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第一章 異世界の住人はとても個性的でした。
噂になってしまっていたようです
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暖は、ものすごい勢いで走っていた。
(前にもこんなことがあったような?)
確かあの時はリオールの自殺騒ぎだったと走りながら思い出す。
(今も人の命がかかっているのは同じだけど)
後ろからサーバスが駆けてくるのも同じだ。
「い、急いでください、ウララ!」
暖は返事をする暇も惜しんで走った。
走って、走って、ようやく目的地にたどり着く。
「アルディア!」
暖はワガママ王子の名を思いっきり叫んだ。
「うるさい!」
間髪入れずに返ってくる不機嫌な声。
ベッドの上で相変わらず人間離れした美しさのアルディアが、クッションに背を預け暖の方に迷惑そうな顔を向けた。
「エッ? ……何で、生きてるの?」
暖の質問を聞いたアルディアは嫌そうに顔をしかめる。
「人を勝手に殺すな」
「で、でも咳の発作が起こって止まらないで、……もう死んじゃうって、サーバスが――――」
だから暖は精一杯走って来たのだ。
丁度遅れてサーバスが部屋に着いたので「そうよね?」と暖はたずねる。
息をハアハアと切らしながらサーバスは首をひねった。
「ウララ、言葉がなおっていない」
「あ!」
アルディアの指摘で、暖は自分が日本語でサーバスに話しかけたことに気づく。
それほどに暖は慌てていた。
アルディアが大きなため息をつく。
「大丈夫だ。確かに先ほど咳の発作は起こったが、お前から対処法を聞いていたからな。直ぐに食べたモノを全部吐き出し口や手を洗ったのだ。そうしたら大分楽になった」
運悪くアルディアが発作を起こす現場に居合わせたサーバスは、それを確認せずに暖の元へと走ったのだ。
とんだ早とちりに暖の体からはドッと力が抜ける。
無事で良かったと心から安堵した。
「わかったら、さっさと帰れ」
素っ気なくアルディアは言って手元の書類に目を落とす。
どうやら王子さまは公務の最中らしかった。
病気療養という名目で王宮から離れているアルディアだが、曲がりなりにも王族であるからには公務があるようで、彼の元には王都からちょくちょく書類が届いている。
「ダ、ダメヨ!」
暖は慌ててアルディアを制止した。
「発作が起きたんだからおさまっても油断は禁物よ! 安静にして寝ていなきゃ」
アルディアを心配する暖だが、素直に聞くような王子ではない。
「こっちの言葉で話せ」
いつものセリフで暖を黙らせ書類から顔を上げようとさえしなかった。
どうしようかと暖は考える。
知恵を絞って……気が進まぬながらもアルディアにお願いをした。
「私、言葉ノ訓練シタイ! 聞イテクレルノ付キ合ッテ」
言葉の訓練というのは早い話音読である。
アルディアの持っている小難しい本を暖が声を出して読むのだ。
(この本がまた、ものすごくつまらないのよね)
経済学やら政治学、どうしてこんな本しかないの? と暖はつくづく思う。
しかし、暖の音読を聞いている間はアルディアは安静にしていてくれるのだ。
「ホウッ? 自分から言い出すとは珍しい事もあるな。まあ丁度いい。この報告書を読み上げてみろ」
意地悪そうに笑うとアルディアは持っていた書類を暖に渡してきた。
なんだかんだと言いつつ素直に暖の願いを聞くあたり、発作を起こしたアルディアも疲れているのかもしれない。
それを平気なふりをして体を起こしていたのだろう。
(ホントに、意地っ張りなんだから)
呆れながら暖は書類を受け取った。
ついでに聞くだけだからと言って、アルディアをベッドに寝かせつける。
それから――――
何処其処の地方の今季の収穫がどのくらいで、減っただの増えただのいう報告書を、暖はつっかえながらも読み上げはじめた。
読み書きの基本は出来るようになったが固有名詞はまだまだわからない。今読んでいる単語が街の名前なのか、それとも日本でいう県やもっと大きな行政区なのかも不明だが、暖はともかく読んだ。
目を閉じて聞いているアルディアは、まるで本当に眠っているようだ。
本当に寝ていたら良いなと思っていたら――――
「――――ウララ、お前あられもない格好でリオールを誘惑しているそうだな?」
唐突に目を開けた王子さまは、そんなことを聞いてきた。
「へ? え? えぇっ!?」
暖は驚き大声で叫ぶ。
それに「うるさい」と耳を塞いだアルディアは、不機嫌そうに言葉を続けた。
「ラミアーだ。あの暇な吸血鬼がわざわざ私に教えに来た」
ニヤニヤと笑いながらアルディアの前に現れたというラミアー。
『王子さまがしっかり捕まえておかないから、異世界のお姫さまは可哀想なエルフに夢中なのよ。あんまり放っといたら逃げられちゃうわよ』
クスクス笑いながら吸血鬼の美女は、そう言ったそうだ。
(何? 何? その王子さまとお姫さまって?)
暖は軽くパニックになる。
「別にお前が誰に興味を持とうとかまわないが、あられもない格好は禁止だ。風紀が乱れる」
アルディアは不機嫌そうに眉をひそめた。
「あ! あられもない格好なんか――――」
していない! と怒鳴ろうとして……暖は口ごもる。
バスタオルで体を隠しているとはいえ、あれを普通の格好と言い張るのは流石に無理があった。
「お、お風呂に一緒に入っているだけで、……別に、やましい事なんて」
モゴモゴと暖は言い訳したのだが――――
「一緒に風呂だと!?」
しかしそれは逆効果だった。
アルディアは飛び起きてしまう。
「婚姻前の女性が、エルフとはいえ男と一緒に風呂など! 何をしているんだ!」
怒鳴り声が大きい。
「アルディア、そんなに大きな声を出したらまた咳が――――」
「誰のせいだと……グッ! ゴホッ!」
予想通りアルディアは咳き込みはじめた。
「キャア! だから言ったのに!」
必死にアルディアの背中を擦る暖。
咳き込みながらも話そうとする彼に、暖は後でいくらでも話を聞くからと言って止めさせた。
前屈みにさせて腹式呼吸を進める。徐々に落ち着いてきた様子を見ながらお茶を淹れて飲ませた。
「そんなに慌てなくても……私の世界では、混浴なんてよくあることなのに」
「お前の世界は、いったいどんな世界なんだ」
苦しそうな息の中からアルディアは声を絞り出す。
「普通だと思うけど?」
「混浴が日常的な世界が普通のはずがあるか!」
「あ、別に日常的というほどでは」
「だったら、やっぱりお前が非常識なんだな!」
怒鳴ったアルディアは、また咳き込んだ。
(前にもこんなことがあったような?)
確かあの時はリオールの自殺騒ぎだったと走りながら思い出す。
(今も人の命がかかっているのは同じだけど)
後ろからサーバスが駆けてくるのも同じだ。
「い、急いでください、ウララ!」
暖は返事をする暇も惜しんで走った。
走って、走って、ようやく目的地にたどり着く。
「アルディア!」
暖はワガママ王子の名を思いっきり叫んだ。
「うるさい!」
間髪入れずに返ってくる不機嫌な声。
ベッドの上で相変わらず人間離れした美しさのアルディアが、クッションに背を預け暖の方に迷惑そうな顔を向けた。
「エッ? ……何で、生きてるの?」
暖の質問を聞いたアルディアは嫌そうに顔をしかめる。
「人を勝手に殺すな」
「で、でも咳の発作が起こって止まらないで、……もう死んじゃうって、サーバスが――――」
だから暖は精一杯走って来たのだ。
丁度遅れてサーバスが部屋に着いたので「そうよね?」と暖はたずねる。
息をハアハアと切らしながらサーバスは首をひねった。
「ウララ、言葉がなおっていない」
「あ!」
アルディアの指摘で、暖は自分が日本語でサーバスに話しかけたことに気づく。
それほどに暖は慌てていた。
アルディアが大きなため息をつく。
「大丈夫だ。確かに先ほど咳の発作は起こったが、お前から対処法を聞いていたからな。直ぐに食べたモノを全部吐き出し口や手を洗ったのだ。そうしたら大分楽になった」
運悪くアルディアが発作を起こす現場に居合わせたサーバスは、それを確認せずに暖の元へと走ったのだ。
とんだ早とちりに暖の体からはドッと力が抜ける。
無事で良かったと心から安堵した。
「わかったら、さっさと帰れ」
素っ気なくアルディアは言って手元の書類に目を落とす。
どうやら王子さまは公務の最中らしかった。
病気療養という名目で王宮から離れているアルディアだが、曲がりなりにも王族であるからには公務があるようで、彼の元には王都からちょくちょく書類が届いている。
「ダ、ダメヨ!」
暖は慌ててアルディアを制止した。
「発作が起きたんだからおさまっても油断は禁物よ! 安静にして寝ていなきゃ」
アルディアを心配する暖だが、素直に聞くような王子ではない。
「こっちの言葉で話せ」
いつものセリフで暖を黙らせ書類から顔を上げようとさえしなかった。
どうしようかと暖は考える。
知恵を絞って……気が進まぬながらもアルディアにお願いをした。
「私、言葉ノ訓練シタイ! 聞イテクレルノ付キ合ッテ」
言葉の訓練というのは早い話音読である。
アルディアの持っている小難しい本を暖が声を出して読むのだ。
(この本がまた、ものすごくつまらないのよね)
経済学やら政治学、どうしてこんな本しかないの? と暖はつくづく思う。
しかし、暖の音読を聞いている間はアルディアは安静にしていてくれるのだ。
「ホウッ? 自分から言い出すとは珍しい事もあるな。まあ丁度いい。この報告書を読み上げてみろ」
意地悪そうに笑うとアルディアは持っていた書類を暖に渡してきた。
なんだかんだと言いつつ素直に暖の願いを聞くあたり、発作を起こしたアルディアも疲れているのかもしれない。
それを平気なふりをして体を起こしていたのだろう。
(ホントに、意地っ張りなんだから)
呆れながら暖は書類を受け取った。
ついでに聞くだけだからと言って、アルディアをベッドに寝かせつける。
それから――――
何処其処の地方の今季の収穫がどのくらいで、減っただの増えただのいう報告書を、暖はつっかえながらも読み上げはじめた。
読み書きの基本は出来るようになったが固有名詞はまだまだわからない。今読んでいる単語が街の名前なのか、それとも日本でいう県やもっと大きな行政区なのかも不明だが、暖はともかく読んだ。
目を閉じて聞いているアルディアは、まるで本当に眠っているようだ。
本当に寝ていたら良いなと思っていたら――――
「――――ウララ、お前あられもない格好でリオールを誘惑しているそうだな?」
唐突に目を開けた王子さまは、そんなことを聞いてきた。
「へ? え? えぇっ!?」
暖は驚き大声で叫ぶ。
それに「うるさい」と耳を塞いだアルディアは、不機嫌そうに言葉を続けた。
「ラミアーだ。あの暇な吸血鬼がわざわざ私に教えに来た」
ニヤニヤと笑いながらアルディアの前に現れたというラミアー。
『王子さまがしっかり捕まえておかないから、異世界のお姫さまは可哀想なエルフに夢中なのよ。あんまり放っといたら逃げられちゃうわよ』
クスクス笑いながら吸血鬼の美女は、そう言ったそうだ。
(何? 何? その王子さまとお姫さまって?)
暖は軽くパニックになる。
「別にお前が誰に興味を持とうとかまわないが、あられもない格好は禁止だ。風紀が乱れる」
アルディアは不機嫌そうに眉をひそめた。
「あ! あられもない格好なんか――――」
していない! と怒鳴ろうとして……暖は口ごもる。
バスタオルで体を隠しているとはいえ、あれを普通の格好と言い張るのは流石に無理があった。
「お、お風呂に一緒に入っているだけで、……別に、やましい事なんて」
モゴモゴと暖は言い訳したのだが――――
「一緒に風呂だと!?」
しかしそれは逆効果だった。
アルディアは飛び起きてしまう。
「婚姻前の女性が、エルフとはいえ男と一緒に風呂など! 何をしているんだ!」
怒鳴り声が大きい。
「アルディア、そんなに大きな声を出したらまた咳が――――」
「誰のせいだと……グッ! ゴホッ!」
予想通りアルディアは咳き込みはじめた。
「キャア! だから言ったのに!」
必死にアルディアの背中を擦る暖。
咳き込みながらも話そうとする彼に、暖は後でいくらでも話を聞くからと言って止めさせた。
前屈みにさせて腹式呼吸を進める。徐々に落ち着いてきた様子を見ながらお茶を淹れて飲ませた。
「そんなに慌てなくても……私の世界では、混浴なんてよくあることなのに」
「お前の世界は、いったいどんな世界なんだ」
苦しそうな息の中からアルディアは声を絞り出す。
「普通だと思うけど?」
「混浴が日常的な世界が普通のはずがあるか!」
「あ、別に日常的というほどでは」
「だったら、やっぱりお前が非常識なんだな!」
怒鳴ったアルディアは、また咳き込んだ。
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