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日本人は恥ずかしがり屋なんです!
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――――五年後。
ミナは、フォクト王国の王都を望む丘の上から、久方ぶりの故郷を見ていた。
(帰ってきたんやなぁ。……なんや、旅だったのがつい昨日のようや)
しみじみと感慨に耽る彼女の周囲には、旅だった時と同じ仲間がいる。
ミナとハルトムート、ルーノ、ルージュは、五歳成長した姿で、レヴィアとナハト、ガストンは旅だった時とほとんど変わらない。
(長いようで短い旅やった。しかも波瀾万丈の旅やったし……物見遊山は、いったいどこに行ったんや?)
心の中でぼやく。
まさか、倒したと思った魔族四天王が復活していて、しかも新たな魔王を担いで戦いを挑んでくるとは思わなかった。
(そういや“続編”あったもんな。あたしってば、なんで忘れていたんやろう?)
本編を強引に打ち切ってしまった自分たちに、何もかもすっ飛ばして続編がはじまるなんて、予想できるはずもない。
(結局、海で溺れそうになったり、雪山で凍死しそうになったり、砂漠で行き倒れたりもしてもうたな。……あれが噂に聞くゲームの強制力っちゅうやつなんやろか?)
ただ救いだったのは、ミナたちがゲームのヴィルヘルミナたちよりも段違いに強かったこと。
おかげで波瀾万丈ではあったが、艱難辛苦の旅にはならなかった。
海で溺れかけたときは空気を作りだして優雅に海底散歩を楽しんだし、雪山ではバックカントリースキーを堪能した。
(砂漠でホットコーヒー飲みながら見上げた夜空は最高にキレイやった。……うん。努力は自分を裏切らない! これは真実やな)
一番の目的だった“お笑い普及”は残念ながら成せなかったが、この世界のあちこちを見てきて、ミナは大満足だ。
故郷を目の前にして、今の彼女の心にフツフツと溢れてくるのは、達成感と郷愁……そして何よりも“気恥ずかしさ”だ。
「……ハルトムート」
「うん?」
「あの…………少し、離れてほしいんだけど」
「なぜ?」
「なぜって――――」
(恥ずかしいからに決まっているやろう!!)
ミナは心の中で叫ぶ。
熱く火照る顔を上げ、ものすごく近くにあるハルトムートの顔を睨んだ。
それもそのはず、今この瞬間、ハルトムートの手はミナの腰にがっつり回っている。
しかもギュッと引き寄せられていて、当然の結果として体がピッタリ密着していた。
否が応でもたくましく成長した体を意識させられて、いたたまれない。
ハルトムートは背もグンと伸びたため、抱きしめられているミナの頭は彼の胸の位置だった。
(これって、ハ……ハグするのにちょうどいいっていう理想の身長差ってやつやろう?)
すっぽり抱き込まれる感じが女性的には最高で、安心するのだという。
(安心どころか、ドキドキが加速してるんやけど!)
このまま高鳴り続けたら、心臓が止まってしまいそう!
だからミナは、口を尖らせ抗議した。
「こんなにくっつく必要はないでしょう?」
「離れる方がおかしいと思うぞ。なんと言っても俺たちは“恋人”なんだからな」
すかさず言い返されたミナは、そのままピシリ! と固まった。
(こ、恋人…………とか! いや、その通りなんやけど!!)
熱がますます顔に集まって、頭から湯気が出そうだ。
そんなミナの様子をクスクスと笑って見ていたハルトムートは、頭を下げると尖らせていたミナの唇に、ちょん! と自分の唇をくっつけた。
「☆○◇×××!!~っ!!!」
声にならない悲鳴をミナはあげる。
◇◇◇
ミナとハルトムートが晴れて恋人同士になったのは、ちょうど一年前のことだった。
きっかけは、巻角のついた四天王の一人と戦っている最中に、運悪く飛び出してきた一般人を庇ったハルトムートが大けがを負ってしまった事。
とはいえ、そのけがは言うほど大けがではなかった。
出血の割に傷は浅く、ミナの治癒魔法を使えば簡単に治る程度のもの。
ただ打ち所が悪かったのか、倒れたハルトムートの意識はなかなか戻らなかった。
このままハルトムートが死んでしまうのではないかと思ったミナは、ショックを受ける。
そして、絶対に“ダメだ”と思ったのだ。
(ハルトムートが、あたしの側にいない人生なんて、ありえへん!)
もちろん二人は別々の人間だ。お互い都合もあるし、いつもずっと一緒になんていられない。
(それでも! たとえ一時離れていたって心は一番近くにあるんや! ちょっとくらい会えなくても、またすぐに会えて、笑って、泣いて、ケンカして……ずっとずっと一緒に生きる)
そう約束したのは、四年前。
それから、なんの疑いも無く昨日と同じ今日が続くと信じていたミナは、ここでようやく自分の気持ちに気づいた。
(あたしは…………もう、絶対失えないほどにハルトムートが好きなんや。友人ではなく、仲間でもなく、一番側で共に生きていく……伴侶として)
「イヤや。ハルトムート、目を覚まして。……あたしを一人にしないで! ……愛している。……死なないで! ……あたしは、もうハルトムートなしには生きていけないんや!」
青白い顔で横たわる血塗れのハルトムートの横で、思わず漏れた言葉。
それが自分の本心だと、ミナは痛いほどに自覚した。
ほろほろと涙がこぼれ落ちる。
そのとき――――
「…………勝手に俺を殺そうとするな」
声が聞こえた。
驚いて下を向けば、青白い顔の中で黒い瞳がしっかりミナを見つめている。
「ハルトムート!」
「ようやく言ったな。……ったく、気がつくのが遅すぎる! 俺はもう一生このままかと諦めるところだったぞ!」
ぼやくハルトムートの表情は疲れ切っていた。
たった今まで気絶していたせいなのだとは思うのだが、なんだかそれだけとは言えないような雰囲気だ。
「……ハルトムート。よかった。もうこのまま目覚めないのかと」
「だから勝手に殺すなと言っている。…………おい、いいかげんに泣き止め」
ハルトムートの手が伸びて、目の下を擦られて、ようやくミナは自分がまだ泣いていることに気がついた。
「…………だって、ハルトムート、だって、怖かった。あなたを永遠に喪うのだと思って」
後から後から溢れ出る涙を止める術なんて知らない。
「ああ。悪かった。もう二度とこんなドジは踏まない。ようやくお前と“両想い”になれたんだ。これからは殺されたって死なないから安心しろ」
ずいぶん無茶苦茶なことを言っているなと思うのだが、頬を撫でられるのが思いのほか気持ちよかったミナは、死なないならいいかと単純に思う。
そして、ようやくハッ! とした。
「え? え? え? …………両想い!?」
「お前も俺を愛していて、俺もお前を愛しているんだ。この上ないほどに両想いだろう?」
そう言ってハルトムートは嬉しそうに笑う。
ブワッ! と、熱が顔に集まった!
火を噴きそうなくらいに熱くなる。
「あ、愛しているとかっ!!」
「お前は言ってくれたよな。……ああ、俺は言ってなかったか? 態度にはずいぶん出していたつもりだったんだがな。……もちろん、俺はお前を誰より愛している」
どうしてそんなに恥ずかしげもなく言えるのだろう?
ミナは、ピシリと体を固まらせた。
視線だけ、おどおどと周囲に巡らせる。
すると、そこにはものすごく不機嫌そうなレヴィアと、尻尾をパタパタと振っているナハトがいた。
うんうんと頷きながら「よかったですなぁ」と涙ぐむガストンも。
呆れ顔で肩を竦めるルーノと両手を胸の前で組みキラキラした目でこちらを見つめるルージュもいた。
全員から生温かい目で見られて……ミナは、思いっきりハルトムートの手を叩き落とす!
「痛っ! おい、何をする!?」
「ハルトムートが、あ、あ、あんなことを言うからでしょう!!」
「あんなこと? …………愛していると言ったことか?」
「う、きゃぁぁぁっ! 言わないで!」
「なんでだ?」
「恥ずかしいでしょう!」
「なんで恥ずかしい?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」
これが恥の文化を持つ日本人と異世界人の差だろうか?
傍から見ればいちゃついているとしか思えない言い合いをした後で、ミナは両手で覆う。
真っ赤になっているだろう顔を見られたくないからだ
そんな彼女の耳に、ハルトムートのクスリという笑い声が聞こえた。
起き上がる気配までしたので、慌てて顔から手を外す。
「ダメよ! まだ寝ていないと」
ハルトムートの体を押して寝かせようとした。
――――しかし、ビクともしない。
「もう大丈夫だ。嬉しくて痛みなんてどこかに飛んでいったからな」
「そんなはずないでしょう? あなたはさっきまで死にかけていたのよ!」
「ホントに人を殺したがるやつだな」
呆れたように笑ったハルトムートは、自分の体を押していたミナの両手を掴んで、強引に抱き寄せてきた。
「なっ! なにを?」
ミナはドキッとして体を強ばらせる。
「ほら、しっかり確かめろ。俺はもうどこもなんともないだろう?」
「そ、そんなこと、わかるわけないでしょう!?」
抱きしめられたからといって相手の健康状態がわかるはずもない。
思いっきり叱りつけたのに、ハルトムートはますます上機嫌になってミナを深く抱き寄せた。
「うん。どうやら本気で俺を意識してくれているみたいだな。……今までのお前なら、こんなときでも遠慮も恥じらいもなく俺の体をなで回していたはずだからな」
「な、なで回してなんて――――」
いない! と言い切れないのが悔しい。
(もうっ! 今までのあたしのアホアホアホ! なんであんなこと平気でできていたんや!?)
ミナは、今度はプルプルと震えだした。
「おっと。お前の変化は感慨深いものがあるが、これ以上追い込むのは止めた方がいいな。……こういう見極めがつくのも付き合いが長いゆえだ。きっとお前と俺なら最高の夫婦になれる。ようやく意識してもらったことだし、これからはガンガンいくから覚悟しろよ」
ハルトムートは、そう言ってニヤリと笑った。
感情を爆発させようとしていたところをサラリとかわされ、なおかつ距離まで詰められたミナは「う~」と唸る。
なんとかハルトムートの腕から逃げだそうともがくのだが――――
「愛している」
耳元で囁かれて、力が抜けた。
「……なっ! ハルトムート!」
「愛している。ミナ。……これは夢じゃないんだな? 俺はようやくお前を捕まえたんだな?」
せっかく治まったと思った熱が、ぶり返してくる。
「ハルトムート!」
「愛している。ミナ。お前だけだ」
「ハルトムート!!」
「ミナ――――」
見極めがつくと言ったのではなかったのか?
これはいったいなんの拷問だろう?
ミナは拳を握りしめる。
一発殴ってやろうと思ったのだが、手を振り上げる前に『チュッ』と音がして額に柔らかい何かが当たった。
(……っ!! ……チュッって、チュッって、チュッてぇぇぇ~!!)
それが何かくらいミナにだってわかる。額への親愛のキスはアウレリウスをはじめとした家族に何度もされているからだ。
それでもハルトムートからは、はじめてで、テンパってしまう。
その隙に今度は頬に温かな感触が当たった。
もちろん「チュッ」というリップ音つきだ。
「……っ!! ……っ!!」
思考が固まっている間に、顎に手がかかってクイと持ち上げられる。
ハルトムートの顔が斜めに傾き近づいてくる。
「……っ!! ……っ!! ……っ!!」
もう少し! というところで――――ハルトムートが動きを止めた。
「目を閉じろ」
そんなことを言ってくる。
「なっ!?」
「俺はお前にキスしたい。でも、お前がイヤなら“今”は無理強いしない。だから、いいなら目を閉じろ」
そんな選択肢を与えてくるなんて――――卑怯だ!
ミナは、ハルトムートを愛している。
たった今、自覚したばかりとはいえ、その想いは間違えようがない。
それなのに、そんなたしかめるようなことを言われたら――――
(…………ええいっ! 女は度胸や!!)
しつこいようだが『男は度胸、女は愛嬌』である。
ギュッともう一度拳を握る。
覚悟を決めて…………ミナは目を閉じた。
◇◇◇
それが一年前のことで、当然その後もミナとハルトムートは何回もキスをした。
しかし、たとえ何回したとしてもミナがキスに慣れることはない!
いつだって、胸は破裂しそうに高鳴るし、顔は熱くてたまらない。
「お、お、王都に帰ったら、しばらくキス禁止!」
ついに、ミナはそう言った。
「え? なんでだ?」
ハルトムートは、驚いて目を見開く。
「心臓がドキドキしすぎて死にそうになっちゃうからよ!」
冗談ではなく、そう思う。
しかも王都にはミナの家族をはじめ友人知人がたくさんいるのだ。
結果、羞恥心が煽られることは確実で、ドキドキはもっと加速するだろう。
(これ以上なんて、ホンマに死んでしまう! そんなんなったら、いったいどうしてくれるんや!?)
ミナは、ギン! とハルトムートを睨みつけた。
恨みがましい視線を受けた彼は、真面目な顔で考え込む。
「…………わかった」
ついには頷いてくれたので、ミナはホッとした。
しかし、それもほんの一瞬。
「だったら、今からもっとたくさんキスをしてキスに慣れるよう頑張ろうな」
続いたのは、想像もしなかった言葉だった。
「へ? へ? ……もっとたくさん?」
「ああ。ミナの好きな特訓だ。……努力は裏切らないんだろう?」
それは彼女の信条であり口癖でもあった。
「へ? え? あ、ああ。……そう、やけど?」
(特訓? キスの? ……あたしが? キスの特訓!?)
呆然とするミナの眼前に、ハルトムートの整った顔が近づいてくる。
フニッと唇がくっついて、チュッと音がした。
「――――どんなに見られても平気なように、いっぱい練習しような」
いい笑顔でハルトムートは言い切った。
ミナは目を白黒させる。
「ハ! ハ! …………ハルトムート!!」
「ん? もう一回か?」
「そんなわけないでしょう~!!」
はるか王都を望む丘に、ミナの怒声が響き渡る。
二人の背後では、いよいよ我慢できなくなったレヴィアが二人の間に飛び込もうとして、ガストンとナハトに止められていた。
二人同様、恋人同士となってつきあいはじめたルーノとルージュは、呆れた顔を向けてくる。
騒々しくも幸せなミナと仲間たちの未来は、晴れ渡る空のようにどこまでも広がり続いていくのだった。
~終わり~
*これにて完結です。
無事完結できたのも読んでくださった皆さまのおかげです!
ありがとうございました。
<m(__)m>
ミナは、フォクト王国の王都を望む丘の上から、久方ぶりの故郷を見ていた。
(帰ってきたんやなぁ。……なんや、旅だったのがつい昨日のようや)
しみじみと感慨に耽る彼女の周囲には、旅だった時と同じ仲間がいる。
ミナとハルトムート、ルーノ、ルージュは、五歳成長した姿で、レヴィアとナハト、ガストンは旅だった時とほとんど変わらない。
(長いようで短い旅やった。しかも波瀾万丈の旅やったし……物見遊山は、いったいどこに行ったんや?)
心の中でぼやく。
まさか、倒したと思った魔族四天王が復活していて、しかも新たな魔王を担いで戦いを挑んでくるとは思わなかった。
(そういや“続編”あったもんな。あたしってば、なんで忘れていたんやろう?)
本編を強引に打ち切ってしまった自分たちに、何もかもすっ飛ばして続編がはじまるなんて、予想できるはずもない。
(結局、海で溺れそうになったり、雪山で凍死しそうになったり、砂漠で行き倒れたりもしてもうたな。……あれが噂に聞くゲームの強制力っちゅうやつなんやろか?)
ただ救いだったのは、ミナたちがゲームのヴィルヘルミナたちよりも段違いに強かったこと。
おかげで波瀾万丈ではあったが、艱難辛苦の旅にはならなかった。
海で溺れかけたときは空気を作りだして優雅に海底散歩を楽しんだし、雪山ではバックカントリースキーを堪能した。
(砂漠でホットコーヒー飲みながら見上げた夜空は最高にキレイやった。……うん。努力は自分を裏切らない! これは真実やな)
一番の目的だった“お笑い普及”は残念ながら成せなかったが、この世界のあちこちを見てきて、ミナは大満足だ。
故郷を目の前にして、今の彼女の心にフツフツと溢れてくるのは、達成感と郷愁……そして何よりも“気恥ずかしさ”だ。
「……ハルトムート」
「うん?」
「あの…………少し、離れてほしいんだけど」
「なぜ?」
「なぜって――――」
(恥ずかしいからに決まっているやろう!!)
ミナは心の中で叫ぶ。
熱く火照る顔を上げ、ものすごく近くにあるハルトムートの顔を睨んだ。
それもそのはず、今この瞬間、ハルトムートの手はミナの腰にがっつり回っている。
しかもギュッと引き寄せられていて、当然の結果として体がピッタリ密着していた。
否が応でもたくましく成長した体を意識させられて、いたたまれない。
ハルトムートは背もグンと伸びたため、抱きしめられているミナの頭は彼の胸の位置だった。
(これって、ハ……ハグするのにちょうどいいっていう理想の身長差ってやつやろう?)
すっぽり抱き込まれる感じが女性的には最高で、安心するのだという。
(安心どころか、ドキドキが加速してるんやけど!)
このまま高鳴り続けたら、心臓が止まってしまいそう!
だからミナは、口を尖らせ抗議した。
「こんなにくっつく必要はないでしょう?」
「離れる方がおかしいと思うぞ。なんと言っても俺たちは“恋人”なんだからな」
すかさず言い返されたミナは、そのままピシリ! と固まった。
(こ、恋人…………とか! いや、その通りなんやけど!!)
熱がますます顔に集まって、頭から湯気が出そうだ。
そんなミナの様子をクスクスと笑って見ていたハルトムートは、頭を下げると尖らせていたミナの唇に、ちょん! と自分の唇をくっつけた。
「☆○◇×××!!~っ!!!」
声にならない悲鳴をミナはあげる。
◇◇◇
ミナとハルトムートが晴れて恋人同士になったのは、ちょうど一年前のことだった。
きっかけは、巻角のついた四天王の一人と戦っている最中に、運悪く飛び出してきた一般人を庇ったハルトムートが大けがを負ってしまった事。
とはいえ、そのけがは言うほど大けがではなかった。
出血の割に傷は浅く、ミナの治癒魔法を使えば簡単に治る程度のもの。
ただ打ち所が悪かったのか、倒れたハルトムートの意識はなかなか戻らなかった。
このままハルトムートが死んでしまうのではないかと思ったミナは、ショックを受ける。
そして、絶対に“ダメだ”と思ったのだ。
(ハルトムートが、あたしの側にいない人生なんて、ありえへん!)
もちろん二人は別々の人間だ。お互い都合もあるし、いつもずっと一緒になんていられない。
(それでも! たとえ一時離れていたって心は一番近くにあるんや! ちょっとくらい会えなくても、またすぐに会えて、笑って、泣いて、ケンカして……ずっとずっと一緒に生きる)
そう約束したのは、四年前。
それから、なんの疑いも無く昨日と同じ今日が続くと信じていたミナは、ここでようやく自分の気持ちに気づいた。
(あたしは…………もう、絶対失えないほどにハルトムートが好きなんや。友人ではなく、仲間でもなく、一番側で共に生きていく……伴侶として)
「イヤや。ハルトムート、目を覚まして。……あたしを一人にしないで! ……愛している。……死なないで! ……あたしは、もうハルトムートなしには生きていけないんや!」
青白い顔で横たわる血塗れのハルトムートの横で、思わず漏れた言葉。
それが自分の本心だと、ミナは痛いほどに自覚した。
ほろほろと涙がこぼれ落ちる。
そのとき――――
「…………勝手に俺を殺そうとするな」
声が聞こえた。
驚いて下を向けば、青白い顔の中で黒い瞳がしっかりミナを見つめている。
「ハルトムート!」
「ようやく言ったな。……ったく、気がつくのが遅すぎる! 俺はもう一生このままかと諦めるところだったぞ!」
ぼやくハルトムートの表情は疲れ切っていた。
たった今まで気絶していたせいなのだとは思うのだが、なんだかそれだけとは言えないような雰囲気だ。
「……ハルトムート。よかった。もうこのまま目覚めないのかと」
「だから勝手に殺すなと言っている。…………おい、いいかげんに泣き止め」
ハルトムートの手が伸びて、目の下を擦られて、ようやくミナは自分がまだ泣いていることに気がついた。
「…………だって、ハルトムート、だって、怖かった。あなたを永遠に喪うのだと思って」
後から後から溢れ出る涙を止める術なんて知らない。
「ああ。悪かった。もう二度とこんなドジは踏まない。ようやくお前と“両想い”になれたんだ。これからは殺されたって死なないから安心しろ」
ずいぶん無茶苦茶なことを言っているなと思うのだが、頬を撫でられるのが思いのほか気持ちよかったミナは、死なないならいいかと単純に思う。
そして、ようやくハッ! とした。
「え? え? え? …………両想い!?」
「お前も俺を愛していて、俺もお前を愛しているんだ。この上ないほどに両想いだろう?」
そう言ってハルトムートは嬉しそうに笑う。
ブワッ! と、熱が顔に集まった!
火を噴きそうなくらいに熱くなる。
「あ、愛しているとかっ!!」
「お前は言ってくれたよな。……ああ、俺は言ってなかったか? 態度にはずいぶん出していたつもりだったんだがな。……もちろん、俺はお前を誰より愛している」
どうしてそんなに恥ずかしげもなく言えるのだろう?
ミナは、ピシリと体を固まらせた。
視線だけ、おどおどと周囲に巡らせる。
すると、そこにはものすごく不機嫌そうなレヴィアと、尻尾をパタパタと振っているナハトがいた。
うんうんと頷きながら「よかったですなぁ」と涙ぐむガストンも。
呆れ顔で肩を竦めるルーノと両手を胸の前で組みキラキラした目でこちらを見つめるルージュもいた。
全員から生温かい目で見られて……ミナは、思いっきりハルトムートの手を叩き落とす!
「痛っ! おい、何をする!?」
「ハルトムートが、あ、あ、あんなことを言うからでしょう!!」
「あんなこと? …………愛していると言ったことか?」
「う、きゃぁぁぁっ! 言わないで!」
「なんでだ?」
「恥ずかしいでしょう!」
「なんで恥ずかしい?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」
これが恥の文化を持つ日本人と異世界人の差だろうか?
傍から見ればいちゃついているとしか思えない言い合いをした後で、ミナは両手で覆う。
真っ赤になっているだろう顔を見られたくないからだ
そんな彼女の耳に、ハルトムートのクスリという笑い声が聞こえた。
起き上がる気配までしたので、慌てて顔から手を外す。
「ダメよ! まだ寝ていないと」
ハルトムートの体を押して寝かせようとした。
――――しかし、ビクともしない。
「もう大丈夫だ。嬉しくて痛みなんてどこかに飛んでいったからな」
「そんなはずないでしょう? あなたはさっきまで死にかけていたのよ!」
「ホントに人を殺したがるやつだな」
呆れたように笑ったハルトムートは、自分の体を押していたミナの両手を掴んで、強引に抱き寄せてきた。
「なっ! なにを?」
ミナはドキッとして体を強ばらせる。
「ほら、しっかり確かめろ。俺はもうどこもなんともないだろう?」
「そ、そんなこと、わかるわけないでしょう!?」
抱きしめられたからといって相手の健康状態がわかるはずもない。
思いっきり叱りつけたのに、ハルトムートはますます上機嫌になってミナを深く抱き寄せた。
「うん。どうやら本気で俺を意識してくれているみたいだな。……今までのお前なら、こんなときでも遠慮も恥じらいもなく俺の体をなで回していたはずだからな」
「な、なで回してなんて――――」
いない! と言い切れないのが悔しい。
(もうっ! 今までのあたしのアホアホアホ! なんであんなこと平気でできていたんや!?)
ミナは、今度はプルプルと震えだした。
「おっと。お前の変化は感慨深いものがあるが、これ以上追い込むのは止めた方がいいな。……こういう見極めがつくのも付き合いが長いゆえだ。きっとお前と俺なら最高の夫婦になれる。ようやく意識してもらったことだし、これからはガンガンいくから覚悟しろよ」
ハルトムートは、そう言ってニヤリと笑った。
感情を爆発させようとしていたところをサラリとかわされ、なおかつ距離まで詰められたミナは「う~」と唸る。
なんとかハルトムートの腕から逃げだそうともがくのだが――――
「愛している」
耳元で囁かれて、力が抜けた。
「……なっ! ハルトムート!」
「愛している。ミナ。……これは夢じゃないんだな? 俺はようやくお前を捕まえたんだな?」
せっかく治まったと思った熱が、ぶり返してくる。
「ハルトムート!」
「愛している。ミナ。お前だけだ」
「ハルトムート!!」
「ミナ――――」
見極めがつくと言ったのではなかったのか?
これはいったいなんの拷問だろう?
ミナは拳を握りしめる。
一発殴ってやろうと思ったのだが、手を振り上げる前に『チュッ』と音がして額に柔らかい何かが当たった。
(……っ!! ……チュッって、チュッって、チュッてぇぇぇ~!!)
それが何かくらいミナにだってわかる。額への親愛のキスはアウレリウスをはじめとした家族に何度もされているからだ。
それでもハルトムートからは、はじめてで、テンパってしまう。
その隙に今度は頬に温かな感触が当たった。
もちろん「チュッ」というリップ音つきだ。
「……っ!! ……っ!!」
思考が固まっている間に、顎に手がかかってクイと持ち上げられる。
ハルトムートの顔が斜めに傾き近づいてくる。
「……っ!! ……っ!! ……っ!!」
もう少し! というところで――――ハルトムートが動きを止めた。
「目を閉じろ」
そんなことを言ってくる。
「なっ!?」
「俺はお前にキスしたい。でも、お前がイヤなら“今”は無理強いしない。だから、いいなら目を閉じろ」
そんな選択肢を与えてくるなんて――――卑怯だ!
ミナは、ハルトムートを愛している。
たった今、自覚したばかりとはいえ、その想いは間違えようがない。
それなのに、そんなたしかめるようなことを言われたら――――
(…………ええいっ! 女は度胸や!!)
しつこいようだが『男は度胸、女は愛嬌』である。
ギュッともう一度拳を握る。
覚悟を決めて…………ミナは目を閉じた。
◇◇◇
それが一年前のことで、当然その後もミナとハルトムートは何回もキスをした。
しかし、たとえ何回したとしてもミナがキスに慣れることはない!
いつだって、胸は破裂しそうに高鳴るし、顔は熱くてたまらない。
「お、お、王都に帰ったら、しばらくキス禁止!」
ついに、ミナはそう言った。
「え? なんでだ?」
ハルトムートは、驚いて目を見開く。
「心臓がドキドキしすぎて死にそうになっちゃうからよ!」
冗談ではなく、そう思う。
しかも王都にはミナの家族をはじめ友人知人がたくさんいるのだ。
結果、羞恥心が煽られることは確実で、ドキドキはもっと加速するだろう。
(これ以上なんて、ホンマに死んでしまう! そんなんなったら、いったいどうしてくれるんや!?)
ミナは、ギン! とハルトムートを睨みつけた。
恨みがましい視線を受けた彼は、真面目な顔で考え込む。
「…………わかった」
ついには頷いてくれたので、ミナはホッとした。
しかし、それもほんの一瞬。
「だったら、今からもっとたくさんキスをしてキスに慣れるよう頑張ろうな」
続いたのは、想像もしなかった言葉だった。
「へ? へ? ……もっとたくさん?」
「ああ。ミナの好きな特訓だ。……努力は裏切らないんだろう?」
それは彼女の信条であり口癖でもあった。
「へ? え? あ、ああ。……そう、やけど?」
(特訓? キスの? ……あたしが? キスの特訓!?)
呆然とするミナの眼前に、ハルトムートの整った顔が近づいてくる。
フニッと唇がくっついて、チュッと音がした。
「――――どんなに見られても平気なように、いっぱい練習しような」
いい笑顔でハルトムートは言い切った。
ミナは目を白黒させる。
「ハ! ハ! …………ハルトムート!!」
「ん? もう一回か?」
「そんなわけないでしょう~!!」
はるか王都を望む丘に、ミナの怒声が響き渡る。
二人の背後では、いよいよ我慢できなくなったレヴィアが二人の間に飛び込もうとして、ガストンとナハトに止められていた。
二人同様、恋人同士となってつきあいはじめたルーノとルージュは、呆れた顔を向けてくる。
騒々しくも幸せなミナと仲間たちの未来は、晴れ渡る空のようにどこまでも広がり続いていくのだった。
~終わり~
*これにて完結です。
無事完結できたのも読んでくださった皆さまのおかげです!
ありがとうございました。
<m(__)m>
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何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

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「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
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ずいぶん前ですが、今読み終えました。ミナの性格がさっぱりしていて非常に気持ちよかったです。話も面白くて満足でした^^
感想ありがとうございます。
面白いと言っていただき、嬉しいです!
連載完結、お疲れさまでした!
やっぱり、あの面子なら、ああでなくっちゃね(笑)
楽しかったです、ありがとうございました。
感想ありがとうございます。
きっとこれからもあのメンツで、面白おかしく暮らしていくと思います。
・・・表示出てないんですから、完結ではないんですよね?
プロローグ無いけどエピローグが入る?
それとも続きを期待していいんでしょうか?
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感想ありがとうございます。
大丈夫です!
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