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やっちまった……かもしれません
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その後、ルーノは予定通り、エストマン伯爵家に住み込みで雇用された。
もちろん妹も一緒で、雇用契約上、ルーノは伯爵家の従僕で、妹ローズはヴィルヘルミナ付きのメイド見習いだ。ルーノには、ハルトムートが伯爵家に滞在中は、彼の従者となることも命じられている。
実態は――――仲の良い学友だった。
仕事は覚えても損にはならないからと教えてもらってはいるものの、強要されることはなく、学業優先。ローズに至っては、子供は甘やかされて愛でられるのが仕事だなどと言われて、伯爵家全員から可愛がられている。
「これ以上ローズがわがままになったらどうしてくれる?」
「大丈夫よ。ローズは賢いもの」
ルーノの文句を、ミナは笑顔で流した。
孤児院で、大勢の中でもまれ育った少女は、年齢の割に世渡り上手。甘えながらも驕ることなく、伯爵家の人々の愛情を受け取っている。
(ルーノより、よっぽど早く我が家に溶け込んでいるわよね? あの器用さをルーノも見習ったらいいのに)
いろいろあって、ハルトムートに対しては身構えなくなったルーノだが、ミナの両親であるエストマン伯爵夫妻や、兄のアウレリウスには、親しげに話しかけられるたび挙動不審になっている。
(不器用っちゅうか、なんちゅうか。……まあ、不器用なのは、ルーノだけやないんやけど)
ルーノに輪をかけて不器用なのが――――ルージュだった。
現在、ルージュはエストマン伯爵家で暮らしている。
ルージュの魔法の才能を見込んだエストマン伯爵が、将来、娘のヴィルヘルミナの護衛兼側付きとして育てたいとして、ルージュの養育者である叔父夫婦から引き取ったのだ。
――――もちろん、そう頼んだのはミナである。
最初、その話を聞いたルージュの叔父夫婦は、厄介者の姪が高く売れると大喜びしたらしい。実際、エストマン伯爵は、ルージュが伯爵家に移る支度金として、十分すぎるお金を叔父夫婦に渡した。
それで満足していれば良かったのに、欲深な叔父夫婦は、自分たちがここまでルージュを育てたのだと、さらに法外な金額をエストマン伯爵家に要求してきた。
当然それは、エストマン伯爵の怒りに触れ、怒った伯爵は叔父夫婦のあくどい商売を調べ上げ世間に露呈させた。
叔父夫婦が、這々の体で逃げ出したのは言うまでもないだろう。
ついでに伯爵はルージュの父も伯爵家の私兵として雇い上げ、一家そろって邸内の使用人住宅に引っ越させた。
もちろん今ではルージュも一緒に、そこで暮らしている。
そんな経緯もあって、家族揃って頭を下げてくるルージュ一家に、ミナは心底困っていた。
「ブランさんを雇ったのは父で、私ではありません」
だから自分には頭など下げないでほしいと、ミナはルージュの父に何度も頼んでいる。
「もちろん、ご当主さまにも感謝申し上げております。ただ、そもそものきっかけはヴィルヘルミナさまだと、ご当主さまも仰られていますから」
たしかにその通りだ。
その通りなのだが――――
(だからって、あたしは頭なんか下げてほしくないんや!――――特に、ルージュには!)
ある日の夜の特訓前。
ミナとハルトムートとルーノとルージュの四人で集まった時に、当たり前のようにルージュに頭を下げられて、ミナの感情は爆発した!
「もうっ! ルージュは、私に頭を下げるの禁止!」
思いっきり怒鳴った。
「ええ!? なんでです?」
ルージュは慌ててしまう。
「当たり前でしょう! 私は、将来“親友”になる予定の相手からペコペコされたくなんてないのよ!」
そう叫んだミナに――――ルージュはポカンと口をあけた。
「………………親友?」
信じられないように聞いてくる。
あまりにも予想外という顔をされて、ついつい言ってしまったミナは焦った。
(あかん! これは、今は言うつもりやなかったんに!!)
「あ、えっと…………それは! その、あくまで私の希望っていうか! ――――そうなるといいなっていう願望っていうか…………そのっ!!」
ミナは、しどろもどろになってしまう。
頬に熱が集まってきた。
きっと、顔はリンゴみたいに赤くなっているだろう。
一方、ルージュもパニック寸前のようだった。
「え? え? 親友って……そんな。私みたいな平民が!? 親友になんて……なれないですよね?」
ルージュの口から「平民」と言われて、「なれない」と言われて、ミナはカチンときた。
「もうっ! 親友に、平民とか貴族とか関係ないでしょう!! 私が、ルージュと親友になりたいのよ! それがどうしていけないの!!」
大声で怒鳴る。
我ながら駄々っ子みたいだ。
その勢いのままキッ! と、ルージュを睨みつけて――――ミナは、ハッ! とした。
ルージュが、プルプルと震えていたからだ。
(あかん! ただでさえ怖がられているのに、これ以上怖がらせてどうするんや?)
「…………えっと、あの、その…………それは、今すぐにってわけじゃなく、将来的に、ってことで」
ミナは体を小さくして、そう付け足す。
恐る恐るルージュをうかがい見た。
ルージュは、震えるだけでなく涙目になっている。
(うあっ! あたしったら、やっちまったの?)
ミナの頭の中で、二人組の男性が餅つきをはじめた。
親友どころか、せっかく一緒に特訓できるようになったのに、また逃げられてしまうかもしれない危機に、今度は蒼白になる。
「ルージュ…………その――――」
なんとか落ち着いてもらって、逃げるのだけは止めてもらおうと言葉を探したのだが、
「…………嬉しい」
聞こえてきたルージュの声に、思考が止まった。
もちろん妹も一緒で、雇用契約上、ルーノは伯爵家の従僕で、妹ローズはヴィルヘルミナ付きのメイド見習いだ。ルーノには、ハルトムートが伯爵家に滞在中は、彼の従者となることも命じられている。
実態は――――仲の良い学友だった。
仕事は覚えても損にはならないからと教えてもらってはいるものの、強要されることはなく、学業優先。ローズに至っては、子供は甘やかされて愛でられるのが仕事だなどと言われて、伯爵家全員から可愛がられている。
「これ以上ローズがわがままになったらどうしてくれる?」
「大丈夫よ。ローズは賢いもの」
ルーノの文句を、ミナは笑顔で流した。
孤児院で、大勢の中でもまれ育った少女は、年齢の割に世渡り上手。甘えながらも驕ることなく、伯爵家の人々の愛情を受け取っている。
(ルーノより、よっぽど早く我が家に溶け込んでいるわよね? あの器用さをルーノも見習ったらいいのに)
いろいろあって、ハルトムートに対しては身構えなくなったルーノだが、ミナの両親であるエストマン伯爵夫妻や、兄のアウレリウスには、親しげに話しかけられるたび挙動不審になっている。
(不器用っちゅうか、なんちゅうか。……まあ、不器用なのは、ルーノだけやないんやけど)
ルーノに輪をかけて不器用なのが――――ルージュだった。
現在、ルージュはエストマン伯爵家で暮らしている。
ルージュの魔法の才能を見込んだエストマン伯爵が、将来、娘のヴィルヘルミナの護衛兼側付きとして育てたいとして、ルージュの養育者である叔父夫婦から引き取ったのだ。
――――もちろん、そう頼んだのはミナである。
最初、その話を聞いたルージュの叔父夫婦は、厄介者の姪が高く売れると大喜びしたらしい。実際、エストマン伯爵は、ルージュが伯爵家に移る支度金として、十分すぎるお金を叔父夫婦に渡した。
それで満足していれば良かったのに、欲深な叔父夫婦は、自分たちがここまでルージュを育てたのだと、さらに法外な金額をエストマン伯爵家に要求してきた。
当然それは、エストマン伯爵の怒りに触れ、怒った伯爵は叔父夫婦のあくどい商売を調べ上げ世間に露呈させた。
叔父夫婦が、這々の体で逃げ出したのは言うまでもないだろう。
ついでに伯爵はルージュの父も伯爵家の私兵として雇い上げ、一家そろって邸内の使用人住宅に引っ越させた。
もちろん今ではルージュも一緒に、そこで暮らしている。
そんな経緯もあって、家族揃って頭を下げてくるルージュ一家に、ミナは心底困っていた。
「ブランさんを雇ったのは父で、私ではありません」
だから自分には頭など下げないでほしいと、ミナはルージュの父に何度も頼んでいる。
「もちろん、ご当主さまにも感謝申し上げております。ただ、そもそものきっかけはヴィルヘルミナさまだと、ご当主さまも仰られていますから」
たしかにその通りだ。
その通りなのだが――――
(だからって、あたしは頭なんか下げてほしくないんや!――――特に、ルージュには!)
ある日の夜の特訓前。
ミナとハルトムートとルーノとルージュの四人で集まった時に、当たり前のようにルージュに頭を下げられて、ミナの感情は爆発した!
「もうっ! ルージュは、私に頭を下げるの禁止!」
思いっきり怒鳴った。
「ええ!? なんでです?」
ルージュは慌ててしまう。
「当たり前でしょう! 私は、将来“親友”になる予定の相手からペコペコされたくなんてないのよ!」
そう叫んだミナに――――ルージュはポカンと口をあけた。
「………………親友?」
信じられないように聞いてくる。
あまりにも予想外という顔をされて、ついつい言ってしまったミナは焦った。
(あかん! これは、今は言うつもりやなかったんに!!)
「あ、えっと…………それは! その、あくまで私の希望っていうか! ――――そうなるといいなっていう願望っていうか…………そのっ!!」
ミナは、しどろもどろになってしまう。
頬に熱が集まってきた。
きっと、顔はリンゴみたいに赤くなっているだろう。
一方、ルージュもパニック寸前のようだった。
「え? え? 親友って……そんな。私みたいな平民が!? 親友になんて……なれないですよね?」
ルージュの口から「平民」と言われて、「なれない」と言われて、ミナはカチンときた。
「もうっ! 親友に、平民とか貴族とか関係ないでしょう!! 私が、ルージュと親友になりたいのよ! それがどうしていけないの!!」
大声で怒鳴る。
我ながら駄々っ子みたいだ。
その勢いのままキッ! と、ルージュを睨みつけて――――ミナは、ハッ! とした。
ルージュが、プルプルと震えていたからだ。
(あかん! ただでさえ怖がられているのに、これ以上怖がらせてどうするんや?)
「…………えっと、あの、その…………それは、今すぐにってわけじゃなく、将来的に、ってことで」
ミナは体を小さくして、そう付け足す。
恐る恐るルージュをうかがい見た。
ルージュは、震えるだけでなく涙目になっている。
(うあっ! あたしったら、やっちまったの?)
ミナの頭の中で、二人組の男性が餅つきをはじめた。
親友どころか、せっかく一緒に特訓できるようになったのに、また逃げられてしまうかもしれない危機に、今度は蒼白になる。
「ルージュ…………その――――」
なんとか落ち着いてもらって、逃げるのだけは止めてもらおうと言葉を探したのだが、
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