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異世界驚嘆中

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「止めろ。そんな事をしている場合じゃないだろう」

 俺の仲裁に、ティツァは不承不承手を放す。
 ドサッと床に放り出された有鱗種の少年は、何か悪態をつきたそうに口を開いたが、俺の視線を受けて唇を噛みながらも言葉をのんだ。

「何でヴィヴォさまを知っているのですか?」

 俺の質問に、ふてくされたようにしながらも少年は答える。

『俺達の国にも、少数ではあるが獣人はいる。主に神殿に仕えているが、その獣人の先々代の巫女の浄位じょうい者がヴィヴォさまだと聞いている。獣人でありながら『神の賜いし御力』を最も強く受けし聖人でいらっしゃると。ユイフィニアが亡くなったりしていて話が通らぬ時はヴィヴォさまを頼るようにと言われてきた』

 ヴィヴォ――――やっぱり、すげぇ。
 先々代の巫女の浄位者っていったいどんな存在なんだ?
 確か日本では、神職の階位の一番上が浄職だよな。
 聖人だし。
 ……うん。何歳なのかは絶対聞かないようにしよう。
 そうでなくとも女性に年齢を聞くのはヤバい。

 俺は、今の話をティツァに要約して説明し、「流石、ヴィヴォさまだ」と何やら感動するティツァにとりあえず手や口を出さない事を約束させてから少年に向き直った。


「俺は、ユウと言います。ロダの王の友人です。あなたが先ほど叫んでいた言葉は、聞こえました。一刻の猶予もない事態だと思います。どうか俺を信頼して詳しい話を教えてくれませんか」

 俺の言葉に有鱗種の少年の表情が引き締まる。

『確かにこんな事をしている場合じゃなかった。お前が信頼に足る人物かどうかはわからないが、今のところ言葉が通じるのはどうやらお前だけだ。俺はそれに賭けるしかないだろう。――――ユウと言ったか、俺はサウリア。さっきも言ったように覡見習いとして神にお仕えしている。……俺は、我ら有鱗種が十年前に我らより逃げ出した人間を捕まえ連れ戻すために、海を越えて攻め入って来る事を忠告するべく神殿から派遣された者だ』


 ……それは、俺が危惧した最悪の予想通りの言葉だった。

 それにしても、

「何故十年も経って、今更有鱗種が人間を攻めてきたのですか?」

 俺の疑問にサウリアは、順序立てて説明してくれた。



 ――――十年前。
 人間が反旗を翻し自分達の元から去った時、有鱗種は実はそれ程慌てなかったそうだ。

『元来我らは、能動的な種族ではないんだ』

 人間との間にはっきりとした身体的な優劣があったから人間の上に立ち、上にいたから人間を当たり前のように使役したが、有鱗種は特に積極的に人間を虐げたり、酷使したりする意志はなかったとサウリアは話す。
 ただこの場合は、能動的でない事が悪い方に作用したケースなのだという。
 ちょっと脅せば唯々諾々と動き、面倒な仕事を全てやってくれる存在があって、それを利用しない者はいないだろう。
 それが、種族的に気質の有鱗種であれば尚更だ。
 人間を使うことに味を占めた有鱗種は、自分達で意図した以上に人間を苦しめ、そしてそれに耐え切れなくなった人間が反旗を翻し逃げ出してしまうまでそれに気づかなかった。

(……なんか、奥さんに逃げられた気の利かない亭主みてぇ)

 俺の感想は間違っていないだろう。
 俺の有鱗種に対するイメージがガラガラと崩れて行く。

 もちろん有鱗種と一口に言っても当然個体差は有り、中には逃げ出した人間に激怒し追いかけ捕まえて、もう二度と自分達に刃向おうとしないように教育し直すべきだと主張するグループもいたが、それは少数派だったそうだ。
 大体の者は、そんなに人間にストレスを与えていたことを反省し、嫌がる者を無理に連れ戻してまで従わせる事はないだろうと放置する策を支持した。
 苦手な海を越えてまでそんな面倒くさそうな事したくないと言うのが本音ではあったが。

『だが、年月が経つにつれ、俺達は自分達が致命的なミスを犯した事に気づいた』

 人間は全てが逃げ出したわけではなかった。
 当然有鱗種の中には、そこまで酷く人間を虐待しない者もいたし友好的に良い関係を築いていた者もいた。
 現状に不満が無い者は危険を犯してまで海を渡ろうなんて思わない。
 そういった年老いた人間の一部は自主的に残ったのだそうだった。

 だが、人間の寿命は短い。
 特に年老いた者は数年程で徐々に死に逝き人間の数はどんどん減って行った。


『……人の数が減るに従い、日照りが続くようになった』


「へ?」


 俺の胸が、ドクンと大きな音を立てた。
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