まだまだこれからだ!

九重

文字の大きさ
上 下
17 / 102
第一章 異世界の住人はとても個性的でした。

聞くに聞けなかった(言語能力的に)だけです

しおりを挟む
「スゴイ! リオール、オイシソウ!」

 目の前で焼き上がるクッキーをうららは手放しで誉める。

「そんな。大したものじゃないよ」

 謙遜しながらも、リオールは嬉しそうだ。
 成り行きでラミアーの食生活改善を目指すことになってしまった暖。
 しかし、ラミアーの偏食は筋金入りで、暖が体に良いからと勧めるような食事には見向きもしないのだ。
 困った暖は、以前クッキーを作ってくれたリオールに相談しに来ていたのだった。

 実は薬学にも知識のあるエルフは、暖の要望に従って貧血に効く木の実を使ったクッキーを焼いてくれた。

「吸血鬼の面倒なんか見る必要はないと思いますけれど。他ならぬウララのお願いですからね」

「アリガトウ、リオール」

 暖は心の底から感謝した。
 ギュッとリオールの手を握る。
 至近距離で顔を覗きこんで…………ハッとした。
 リオールは何故か青白い顔を真っ赤にしているのだが、その目の下には黒々とした ”くま” がくっきりとできていたのだ。


「リオール、酷イ顔」


 こんなに濃いくまは、テストで三日間徹夜した後の鏡の中の自分以外見たことがない。
 暖に酷い顔と言われたリオールは、ガ~ン! とショックを受けたみたいにふらついた。

「ウ、ウララ……」

「リオール、眠レテル?」

 グイッと暖は顔を近づける。
 問いかけられたリオールは、目を見開いて暖から距離をとった。

「あ、……あの」

「何日、眠レテナイノ?」

 離された距離をあっという間に詰めて、暖は問い詰める。


「えっと、……その、…………と、十日間くらい」


 リオールの返事に暖は目を丸くした。
 十日間も眠らなければ死んでしまうのではないだろうか?

「あ、あ、でも! 気にしなくてもいいんですよ。エルフにとって十日くらい寝ないのは、別になんともないことなんです。こう見えてエルフは頑丈です。体に異常はありません」

 くまのできた顔で、弱々しく笑うリオール。
 だが、体が大丈夫だからと言って心が平気とは限らなかった。
 第一、眠ないのと眠ないのは、――――全然違う。

 暖は問答無用でリオールに迫った。

「ウ、ウララ?」

 離れようとするリオールの手をグッと掴む。そのまま引き寄せ、力いっぱいしがみついた。

「ウララ!?」

「オ願イ。チョットコノママデ」

 背の高いリオールの体に、セミがとまるように抱きつく暖。
 本当は抱き締めてあげたいと思ったのだが、体格差からどうにもならなかった。
 動くに動けずリオールは体を固めている。
 触れあった箇所が温く…………やがて強ばっていたリオールの体から力が抜けた。
 おずおずとエルフの手が暖の背中に回る。


「……ウララ、あなたは本当に何も聞きませんね」


 呟くようにリオールは、そう言った。
 確かに暖は今までリオールに対しうつ病の原因を聞いたことがない。

「言葉、ワカラナカッタカラ」

 聞くに聞けなかったのだと正直に暖は答えた。
 リオールの顔がポカンとなる。
 でも、それが真実だった。


 ――――何故眠れないのか?
 ――――どうして、リオールはこんな状態になっているのか?
 ――――死にたがりのエルフの過去に何があったのか?


 暖だって知りたくない訳ではない。
 それでも――――


「聞イテ欲シケレバ、何時デモ聞クヨ。慰メイルナラ、全力デ慰メル。……デモ、話シタクナケレバ、話サナクテイイ。ドンナリオールデモ、側ニイルカラ」


 それしかできない暖だった。


「私、リオール、会エテ良カッタ。リオールモ同ジダト、嬉シイ」


 心からそう言った。
 リオールの顔が、クシャリと歪む。

「もちろん! もちろんです。ウララ。……あなたに会えて良かった。……ありがとう」

 リオールのキレイな瞳からホロホロと涙がこぼれる。
 本当に泣き虫なエルフだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

血に堕ちたライラックはウソにまみれている

屋月 トム伽
恋愛
 純潔を疑われて、第一殿下であるフィラン・クラルヴァインに婚約破棄をされたリラ・リズウェル伯爵令嬢。ある日フィラン殿下がリラに後宮入りを命じてきた。  後宮入りを断った翌日、リラが目覚めると、そばにはフィラン殿下の死体が横たわっていた。フィラン殿下殺人事件が起きてしまい、リラは殺人の容疑をかけられて、捕らえられてしまう。  塔に閉じ込められたリラは、処刑されそうになっていた。そんな時に、第二殿下のブラッドがリラに手を差し伸べた。  「大丈夫だ……すぐに出してあげるよ」そう言って、ブラッド殿下が紹介したのは、フェアラート次期公爵のジェイド様。ブラッド殿下の提案で、ジェイド様と婚約を結び、フェアラート公爵邸へと行ったリラ。  ただ匿われるだけかと思えば、ジェイド様はリラが好きだったと言って、溺愛しようとするが……。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...