72 / 75
願い事はなんですか?
しおりを挟む
その後、王太子はエストマン伯爵立ち会いのもと、厳しい取り調べを受けた。
結果、判明したのは巧妙な手口の魔族の介入。
王太子は、弟ハルトムートへのコンプレックスを魔族に利用されていたのだ。
――――王太子は、よくも悪くも普通の人間。
とくに秀でたところはないけれど、劣っているわけではない。
王太子として課せられた重責を、努力することで果たせる人物だ。
対してハルトムートは、天才肌。
幼い頃はわがままで地道な努力など大嫌い。
遊びほうけているくせに、いざとなれば要領よく切り抜ける。
闇属性とわかり忌み嫌われるようになるまでは、破天荒な行いに眉をひそめられながらも、最後には「ハルトムートさまにはかなわない」と、笑って許される子供だった。
弟より何倍も努力して結果を出しているのに、周囲の人々は、なんら努力をしない第二王子に好意を向ける。
そんな現実に、王太子は人知れず傷ついていた。
ハルトムートが闇属性とわかったときには、ほの暗い喜びを感じてしまうほどに。
このまま周囲に忌み嫌われて、一生日陰者でいればいいと思っていたのに、学園に入学し、エストマン伯爵に引き取られてから、ハルトムートは変わってしまった。
わがままを言わず、ひたむきに努力を重ね、前を向く姿は、以前とは別人のよう。
同時に、そのハルトムートに怖れることなく向き合う人間も現れた。
ヴィルヘルミナ・エストマン伯爵令嬢だ。
希有な光属性を持つ眩しいほどに美しい少女が、ハルトムートに寄り添って、日の当たる場所へと誘っていく。
気づけば、疎まれていたはずの第二王子は、揺るぎない実力と自信、そして周囲の信頼を得ていた。
王太子は、それに我慢できなかったのだ。
なんとかしてハルトムートを不幸にしてやろうと思っていた彼に、人間に擬態した魔族四天王の一人が悪魔の言葉を囁いてくる。
黒い六枚の翼を隠した男は、魔道ランプを使用した魔物を大量発生させる方法を教えてくれたのだそうだ。しかもその魔道ランプにハルトムートの近衛騎士団の証である黒いランプを使えば、彼に罪を着せられるのだとも教えてくれた。
きっとこの時、既に王太子は、心の闇を四天王に操られていたのだろう。
結果、魔族の傀儡となり彼らがこの国へと侵攻する手助けをしてしまった。
「……王太子が、そのようなことを」
報告を聞いた国王は呆然とした。
「お前の教育が悪いせいだ」
歯に衣着せず物言うエストマン伯爵に対し「そうだな」と力なく項垂れる。
王妃は、気絶する一歩手前でエストマン伯爵夫人に支えられ立っていた。
(まあ、それでも気絶せえへんかったんは、成長かな)
自分の母より年上の女性に対し、ミナはそんなことを思う。
ここは王城。
謁見の間で、ミナは家族と一緒に、つまびらかになったことの顛末を聞いている。
他にいるのは、ハルトムートと国王夫妻、ルーノとルージュも一緒だ。
もちろん姿は見えないけれど、レヴィアとナハト、ガストンもいる。
非公式の場ということで、エストマン伯爵の発言を咎める者は誰もいなかった。
(いや、お父さまならどんな公式の場でも、同じことを言いそうやけど)
「実の兄が弟を陥れようとするとは。……そして私はそのことに気づきもしなかった。本当に王としても父としても失格だ。……ハルトムート、すまなかったな」
国王は、我が子に対し深々と頭を下げる。
ハルトムートは、なんとも言いがたい複雑な表情で父を見た。
国王の謝罪は王太子の凶行に責任を感じてのことなのか?
それとも気づけなかった己への反省なのか?
「謝罪は、私にではなく魔獣の発生で被害を被った民へ行ってください」
「……そうか。そうだな」
ハルトムートの正論に、国王は寂しそうに笑った。
そこにいるのは国王ではなく、我が子に謝罪すら受け入れてもらえなかった哀れな父親だ。
(まあ、自業自得やもんな)
ミナはあっさりとそう断じた。
同情なんてするつもりはない。ハルトムートは、もっと辛かったのだから。
それに、そんなことよりも、もっと大切な用件があった。
「陛下、発言をお許し願いますか?」
ゆっくり歩み出て頭を下げる。
「あ、ああ。もちろんだ。此度のヴィルヘルミナ嬢の働きには深く感謝している。なんでも申してみよ」
ハルトムートとの冷ややかなやり取りに水を差してもらえて嬉しかったのだろう、国王は愛想よくミナと向き合う。
ミナはニッコリ笑った。
「ありがとうございます。……陛下は、以前私としたお約束を覚えていらっしゃるでしょうか? ――――私が学園を卒業したあかつきには、望みを叶えてくださるとお約束してくださいましたよね?」
ミナの問いかけに、国王はしっかり頷く。
「もちろん覚えておるとも。金でも宝石でも身分でも、なんでも好きに与えると言ったあの約束だな。……卒業祝いだけではなく、今回の事件のこともある。報償も兼ねて、ヴィルヘルミナ嬢には可能な限りなんでも与えたいと思う。遠慮せずに望みを言うがいい」
ミナは今度は心の中でニヤリと笑った。
優雅に一礼する。
「ではお願いです。…………私に、ハルトムートさまをください」
結果、判明したのは巧妙な手口の魔族の介入。
王太子は、弟ハルトムートへのコンプレックスを魔族に利用されていたのだ。
――――王太子は、よくも悪くも普通の人間。
とくに秀でたところはないけれど、劣っているわけではない。
王太子として課せられた重責を、努力することで果たせる人物だ。
対してハルトムートは、天才肌。
幼い頃はわがままで地道な努力など大嫌い。
遊びほうけているくせに、いざとなれば要領よく切り抜ける。
闇属性とわかり忌み嫌われるようになるまでは、破天荒な行いに眉をひそめられながらも、最後には「ハルトムートさまにはかなわない」と、笑って許される子供だった。
弟より何倍も努力して結果を出しているのに、周囲の人々は、なんら努力をしない第二王子に好意を向ける。
そんな現実に、王太子は人知れず傷ついていた。
ハルトムートが闇属性とわかったときには、ほの暗い喜びを感じてしまうほどに。
このまま周囲に忌み嫌われて、一生日陰者でいればいいと思っていたのに、学園に入学し、エストマン伯爵に引き取られてから、ハルトムートは変わってしまった。
わがままを言わず、ひたむきに努力を重ね、前を向く姿は、以前とは別人のよう。
同時に、そのハルトムートに怖れることなく向き合う人間も現れた。
ヴィルヘルミナ・エストマン伯爵令嬢だ。
希有な光属性を持つ眩しいほどに美しい少女が、ハルトムートに寄り添って、日の当たる場所へと誘っていく。
気づけば、疎まれていたはずの第二王子は、揺るぎない実力と自信、そして周囲の信頼を得ていた。
王太子は、それに我慢できなかったのだ。
なんとかしてハルトムートを不幸にしてやろうと思っていた彼に、人間に擬態した魔族四天王の一人が悪魔の言葉を囁いてくる。
黒い六枚の翼を隠した男は、魔道ランプを使用した魔物を大量発生させる方法を教えてくれたのだそうだ。しかもその魔道ランプにハルトムートの近衛騎士団の証である黒いランプを使えば、彼に罪を着せられるのだとも教えてくれた。
きっとこの時、既に王太子は、心の闇を四天王に操られていたのだろう。
結果、魔族の傀儡となり彼らがこの国へと侵攻する手助けをしてしまった。
「……王太子が、そのようなことを」
報告を聞いた国王は呆然とした。
「お前の教育が悪いせいだ」
歯に衣着せず物言うエストマン伯爵に対し「そうだな」と力なく項垂れる。
王妃は、気絶する一歩手前でエストマン伯爵夫人に支えられ立っていた。
(まあ、それでも気絶せえへんかったんは、成長かな)
自分の母より年上の女性に対し、ミナはそんなことを思う。
ここは王城。
謁見の間で、ミナは家族と一緒に、つまびらかになったことの顛末を聞いている。
他にいるのは、ハルトムートと国王夫妻、ルーノとルージュも一緒だ。
もちろん姿は見えないけれど、レヴィアとナハト、ガストンもいる。
非公式の場ということで、エストマン伯爵の発言を咎める者は誰もいなかった。
(いや、お父さまならどんな公式の場でも、同じことを言いそうやけど)
「実の兄が弟を陥れようとするとは。……そして私はそのことに気づきもしなかった。本当に王としても父としても失格だ。……ハルトムート、すまなかったな」
国王は、我が子に対し深々と頭を下げる。
ハルトムートは、なんとも言いがたい複雑な表情で父を見た。
国王の謝罪は王太子の凶行に責任を感じてのことなのか?
それとも気づけなかった己への反省なのか?
「謝罪は、私にではなく魔獣の発生で被害を被った民へ行ってください」
「……そうか。そうだな」
ハルトムートの正論に、国王は寂しそうに笑った。
そこにいるのは国王ではなく、我が子に謝罪すら受け入れてもらえなかった哀れな父親だ。
(まあ、自業自得やもんな)
ミナはあっさりとそう断じた。
同情なんてするつもりはない。ハルトムートは、もっと辛かったのだから。
それに、そんなことよりも、もっと大切な用件があった。
「陛下、発言をお許し願いますか?」
ゆっくり歩み出て頭を下げる。
「あ、ああ。もちろんだ。此度のヴィルヘルミナ嬢の働きには深く感謝している。なんでも申してみよ」
ハルトムートとの冷ややかなやり取りに水を差してもらえて嬉しかったのだろう、国王は愛想よくミナと向き合う。
ミナはニッコリ笑った。
「ありがとうございます。……陛下は、以前私としたお約束を覚えていらっしゃるでしょうか? ――――私が学園を卒業したあかつきには、望みを叶えてくださるとお約束してくださいましたよね?」
ミナの問いかけに、国王はしっかり頷く。
「もちろん覚えておるとも。金でも宝石でも身分でも、なんでも好きに与えると言ったあの約束だな。……卒業祝いだけではなく、今回の事件のこともある。報償も兼ねて、ヴィルヘルミナ嬢には可能な限りなんでも与えたいと思う。遠慮せずに望みを言うがいい」
ミナは今度は心の中でニヤリと笑った。
優雅に一礼する。
「ではお願いです。…………私に、ハルトムートさまをください」
0
お気に入りに追加
569
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜
まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。
【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。
三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。
目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。
私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました
白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。
「会いたかったーー……!」
一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。
【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる