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1巻
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しおりを挟むプロローグ
夏のはじめのある日、緑が鮮やかな山の奥に、爽やかな風が吹きわたった。小川のせせらぎや山鳥の綺麗な鳴き声が聞こえ、清涼な空気が満ちている。
そこにある露天風呂に浸かりながら、宮原真由は思わず感嘆の声をあげた。
「う~ん、最高。やっぱり来てよかったわ」
真由は普段、都会でOLとして働く二十五歳。無類の温泉好きである彼女は、有給休暇を取って平日に温泉に行くのが趣味なのだ。
今日は都会の喧騒を離れて、秘境の名湯に来ていた。山の中にあるとても小さな旅館から、さらに山道を延々と歩いたところに、ポツンとある露天風呂だ。交通の便が悪すぎる上に、道路が整備されていないため、知る人ぞ知る場所である。
今日が平日ということもあってか、温泉は貸し切り状態。行きずりの相手と語り合いながら入る温泉も趣があるが、風光明媚な露天風呂を独り占めできるのも、また得難い幸運だ。
真由はにんまりと笑いながら、両手をお椀の形にして温泉をすくう。温泉は透明で、ほんのり甘い香りがする。
「確かここは、石膏泉だったわよね」
その情報は、旅館の女将から聞いたものだ。彼女は一見無愛想そうだったが、実は話し好きだったらしく、温泉の効能まで詳しく教えてくれた。
石膏泉は硫酸塩泉の一種でカルシウムイオンを含んでおり、鎮静効果に優れているという。筋肉痛やリウマチ、打撲、動脈硬化、便秘にも効くのだとか。
そんな話を思い出しながら、真由は山道を歩いて酷使した足を、思い切り伸ばした。
温泉のフチのなめらかな石に頭をのせ、寝転ぶようにしてゆったりのんびり温泉を満喫する。
「はあ~ぁぁ、極楽! これだから温泉好きはやめられないわ!」
仕事で疲れた体がジワッととろけていくような感覚を味わいながら、真由はリラックスした。本当に心の底から幸せで、眠くなってくる。
(……このまま眠ったら、さすがにまずいわよね)
そう思った時――突如、真由はかすかな異変を感じた。
「え? 何、このお湯の動き?」
慌てて体を起こして温泉を見ると、お湯が川のように流れている。
よく見たら、露天風呂の真ん中に渦ができていた。
「……へっ?」
ものすごく間抜けな声が出た。
そうしているうちにも、渦はグルグルと大きくなる。
「なんだかお風呂の栓を抜いたあとみたい? ――っていうか、その通りなんじゃない!? ひょっとして、お湯が抜けているの!?」
真由はびっくりして目を見開いた。
露天風呂とはいえ、そこが整備されたものならば、清掃のために風呂の底に栓があるのは当然だろう。しかし問題は、なぜ栓が急に抜けたのかということだ。
「私、知らないうちに栓を抜いてしまったの?」
足で引っかけてしまったのかと思ったが、そんな感覚はなかった。そもそも風呂は広く、渦ができている真ん中付近には近づいていない。
真由が困惑している間に、渦はますます大きくなり、水の流れが強くなった。
「ちょ、ちょっとヤバイかも」
体が持っていかれるような感覚を覚えて、真由は慌てて立ち上がり――ツルリと足を滑らせた。
バシャーン!! と派手に水飛沫が上がる。
「ギャアァァァ~ッ!!」
真由の悲鳴が水音に負けないくらい、大きく響き渡った。
その音に驚いたらしく、周囲の森から鳥が一斉に飛び立つ。しかし残念なことに、それだけの大きな悲鳴でも、遠く離れた旅館にいる女将には聞こえないだろう。
孤立無援の真由。
水流はますます強くなり、大きな渦を作っていく。ゴゴゴォッ! と音を立てて、お湯は地下へ吸い込まれていた。
真由は必死に抗ったものの、流れに巻き込まれてしまう。
(温泉で溺死なんて、恥ずかしすぎて死ねるわ!)
残念ながら、これでは生き延びるのは無理だろう。
不幸中の幸いと言えるのは、真由が両親と早くに死に別れていること。先に逝くという親不孝にならないことはよかったが……そういう問題でもない。
真由は渦巻くお湯の中から、必死で手を伸ばす。
しかしその手は何もつかむことができず……やがて、渦に呑み込まれた。
(……もう、だめ……)
こぽこぽと温泉に沈み、彼女は意識すら手放してしまう。
お湯が流れる激しい水音だけが、山中に響く。
しばらくしてそれもやみ、あとには、空っぽになった露天風呂だけが残った。
第一章 目を開けたら異世界にいて、勇者の仲間になりました
「……××△◇×! ××△◇×!」
誰かの声が聞こえて、真由はふと目を開けた。
すると、ふくよかな女性の心配そうな顔が、目に飛び込んでくる。彼女の背後には、葉を茂らせた木の枝と青い空が見えた。
(えっと、温泉旅館の女将さん? でも、ちょっと顔が違うみたい? 少しぽっちゃりなのは変わらないけれど、女将さんはもっと気難しそうな顔で、鼻が低かったような気もするわ)
真由は首を傾げる。
(それに……そうだわ、目が茶色い!?)
温泉旅館の女将は髪を茶色に染めていたが、瞳の色は間違いなく黒かった。ところが、真由をのぞきこんでいる女性の目は薄茶色。光の加減で茶色に見えるというには、明るすぎる色だ。
「××△◇×!」
おまけに言葉も通じなかった。
(え? なんて言ったの?)
真由は驚きながら上半身を起こす。
そんな彼女の肩を、ふくよかな女性が慌てて支えてくれた。ついでに黒いフード付きのマントを真由の体にしっかりと巻きつけてくれる。肌に直接当たったマントのゴワゴワ感に、真由は少し驚いた。
(あ……そうか、私、露天風呂で溺れたんだった)
ならばマントの下は素っ裸なのだろう。そう気づいて、真由の頬は熱くなる。
(この人が助けてくれたのかしら?)
真由は慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
お礼の言葉もやはり通じないようで、女性は訝しげに眉を寄せる。
「……〇◇××!」
その時、別の方向から低い男の声が聞こえてきた。しかしやっぱり何を言っているのかはわからない。
声のした方を向くと、そこには銀色の髪を一つに結んだ、紫色の目の男性がいた。
(う、わぁ~! 外国人だわ)
彫りの深い整った顔立ちに、白い肌。おまけに身長はスラリと高い。
彼は真由に向かって話しかけてくるが、言葉はやはりわからない。耳に馴染みのない言葉で、まるっきり理解できなかった。
(外国人で間違いないわよね?)
そう思っていたら――
「――×□……おい、わかるか? 意味が通じるか?」
突然、はっきりと言葉の意味がわかるようになった。聞こえてきたのは日本語だ。
「へ? え、えぇ。……あ、はい」
(日本語が話せるのなら、最初から日本語にしてくれればよかったのに。ここは日本なのだから……あぁでも、慌てていたのかもしれないわ)
真由はつい顔をしかめたが、思い直して不満を抑えた。
その様子を見た銀髪の男性は、どことなく不機嫌な顔で話しはじめた。
「意思疎通が可能になったのは、俺が〝翻訳魔法〟を使ったからだ。種族が違う精霊同士が使う魔法だが、どうやら人間にも効いたようだな」
「……魔法? 精霊?」
真由はわけがわからない。
「そうだが……まさか、君は魔法を知らないのか?」
男は驚いたように紫の目を見開いた。
「えっと……何かのドッキリですか? 私、一般人ですけれど」
まさかテレビのドッキリ番組に騙されているのだろうか。真由はキョロキョロと周囲を見回して、テレビカメラを探し――
(……ここはどこ?)
呆然としてしまった。なぜなら彼女は、まったく見覚えのない場所にいたからだ。
しかも、ここにいるのは真由と薄茶色の瞳の女性、そして銀髪の男の人だけ。
(私、山奥の露天風呂にいたわよね? 周りは山で、木々が鬱蒼と茂っていたのに?)
周囲には大きな木が数本立っているが、ほかは茶色い地面がむき出しになっていた。ところどころ雑草が生えているだけの土地なので、いわゆる空き地なのだろう。
近くに建物はなく、少し離れたところに普通の民家にしては大きな木造の家があった。
そして、真由たちのすぐ近くに――温泉が湧いている。
ゴポゴポとお湯が地面から噴き上がり、周囲に走る亀裂に流れ込んでいた。
(湯気が出ているし、この匂いは間違いなく温泉よね? ……あったはずの露天風呂がなくなって、代わりに地面から温泉が湧いているなんて、どうなっているの?)
遠くを見れば、木造の家の向こうに小規模な集落がある。どうやらここは、どこかの村らしい。
いつの間にここへ連れてこられたのか不思議だが、そこがドッキリのポイントなのかもしれなかった。
(テレビカメラは見えないけれど……あ、隠しカメラでこっそり撮影しているのかしら?)
そう思った真由は、視線を銀髪の男性に戻す。彼は難しい顔で考え込んでいた。
「オルレア、どういうことだい? どうして掘り当てた水――いや、お湯から、このお嬢さんが現れたんだい?」
真由の体をずっと支えてくれている女性が、男性に向かってたずねる。
彼の名前はオルレアというらしい。
「……わからないが、ひょっとしたら彼女は〝異世界〟から来たのかもしれない」
「異世界っ!?」
「異世界だってっ!?」
オルレアの言葉に、真由と女性が同時に声を上げる。
「ああ。だって、魔法を知らないなんてありえないだろう?」
(ありえないのは、あなたの方よ!)
真由はそう言いたかったが、女性は神妙な顔で頷いた。
「確かに、使える使えないにかかわらず、魔法を知らない者なんているはずがないからね」
真由は困ってしまう。いくらドッキリの仕掛け人でも、役になりきりすぎだ。
「あの? 本当にドッキリならもう勘弁してもらえませんか?」
真面目にお願いしたのに、オルレアは首を傾げる。
「ドッキリ?」
「だから、私を驚かせようと、嘘をついたり演技をしたりしているのでしょう?」
真由の問いに、彼は難しい顔で首を横に振った。
「残念だが、この状況は、君の言うドッキリとかではない」
「いい加減にしてください!」
ドッキリでないならば、なんだと言うのだ。
真由が怒り出すと、オルレアは大きなため息をついた。
「わかった。……いいから、これを見ろ」
彼は真由の方に両手を伸ばし、突然叫んだ。
「出でよ、水の精霊! 土の精霊も!」
すると、オルレアの手のひらの上に、突然光の球が現れた。右手の上には水色の球が、左手の上には茶色の球が浮かび、光を放ちながらクルクルと回っている。
突然の超常現象に、真由は目を真ん丸に見開く。
やがて球は、ポン! と音を立てて破裂した。そして、水色の球からは水色のタツノオトシゴが、茶色い球からは茶色いモグラが現れる。
「え? ええぇぇぇ?」
「水の精霊と土の精霊だ。この世界には精霊がいて、俺のような魔法使いは、彼らの力を借りて魔法を使っている。――小さな子供でも知っている、この世界の一般常識だ」
オルレアは話しながら、両手を真由の顔に近づけてきた。
目の前に迫るタツノオトシゴとモグラを凝視し、真由は力なく首を横に振る。
「そ、そんな。信じられないわ。手品か何かなんでしょう?」
戸惑う彼女の前で、タツノオトシゴが動き出した。本来、水の中でしか生きられないはずの生き物が、クルリと巻かれた尻尾をバネにピョンと飛び上がる。
『手品って何?』
真由の頭の中に、男の子の可愛い声が響いた。オルレアの声とも女性の声ともまったく違う声だ。
「え? ……何、これ?」
『僕だよ。僕の声だよ』
タツノオトシゴは、真由の目の前で宙に浮いたままクルクルと回った。
呆気にとられている彼女の膝に、オルレアの左手からポトンとモグラが落ちる。モグラはコロンと転がったあと、顔をむくりと上げて、真由を見上げてきた。
『あたしも知りたいわ。手品って何?』
聞こえてきたのは女の子の声だ。その声に合わせて、モグラがペシペシと真由の膝を叩く。
「……ま、まさか、あなたが喋っているの?」
『ほかに誰がいるっていうのよ。疑り深い人間ね』
モグラはツンとした態度で言った。
それは非常に人間臭い表情と仕草で、とても作り物――人形だとは思えない。
「そ、そんな――」
真由は絶句した。信じたくないのに、目の前の小さな生き物が真由の常識を壊してくる。
信じざるを得ない状況に、空を見上げた。
すると――青い空に、昼間の白い月が〝二つ〟浮かんでいる。
(あの大きさは、どう見たって月よね……でも二つって)
「あの……あれは?」
震える手で月を指さし、真由はたずねた。
「ああ。バーブとクーガだ。……君の世界には、月はないのか?」
オルレアは、こともなげにそう答える。
「…………あるわ。一つだけだけど」
どうやら本気で信じなければならないようだ。
ここは異世界。真由は、俗にいう異世界トリップをしたらしい。
(しかも、素っ裸で)
自分の置かれた状況に頭が痛くなり、彼女は頭を抱えた。
「信じる気になったか?」
オルレアに聞かれ、真由は不承不承頷く。
すると、真由を支えている女性が、安心したように「よかった」と声を出した。
「自分の置かれている状況がわからないことほど、やっかいなことはないからね。納得してもらえてよかったよ」
彼女はニコニコ笑いながら、真由の顔をのぞきこんでくる。人好きのする優しそうな顔だ。
「まずは自己紹介からかね。――あたしはワラビ。ワラビ・シランっていうんだよ。ワラビが名前でシランが苗字さ。この村で宿屋をやっている。そっちはオルレア――うぅ~ん? 苗字はなんだったかねぇ? まあ、見ての通り、魔法使いさ」
(いやいや、見てもわからないから!)
心の中でツッコミを入れるが、指摘するのもなんなので、真由は黙って頷く。
「あんたの名前は?」
「あ……私は宮原真由です。宮原が苗字で、真由が名前です」
「そうかい、そうかい。真由だね。……まったくたいへんな目に遭ったもんだねぇ。あれを見な。あんたは、あのお湯の中から現れたんだよ」
女性――ワラビはそう言って、地面から湧き出るお湯を指さした。
真由はびっくりして目を見開く。
「あのお湯から、私が?」
「ああ、そうさ。あたしとオルレアはここで井戸を掘っていたんだ。そしたら、急にお湯が湧いてきたのさ」
井戸を掘ろうとして温泉を掘り当てるというのは、よく聞く話だ。そこは納得できるのだが、この場には井戸を掘るための掘削機はおろか、スコップの一本もなかった。
「どうやって掘ったんですか?」
真由が怪訝に思って首を傾げると、ワラビが説明してくれる。
「オルレアの魔法で掘ったんだよ。いやなに、オルレアを訪ねてこの村にやってきた大柄な男が、うちの宿で無銭飲食をしてね。お代を払う代わりにオルレアが井戸を掘るって話になったんだよ」
「無銭飲食ではない。金貨で払おうとしたのに断ったのはそちらだろう」
オルレアがムッとしたように言い返すと、ワラビはハンと鼻を鳴らす。
「金貨なんて、あたしら庶民に使えるわけがないだろう? お釣りも出せないじゃないか」
いくら価値があっても、あまりに高額な貨幣は扱えないということだろう。
オルレアの客人は、かなりお金持ちだったようだ。
それはさておき、オルレアは精霊に力を借りて、魔法で井戸を掘ろうとしたらしい。
「今は落ち着いているけれど、ついさっきまでお湯がすごい勢いで噴き上がっていたんだよ。あんたは、その噴き上がったお湯と一緒に現れたのさ。そうだねぇ……十メートルは吹き飛ばされたんじゃないかい? あたしがあんたを見つけて、オルレアが風の魔法で助けたんだ。そうでなきゃ、今頃、大怪我をしていただろうね」
確かに十メートルもの高さから、素っ裸で地面に叩きつけられたら、無事では済まない。
自分がずいぶんと危なかったのだと知り、真由はブルッと震えると、慌てて二人に頭を下げた。
「助けてくださってありがとうございました」
「礼には及ばないよ。困った時はお互い様さ。それにあんたが現れたのも、ひょっとしたらオルレアの魔法が原因かもしれないからね」
「……え?」
「井戸を掘り当てた時にちょっとトラブルがあってね。魔法が暴走したんだよ。グラグラと大地が揺れてお湯が湧いて……そのお湯と一緒に、あんたが現れた。どうにも無関係に思えなくってねぇ」
ワラビは申し訳なさそうに視線を逸らす。
オルレアは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
真由は呆然としてしまう。
「魔法が暴走? ……って、私がこの世界へ来たのは、お二人が原因なんですか?」
「違う!」
オルレアがすぐさま否定した。
「魔法が暴走しただけで、異世界とこの世界をつなぐことなどできるはずがない。そんな力のある魔法じゃなかったんだ!」
オルレアはきっぱりと断言する。しかし、真由がジッと見つめたら、彼はスッと視線を逸らした。
ワラビも気まずそうに黙り込む。
――真由は、大きく息を吸い込んでから、吐き出した。
(ここで二人を責めても、なんにもならないわ)
真由は経験上、それをよく知っている。――彼女の両親は七年前、自動車事故で亡くなった。その時、どんなに怒鳴り喚いても、両親は戻ってこなかった。
起こってしまったことは二度と元に戻せない。嫌というほど思い知ったことだ。
(私が考えなければいけないのは、これから先のことよ)
元の世界に思い残すことがないと言ったら嘘になるが、とにもかくにも生きていかなければ。
真由が深呼吸して心を落ち着かせていると、フヨフヨと浮かんでいた水色のタツノオトシゴが、オルレアの隣でペコリと頭を下げる。膝の上のモグラは、真由の足をポンポンと叩いた。
どうやら彼らは、オルレアの代わりに謝ったり真由を慰めようとしたりしているらしい。
(水の精霊と土の精霊か……よく見ると可愛いわね)
真由はクスリと笑った。波立っていた感情がゆっくり鎮まっていく。
「……私は帰れますか?」
真由の質問に、オルレアがピクリと震え、こちらを向いた。
「あ。……いや。……その……すまない。おそらく無理だ。この湧き出しているお湯が、君の世界とまだつながっている可能性は、ほとんどない」
まったく違う次元にある別の世界とこの世界がつながるということは、本来はありえないこと。たとえ一瞬つながっても、すぐに切り離されるものなのだという。
「この世界には〝異世界召喚〟という魔法がある。魔王の力が大きくなりすぎて、この世界に住む人間だけではどうにもならなくなった時に、異世界から救世主を召喚する魔法だ。使われることは滅多にないが、召喚した者を帰還させることができるとは、聞いたことがない」
異世界召喚魔法があることを知っていたからこそ、オルレアは真由が異世界からやってきたのではないかと考えたのだという。
(っていうか、この世界って魔王がいるの?)
精霊がいて、魔法が使えて、魔王がいるなんて……とんでもなくファンタジーな世界に来てしまったらしい。それはともかく、真由は落胆する。
「……私、帰れないんですね」
「すまない」
オルレアはもう一度、小さな声で謝った。
真由はフーッと大きなため息をつく。
水の精霊のタツノオトシゴと土の精霊のモグラも、しょんぼりと肩を落としている。
(これからどうしよう?)
モグラを撫でながら、真由は考え込む。
そんな彼女の両肩を、ワラビがガシッと掴んだ。そして女性とは思えないほど強い力で、ユサユサと揺さぶる。その振動で目を回しそうになったモグラが、慌てて真由の膝から下りていった。
「そんなにガッカリおしでないよ。あんたの気持ちはわからないでもないけれど、命があっただけでも儲けもんだろう? 大丈夫だよ。今後のことなら、あたしに任せな。……真由、あたしの宿屋に住み込みで働く気はないかい?」
ワラビは満面の笑みを浮かべて、そう聞いてきた。
「住み込み?」
真由はポカンとしてしまう。
「ああ、そうさ。衣食住の面倒はあたしが見てあげるよ。その代わりあんたは、うちの宿の掃除をしたり洗濯をしたりするんだ。悪い話じゃないだろう?」
提案を受け、真由は少し考え込む。
文字通りその身一つで異世界トリップしてしまった真由には、住むところはおろか、着るものも食べるものもまったくない。ワラビの申し出は、何よりありがたいものだ。渡りに船とはこのことだろう。
(働かなくても、ひょっとしたら村や国が保護してくれるのかもしれないけれど……。でも、タダより高いものはないって言うし……働かざる者食うべからずよね?)
真由はどちらかと言えば自立心が強いタイプだ。自分でできることは自分でやりたい。
だから真由はワラビの申し出をありがたく受けようとした。
ところが、そこに突如、横槍が入る。
「ちょっと待った! その娘が異世界から来たと言うのなら、俺たちと一緒に来てもらうぞ!」
なんだか偉そうな声が、あたりに響いた。
真由は慌てて、声がした方を振り返る。
すると少し離れた場所に、四人の男女が立っていた。
一番前に立っているのは、金髪碧眼のハッとするほど人目を引く、凜々しい男性。年の頃は二十代半ばで、大きな剣を背負っている。
そして彼の後ろに、真っ白な髪と赤い目をしたうつむき加減の女性と、燃えるような赤毛に緑色の目でスタイルのいい女性が立っていた。二人とも、二十歳そこそこに見える。
最後は、灰色の髪と灰色の目で白い鎧をガッチリ着込んだ大柄な男性。彼だけは三十代に見えた。
いずれもタイプは違うものの美男美女揃いで、とても目立つ。
ワラビは訝しそうに彼らを見る。
「え? なんだい、あんたたちは? ……って、その格好、ひょっとして勇者さま一行かい!?」
「……勇者さま一行?」
真由はポカンとしてしまう。
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