本格RPGの世界に転生しました。艱難辛苦の冒険なんてお断りです!

九重

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練習しましょう!

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ミナとアウレリウスは、慌てて振り返る。
パッと顔を上げたテレジアはみるみるうちに顔色を悪くした。


「ハルトムートさま!」


上ずった声で現れた人物の名前を呼ぶ。
そう、そこには何時の間に側に来ていたものか、黒髪の第二王子――――ハルトムートが立っていた。

「俺と一緒に挨拶するのが嫌だという者に、無理強いをするつもりはない。……そんな奴、こっちから願い下げだ」

ギュッと拳を握る彼の手は小刻みにプルプル震えている。
きっと、もっと大声で怒鳴り出したい気持ちを無理やり押さえているのだろう。
ギラギラと輝く黒い目が彼の激情を伝えていた。


そんなハルトムートを見たミナは――――

(すっごい! モノホンの美少年や!)

心の中で感動に打ち震える。
だって仕方ない。
ようやく目の当たりにしたハルトムートは、ゲームのスチルより何倍も美しい少年だったのだから。

肩で切りそろえた黒髪はツヤツヤのサラサラ。
輝く黒い目は黒曜石のよう。
透きとおるような白い肌に興奮ゆえか赤い頬。
左右対称の絶対的な美しさを持つ顔には気の強さが滲み出ていて、ギュッと噛まれた唇がなんだか色っぽかった。

(まだ十歳やっちゅうのに、怖ろしい子や)

これはやっぱり自分がなんとかしないといけないと、ミナは改めて思う。

(こんな美少年が悪意の目に晒されて壇上で立ち竦み……あまつさえ泣き出すなんて――――目の毒や!)

このままではそうなってしまうということは、ミナの頭の中では既に決定事項になっていた。
絶対もらい泣きして暴走する自信がミナにはある!
そしてミナが暴走すれば、契約魔獣であるナハトも妖精騎士のレヴィアもつられて暴走するはずだった。

(……そんなことになったら入学式が滅茶苦茶や)

何が何でもハルトムートを元気づけなければならないと、ミナは決意する。
使命感にかられたミナは、拳を握り締めハルトムートに近づいていった。

今まで黙っていたミナが突如動き出したことで、その場に少し緊張が走る。


「……な、なんだ?」

尋常ならざるミナの勢いに怖気づいたのか、つい今ほどまで怒りをあらわにしていたハルトムートが一歩足を退いた。

「ミナ?」

アウレリウスも心配そうに声をかけてくる。
テレジアはおろおろと見守るばかり。

そんな中、ミナはハルトムートの前に立ち――――スカートの脇を少し摘まんで持ち上げて優雅にお辞儀をした。


「はじめまして、ハルトムートさま。エストマン伯爵の娘ヴィルヘルミナと申します」


礼儀作法の教科書に載りそうなくらい完璧な礼だ。

まさかこの場で正面切って挨拶をされると思っていなかったのか、ハルトムートはポカンとする。

ヴィルヘルミナはゆっくりと顔を上げた。
少しマヌケに見えるハルトムートの顔を見て、控えめな笑みを浮かべる。

「新入生代表の挨拶をご一緒にさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

そう言ってあざとい角度で首を傾げた。
元々赤かったハルトムートの顔が、ますます赤くなる。

(うんうん。そうやろな。ヴィルヘルミナえろう可愛いもんな)

ヴィルヘルミナの可愛らしさはハルトムートの美少年っぷりに勝るとも劣らない。
ミナは他人事みたいにそう思った。

フワリと笑ったまま――――


「ところでハルトムートさま。新入生代表の挨拶はもう全て覚えていらっしゃるのですか?」


そう聞いた。
ハルトムートは、ピキリと表情を固まらせる。

「いくら式辞を書いた紙があるとはいえ、ずっとそれに目を落として挨拶をするなど、代表として恥ずかしいことです。ハルトムートさまは、先ほどご自分お一人でご挨拶できると仰っておられましたから心配ないとは思うのですが……」

どうでしょう? とミナは今度は反対側に首を傾げた。

ハルトムートは「うっ」と言葉に詰まる。

「……あ、当たり前だ!」

動揺しながら、そう返事をした。




――――どうやら覚えていないらしい。

ミナは笑みを深くする。

「そうですか。良かったですわ。ハルトムートさまが新入生代表となることは自明の理。よもや覚えていないなどということはありえないことですものね。……たいへん失礼なことを聞いてしまいました。申し訳ありません」

しおらしく頭を下げて見せる。

「……では、私にご指導いただけますか? 一緒に練習させてください」

「れ、練習?」

思いもかけないことを言われ、ハルトムートの黒い目が真ん丸に見開かれる。

「はい。私はハルトムートさまとは違い、ついさきほど代表のお話をいただいたばかり。このままではきちんと挨拶できるか不安ですわ。ハルトムートさまの足を引っ張らぬようできる限り練習したいと思っていますの。……テレジア先生、予行演習はさせていただけるのですよね?」

急にミナから話をふられて、テレジアは「ふへっ?」と変な声を上げた。

「よ、予行演習? ……え? あ、は、はい! もちろん! もちろんですともっ! ……っていうか、ヴィルヘルミナさん引き受けてくれるのですか?」

ミナは再び笑った。

「第二王子殿下とご一緒に挨拶できる栄誉を断るはずはありません。卑小な身ですが精一杯努めさせていただきます」

殊勝な顔でそう言った。
テレジアは感激に身をくねらせる。

「まあ! さすがヴィルヘルミナさん。十歳とはとても思えない立派なお言葉です。ええ。ええ。予行演習でもなんでもどうぞなさってください!」

わがままな公爵令嬢や侯爵令嬢。それに輪をかけて荒んだハルトムートの相手をずっと続けて、テレジアは疲れ切っていたのだろう。
ヴィルヘルミナの子供らしからぬ言葉と態度に、今にも泣きだしそうに目を潤ませる。



「……ミナ」

対してアウレリウスは心配そうな声をかけてきた。眉をひそめたその表情はミナが挨拶を引き受けることに反対だと雄弁に語っている。

「大丈夫です。お兄さま。ハルトムートさまがいらっしゃいますから」

「……だからこそ心配なんだけどね」

アウレリウスは不機嫌に呟いた。

「何っ!」

気色ばむハルトムートにミナは慌てて歩み寄る。

「そうと決まれば早く練習しましょう! ハルトムートさま」

夜空のような黒い目を間近で覗き込んだ。
ハルトムートが息を呑む。白い頬はますます赤くなりまるでリンゴのよう。




「……………………お前は、俺が怖くないのか?」

ポツリとそう呟いた。

「ございません」

きっぱりミナは否定する。

(怖いわけあらへん。……心配なだけや)

「そうか」

その瞬間、彼の体に入っていた力がスッと抜けるのがわかった。
泣いているような、笑っているような――――引きつってひどく不格好な笑みを十歳の男の子が浮かべる。

ミナの胸はキリリと痛んだ。

(ああ。こんな顔、子供にさせちゃあかん)

心の底からそう思う。

「行きましょう。ハルトムートさま」

この後で自分がしようと思っていることに、ちょっぴり後ろめたさを覚えながら、ミナはハルトムートを誘った。
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