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異世界戦闘中
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「逃げ出したはずだろう!? なにをのこのこ戻って来ているんだっ!」
怒鳴りつけてくるエイベット卿の姿は、煤だらけであちこちから血を流し汚れに塗れている。
普段すかした顔がだいなしだ。
その脇には、彼を心配そうに取り巻く獣人が数人いた。
甲斐甲斐しく体を支える者や、白いタオルで傷口を押さえる者、泣きそうな顔で汚れを拭う者もいる。
誰も彼もが、エイベット卿を心から按じていることがよくわかった。
「……何で?」
俺は、思わず呟いてしまう。
エイベット卿は、獣人を自分たちと同じ存在と見なしていない。なのに、どうしてあれほど大切にされているのだろう?
「……奴は、厳格だが公平な主人だからな」
ポカンとして発した俺の疑問に、ティツァが嫌そうに答えてくれた。
――――エイベット卿は、獣人を明らかに人間より劣る生き物として扱っている。
しかし、彼の獣人に対する扱いは厳しくも真面目で公正なものだった。人間が自分の失態を獣人のせいにしようとしているのを見破り、何人もの獣人を救ったこともあるという。
「良くも悪くも真面目な男だからな。不正を働く者は、獣人も人間も等しく罰するし、身内びいきもしない。……だから、奴を慕い心から仕える仲間は多いんだ」
びっくり仰天な新事実だった。
エイベット卿は、有鱗種に捕まるところを獣人に救い出され、城に残った者たちが立てこもるこの塔に連れて来られたところだという。
「……何で?」
俺は、もう一度呟いた。
(何でエイベット卿が助けられて、アディが助けられていないんだ?)
俺は、いけないとわかっていながらもそう思うのを止められない。
アディだって公明正大な人物だ。
エイベット卿より優しいし、アディが獣人に対して理不尽な真似をしているとこなんて一度も見た事がない。
それなのに何で、アディはここにいないのだろう?
俺の心の内を察したティツァは、視線を逸らした。
「……国王は、まだ若い。王位に就いて一年も経たない程だ。しかもそれまでは、軍部で外敵の対応に当たっていて王城にはいなかった。長年ここで暮らしてきたエイベット卿とは違う。……城の獣人達の多くは、国王の為人など知らないんだ。――――それに、国王の興味は国づくりにあるだろう。あいつは、獣人になど意識の欠片も向けていないからな」
それでは、獣人の好意など受けられるはずもなかった。
ティツァの言葉は、苦く俺の中に響く。
(やっぱり、俺が獣人の事をアディに話していれば……)
そうすれば、もっと事情は違っただろう。
「ユウさま、ユウさま、すみません! 私は陛下をお助けしようとしたのですが――――陛下の周りのガードがとても厳しくて近寄れなかったのです。――――陛下は、ユウさまが気にしておられた方でしたのに。救い出す事ができず…………ごめんなさい!」
フィフィが、泣きながら謝ってくる。
ああ、泣かないでフィフィ。君が悪いんじゃない。
有鱗種は、金と銀の輝きを持つロダの一族に執着していたとサウリアは言っていた。
きっとアディ達に対する守りは他の何倍も厳重だったはず。
「今すぐ、逃げろ! 陛下はお前の安否を何より気にしておられた。――――せめて、お前が無事でいなければ、私は……陛下に対して申し訳が立たん!!」
アディではなく自分が助けられた事に負い目を持っているのか。エイベット卿が苦しそうに叫ぶ。
……ああ。
この世界の者達は、なんてみんなイイ奴ばかりなんだろう。
あのエイベット卿までこんなだなんて……反則だ。
足元からズン! という響きが伝わってくる。
おそらく城のどこかが崩れ落ちたんだ。
比較的無傷なこの塔に、次から次へと助けられた怪我人が運ばれてくる。
「…………ユウ、逃げろ」
その怪我人のひとりが苦しい息の下から声をかけてきた。
「え!? ――――コヴィ!」
なんとそれは黒髪の騎士コヴィだった。
コヴィの衣服は血まみれで顔は蝋のように白い。
「エイベット卿の仰るとおりだ。……陛下は、お前の無事を願っておられた。頼む、逃げてくれ!」
精悍な騎士が息も絶え絶えに俺に懇願する。
(ああ! もうっ――――)
俺はギュッと拳を握りしめた。
そんな俺を突き飛ばす勢いでコヴィに近づいたサウリアが、コヴィの傷に対して手をかざす。
「貴様! 何をするっ」
一瞬の隙をつかれてサウリアに逃げられた狐耳の獣人が、怒鳴りながらサウリアを引き離そうとした。
『俺は、治癒の魔法が使えるんだ!』
しかし、サウリアの言葉を聞いた俺は、慌てて獣人を止める。
『頼む! 俺を信じて治療をさせて欲しい。俺の……俺達のせいで傷ついた人間を治したい! こんな事、焼け石に水だってわかっている。でも、頼む、頼む』
サウリアは必死に俺に懇願してきた。
サウリアの手は仄かな光を帯びている。
その光を浴びたコヴィは、体の力が抜けたように大きく息を吐く。
「彼は、治療をしようとしているんだ。彼の好きにさせてやってくれ」
俺の言葉に獣人と人間が驚いてサウリアを見た。
『ありがとう』
そう呟いたサウリアは、本格的な治療をコヴィにはじめる。
「彼は、無鱗の有鱗種だ」
俺の言葉にエイベット卿や他の人間達が目を瞠った。
俺は、顎を引き背筋を伸ばす。
相変わらず体に響く地響きは止まらない。
それでも俺の心に、もはや怯えや迷いはなかった。
(みんな、自分のできる事をやっているんだ)
だったら俺だってそうするだけだろう。
「俺は、アディを……この国を助ける。そのためには、人間も獣人も有鱗種だって力を合わせなければダメなんだ。協力して欲しい」
全員が俺を見ていた。
拳を握りしめる。
「どうするつもりだ?」
既に覚悟を決めていたのだろう、ティツァが面白そうに聞いてきた。
「――――水門を開ける」
俺の声は――――震えていなかったと信じたい。
怒鳴りつけてくるエイベット卿の姿は、煤だらけであちこちから血を流し汚れに塗れている。
普段すかした顔がだいなしだ。
その脇には、彼を心配そうに取り巻く獣人が数人いた。
甲斐甲斐しく体を支える者や、白いタオルで傷口を押さえる者、泣きそうな顔で汚れを拭う者もいる。
誰も彼もが、エイベット卿を心から按じていることがよくわかった。
「……何で?」
俺は、思わず呟いてしまう。
エイベット卿は、獣人を自分たちと同じ存在と見なしていない。なのに、どうしてあれほど大切にされているのだろう?
「……奴は、厳格だが公平な主人だからな」
ポカンとして発した俺の疑問に、ティツァが嫌そうに答えてくれた。
――――エイベット卿は、獣人を明らかに人間より劣る生き物として扱っている。
しかし、彼の獣人に対する扱いは厳しくも真面目で公正なものだった。人間が自分の失態を獣人のせいにしようとしているのを見破り、何人もの獣人を救ったこともあるという。
「良くも悪くも真面目な男だからな。不正を働く者は、獣人も人間も等しく罰するし、身内びいきもしない。……だから、奴を慕い心から仕える仲間は多いんだ」
びっくり仰天な新事実だった。
エイベット卿は、有鱗種に捕まるところを獣人に救い出され、城に残った者たちが立てこもるこの塔に連れて来られたところだという。
「……何で?」
俺は、もう一度呟いた。
(何でエイベット卿が助けられて、アディが助けられていないんだ?)
俺は、いけないとわかっていながらもそう思うのを止められない。
アディだって公明正大な人物だ。
エイベット卿より優しいし、アディが獣人に対して理不尽な真似をしているとこなんて一度も見た事がない。
それなのに何で、アディはここにいないのだろう?
俺の心の内を察したティツァは、視線を逸らした。
「……国王は、まだ若い。王位に就いて一年も経たない程だ。しかもそれまでは、軍部で外敵の対応に当たっていて王城にはいなかった。長年ここで暮らしてきたエイベット卿とは違う。……城の獣人達の多くは、国王の為人など知らないんだ。――――それに、国王の興味は国づくりにあるだろう。あいつは、獣人になど意識の欠片も向けていないからな」
それでは、獣人の好意など受けられるはずもなかった。
ティツァの言葉は、苦く俺の中に響く。
(やっぱり、俺が獣人の事をアディに話していれば……)
そうすれば、もっと事情は違っただろう。
「ユウさま、ユウさま、すみません! 私は陛下をお助けしようとしたのですが――――陛下の周りのガードがとても厳しくて近寄れなかったのです。――――陛下は、ユウさまが気にしておられた方でしたのに。救い出す事ができず…………ごめんなさい!」
フィフィが、泣きながら謝ってくる。
ああ、泣かないでフィフィ。君が悪いんじゃない。
有鱗種は、金と銀の輝きを持つロダの一族に執着していたとサウリアは言っていた。
きっとアディ達に対する守りは他の何倍も厳重だったはず。
「今すぐ、逃げろ! 陛下はお前の安否を何より気にしておられた。――――せめて、お前が無事でいなければ、私は……陛下に対して申し訳が立たん!!」
アディではなく自分が助けられた事に負い目を持っているのか。エイベット卿が苦しそうに叫ぶ。
……ああ。
この世界の者達は、なんてみんなイイ奴ばかりなんだろう。
あのエイベット卿までこんなだなんて……反則だ。
足元からズン! という響きが伝わってくる。
おそらく城のどこかが崩れ落ちたんだ。
比較的無傷なこの塔に、次から次へと助けられた怪我人が運ばれてくる。
「…………ユウ、逃げろ」
その怪我人のひとりが苦しい息の下から声をかけてきた。
「え!? ――――コヴィ!」
なんとそれは黒髪の騎士コヴィだった。
コヴィの衣服は血まみれで顔は蝋のように白い。
「エイベット卿の仰るとおりだ。……陛下は、お前の無事を願っておられた。頼む、逃げてくれ!」
精悍な騎士が息も絶え絶えに俺に懇願する。
(ああ! もうっ――――)
俺はギュッと拳を握りしめた。
そんな俺を突き飛ばす勢いでコヴィに近づいたサウリアが、コヴィの傷に対して手をかざす。
「貴様! 何をするっ」
一瞬の隙をつかれてサウリアに逃げられた狐耳の獣人が、怒鳴りながらサウリアを引き離そうとした。
『俺は、治癒の魔法が使えるんだ!』
しかし、サウリアの言葉を聞いた俺は、慌てて獣人を止める。
『頼む! 俺を信じて治療をさせて欲しい。俺の……俺達のせいで傷ついた人間を治したい! こんな事、焼け石に水だってわかっている。でも、頼む、頼む』
サウリアは必死に俺に懇願してきた。
サウリアの手は仄かな光を帯びている。
その光を浴びたコヴィは、体の力が抜けたように大きく息を吐く。
「彼は、治療をしようとしているんだ。彼の好きにさせてやってくれ」
俺の言葉に獣人と人間が驚いてサウリアを見た。
『ありがとう』
そう呟いたサウリアは、本格的な治療をコヴィにはじめる。
「彼は、無鱗の有鱗種だ」
俺の言葉にエイベット卿や他の人間達が目を瞠った。
俺は、顎を引き背筋を伸ばす。
相変わらず体に響く地響きは止まらない。
それでも俺の心に、もはや怯えや迷いはなかった。
(みんな、自分のできる事をやっているんだ)
だったら俺だってそうするだけだろう。
「俺は、アディを……この国を助ける。そのためには、人間も獣人も有鱗種だって力を合わせなければダメなんだ。協力して欲しい」
全員が俺を見ていた。
拳を握りしめる。
「どうするつもりだ?」
既に覚悟を決めていたのだろう、ティツァが面白そうに聞いてきた。
「――――水門を開ける」
俺の声は――――震えていなかったと信じたい。
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