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後悔? ……死ぬほどしたよ(アーサー視点)

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 話は少し遡る。

 アマーリアとアーサーの結婚式の一年前。
 一ヶ月ほど、一人で外国訪問する機会を得たアーサーは、誰にも言わずにフェニックスの住処を訪れていた。

 このときのアーサーは、まだフェニックスマスターとはなっていず、当然住処など知りようもないはずなのだが――――。

 なのに、何重もの結界に守られた秘境の山奥を、まるでかつて知った場所のようにアーサーは歩いていく。
 常人ならば、迷いに迷い一年――――いや十年かけても辿り着けるかどうかわからぬ場所を、たった十日で踏破し、高き山頂の噴火口の中を覗いた。


「久しぶり・・・・だな、フェニックス」

 気軽に声をかける。

『来たか。人の王の子よ。……その様子であれば、どうやらうまくいったようだな』

 返ってきたのは重々しい思念。
 すり鉢状の火口の中から、真紅の炎がゆらりと立ち上がる。

 翼を広げた猛禽類の姿――――。
 生と死を司る神の鳥――――。
 時を超える永遠の象徴――――。

 紛うことなきフェニックスが、そこにいた。

 アーサーは、興奮するでもなく淡々と言葉を紡ぐ。

「ああ。ようやく来年アマーリアと結婚できることになったんだ。彼女の隣に並び立つには、ドラゴンに負けず劣らずの幻獣を得る必要があるからな。――――迎えにきた」

 常識で考えれば、ただ迎えにきたからとフェニックスがアーサーに応えるはずもない。
 なのに、フェニックスは怒ることもなく、アーサーを見返した。

『――――我が“つがい”は、息災か?』

「もちろん。今はアマーリアが主だからな。のびのびと自由気ままに――――いささか自由すぎるほど自由に暮らしているぞ」

 アマーリアが従える幻獣はドラゴンだ。
 であれば、フェニックスの言う番とは、ドラゴンのこと。

 アーサーの言葉を聞いたフェニックスの炎が、ボワリと燃え上がった。
 幻獣の生態に詳しい研究者ならば、クルクルと舞うこの炎が、フェニックスが上機嫌なしるしだとわかるだろう。

『それは重畳。前の“とき”のように、この世界の外からきた“異分子”に歪められていては不快だからな。あのような番は見るに耐えぬ。……これでようやくつがえるか』

 心なしか思念も弾むように聞こえた。
 アーサーは、苦笑する。

「そんなに嫌だったのなら、時を逆行させる前に介入してくれればよかったのに」

『そう言うな。我らのように力の強い幻獣には我らなりの“縛り”があるのだ。我一人の意志では人の子の世界を変えることはできなかった。……人の王の子よ、“お前の意志”があってはじめて、我は力を奮い、時を逆行させることができたのだ』

 フェニックスに言われたアーサーは、ふと遠い目をした。

 思い出すのは、逆行転生を“望む”前の悔やんでも悔やみきれない愚かな己の人生だ。


 ――――この生で生きる一つ“前”の人生で、同じくアーサーとして生まれた彼は、異世界転生者だという聖女に魅了され道を誤った。

 幼い頃から決められていた婚約者を断罪し、処刑したのだ。

 その後のアーサーを待っていたのは、想像を絶するイバラの道。

 まず、烈火のごとく怒った婚約者の父公爵が国王に反旗を翻した。

 途端、アーサーは実の親の国王からあっさりと切り捨てられる。
 すべての責を背負わされ、都から追放された彼を待っていたのは、今までおべっかを言ってすり寄ってきていた連中からの手ひどい裏切りだった。

 どこに行っても受け入れてもらえず路頭に迷う彼を、公爵が執拗に追いかける。
 助ける者は、誰一人いなかった。

 落ちるところまで落ちたどん底生活の中で、彼を唆した聖女は「こんなのおかしい! 私はヒロインのはずなのに!」と、わけのわからぬことを叫んだあげく逃走する。

 しかしほどなく彼女は、アーサーと同じく彼女に惑わされたがために地位も名誉も失った元王国騎士団長に切り捨てられた。

 泥の中でもがき苦しみこと切れた聖女を、アーサーは何の感慨も無く見つめる。

 聖女の死と同時に暴れ出したドラゴンも、元騎士団長がドラゴンスレイヤーの剣で討ち取った。邪悪なドラゴン討伐のために鍛え上げられた聖剣が有効だったところをみれば、このドラゴンも既に闇に堕ちていたのだろう。

 元騎士団長も、ドラゴンを討ち取る際に負った傷のせいで命を落とした。
 死に逝く男の後悔一色に染まった哀れな顔に、自分の顔が重なる。

 ――――たった一人残され、苦しく惨めな生活を続ける中で、アーサーの胸に何度も去来したのは、皮肉なことに彼が処刑した婚約者の姿だった。

(きっとアマーリアなら、どんなことになっても後悔なんてしないに決まっている)

 善悪を区別せず好き勝手をし、そんな己が所業を悪びれず凛としていつも前を向いていた強い眼差しが、落ちぶれたアーサーを貫く。

 ……なぜ、こんなに彼女を思い出してしまうのだろう?

 親から命じられた婚約者で、さして興味もないはずだったのに。
 苛烈な性格が苦手で、人を人とも思わぬ態度に、いつも眉をひそめていた。
 何故優しくなれぬのか? 何故大人しくなれぬのか? そう忌々しく思い、嫌い抜いていたはずなのに。

 気づけば、こんなとき彼女が傍にいてくれたならと願ってしまっていた。



 ――――なんとも都合のいい身勝手な話だ。

 婚約者が生きていたならば『どの面下げてそんな妄言を吐くのだ』と、怒鳴りつけられ、嘲笑されていたことだろう。

(いや、怒鳴るだけでは終わらないな。きっと手も足も出て、剣で滅多刺しにされたんじゃないか?)





 それもいい――――と思った。
 どんなに罵倒されても、ボコボコにされても、最悪殺されても、それでかまわない――――と思う。


(今、ここにアマーリア、君がいてくれるなら)


 ことここに至って、ようやくアーサーは自覚した。

 興味がなく嫌いだと思っていた婚約者を、自分が愛していたことを。

 あの凄烈で自己中心的な――――まるで燃えさかる太陽のような性格に、たまらなく惹かれていたことを。

 気にくわないと、嫌いだと思っていたのは、アマーリアがアーサーに微塵も興味を持っていなかったから。
 だから、プライドの高い彼は、アマーリアへの想いを正反対の方向で自分に納得させたのだ。

(ハハハ、俺は底抜けの大馬鹿だ。ここまで追い詰められなければ、自分の気持ち一つ気づけないなんて)

 自分で自分を嘲笑あざわらいながら…………アーサーは決意する。

 どうせ死ぬなら、アマーリアのために死にたい!

 どうせ死ぬなら、アマーリアに殺されたい!

 それが叶わぬのなら――――叶うように足掻きたい!!



 ふと思い出したのは、王族のみに伝わる幻獣フェニックスの逸話。
 幻獣の中でも神の領域に入るフェニックスには、すべてを焼却し時を遡らせる力があるという。


(おとぎ話だと思っていたが、そこに望みがあるのなら、最後の最期のその瞬間まで、足掻いて足掻いて、足掻き抜いてやる!)


 ――――その後、死に物狂いで国外に逃げ出したアーサーは、フェニックスを探して過酷な旅を続けた。
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