まだまだこれからだ!

九重

文字の大きさ
上 下
78 / 102
第四章 選んだ先の未来へ向かいます!

正妃さまの欲しいもの?

しおりを挟む
 一方、後宮のうららの日々は、あれから少し変化していた。
 毎日モノアの部屋に通い食事の指導やマッサージをする代わりに、食堂の仕事を免除されたのだ。

 とはいえ暖がモノアの部屋に通うことはトップシークレット。
 側妃であるモノアに生理がないなどと知られるわけにはいかない。
 このため表向きには、より多くの後宮の女性により良いマッサージをするために暖は仕事を免除されたのだと告げられていた。

 勿論有言実行である。

「ウララ、次は私よ」
「この前マッサージをしてもらってから私すごく調子が良いの! もちろん次も予約していくわね」
「私もよ! 次の次も予約するわ」

 営業(?)時間の増えた暖のマッサージは益々盛況だ。おかげで仕事をしなくなってもどこからも文句は出ていない。
 反面、暖は以前にも増して大忙しになっていた。
 一日のマッサージの開始は朝の厨房が一段落つく頃。途中一時間ほどの休憩を二度挟みながら表向き終わるのは夜だ。

(なんていうか午前十時始業開始で午後八時終了。昼食休憩と夕食休憩が一時間ずつある八時間労働? みたいな感覚よね)

 勤務時間だけ見ればさほど厳しくないのだが、いかんせんその間ずっと暖はマッサージをしている。

「……つ、疲れた」

 疲労感は半端なかった。
 しかも暖の仕事はこれだけではないのである。
 この後、彼女はモノアに対する治療をしなければならないのだ。

(もっとも、治療っていうよりマッサージをしながらのカウンセリングみたいな感じだけれど)

 カウンセリングというのもおこがましいと暖は思っている。
 ……なんというか、要はモノアの愚痴の聞き役なのだ。


「もう、もうっ、酷いのよ! 正妃さまったら! 私の献上したチャームには見向きもされないで、イノトの持ってきたチャームには「美しい」って仰るの。絶対、私の物の方が高価なのに。……正妃さまはイノトがお気に入りなのよ」


 女性だらけの後宮。当然そこには複雑な人間模様があり、身分の高い正妃、側妃といえどそれは変わらない。
 むしろ権力争いが絡む分、妃たちの関係はより複雑に、そして陰湿になっている。
 その愚痴を、モノアは毎日暖に話してくるのだ。

(まあ、今まで抱えていた鬱憤を吐き出せてモノアの精神的にはいいんでしょうけれど。……最初に会った時より、ずっと生き生きとしているわよね?)

 きちんと食べてマッサージを受け、おまけに不平不満の言い放題。
 これでモノアの体調が良くならないわけもない。
 暖をモノアに会わせた料理長は、今も部屋の片隅で「モノアさま、すっかりお元気になられて――――」と涙ぐんでいた。

 反対に、日々疲労の溜まる暖は深いため息をつく。

 後宮の頂点は、魔王の正妃。
 モノアたち側妃は、ピラミッド型の身分制度の二段目だ。
 モノアのくどき話に度々出てくるイノトも側妃の一人だった。
 どうもモノアとイノトは仲が悪いらしい。

「正妃サマ、高価モノ、イッパイ持ッテソウ。欲シイナイ、違ウ?」

 魔王の正妃であれば贅沢なんてし放題に違いない。だとすれば高価な物より自分が気に入った物の方に心を動かすのではないだろうか?
 暖の指摘に、モノアはガ~ン! とショックを受けたようだった。

「そんな! だったら、どんな物なら正妃さまにお気に召していただけるの?」

 聞かれて暖は困った。そんなこと急に言われてもわからない。
 だいたい暖は、魔王の正妃になんて会ったこともなければ見たことすらないのだ。

「……正妃サマ、ドンナ方?」

暖の質問に、モノアは大きな一つ目をパチリと瞬かせた。

「正妃さまは、ミノタウロス一族のご出身よ」

 ミノタウロスとは牛の頭と人間の体を持つ魔人である。
 魔界でも大きな力を持つ一族で、数も多いのだそうだ。
 下女や侍女の中にも牛頭人身の姿を、暖は見たことがある。

「もっとも、正妃さまは牛の角をお持ちなだけで牛頭ではないわ。そうね、姿形ならウララみたいに人間に近いかもしれないわ。……ただものすごく大きな胸をしていらっしゃるけれど。……腰もとても細くって妖艶なお方よ」

 暖の胸と腰を見、モノアは一つ目を逸らしながらそう言った。
 暖と正妃の胸を比べているのは、間違いない。

(悪かったわね! 大きな胸じゃなくて!)

 暖はムゥッと頬を膨らませた。ついついマッサージをしている手に力が入る。

「きゃっ! ウ、ウララ、痛いわ!」

 モノアは、大きく顔をしかめた。

「ゴメン、サイ」

 謝りながらも暖はちょっと強めの力でマッサージを続ける。
 彼女の気を損ねたことを察したのだろう、モノアは涙目になってジッと耐えていた。

 暖は少し考え込む。

(大きな胸に細い腰なんて、バランスが悪いに決まっているわ。大きすぎる胸は重くて肩が凝るって聞いたこともあるし)

 そう言っていたのは暖の友人である。妹の主治医でもあった彼女は、ナイスバディな美女だ。
 天は二物を与えないと言われるが彼女はその例外だろう。

 モノアの背中をマッサージしつつ、暖は後ろから彼女の胸をのぞきこむ。
 流石魔王の側妃と言うべきか、モノアも大きく張りのある形良い胸をしていた。
 たぶんこれが魔王の好みなのではないだろうか?
 細腰が好まれる理由も、その方が胸の大きさをより強調して見せるからだろう。

(若作りのジジイのくせして生意気だわ)

 魔王を思い出した暖はムッとした。
 それと同時にモノアや他の妃たちに同情する。
 あんな魔王の好みに合うように努力し体調まで崩すのは、可哀相を通り越して悲惨としか言いようがない。
 細すぎる腰に大きすぎる胸はバランスが悪いし、揺れる胸が邪魔にもなるはずだ。

(魔界にはブラジャーがないみたいだし)

 魔界の女性の下着の中心はコルセットだった。コルセットの上部で胸の下半分を持ち上げ支えているのだ。
 現代日本の機能美に優れたブラジャーに慣れていた暖には考えられないことだった。


 そこまで考えて暖はポン! と閃く。

「モノア、ブラジャー、正妃サマ、アゲレバ?」

 大きな胸のモノアが「大きい」と評するほどの魔界の正妃の胸。きっと彼女は揺れる胸に困っているはずだ。
 現代風の胸をしっかり支えるブラジャーなら贅沢し放題の正妃も喜んでくれるのではないだろうか?

「ブラジャー?」

 言われたモノアは不思議そうに首を傾げた。

「女性ノ胸、形、整エル下着! キット、正妃サマ喜ブ!」

 百聞は一見に如かず。
 身ひとつで後宮に送り込まれた暖は、その時ブラジャーをしていた。日本のものではなくこの世界の人間界のものだが、ブラジャーとしての形と機能は同じもの。
 残念ながら着替えを持ち込めず、その後、暖はブラジャーをしたりしなかったりしているのだが、運の良いことに今日はブラジャーをしていた。
 暖は、バッと勢いよく上着を脱ぐ。上半身ブラ一枚になってモノアに見せた。


「コレ、ブラジャー!」


 モノアは一つ目をパチクリとさせる。

「……そんな布に、正妃さまの胸は入らないわ。もちろん、私もよ」

「大キク、作ル! 当タリ前!!」

 暖は、プンプンと怒った。


 この後のモノアのマッサージがとても強くなってしまったことは、仕方のないことだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

血に堕ちたライラックはウソにまみれている

屋月 トム伽
恋愛
 純潔を疑われて、第一殿下であるフィラン・クラルヴァインに婚約破棄をされたリラ・リズウェル伯爵令嬢。ある日フィラン殿下がリラに後宮入りを命じてきた。  後宮入りを断った翌日、リラが目覚めると、そばにはフィラン殿下の死体が横たわっていた。フィラン殿下殺人事件が起きてしまい、リラは殺人の容疑をかけられて、捕らえられてしまう。  塔に閉じ込められたリラは、処刑されそうになっていた。そんな時に、第二殿下のブラッドがリラに手を差し伸べた。  「大丈夫だ……すぐに出してあげるよ」そう言って、ブラッド殿下が紹介したのは、フェアラート次期公爵のジェイド様。ブラッド殿下の提案で、ジェイド様と婚約を結び、フェアラート公爵邸へと行ったリラ。  ただ匿われるだけかと思えば、ジェイド様はリラが好きだったと言って、溺愛しようとするが……。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...