1 / 6
私が仮移住を決めたわけ
しおりを挟む
その日、私は仕事でミスをした。
帰り道に寄った居酒屋で、くだを巻く。
「――――昔の私は、輝いていたわ」
「――――十年前に、戻りたい」
覚束ない足取りで誰もいないアパートに辿り着き、ハイヒールを放り脱ぐ。
ベッドに倒れこんで、染みの浮いた天井を見上げた。
三十歳、独身OLの日常なんてこんなもの。
それが気楽な日もあれば、とてつもなく鬱になってしまう日もある。
今日は後者で、だから私は寝る前に見た不審メールに衝動的に返信してしまった。
『若返って“常世の国”に仮移住しませんか?』
『YES』
常世の国とは、日本神話などに登場する理想郷だ。
老いることも死ぬこともない神々の住まうところ。
なんとも眉唾もので、後で思い返せば、呆れるほどに迂闊な行為だ。
しかし、なんとメールは本物だった。
しかも、差出人は日本神話に登場する少彦名命と名乗る。
白い被風を纏って現れた見た目少年神は、停滞している常世の国に変化をもたらすため、移住してくれる人間を募集していると言った。
「まずは仮移住してみないかい? 神々の国だから科学は発達していないけれど、気候は温暖。害になるような生き物はいないし、少しなら神力みたいなものも使えるよ。のんびり田舎暮らしを楽しめるんだ。……期間は、一年。嫌ならメールに返信した時点に遡って帰してあげるから」
「若返らせてもらえるんですよね?」
「もちろん! 常世の国での君の体を創るのは僕だからね。年齢も外見もお好みのままさ。……もっとも、エルフだの獣人だの、あげくスライムにしてほしいって言うのは勘弁してもらいたいけど。鬼や猫又くらいなら相談に乗ってもいいけどね」
ちょっとうんざりしたように少彦名命はため息をついた。
どうやら、かなり無茶を言って困らせた仮移住希望者がいたようだ。
「ああ、それと、移住しないで現世に帰るときは、元の年齢に戻るからね」
悪い話ではないと思った。
それに、私は、どうにも現実に嫌気がさしていたのだ。
私は、年齢だけを若返らせてもらって仮移住することにした。
その後、同じように仮移住を決め一緒に暮らすことになる人たちに紹介される。
一人目は、十八歳の少年。目に痛い金髪でニヘラと笑う。
「俺、ヒロキ。シ・ク・ヨ・ロ!」
それは、既に死語ではないだろうか?
なんというか、本当の年齢が垣間見えてしまう少年だ。
二人目は、二十五歳だという背の高い青年だった。
「タカシだ。一年間よろしく頼む」
硬い表情で頭を下げる様子から、真面目な性格が窺い知れる。
三人目は十七歳の少女。ショートボブの茶髪を揺らし、弾けるような笑顔を見せた。
「ミクです。一緒に暮らせて嬉しいです!」
よく通るとてもキレイな声をしていた。
「私は、ナズナといいます。二十歳にしてもらいました。本当の年齢を考えたら、なに浮かれているんだって言われちゃいそうですけど」
テヘッと笑って告げた自嘲気味な自己紹介に、三人は困った顔をした。
「それは、お互い言いっこなしだろ?」
自分の口の前で両手の人差し指を交差し、バッテンを作るのはヒロキ。
「そうだな。本当の年齢なんて考えたら負けだと思う」
タカシは、真面目な顔でそう言ってくる。
「もうっ! “ナっちゃん”ったら、考えが堅すぎよ! ここは常世の国なんだから、年のことなんて忘れて思いっきり楽しまなくっちゃ!」
両手を腰に当て、ミクはプクッと頬を膨らませた。
「そっか。そうよね。現世じゃないんだものね」
うんうん、と三人とも大きく頷いてくれる。
互いに顔を見合わせ、クスッと笑った。
「それじゃ、お互い過去は詮索なしの方向で」
「私たちは見た目どおりの若者だわ!」
「若者、バカモノ、怖いモノなしよ!」
タカシ、私、ミクの順に気合いを入れる。
しかし、次のヒロキの言葉に、三人ともガクッと脱力した。
「ナウなヤングで、レッツラゴーだぜ!」
あまりに、オヤジすぎる。
「いや! それ死語だから!!」
全員でヒロキに、ツッコんだ。
帰り道に寄った居酒屋で、くだを巻く。
「――――昔の私は、輝いていたわ」
「――――十年前に、戻りたい」
覚束ない足取りで誰もいないアパートに辿り着き、ハイヒールを放り脱ぐ。
ベッドに倒れこんで、染みの浮いた天井を見上げた。
三十歳、独身OLの日常なんてこんなもの。
それが気楽な日もあれば、とてつもなく鬱になってしまう日もある。
今日は後者で、だから私は寝る前に見た不審メールに衝動的に返信してしまった。
『若返って“常世の国”に仮移住しませんか?』
『YES』
常世の国とは、日本神話などに登場する理想郷だ。
老いることも死ぬこともない神々の住まうところ。
なんとも眉唾もので、後で思い返せば、呆れるほどに迂闊な行為だ。
しかし、なんとメールは本物だった。
しかも、差出人は日本神話に登場する少彦名命と名乗る。
白い被風を纏って現れた見た目少年神は、停滞している常世の国に変化をもたらすため、移住してくれる人間を募集していると言った。
「まずは仮移住してみないかい? 神々の国だから科学は発達していないけれど、気候は温暖。害になるような生き物はいないし、少しなら神力みたいなものも使えるよ。のんびり田舎暮らしを楽しめるんだ。……期間は、一年。嫌ならメールに返信した時点に遡って帰してあげるから」
「若返らせてもらえるんですよね?」
「もちろん! 常世の国での君の体を創るのは僕だからね。年齢も外見もお好みのままさ。……もっとも、エルフだの獣人だの、あげくスライムにしてほしいって言うのは勘弁してもらいたいけど。鬼や猫又くらいなら相談に乗ってもいいけどね」
ちょっとうんざりしたように少彦名命はため息をついた。
どうやら、かなり無茶を言って困らせた仮移住希望者がいたようだ。
「ああ、それと、移住しないで現世に帰るときは、元の年齢に戻るからね」
悪い話ではないと思った。
それに、私は、どうにも現実に嫌気がさしていたのだ。
私は、年齢だけを若返らせてもらって仮移住することにした。
その後、同じように仮移住を決め一緒に暮らすことになる人たちに紹介される。
一人目は、十八歳の少年。目に痛い金髪でニヘラと笑う。
「俺、ヒロキ。シ・ク・ヨ・ロ!」
それは、既に死語ではないだろうか?
なんというか、本当の年齢が垣間見えてしまう少年だ。
二人目は、二十五歳だという背の高い青年だった。
「タカシだ。一年間よろしく頼む」
硬い表情で頭を下げる様子から、真面目な性格が窺い知れる。
三人目は十七歳の少女。ショートボブの茶髪を揺らし、弾けるような笑顔を見せた。
「ミクです。一緒に暮らせて嬉しいです!」
よく通るとてもキレイな声をしていた。
「私は、ナズナといいます。二十歳にしてもらいました。本当の年齢を考えたら、なに浮かれているんだって言われちゃいそうですけど」
テヘッと笑って告げた自嘲気味な自己紹介に、三人は困った顔をした。
「それは、お互い言いっこなしだろ?」
自分の口の前で両手の人差し指を交差し、バッテンを作るのはヒロキ。
「そうだな。本当の年齢なんて考えたら負けだと思う」
タカシは、真面目な顔でそう言ってくる。
「もうっ! “ナっちゃん”ったら、考えが堅すぎよ! ここは常世の国なんだから、年のことなんて忘れて思いっきり楽しまなくっちゃ!」
両手を腰に当て、ミクはプクッと頬を膨らませた。
「そっか。そうよね。現世じゃないんだものね」
うんうん、と三人とも大きく頷いてくれる。
互いに顔を見合わせ、クスッと笑った。
「それじゃ、お互い過去は詮索なしの方向で」
「私たちは見た目どおりの若者だわ!」
「若者、バカモノ、怖いモノなしよ!」
タカシ、私、ミクの順に気合いを入れる。
しかし、次のヒロキの言葉に、三人ともガクッと脱力した。
「ナウなヤングで、レッツラゴーだぜ!」
あまりに、オヤジすぎる。
「いや! それ死語だから!!」
全員でヒロキに、ツッコんだ。
0
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?
京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。
顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。
貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。
「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」
毒を盛られ、体中に走る激痛。
痛みが引いた後起きてみると…。
「あれ?私綺麗になってない?」
※前編、中編、後編の3話完結
作成済み。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。
新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる