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実地訓練にきました
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一日千秋。
待ちわびている日の到来を遅く感じるのは誰しも同じこと。
ミナが待ちに待った実地訓練の知らせがきたのは、進級してから三ヶ月後だ。
(遅すぎるや、ないか~い!)
心中、不満たらたらのミナだったが、一応はじめての実地訓練ということで、ミナとしては大人しくしていた。
「…………ちょっと、本隊に近づきすぎじゃない?」
なのに、そう聞いてきたのは、同じ医学科に進んだエレーヌ・アルドワン伯爵令嬢だ。
フランソワーヌのお目付役かと思われたエレーヌだが、学科は別々を選んでいる。
「私は伯爵令嬢とはいえ末娘。婚約者は領地を持たない騎士ですもの。法律経済学科に進んでもなんにもならないわ」
エレーヌの婚約者は、ゾラ侯爵家のお抱え騎士なのだそうだ。
国に仕える騎士と同じかそれ以上の俸禄をもらえるので、将来安泰だと彼女は笑う。
「……それに、とっても優しいの」
フフフと笑ってのろけられ、口から砂を吐きそうになったのは、つい先日だ。
「婚約者がいるとは思わなかったわ」
「いない方が少ないもの。いて当然でしょう」
エレーヌの言うとおり、学園の生徒の半数以上は婚約者を持っている。
婚約者のいないミナやハルトムートの方が少数派だ。
ミナの場合は、なんでも申し込みは多数きているものの、彼女を溺愛する父が「まだ早い!」と端から断っているのだとか。
ミナ自身も婚約者などいらないので、それでいいと思っている。
ハルトムートは、王宮に戻りはしたものの、闇属性が変わったわけではないために、婚約の話は出ていないと聞いている。
(ま、まあ、別にどうでもいいんやけど!)
ミナは頭をブンブンと横に振る。
エレーヌの声をかけられたことで、ついつい思い出してしまったモヤモヤする話を、頭から振り払った。
「――――もっと近づかないと、いざというとき対応できないでしょう?」
「学生の私たちが何を対応するっていうのよ!? 安全な場所にいるようにって、騎士団長も言っておられたでしょう?」
「……ええ。だから安全な場所にいるじゃない?」
何を言っているのかと、ミナは不思議そうにエレーヌを見る。
エレーヌは、頭を抱えた。
「あなたの安全基準を私たちに当てはめないで!」
「安全基準?」
「あなた、絶対ここが安全だって思っているでしょう?」
――――当たり前だ。
だって、ここは騎士たちが魔獣と戦っている場所から五百メートルくらいは離れている場所だ。
おかげで大きな魔獣は見えても騎士の細かい動きなどがまったく見えない。
こんなに離れていては、危険になんてなりようがなかった! …………と、ミナは思う。
(あたしは、スタジオ観戦より、だんぜん家でテレビ観戦派やったんや! 臨場感は得られんけど、しっかり見られる方が好きやったからな!)
この世界にテレビはない。
だったらできるだけ近くに寄って見る以外に方法はないはずだ。
「安全すぎて、全然訓練にならない場所よね?」
だからもっと側に行こうという気持ちをこめて、ミナはエレーヌを見つめた。
エレーヌは、プルプルと首を横に振る。
「ここでも十分危険だと私たちは思っているわ」
「なんで?」
「魔獣であれば、このくらいの距離一気に詰めてこられるからよ」
ミナは首を傾げる。
「……だったら、ここでも、もう少し前でも、同じじゃない?」
一気ということは、ひと息ということだ。
五百メートルがひと息ならば、三百メートルも二百メートルもたいした違いはないだろう。
(「半気」とか「三分の一気」とか、聞いたことあらへんもんな)
すごく常識的なことを言ったと思うのに、エレーヌは、今度はプルプルと体を震わせる。
「どうしてそこで前に行こうとするのよ!? 普通は後ろに下がるでしょう?」
「えぇ~?」
そんなことをしたら、ますます騎士団の動きが見えなくなってしまう。
「それは、ないでしょう?」
「ないのは、あなたの考え方の方よ!」
貴族令嬢としては、少々はしたない勢いでエレーヌは怒鳴る。
見れば周囲の人々も、エレーヌに同意するかのようにコクコクと頷いていた。
甚だ不本意なミナである。
しかし、ミナを除く全員がエレーヌに同意しているようなので、どうしようもなかった。
実地訓練で試される項目の中には、周囲との連携も含まれているのだ。
となれば、ミナ一人で突出するわけにはいかない。
(なんとか、もっと前でも安全だってわかってもらえないかしら?)
ミナが、そう思った丁度その時、前方から高い警笛が鳴り響いた!
「クソッ! 逃げられた!!」
「そちらへ行ったぞ!」
「ガキども、逃げろぉっ!!」
拡声魔法を使ったのだろう。騎士団員の叫び声も聞こえてくる。
見れば、騎士団の守護壁をすり抜けた大型魔獣が一頭、こちらに向かってきていた!
「き、きゃぁぁっ!!」
「うわぁぁぁぁっ!」
学生たちは、悲鳴を上げて逃げ出していく。
もちろん、ミナは逃げたりしなかった。
「集え! 光の子らよ。壁を成せ!」
即座に周囲に防御壁を張りめぐらす。
光る壁に激突した魔獣は、もんどり打って地面に落ちた。
(ここでやっつけるのは簡単やけど…………この場にいるあたしの立場として、それはまずいんやないやろか?)
そう思ったミナは“穏便”な方法をとることにする。
「戒めよ! 光の鎖!」
言葉と同時に表れた三本の光線が、ギュルギュルと唸りながら鎖を編み、そのまま魔獣の体に絡んだ!
「グギャァ! ギャギャギャ!」
唸る魔獣の首と手足を縛り上げ、そのまま地面に縫い付ける!
体長四メートルはあるだろう、巨大すぎる熊のような魔獣が、なんとか逃れようと暴れるが、鎖はますますキツく地面に食い込むばかりだった。
「グッ……グェッ……ェ……」
ついに声も出せなくなった魔獣は、ピクピクと痙攣し大地に横たわる。
ミナは、フ~っと息を吐いた。
「これで一安心ね?」
ニッコリ笑って後ろを振り返る。
そこには、何故か顔を盛大に引きつらせたエレーヌと他の同級生たちがいた。
「まあ、どうしたの? 魔獣の動きは完全に封じたからもう襲われる心配はないわよ? ね、全然危険じゃないでしょう?」
安心させるように、ことさら優しく笑いかけたのだが、エレーヌたちはますます顔を引きつらせていく。
「――――魔獣が可哀想になるような真似は、止めて!」
エレーヌは、そう叫んだ。
ミナは、ポカンとしてしまう。
「可哀想? 魔獣が? ……エレーヌは優しい人なのね」
「違うわよ!!」
ついには怒鳴られてしまった。
そこに、遅ればせながら前線で戦っていた騎士の何人かが戻ってくる。
彼らは地面に縫い付けられ息も絶え絶えな魔獣を見て、一様に言葉を失った。
「…………これをやったのは?」
質問された全員が、ミナを見る。
別に隠すことでもないので、ミナは「私です」と自己申告した。
「討伐するのは、私の分を超えると思いましたので捕らえただけにしました」
ミナの説明を聞いた騎士たちは、微妙な表情を浮かべる。
「――――そうか。君がエストマン伯爵令嬢か」
何故か納得したようにそう言われた。
待ちわびている日の到来を遅く感じるのは誰しも同じこと。
ミナが待ちに待った実地訓練の知らせがきたのは、進級してから三ヶ月後だ。
(遅すぎるや、ないか~い!)
心中、不満たらたらのミナだったが、一応はじめての実地訓練ということで、ミナとしては大人しくしていた。
「…………ちょっと、本隊に近づきすぎじゃない?」
なのに、そう聞いてきたのは、同じ医学科に進んだエレーヌ・アルドワン伯爵令嬢だ。
フランソワーヌのお目付役かと思われたエレーヌだが、学科は別々を選んでいる。
「私は伯爵令嬢とはいえ末娘。婚約者は領地を持たない騎士ですもの。法律経済学科に進んでもなんにもならないわ」
エレーヌの婚約者は、ゾラ侯爵家のお抱え騎士なのだそうだ。
国に仕える騎士と同じかそれ以上の俸禄をもらえるので、将来安泰だと彼女は笑う。
「……それに、とっても優しいの」
フフフと笑ってのろけられ、口から砂を吐きそうになったのは、つい先日だ。
「婚約者がいるとは思わなかったわ」
「いない方が少ないもの。いて当然でしょう」
エレーヌの言うとおり、学園の生徒の半数以上は婚約者を持っている。
婚約者のいないミナやハルトムートの方が少数派だ。
ミナの場合は、なんでも申し込みは多数きているものの、彼女を溺愛する父が「まだ早い!」と端から断っているのだとか。
ミナ自身も婚約者などいらないので、それでいいと思っている。
ハルトムートは、王宮に戻りはしたものの、闇属性が変わったわけではないために、婚約の話は出ていないと聞いている。
(ま、まあ、別にどうでもいいんやけど!)
ミナは頭をブンブンと横に振る。
エレーヌの声をかけられたことで、ついつい思い出してしまったモヤモヤする話を、頭から振り払った。
「――――もっと近づかないと、いざというとき対応できないでしょう?」
「学生の私たちが何を対応するっていうのよ!? 安全な場所にいるようにって、騎士団長も言っておられたでしょう?」
「……ええ。だから安全な場所にいるじゃない?」
何を言っているのかと、ミナは不思議そうにエレーヌを見る。
エレーヌは、頭を抱えた。
「あなたの安全基準を私たちに当てはめないで!」
「安全基準?」
「あなた、絶対ここが安全だって思っているでしょう?」
――――当たり前だ。
だって、ここは騎士たちが魔獣と戦っている場所から五百メートルくらいは離れている場所だ。
おかげで大きな魔獣は見えても騎士の細かい動きなどがまったく見えない。
こんなに離れていては、危険になんてなりようがなかった! …………と、ミナは思う。
(あたしは、スタジオ観戦より、だんぜん家でテレビ観戦派やったんや! 臨場感は得られんけど、しっかり見られる方が好きやったからな!)
この世界にテレビはない。
だったらできるだけ近くに寄って見る以外に方法はないはずだ。
「安全すぎて、全然訓練にならない場所よね?」
だからもっと側に行こうという気持ちをこめて、ミナはエレーヌを見つめた。
エレーヌは、プルプルと首を横に振る。
「ここでも十分危険だと私たちは思っているわ」
「なんで?」
「魔獣であれば、このくらいの距離一気に詰めてこられるからよ」
ミナは首を傾げる。
「……だったら、ここでも、もう少し前でも、同じじゃない?」
一気ということは、ひと息ということだ。
五百メートルがひと息ならば、三百メートルも二百メートルもたいした違いはないだろう。
(「半気」とか「三分の一気」とか、聞いたことあらへんもんな)
すごく常識的なことを言ったと思うのに、エレーヌは、今度はプルプルと体を震わせる。
「どうしてそこで前に行こうとするのよ!? 普通は後ろに下がるでしょう?」
「えぇ~?」
そんなことをしたら、ますます騎士団の動きが見えなくなってしまう。
「それは、ないでしょう?」
「ないのは、あなたの考え方の方よ!」
貴族令嬢としては、少々はしたない勢いでエレーヌは怒鳴る。
見れば周囲の人々も、エレーヌに同意するかのようにコクコクと頷いていた。
甚だ不本意なミナである。
しかし、ミナを除く全員がエレーヌに同意しているようなので、どうしようもなかった。
実地訓練で試される項目の中には、周囲との連携も含まれているのだ。
となれば、ミナ一人で突出するわけにはいかない。
(なんとか、もっと前でも安全だってわかってもらえないかしら?)
ミナが、そう思った丁度その時、前方から高い警笛が鳴り響いた!
「クソッ! 逃げられた!!」
「そちらへ行ったぞ!」
「ガキども、逃げろぉっ!!」
拡声魔法を使ったのだろう。騎士団員の叫び声も聞こえてくる。
見れば、騎士団の守護壁をすり抜けた大型魔獣が一頭、こちらに向かってきていた!
「き、きゃぁぁっ!!」
「うわぁぁぁぁっ!」
学生たちは、悲鳴を上げて逃げ出していく。
もちろん、ミナは逃げたりしなかった。
「集え! 光の子らよ。壁を成せ!」
即座に周囲に防御壁を張りめぐらす。
光る壁に激突した魔獣は、もんどり打って地面に落ちた。
(ここでやっつけるのは簡単やけど…………この場にいるあたしの立場として、それはまずいんやないやろか?)
そう思ったミナは“穏便”な方法をとることにする。
「戒めよ! 光の鎖!」
言葉と同時に表れた三本の光線が、ギュルギュルと唸りながら鎖を編み、そのまま魔獣の体に絡んだ!
「グギャァ! ギャギャギャ!」
唸る魔獣の首と手足を縛り上げ、そのまま地面に縫い付ける!
体長四メートルはあるだろう、巨大すぎる熊のような魔獣が、なんとか逃れようと暴れるが、鎖はますますキツく地面に食い込むばかりだった。
「グッ……グェッ……ェ……」
ついに声も出せなくなった魔獣は、ピクピクと痙攣し大地に横たわる。
ミナは、フ~っと息を吐いた。
「これで一安心ね?」
ニッコリ笑って後ろを振り返る。
そこには、何故か顔を盛大に引きつらせたエレーヌと他の同級生たちがいた。
「まあ、どうしたの? 魔獣の動きは完全に封じたからもう襲われる心配はないわよ? ね、全然危険じゃないでしょう?」
安心させるように、ことさら優しく笑いかけたのだが、エレーヌたちはますます顔を引きつらせていく。
「――――魔獣が可哀想になるような真似は、止めて!」
エレーヌは、そう叫んだ。
ミナは、ポカンとしてしまう。
「可哀想? 魔獣が? ……エレーヌは優しい人なのね」
「違うわよ!!」
ついには怒鳴られてしまった。
そこに、遅ればせながら前線で戦っていた騎士の何人かが戻ってくる。
彼らは地面に縫い付けられ息も絶え絶えな魔獣を見て、一様に言葉を失った。
「…………これをやったのは?」
質問された全員が、ミナを見る。
別に隠すことでもないので、ミナは「私です」と自己申告した。
「討伐するのは、私の分を超えると思いましたので捕らえただけにしました」
ミナの説明を聞いた騎士たちは、微妙な表情を浮かべる。
「――――そうか。君がエストマン伯爵令嬢か」
何故か納得したようにそう言われた。
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