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私が仮移住を決めたわけ

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 その日、私は仕事でミスをした。
 帰り道に寄った居酒屋で、くだを巻く。

「――――昔の私は、輝いていたわ」
「――――十年前に、戻りたい」

 覚束ない足取りで誰もいないアパートに辿り着き、ハイヒールを放り脱ぐ。
 ベッドに倒れこんで、染みの浮いた天井を見上げた。
 三十歳、独身OLの日常なんてこんなもの。
 それが気楽な日もあれば、とてつもなく鬱になってしまう日もある。
 今日は後者で、だから私は寝る前に見た不審メールに衝動的に返信してしまった。

『若返って“常世とこよの国”に仮移住しませんか?』
『YES』

 常世の国とは、日本神話などに登場する理想郷だ。
 老いることも死ぬこともない神々の住まうところ。
 なんとも眉唾もので、後で思い返せば、呆れるほどに迂闊な行為だ。

 しかし、なんとメールは本物だった。
 しかも、差出人は日本神話に登場する少彦名命すくなひこなのみことと名乗る。
 白い被風ひふまとって現れた見た目少年神は、停滞している常世の国に変化をもたらすため、移住してくれる人間を募集していると言った。

「まずは仮移住してみないかい? 神々の国だから科学は発達していないけれど、気候は温暖。害になるような生き物はいないし、少しなら神力みたいなものも使えるよ。のんびり田舎暮らしを楽しめるんだ。……期間は、一年。嫌ならメールに返信した時点に遡って帰してあげるから」
「若返らせてもらえるんですよね?」
「もちろん! 常世の国での君の体をつくるのは僕だからね。年齢も外見もお好みのままさ。……もっとも、エルフだの獣人だの、あげくスライムにしてほしいって言うのは勘弁してもらいたいけど。鬼や猫又くらいなら相談に乗ってもいいけどね」

 ちょっとうんざりしたように少彦名命はため息をついた。
 どうやら、かなり無茶を言って困らせた仮移住希望者がいたようだ。

「ああ、それと、移住しないで現世うつしよに帰るときは、元の年齢に戻るからね」

 悪い話ではないと思った。
 それに、私は、どうにも現実に嫌気がさしていたのだ。
 私は、年齢だけを若返らせてもらって仮移住することにした。



 その後、同じように仮移住を決め一緒に暮らすことになる人たちに紹介される。

 一人目は、十八歳の少年。目に痛い金髪でニヘラと笑う。

「俺、ヒロキ。シ・ク・ヨ・ロ!」

 それは、既に死語ではないだろうか?
 なんというか、本当の年齢が垣間見えてしまう少年だ。

 二人目は、二十五歳だという背の高い青年だった。

「タカシだ。一年間よろしく頼む」

 硬い表情で頭を下げる様子から、真面目な性格が窺い知れる。

 三人目は十七歳の少女。ショートボブの茶髪を揺らし、弾けるような笑顔を見せた。

「ミクです。一緒に暮らせて嬉しいです!」

 よく通るとてもキレイな声をしていた。

「私は、ナズナといいます。二十歳にしてもらいました。本当の年齢を考えたら、なに浮かれているんだって言われちゃいそうですけど」

 テヘッと笑って告げた自嘲気味な自己紹介に、三人は困った顔をした。

「それは、お互い言いっこなしだろ?」

 自分の口の前で両手の人差し指を交差し、バッテンを作るのはヒロキ。

「そうだな。本当の年齢なんて考えたら負けだと思う」

 タカシは、真面目な顔でそう言ってくる。

「もうっ! “ナっちゃん”ったら、考えが堅すぎよ! ここは常世の国なんだから、年のことなんて忘れて思いっきり楽しまなくっちゃ!」

 両手を腰に当て、ミクはプクッと頬を膨らませた。

「そっか。そうよね。現世じゃないんだものね」

 うんうん、と三人とも大きく頷いてくれる。
 互いに顔を見合わせ、クスッと笑った。

「それじゃ、お互い過去は詮索なしの方向で」
「私たちは見た目どおりの若者だわ!」
「若者、バカモノ、怖いモノなしよ!」

 タカシ、私、ミクの順に気合いを入れる。
 しかし、次のヒロキの言葉に、三人ともガクッと脱力した。

「ナウなヤングで、レッツラゴーだぜ!」

 あまりに、オヤジすぎる。


「いや! それ死語だから!!」


 全員でヒロキに、ツッコんだ。
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