて、それぞれ自分の部屋を決め、ちょっと一休憩しようという話になって、この騒ぎになった。
呆れ顔で首を横に振ったのは、ヒロキだ。
「おいおい、落ち着けよ。あの神さまは科学が発達していないって言っていただろう? 日本の一般家庭に水道や電気が普及したのは、戦後なんだぜ。冷蔵庫なんて三種の神器って呼ばれていたくらいなんだ。そんなもんあるはずないじゃんか?」
言われてみればもっともである。
「そんな! じゃあ、どうすればいいの?」
悲痛な声を上げるミクに、ヒロキはクイッと顎で窓の外を指し示した。
そこには、美しく手入れされた庭――――ではなく、野菜の植えられた畑と鶏小屋、そして手押しポンプのついた井戸がある。
なんというか、一昔前の田舎の風景そのままだ。
「裏には納屋があって、米や農耕具が入っていた。これだけ揃ってりゃ、生きていけるさ。海にいけば魚だって捕れるだろうし、それに俺たちには神力ってやつがあるんだろう?」
たしかに少彦名命はそんなことを言っていた。
ヒロキの言葉を聞いたタカシは、ポンと手を打つ。
「そうだった! たしか、神力は使いようによっては、炊事、洗濯、掃除などの家事一般を楽にできるはずだと言っていた。具体的には、食材を加熱したり冷やしたり、汚れた服や部屋をきれいにできるらしい。……排泄物の処理もできると聞いた」
真面目な彼は、その辺りのことをきちんと確認してくれていたようだ。
トイレ事情は重要なので、とてもありがたい情報だと思う。
「パパッと出来上がった料理が出てくるなんてことはないの?」
「さすがにそれは無理だと言われた。調理器具は揃っているから、自分たちで調理してほしいと言っていた。……旅行でホテルに泊まっているわけじゃないんだからと」
私たちがこれからするのは、仮移住。少彦名命の言い分はもっともだ。
「……だから、私たちだったのかしら?」
ポツンとミクが呟いた。
「え?」
「常世の国へ移住なんて、今時の若い子なら、したいって言う子がたくさんいるだろうに、なんでわざわざ私たちみたいな年寄りを若返らせてまで募るんだって思っていたけれど、こういう生活をしなくちゃならないんなら、納得かな? って。……この庭、私の生家にそっくりだわ」
「あ、ああ。そういえば、俺もガキの頃の仕事は鶏の生んだ卵を拾うことだったな。さすがに手押しポンプは使ったことはないが」
それでも使い方くらいは知っていると、ヒロキは話す。
私自身、電気や水道のない生活を経験したことはないが、それでもきっと若い子よりはこの生活に耐えられるだろうと思った。
「俺の趣味は釣りだ。魚はいくらでも捌ける。まあ、趣味まで考慮して選ばれたとは思わないが――――」
う~んと唸りながら、タカシはそう話す。
いやいや、相手は神さまだ。可能性はあるだろう。
私たちは、そっと目と目を見交わした。
「ま、まあ、とりあえず、うまく環境に適応できそうだっていうことで、いいんじゃないのかな?」
「そうそう、そうですよね。まるで合わなさそうな世界より、ずっといいですよ!」
タカシの言葉に、私は強く頷く。
「選ばれた理由が年寄りだからとか、ちょっとテンションダダ下がりだけどな」
ヒロキの肩が、ガックリ落ちた。
なんとも微妙な空気になってしまう。
「光あれ!」
そのとき、突如ミクが大きな声で叫んだ。
とたん、薄暗くなっていた部屋の中が明るくなる。
彼女が神力を使ったのだ。
煌々と輝く灯りに目をしばたたかせながら、私たちはミクを見た。
ものすごいドヤ顔で見返されてしまう。
「理由なんてどうでもいいわ。私たちは若返って、自分たちが適応できそうな世界にいて、しかも神力なんてものを使えるんだもの! 私に不満はないわ!」
胸を張る、見た目十七歳の少女は、実はかなり大物なのではないだろうか?
こちらが圧倒されるオーラをヒシヒシと感じる。
……でも、彼女言うとおりだと思った。
私たちは常世の国に仮移住したのだ。
しかも、うまくやっていけそうな感じがするのだから、これ以上のことはないだろう。
「そうだな。たしかにそのとおりだ」
落ちこんでいたヒロキも顔を上げ、私たちは誰言うともなく自然に円陣を組み、中心で手を重ねた。
「仮移住、頑張って乗り切るわよ!」
「おー!」
ミクの音頭に声を上げ、手を振り上げる。
――――なんとなく、ノリが昭和っぽいなと思ったけど、心の中にしまっておくことにした。
「水、水、水道、蛇口がないわ!」
「冷蔵庫ってどこ? 食材が見当たらないんだけど?」
「そろそろ暗くなってきたな。照明のスイッチはどこだ?」
ミク、私、タカシの順の言葉である。
私たちが連れてこられたのは、海の見える丘の上に建つ大きな一軒家。
仮移住ということで、まだこの世界の住民や神々とは隔離されていて、四人だけでこの家に一年間住むのだそうだ。
テーブル、椅子、寝具や衣服の類いは揃っていて、それぞれ自分の部屋を決め、ちょっと一休憩しようという話になって、この騒ぎになった。
呆れ顔で首を横に振ったのは、ヒロキだ。
「おいおい、落ち着けよ。あの神さまは科学が発達していないって言っていただろう? 日本の一般家庭に水道や電気が普及したのは、戦後なんだぜ。冷蔵庫なんて三種の神器って呼ばれていたくらいなんだ。そんなもんあるはずないじゃんか?」
言われてみればもっともである。
「そんな! じゃあ、どうすればいいの?」
悲痛な声を上げるミクに、ヒロキはクイッと顎で窓の外を指し示した。
そこには、美しく手入れされた庭――――ではなく、野菜の植えられた畑と鶏小屋、そして手押しポンプのついた井戸がある。
なんというか、一昔前の田舎の風景そのままだ。
「裏には納屋があって、米や農耕具が入っていた。これだけ揃ってりゃ、生きていけるさ。海にいけば魚だって捕れるだろうし、それに俺たちには神力ってやつがあるんだろう?」
たしかに少彦名命はそんなことを言っていた。
ヒロキの言葉を聞いたタカシは、ポンと手を打つ。
「そうだった! たしか、神力は使いようによっては、炊事、洗濯、掃除などの家事一般を楽にできるはずだと言っていた。具体的には、食材を加熱したり冷やしたり、汚れた服や部屋をきれいにできるらしい。……排泄物の処理もできると聞いた」
真面目な彼は、その辺りのことをきちんと確認してくれていたようだ。
トイレ事情は重要なので、とてもありがたい情報だと思う。
「パパッと出来上がった料理が出てくるなんてことはないの?」
「さすがにそれは無理だと言われた。調理器具は揃っているから、自分たちで調理してほしいと言っていた。……旅行でホテルに泊まっているわけじゃないんだからと」
私たちがこれからするのは、仮移住。少彦名命の言い分はもっともだ。
「……だから、私たちだったのかしら?」
ポツンとミクが呟いた。
「え?」
「常世の国へ移住なんて、今時の若い子なら、したいって言う子がたくさんいるだろうに、なんでわざわざ私たちみたいな年寄りを若返らせてまで募るんだって思っていたけれど、こういう生活をしなくちゃならないんなら、納得かな? って。……この庭、私の生家にそっくりだわ」
「あ、ああ。そういえば、俺もガキの頃の仕事は鶏の生んだ卵を拾うことだったな。さすがに手押しポンプは使ったことはないが」
それでも使い方くらいは知っていると、ヒロキは話す。
私自身、電気や水道のない生活を経験したことはないが、それでもきっと若い子よりはこの生活に耐えられるだろうと思った。
「俺の趣味は釣りだ。魚はいくらでも捌ける。まあ、趣味まで考慮して選ばれたとは思わないが――――」
う~んと唸りながら、タカシはそう話す。
いやいや、相手は神さまだ。可能性はあるだろう。
私たちは、そっと目と目を見交わした。
「ま、まあ、とりあえず、うまく環境に適応できそうだっていうことで、いいんじゃないのかな?」
「そうそう、そうですよね。まるで合わなさそうな世界より、ずっといいですよ!」
タカシの言葉に、私は強く頷く。
「選ばれた理由が年寄りだからとか、ちょっとテンションダダ下がりだけどな」
ヒロキの肩が、ガックリ落ちた。
なんとも微妙な空気になってしまう。
「光あれ!」
そのとき、突如ミクが大きな声で叫んだ。
とたん、薄暗くなっていた部屋の中が明るくなる。
彼女が神力を使ったのだ。
煌々と輝く灯りに目をしばたたかせながら、私たちはミクを見た。
ものすごいドヤ顔で見返されてしまう。
「理由なんてどうでもいいわ。私たちは若返って、自分たちが適応できそうな世界にいて、しかも神力なんてものを使えるんだもの! 私に不満はないわ!」
胸を張る、見た目十七歳の少女は、実はかなり大物なのではないだろうか?
こちらが圧倒されるオーラをヒシヒシと感じる。
……でも、彼女言うとおりだと思った。
私たちは常世の国に仮移住したのだ。
しかも、うまくやっていけそうな感じがするのだから、これ以上のことはないだろう。
「そうだな。たしかにそのとおりだ」
落ちこんでいたヒロキも顔を上げ、私たちは誰言うともなく自然に円陣を組み、中心で手を重ねた。
「仮移住、頑張って乗り切るわよ!」
「おー!」
ミクの音頭に声を上げ、手を振り上げる。
――――なんとなく、ノリが昭和っぽいなと思ったけど、心の中にしまっておくことにした。
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