上 下
52 / 60
異世界戦闘中

しおりを挟む
 水の勢いは凄い。
 飛沫を上げ、渦を巻き、城をのみこんでいく。

 俺はその広がり行く様を見て、この城の傾斜が水を受け入れ導いていることに気づいた。
 この水門の位置を一番高くして、後は城内全てに水が行き渡り最終的に城の城門から外の壕へ流れ出て行くようにと、この城の土地と建物は造られている。

(スゲェ。土地まで造成したのか? それとも自然の傾斜を利用した?)

 何にしろアディのおじいちゃんの有鱗種対策は半端なかったってことだ。

(よっぽど、怖かったんだろうな…………有鱗種の仕返し)

 ビビる気持ちがもの凄くよくわかるところが、情けない。
 うん。やっぱり似てるわ。アディのおじいちゃんと俺。

 大地も緑も建物も全てのみこんでいく水だが、その脅威は少し高台にある神殿には及ばない。

(やっぱり、こんな場合でも神殿っていうのは不可侵領域なんだな)

 この世界の、神に対する敬慕の念が見える。



『ギャアァアッ!』
『何故だっ!水が、水がっ』

 水の到達した辺りから、有鱗種の驚愕の悲鳴が聞こえてくる。

『に、逃げろっぉぉぉっ!!』

(本当に水が苦手なんだな)

 あたふたと飛び出し城門から外へと逃げ出して行く者、とりあえず少しでも高いところへと上ろうとする者など、まだ燃え盛る炎に照らされ有鱗種の慌てた様が夜闇の中に浮かび上がる。

 俺は節足動物の多足亜門――――要は、ムカデが大の苦手なんだが、そのムカデが大量に迫ってくるみたいな感じなのだろうか?



 ……有鱗種を笑うのは止めよう。
 想像しただけで鳥肌が立った。
 俺は自分で自分の両腕を抱き締めて摩る。

「寒いのですか? ユウさま」

 フィフィが心配そうに聞いてきた。

「大丈夫です。この混乱の中であれば、ティツァさんは間違いなく陛下をお救いできるはずです。合図を待ちましょう」

 見上げてくる優しい視線にしっかりと頷き返す。
 俺がそれを信じないでどうするのかと思う。


 ――――俺の待ち望んでいたその合図がきたのは、それから程なくしてだった。





「ユウ!!」

 アディが叫び、俺の方に駆け寄ってくる。
 その姿はボロボロで、殴られたのだろうせっかくのキレイな顔が青黒く腫れている。

「ユウ、ユウ、ユウ!」

 いや、そんなに何度も呼ばなくとも一度呼べば聞こえるぞ。
 足を引き摺っているくせに走って来るんじゃねぇよっ。

「アディ!」

 俺の声がかすれているのは、城内に充満する火災後の燻った空気のせいだ。
 おかげで目まで痛くて涙目になる。

 ――――絶対、アディの無事な姿に安堵して泣いているわけじゃないからな。


「ユウ! ユウ、よく無事で」

 アディは間違いなく泣いていた。
 イケメンは顔が腫れても、泣いていても、カッコいい。

 クソッ、滅びろイケメン!

(――――って、うわっ! しがみつくなよ、お前っ、びしょびしょじゃないか!?)

 そう思いながらも抱擁を返している俺は、アディが無事助かって浮かれているんだろう。
 水もしたたるイイに抱きつかれて嬉しいなんて、どうかしている。

「俺の国のこんなゴタゴタに巻き込んでしまってすまない」

 謝って欲しくなかった。
 アディは少しも悪くない。
 どっちかって言えば、ビビりの俺が後手後手に回った付けがこの事態だ。
 謝るなら俺だろう。

「アディ……」

 なのに俺ときたら謝罪の言葉も満足に口にできなかった。


「――――ユウさま!」

 そんな俺にもうひとりびしょ濡れな人物が縋り付いてくる。

「リーファ! 無事で良かった」

 ふわふわのはずの白銀の髪を水でぺったりと湿らせ、色白の肌をなお蒼ざめさせたリーファは、俺の言葉に、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
 青い瞳から涙がポロポロと落ちた。

「ユウさまこそ……よくご無事で」

 濡れた衣服がリーファの細い体に張り付いて……もの凄く色っぽい。

(……ヤバい。目の毒だ)

 俺は慌てて自分の着ている上着を脱いで、リーファの肩にかけた。

「かっ、風邪をひくからっ!」

 俺の不審な態度に、リーファは大きな目を見開いて自分の姿を見下ろす。
 ようやく服が濡れている事に気がついたのだろう、慌てて俺の服に袖を通した。
 頬に赤みがさしてきて、俺はそんな様子にホッとする。

(……ホントにヤバい。彼シャツみてぇ)

 ――――可愛い女の子が、俺の服で彼シャツ。
 男なら誰だって憧れる夢のシチュエーションが叶った事に、俺の鼻の下は伸びに伸びた。
 いや、決して某国民的人気アニメの副主人公の名前じゃないからな。




 そんなバカな事を考えていた俺を現実に戻す男が現れる。


「感動の再会も良いが――――、これからどうするつもりだ?」


 冷たい声はティツァだった。

 俺は恐々振り返る。
 ティツァはもの凄く不機嫌そうだ。
 ……そう言えば俺はティツァに礼を言っていない事に気づく。
 人間の王を助けるなんて、彼にとっては不本意だろう事をさせておきながら放っておかれたら誰だって面白くないに決まっている。


「ティツァ、アディ達を助けてくれてありがとう」


 俺が真面目に頭を下げようとすれば、「礼なんていらない」とティツァは素っ気なく止めた。


「そんな事よりこれからの事だ。城は解放できたが王都はまだ有鱗種の手の中だ。捕まった人間も沢山いる。俺達獣人には関係ないが、お前の事だ、助けるつもりでいるのだろう? ……どうするつもりだ」


 ティツァの言うとおりだった。
 だがそれよりもまず、俺はアディにティツァ達獣人の事を説明しようと思う。
 アディは、獣人に礼を言い獣人の話す言葉を真剣に聞いている俺を興味津々に見ていた。

「アディ、獣人は――――」

「わかっている。話は助けられた時にコヴィノアールに聞いた」

 アディの視線をたどればそこにはまだ青い顔ながらきちんと背筋を伸ばし立っている黒髪の騎士がいる。
 どうやらコヴィはアディの救出作戦に無理を押してついていったらしい。

「とても信じられなかったが、見事な手腕で俺を有鱗種から救い出してくれたのは間違いなく獣人達だ。俺は彼らへの感謝を決して忘れない」

 きっぱり言い切るアディは、やっぱり王の中の王だ。
 金の髪が眩しくて、俺は目を細める。


 ――――うん。これなら大丈夫だ。


 俺は覚悟を決めて顔を上げた。




「王都と、捕まった人間を有鱗種から取り戻そう。俺に策がある」

 俺の言葉にアディは、びっくりしたように目を見開き、ティツァは不敵に笑った。

「どうするつもりだ?」

 俺はコクリと唾をのみこむ。


「…………雨を降らす」


 俺の言葉に、全員がポカンと口を開けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

灰色の天使は翼を隠す

めっちゃ抹茶
BL
ヒトの体に翼を持つ有翼種と翼を持たない人間、獣性を持つ獣人と竜に変化できる竜人が共存する世界。 己の半身であるただ一人の番を探すことが当たり前の場所で、ラウルは森の奥に一人で住んでいる。変わらない日常を送りながら、本来の寿命に満たずに緩やかに衰弱して死へと向かうのだと思っていた。 そんなある日、怪我を負った大きな耳と尻尾を持つ獣人に出会う。 彼に出会ったことでラウルの日常に少しずつ変化が訪れる。 ファンタジーな世界観でお送りします。ふんわり設定。登場人物少ないのでサクッと読めます。視点の切り替わりにご注意ください。 本編全6話で完結。予約投稿済みです。毎日1話ずつ公開します。 気が向けば番外編としてその後の二人の話書きます。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

俺の伴侶はどこにいる〜ゼロから始める領地改革 家臣なしとか意味分からん〜

琴音
BL
俺はなんでも適当にこなせる器用貧乏なために、逆に何にも打ち込めず二十歳になった。成人後五年、その間に番も見つけられずとうとう父上静かにぶちギレ。ならばと城にいても楽しくないし?番はほっとくと適当にの未来しかない。そんな時に勝手に見合いをぶち込まれ、逃げた。が、間抜けな俺は騎獣から落ちたようで自分から城に帰還状態。 ならば兄弟は優秀、俺次男!未開の地と化した領地を復活させてみようじゃないか!やる気になったはいいが……… ゆるゆる〜の未来の大陸南の猫族の小国のお話です。全く別の話でエリオスが領地開発に奮闘します。世界も先に進み状況の変化も。番も探しつつ…… 世界はドナシアン王国建国より百年以上過ぎ、大陸はイアサント王国がまったりと支配する世界になっている。どの国もこの大陸の気質に合った獣人らしい生き方が出来る優しい世界で北から南の行き来も楽に出来る。農民すら才覚さえあれば商人にもなれるのだ。 気候は温暖で最南以外は砂漠もなく、過ごしやすく農家には適している。そして、この百年で獣人でも魅力を持つようになる。エリオス世代は魔力があるのが当たり前に過ごしている。 そんな世界に住むエリオスはどうやって領地を自分好みに開拓出来るのか。 ※この物語だけで楽しめるようになっています。よろしくお願いします。

【完結】転生じぃちゃん助けた子犬に喰われる!?

湊未来
BL
『ななな、なんで頭にウサギの耳が生えているんだぁぁぁ!!!!』  時の神の気まぐれなお遊びに巻き込まれた哀れな男が、獣人国アルスター王国で、絶叫という名の産声をあげ誕生した。  名を『ユリアス・ラパン』と言う。  生を全うし天へと召された爺さんが、何の因果か、過去の記憶を残したまま、兎獣人へと転生してしまった。  過去の記憶を武器にやりたい放題。無意識に、周りの肉食獣人をも魅了していくからさぁ大変!  果たして、兎獣人に輪廻転生してしまった爺さんは、第二の人生を平和に、のほほんと過ごす事が出来るのだろうか?  兎獣人に異様な執着を見せる狼獣人✖️爺さんの記憶を残したまま輪廻転生してしまった兎獣人のハートフルBLコメディ。時々、シリアス。 ※BLは初投稿です。温かな目でご覧頂けると幸いです。 ※R-18は出てきません。未遂はあるので、保険でR-15つけておきます。 ※男性が妊娠する世界観ですが、そう言った描写は出てきません。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。 そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。 アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。 その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。 サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。 一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。 R18は多分なるからつけました。 2020年10月18日、題名を変更しました。 『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。 前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)

狼くんは耳と尻尾に視線を感じる

犬派だんぜん
BL
俺は狼の獣人で、幼馴染と街で冒険者に登録したばかりの15歳だ。この街にアイテムボックス持ちが来るという噂は俺たちには関係ないことだと思っていたのに、初心者講習で一緒になってしまった。気が弱そうなそいつをほっとけなくて声をかけたけど、俺の耳と尻尾を見られてる気がする。 『世界を越えてもその手は』外伝。「アルとの出会い」「アルとの転機」のキリシュの話です。

処理中です...