王さまに憑かれてしまいました

九重

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番外編

マリア・バルバラ 1

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美人の定義は人様々だ。
ローディアで美女を三人挙げろと言われ、全て同じ三人を挙げる者はあまりいないだろう。

王太后――――前王ルードビッヒの正妃のような正統派美人を挙げる者。
男装の麗人シモン・ヴェラ・クロル近衛第二騎士団副団長のような神秘的で近寄りがたい雰囲気のあるストイックな美貌を挙げる者。
豪商リリアンナ・ニッチに代表される豊満で妖艶な美しさを挙げる者。

他にも美人と評判のご令嬢やご婦人はごまんと居る。

なかには、現国王アレクサンデルのように、誰のどんな意見にも耳を貸さず、自分のただ一人愛してやまない婚約者――――彼の場合はコーネリア・サンダース嬢を挙げる者もいるだろう。


…………まあ、そう、つまり、人の好みは様々なのだという話だ。

ただ、その誰もが三人の中に必ず入れるだろうと言われるのが、マリア・バルバラ・ウタ・トーレス前伯爵夫人だった。

柔らかなプラチナブロンドの髪と、草原のような若草色の瞳。
シミひとつない白い肌に、艶やかな赤い唇。
キュッと締まった細腰と豊かで形良い胸と尻。
それら全てが絶妙なバランスで配された奇跡のような容姿。
しかも、内面も素晴らしく、気品溢れる貴婦人で、立ち居振る舞いにも非の打ちどころのひとつもないとなれば、彼女を好ましく思わない方がおかしいというものだった。

それは、例え彼女が既に60歳を超える年齢で、5人の子持ちの未亡人なのであろうとも、なんら変わるものではなく――――




(そんなマリア・バルバラと差し向かいで二人きりでお茶などと、…………フム、世の男共のほとんどは、そなたを羨むであろうな、コーネリア)

フヨフヨと浮きながら、腕を組みうんうんと頷く故国王ルードビッヒ。

(そう思われるのでしたら、代わってください!)

冷汗ダラダラで、コーネリアは訴えた。


ここは、前トーレス伯爵夫人の屋敷の一室。
白いカーテン越しに温かな日差しが降り注ぐ優雅な部屋だ。

今日も今日とてお妃教育に忙しいコーネリアは、その教育係にして、もう間もなく養母となる予定のマリア・バルバラに王宮作法の講義を受けていた。

もちろんその場には数人の侍女もいて、つい先ほどまではその侍女に対するさり気ない指示の出し方とか、視線ひとつで意志を伝える方法などを習っていたのだが……

いったい何を思ったのか、突如マリア・バルバラは、それこそ視線ひとつで侍女を全て退室させてしまったのだ。



そして――――

「え? えっと……」

「良いのよ。少し二人で内緒のお話があるの」

マリア・バルバラは、フワリと微笑んだ。
コーネリアの背中に、何故か悪寒が走る。


「コーネリア、私の可愛い子。――――親子で隠し事はいけないわよねぇ?」


フフフと笑いながら、マリア・バルバラはそう話す。
蛇に睨まれたカエルとはこういう心境なのかと、この時コーネリアは思った。



(へ、陛下……)

(ウム。すまぬなコーネリア。わしは世の男性のほとんどの好みとはちょっと事情が違うのだ。既にわしには三人の妃がおる。わしが美女を三人挙げるとすれば、妃三人を挙げねば政治的問題になるからの)

(そういうことじゃないでしょう!)

明らかに逃げ腰なルードビッヒに対し、コーネリアは語気を強めて怒鳴りつける。
叱られた故国王陛下は、フヨフヨと浮きながら、天井の一番隅に引っ込んていった。

相変わらず、全く、少しも、頼りにならないルードビッヒである。


(陛下っ!)


「コーネリア?」

「は、はいぃっ!」

動揺したように明後日の方向――――実は、ルードビッヒのいる方向を見ているコーネリアに対し、マリア・バルバラは言葉をかける。


「――――私に対して話すことがあるでしょう? 何故あなたが教えられてもいない王宮の作法を知っていたのかとか、国王しか知らないはずの王家の秘宝の使用法を知っていたのかとか…………あまつさえ、どうやって私とリリアンナ・ニッチの秘密の企みを知ったのか、とか」


「え? あ、で、でも、それは――――」

「ええ。アレクサンデル陛下からは、その理由は全て解明済みだから、これ以上の追及をあなたにしないようにと、お達しがあったわ。事は国家機密に関係するのだから余計な首は突っ込むなと」

そう、コーネリアがルードビッヒの存在をアレクたちに明かしたあの後、アレクは自分の権限の全てを使ってコーネリアを余計な詮索から守ってくれた。ホルテンやベレ将軍までそれを後押しすれば、大概の者はコーネリアに何も言えなくなる。

しかし、中には例外というものはいるもので――――


「だ・か・ら、内緒の話なのよ。」


例外の代表マリア・バルバラは、人さし指を一本立て、それを左右に振りながら一語一語を区切って発音してくれた。
60歳を過ぎているのにこんな可愛い仕草が似合うなんて反則だろうと、コーネリアは思う。


「……私はね、コーネリア、あなたが素直で優しいだってことを、ちゃんと知っているわ。アレクサンデルさまを大好きで、悪いことなんかこれっぽっちもできない娘なんだってことも……でもね、だからこそ知っておきたいの。あなたがいったいどんな秘密に巻き込まれているのか? ……そこに危険はないのかを」


スッと表情を引き締め、真剣な表情でコーネリアを見つめてくるマリア・バルバラ。
彼女の若草色の瞳は――――心からの気遣いに溢れていた。


「マリア・バルバラさま……」

本当にコーネリアを案じてくれるその姿を見て、コーネリアの心は揺れる。


(――――陛下?)

そっとルードビッヒを見上げた。
しかし、視線の先の故国王陛下は静かに頭を横に振る。

(真実を話しても、マリア・バルバラは信じぬぞ。女性という者は、夢見ているような発言が多いわりには、案外リアリストなものだ)

きっぱり言い切るルードビッヒ。
確かにそれはそうかもしれなかった。

でも――――


(……ということは、陛下は、マリア・バルバラさまに陛下のことをお話すること自体は、反対されないのですね?)

コーネリアは、そうたずねる。
ルードビッヒは難しい顔をした。

(話しても信じてもらえぬと言っておるのだ。……「嘘をつくな!」となじられるのは、そなたなのだぞ?)

(それはかまいません! 嘘をついて騙すよりも、ずっといいです。……私は、畏れ多いことですがマリア・バルバラさまの養女になります。私は、家族になる人にずっと隠し事をするのは嫌だったんです。……信じてもらえなくてもいいんです。本当のことさえ伝えられれば……)

請うようにルードビッヒを見上げるコーネリア。

ルードビッヒは…………仕方なさそうに肩をすくめた。

(……そなたがそれで傷つかぬと言うのならば、好きにするがいい)

最終的にそう言ってくれた。

(はいっ! ありがとうございます。陛下)

天井に向かい深々と頭を下げるコーネリア。

マリア・バルバラは、突然の彼女の奇行に驚いたように目を瞠った。

「コ、コーネリア?」

そんな彼女にニコニコと笑いながらコーネリアは向き直る。


「マリア・バルバラさま。私、本当のことをお話します。多分信じてもらえないとは思いますが、それでもお聞きいただけますか?」


勢いよく確認されて、慌ててマリア・バルバラは頷く。
話せと言ったのは彼女なのだ。ここで聞かない選択肢はない。

大きくひとつ深呼吸をしながら、コーネリアは口を開いた。
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