1 / 17
1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
「フルール・ドゥ・ラウン! 君との婚約を破棄する!」
底知れぬ湖のごとき碧眼を怒りに波立たせ、見目麗しき青年が声高に叫ぶ。
彼の人の隣には、光の加減で赤く見えるストロベリーブロンドをふわりと編み上げた可憐な少女が寄り添っていた。
また、彼女を守るかのように、別の二人の青年も背後に立っている。
少女の華奢な体を包むのは薄手のブラウス一枚とスカート。ブラウスの上から明らかにサイズの違う大きな制服の上衣がかけられていて、彼女は小さく体を震わせている。
庇護欲をかきたてられる姿だが、不安そうに揺れる若草色の眼の奥に、微かに愉悦の光が混じっているように見えるのは、気のせいか。
そんなストロベリーブロンドの少女は小さく体を震わせると、より一層青年に身を寄せた。
ここは、ソリン王国随一の規模を誇る、ソリン王立魔法学園の講堂。
つい先刻、今年度の卒業式が粛々と行われ、在校生一同で見送ったばかりだ。
そんな式典終了後のざわつきの中、騒動は起こった。
一学年に在籍している公爵令嬢フルール・ドゥ・ラウンが、同じ一年の在校生代表として挨拶する予定だった少女を壇上に立てなくするために、彼女の制服を破ったと告発されたのだ。
告発した青年の手には、おそらく少女のものだろうズタズタになった制服の上衣が握られている。
「――なんということを!」
「また、ラウン公爵令嬢の仕業なの」
「これは、いくらなんでも酷すぎる」
「婚約破棄も無理はないな」
周囲からは、次々と公爵令嬢を非難する声が上がった。
「誤解です、リューさま。私はそんなことをした覚えがありません」
四面楚歌の中、冴え冴えと輝く銀の長髪をきっちり結い上げた少女――公爵令嬢フルールが、凜とした態度で否定する。青年を真っすぐに見つめるアメジストの瞳は揺るぎもしない。
「言い訳は聞きたくない。既に証拠は揃っているのだ。……それに、君はもう私の婚約者ではない。今後は、私を愛称で呼ぶのを控えてもらおうか」
フルールから『リューさま』と呼ばれた青年は、冷たく彼女の言葉を切り捨てた。
碧眼が、冷たく元婚約者を睨む。
フルールは、静かに下を向いた。
銀の髪が一房ハラリとうなじに落ちて哀れを誘う。
たった今、彼女を婚約破棄した青年の名は、リューク・オンス・イエルド・ソリン。名からわかるように、この国ソリンの王太子だ。
そして、ストロベリーブロンドの少女の名は、プリムローズ・ラモー。元は平民だが、稀少な治癒魔法を持っていることからラモー伯爵家の養女となった人物だった。
リュークは天使のように愛らしく健気なプリムローズと、身分の差を超えて交友を深め、それに嫉妬したフルールがプリムローズをいじめている――という話は、学園の生徒ならば誰一人知らぬ者のないことだ。
そして、今日。ついにフルールは、リュークから婚約破棄を告げられてしまった。
(ホント、まるで絵に描いたような乙女ゲームの断罪シーンだわ。……あぁ、でも正真正銘ゲームの世界なんだから、これが当たり前なのかしら?)
うなだれたまま床をジッと見つめるフルールは、心の中でそう呟く。
『乙女ゲーム』『断罪シーン』などという非現実的な言葉で軽く聞こえるが、実際は、とてつもない疲労感に襲われていて動けないのだ。
(……やっぱり、婚約破棄は避けられなかった)
フルールの脳裏に、リュークと婚約してからの思い出が走馬灯のように巡る。
こうなることは、かなり前からわかっていたのだが、それでも彼女の心は泣いていた。
(予想通りだったけど、思った以上に辛いわ。……だって、私はリューさまを愛してしまったから)
彼女の心の嘆きは、〝今〟のリュークには届かない。
「ラウン公爵令嬢、同じ学園に通う身だ。姿を見せないようにというのは無理だろうが、今後は、私に近づくことも話しかけることも禁ずる。いいな、そのつもりでいろ!」
かつて優しく語りかけてくれた声が、冷たく響く。
そこで、プリムローズが声を上げた。
「そんな、リュークさま! それじゃラウン公爵令嬢があまりに〝可哀相〟で〝惨め〟です! きっと彼女はリュークさまが私に優しくしてくれるのが羨ましくて嫉妬しちゃっただけなんです! 私は、罪を認めて謝ってもらえればそれだけでいいですから!」
一見フルールを庇った言葉に聞こえるが、その実『可哀相』だの『惨め』だの『嫉妬した』だの、相手を貶める言葉を羅列している。
しかも、やってもいないことを『認めて』『謝れ』とか、図々しいにもほどがあった。
しかしそう思うのはフルールだけのようで、リュークは感じ入ったようにプリムローズを抱きしめる。
「プリムローズ、君はなんて優しいんだ! ――それに引き換えラウン公爵令嬢、君の所業は許し難い! それでも、天使のごときプリムローズがこう言うんだ。婚約破棄を撤回するつもりはまったくないが、今すぐ謝罪すれば少しは情状酌量を考えてやってもかまわない」
蔑むように見てくる彼に、フルールはきっぱりと首を横に振った。
「行ってもいない罪を認めるわけにはいきません」
「ラウン公爵令嬢!」
リュークの怒声にも、フルールは怯まない。
アメジストの瞳と碧の瞳が交差する。先に逸れたのは揺れる碧。
それを誤魔化すかのように、リュークの声が一段高くなる。
「ならばもういい! 君には当分の間、自宅謹慎を命じる! 己が行いを恥じ、慎ましく過ごすように。……婚約破棄の正式な書類は、追って王宮から公爵家に通知する!」
言いたいことを言うと、彼はプリムローズを連れ、去っていった。
帰り際、振り返ったプリムローズの唇が『馬鹿ね』と動いたような気がしたのは、被害妄想ではないだろう。
二人の姿が完全に消えてから、ようやくのろのろとフルールは動き出す。
(結局、ゲームの『強制力』には勝てなかった。――学園に入り、乙女ゲームの始まりである入学式が過ぎたとたん、私の周囲はすべて変わってしまったから)
政略上の婚約者とはいえ、良好な関係を築けていると思っていたリュークは、突然冷たくなり、他にも親しかった人々が疎遠になった。
やってもいない罪を押しつけられ、どう主張しても聞いてはもらえなかった。
どんな証拠も正論も、理不尽に踏みにじられた。
こんなことが立て続けに起こる原因は、ゲームの『強制力』としか思えない。
もちろん、フルールは、ここが乙女ゲームの世界で、自分が悪役令嬢だということはわかっている。だから、悲惨な悪役令嬢の末路を変えたいと、幼い頃から努力してきたのだ。
学園に入学した後も、多少の紆余曲折はあったものの、想定外の〝協力者〟の助けも得て、なんとか『強制力』を跳ね返そうと努力して一年。
しかし、そのすべてが失敗した。
(リューさま……大好きな〝推し〟だったのに! 前世では、いっぱいいっぱい課金して! グッズも集めまくって! 何度も何度も繰り返し攻略したのに‼ 婚約破棄されるなんて……どうして、私は〝悪役令嬢〟なんかに転生したの⁉)
フルールは、心の中で滂沱の涙を流す。
いくらわかっていたことだといえ、悲しいものは悲しいのだ。
――しかし、どんなに嘆いても婚約破棄の現実は覆らない。
(帰ろう。帰って、これからのことを相談しなくっちゃ)
そして、今回の婚約破棄騒動に、フルール以上に傷ついているだろう〝協力者〟たちを慰めなくてはならない。
悪役令嬢フルールは、気力を振り絞り、前を向いた。
第一章 ゲーム開始前の、氷の公爵令嬢と完璧な王太子
フルール・ドゥ・フランには前世の記憶がある。
地球という青い星の日本という国に住む女性だった記憶だ。
享年は二十七。独身でそこそこ大きな会社で働いていた。
名前は吉野綾千。
背が高くキリッとした顔立ちをしていたため、一見、真面目でとっつきにくそうに思われていたようだが、実際には、職場ではともかく私生活は自由気ままなオタク寄りの人間だ。
寝食を忘れてゲームをするのも度々で、特に嵌まっていたのが乙女ゲームだった。
――乙女ゲーム。
それは、めくるめく夢の世界。ゲームという仮想世界の中でヒロインとなり、様々なタイプの違うイケメンとの恋愛を楽しめる。
「特に! 今、私の嵌まっている『月の虹』は、ビジュアルが綺麗なだけじゃなくシナリオも凝っていて、最高にステキなゲームなの! 中でも、メイン攻略対象者のリュークさまが、私の一推しで、もうもう! 言葉にできないくらいイケメンなのよ! 三つ編みにして背中に流した黄金の髪に、神秘的な湖のような碧の瞳。神か天使かってくらいの容貌で、しかも文武両道! おまけに性格まで優しいときたら、完璧すぎて恐いくらい! 私がこれまでやったゲームの中でも最高のヒーローだと断言できるわ‼」
思い出す記憶の中で、綾千はテンション高くそんなことを力説していた。彼女の動きに合わせて、ポニーテールの髪がぴょんぴょんと飛び跳ねるので、いかに興奮しているのかがよくわかる。
そんな彼女につき合わされた女友だちは、呆れたような視線を向けてきた。
「はいはい。もうそのリュークさまの話は、耳にたこかってくらい聞かされているから、お腹いっぱいよ。腹黒で、ヤンデレで、魔王属性なんでしょう?」
「違うわよ! そりゃあ、策略家で、ヒロインへの溺愛がとんでもなく深いけど、魔王とか絶対違うから! どうせならカリスマ性があるって言ってよね!」
プンプンと怒る綾千に、友人は両掌を上に向け肩をすくめてみせる。
お手上げだというポーズだ。
「モノは言いようよね。……まったく、今のあんたの姿を会社の人に見せてやりたいわ。みんな、綾千を真面目で面白味のない仕事人間だと思っているんだから」
「私が真面目なのは、本当のことだもん」
綾千は心外だと言わんばかりにツンと口を尖らせる。
友人は相変わらずの呆れ顔。
「会社ではね! でも綾千は、仕事から一歩離れれば、自分の趣味に全力投球する自由人じゃない。ゲームにそこまで嵌まれるなんて、なかなかいないわよ? ギャップがあるにもほどがあるわ」
「ONとOFFの切り替えがうまいって言ってよね! 仕事は仕事、プライベートはプライベートで楽しまなくっちゃ、人生つまんないわ」
それは、綾千の人生訓だった。この考えのもと、二十七年間を生きてきたのだ。
その間に、嵌まった趣味は数知れず。料理に手芸、スポーツ諸々。
そして、最近は乙女ゲーム――それも、その中の一攻略対象者にのめり込んでいた。
友人が眉間に深いしわを寄せる。
「綾千のは、切り替えっていうより二重人格に近いでしょう?」
そんな指摘は、どこ吹く風。綾千はあっけらかんと笑った。
「あらいやだ。どっちの私も私だもの、同一人格よ。まぁ、でも私の人格なんて、どうでもいいけれど。……そんなことより、リュークさまの話を聞いてよ! 私、今、三週目の攻略をしている途中なんだけど、もう何度も見ているはずのリュークさまの笑顔が、前よりもっと麗しく見えるの! これってやっぱり私のリュークさまへの愛が深まったせいよね!」
喜々として語り始める綾千に、友人は諦めきった視線を向ける。
こうなった彼女が、何を言っても止まらないのを知っているからだ。
「……わかった。わかったわよ。リュークさまでもなんでも、とことん話を聞いてあげるわ。その代わり、明日のランチはあなた持ちだからね!」
「OK! ランチを奢るくらいでリュークさまを語り尽くせるなら全然惜しくないわ! あ、でもワンコインにしてね?」
「せこすぎでしょう!」
ペロッと舌を出した綾千を、友人が怒鳴りつける。
睨み合った二人は、やがて同時に噴き出し大声で笑い合った。
そんな前世の休日の一コマが鮮やかに蘇り――やがてセピア色に変化する。
(ああ、ランチ奢れなかったな)
フルールが、前世の記憶を思い出したのは、十三歳の春だった。
このとき彼女は、唐突に思い出した記憶に翻弄され、クラリと目を回して咄嗟に隣に立つ人の腕に縋る。
「――どうかしたか?」
急に倒れかかった彼女を心配して、隣にいた人物が、耳に心地よい少し高めのバリトンボイスでたずねてきた。
とはいえ、その声には特別な感情はこもっておらず、義務的なもの。
本気で心配しているのかどうかは、わからない。
「……バランスを崩してしまいました。申し訳ありません」
同じく感情のこもらぬ声で返事をしながら、フルールの中の綾千は内心めちゃくちゃ動揺した。
突如蘇った前世の二十七年の記憶が頭の中を駆け回り、それまでのフルールとしての記憶が、一瞬にして飛んでしまったから。
自分が誰で、どうしてここにいるのか、さっぱりわからない状態に焦る。
それに――
(待って! 待って! 待って‼ 今の声って……まさか、リュークさま⁉)
彼女は、そっと視線だけ上向けて、隣を確認した。
(――っ⁉)
瞬間、息が止まりそうになる。
輝く黄金の髪に、この世のものとも思えぬ美貌。
そこにあったのは、間違いなく綾千の一推し、乙女ゲーム『月の虹』の攻略対象者リューク・オンス・イエルド・ソリン王太子の顔だった。
(いったいこれは、どういう状況なの?)
今この瞬間までの記憶をなくしてしまった綾千は、ガン見してしまいそうな視線を無理やり引き剥がし、周囲を窺う。
見ればここは十畳ほどの部屋の中で、目の前には重厚な両開きの扉がある。
自分たち以外に人気はなく、扉の前に立っているということは、この扉が開くのを待っている状況なのではないかと思われた。
なおも見回した先には、白い壁をバックに高級そうなアンティーク家具、そしてこれまた値打ちもの間違いなしの大きな姿見がある。
キラリ光る鏡面に、視線が釘付けになった。
それに、たった今確認したばかりの王太子リュークと、彼と腕を組み背筋を伸ばして立つ一人の女性の姿が映っている。
(悪役令嬢フルールだわ!)
綾千は、愕然とした。
フルール・ドゥ・ラウン公爵令嬢は、乙女ゲーム『月の虹』で、王太子リュークのルートを選んだ際に、ヒロインの前に立ちはだかる悪役令嬢だ。
白銀に輝く長髪に、太陽が地上に昇る前の黎明に似たアメジストの目。整いすぎて冷たく見える美貌ゆえに氷姫と渾名されている。
実際、フルールは冷たい女性だった。感情に乏しく、その行動は、知識に裏付けされた明確な理論に基づくもののみ。
悪役令嬢であるからにはヒロインをいじめるのだが、その理由も嫉妬や権勢欲ではなく、あくまでヒロインの能力不足だ。
『リューク・オンス・イエルド殿下のご寵愛を受けるのならば、それに相応しい知識と教養を身につけなさい。今のままの貴女では、側室に上がることさえ分不相応だわ』
絶対零度の視線でヒロインを見つめるフルールの迫力は、怖ろしいの一言だった。
その怖ろしいはずのアメジストの目が、なぜかおどおどと鏡の中から綾千を見返している。
(まさか?)
綾千は、ほんの少し自分の自由になるほうの手を上げてみる。
鏡の中のフルールも、同じ動作で手を上げた。
(嘘っ?)
フルールのもう片方の手は、彼女の隣に立つリュークの腕に絡まっている。
綾千は、自分の自由にならないほうの手が掴んでいる〝誰か〟をそっと見上げた。
先ほどと同じ、この世のものとも思えぬ美貌を持つリュークの横顔が目に入る。
(……ってことは、やっぱり私はリュークさまと腕を組んでいるのよね?)
鏡の中で、リュークと腕を組んでいるのは、悪役令嬢フルールだ。
(――つまり?)
ここから導き出される答えは、たったひとつ。
(そんな! そんなことって、ありえるの⁉)
辿り着いた答えに、綾千はフリーズした。
そこでようやく彼女は、自分が他ならぬ悪役令嬢フルールになっていたのだと気がついたのだ。
そんなバカな! と、思うと同時に、ひとつの考えが頭に浮かぶ。
(まさか? 私、ラノベでよくある乙女ゲーム世界への異世界転生ってやつをしたの? それも、悪役令嬢モノ⁉)
信じられない出来事の衝撃で、また体がぐらつく。
「――っ? 本当に、どうしたのだ?」
今度は、先ほどより幾分気遣わしそうな声が聞こえてきた。
こんなときなのに、綾千の心はドキン! と大きく跳ねる。
(ああっ! リュークさまが私を心配してくださるなんて! ……尊い!)
とんでもない事態なのは変わらないのに、推しに心配してもらえたというその一事だけで、瞬時に彼女は立ち直った。
内心身悶えながらも、鉄壁の無表情を崩さないようにして首を横に振る。
「重ね重ね申し訳ありません。少し緊張してしまったようです。でも、もう問題ありませんから」
「問題ないはずがないだろう? いつも僅かな隙さえ見せない君が二度も体勢を崩したのだぞ」
さすが完全無欠の氷姫。
(隙がまったくないなんて、いったいどんなご令嬢なの? そして、リュークさま、優しい! 婚約者とは名ばかりで、互いに役目を果たす以外は興味も関心も持っていないという設定のはずのフルールを、ちゃんと見ていてくださっているなんて! ああ、やっぱり最高のヒーローなんだわ!)
綾千は、心の底から感動した。
「大丈夫です。……それより夜会が始まりますわ。参りましょう」
内心のハイテンションをおくびにも出さずに、綾千――いや、フルールは前を向く。
いったいどうして、こんなことになっているのか? とか。
なんで、自分は平然としてフルールを演じようとしているのか? とか。
いや、リュークさまの隣に立てるのなら、フルールになりきる一択でしょう! とか。
どこまでリュークさまが好きなんだ! とか。
いろいろツッコミたいこと満載だが、それら全てを棚に上げ前を向いた。
たとえば、この人生が乙女ゲーム『月の虹』への転生悪役令嬢モノだとしても。
自分が大好きな推しのリュークさまに、いずれは婚約破棄されるのだとしても。
今この瞬間この場に立つフルールが、体調不良で欠席なんてありえない!
――そう思う。
(そんな、リュークさまのご迷惑になるような真似、ファンの面子にかけてもできないわ!)
推しのためならなんでもできる!
それは、『推し』という存在を持つすべての人に共通する気持ちではないだろうか?
少なくともフルールにとっては、できて当然のことだ。
(それにしても、フルールがリュークさまにエスコートされているなんて。……つまり、まだ婚約破棄前なのよね? ……っていうか、よく見たらリュークさまもフルールも、めちゃくちゃ若いじゃない? ……ひょっとしてまだ学園入学前なの? ……ってことは……え? 今から出るのって、リュークさまとフルールの婚約発表の夜会なんじゃない?)
たしかゲームの回想シーンに、そんな場面があったと思う。
思い至った事態に、フルールは自分が異世界転生したのかも? と思ったときより愕然とした。
それでもなんとか態度に出さないようにしていると、上から小さなため息が降ってくる。
「……わかった。君は言い出したら聞かないからな。だが、無理は絶対しないでほしい。ダメだと思ったら、すぐに私に言うこと。……それにしても、君でも緊張なんてするんだな」
フルールの言うことを聞き入れてくれたリュークが、最後にはフッと吐息をこぼす。
見上げた先にあったのは、超レアなリュークの笑顔で。
(うっわぁ~! うっわぁ~! うっわぁ~‼)
ほんの一瞬のその姿を、フルールは心のメモリにしっかりと書きこんだ。
(やっぱり、リュークさまって優しいわ! こんなにステキなリュークさまに恥をかかせるわけにはいかないもの。この後の夜会、なんとしても成功させなくちゃ!)
幸いにして、この世界のマナーには自信がある。
ゲームをクリアするために、平民出身のヒロインがマナーを覚えるイベントが多数あるからだ。立ち居振る舞いだって、バッチリ覚えていた。
(ゲームをやりこんでいてよかったわ)
――それに、幸いなことに先ほどから時間が経つにつれ、飛んでいたフルール本人の記憶が蘇ってきている。
(ううん。違うわね。本当に蘇ったのは、フルールの中に眠っていた綾千の記憶のほうだと思うわ。その記憶があんまり刺激的だったから、フルールとして今まで生きてきた記憶が一時的に飛んでしまっただけよ。……うん。落ち着きさえすれば、ちゃんと思い出せるわ。私がフルール・ドゥ・ラウン公爵令嬢なんだってことを)
まあ、ちょっと……いや、だいぶ性格が変わったような気がするが、そこは大きな問題ではないだろう。
(何より変わったのは、リュークさまへの感情だもの! こんなにステキな推しのリュークさまを、今までの私は政略上の婚約者としか見ていなかったなんて。……なんて、もったいないことをしていたのかしら! 我が事ながら信じられないわ)
これからは今まで以上に〝愛でよう〟と心に誓う。
ちょうどそのタイミングで、目の前の扉が開いた。
ドキッとするフルールの目に、眩いばかりの光に溢れた大広間の光景がとびこんでくる。明るい音楽と大勢の人々の話し声も聞こえた。
「リューク・オンス・イエルド・ソリン王太子殿下、並びにフルール・ドゥ・ラウン公爵令嬢、ご入場です!」
きらびやかな光が扉の向こうの世界を彩り、厳かに名前を呼ばれる。
そのとたん、ざわざわとした喧噪がピタリと止まった。
「行こうか」
フルールのほうを見ながら、リュークが囁いてくる。
「――はい」
その声に、しっかりと頷いた。
10
お気に入りに追加
541
あなたにおすすめの小説
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。