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第二巻 児童書風ダイジェスト版
8 王都見学
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そんなこんなで忙しいコーネリアですが、彼女にも週に二日はお休みがあります。
立派な主人であるホルテン侯爵は、働き者のコーネリアに、休みの日はしっかり休むようにと言いました。
「せっかくの休暇なのだから、王都でも見学してはどうだ。……っと、……そ、その、もしも、その、お前が望むのならば……私が、王都を、あ、案内してやってもかまわない」
何故か真っ赤になるホルテン侯爵。
風邪でもひいたのではないかと、コーネリアは心配します。
当然、王都の案内は、お断りしました。
「大丈夫です、ご領主様。実は先日こっちに領地から知り合いが出てきたんです。今度の休日には、その人たちと王都巡りをしようって、約束してあります」
コーネリアが約束したのは、イザークとフェルテンの兄弟です。
イザークは、懐中時計の売れ行きが好調で、王都に店を出すことになったのだそうです。
今度の休みは、彼らに王都を案内してやる約束になっていました。
楽しそうにそう話すコーネリアを見て、ホルテン侯爵はムウッと顔をしかめました。
「私も一緒に行こう」
突然、そんなことを言い出します。
コーネリアは、焦ってブンブン! と首を横に振りました。
「ム、ムリです!」
「何故だ?」
「何故も、何も――――」
ただの領民である自分やイザークたちが、侯爵であるご領主さまと王都めぐりなど、どう考えてもできる話ではありません。
必死に断るのですが、ホルテン侯爵はさっさと出かける計画を立てはじめました。
「二番街の今評判の店で昼食をとろう」
あれよあれよという間に当日の予定が決まっていきます。
もはやコーネリアには、どうすることもできなかったのでした。
そんなこんなで、いよいよ今日は休日です。
「美味しかったか?」
予定通り王都で一番有名なレストランで昼食を食べたコーネリアに、ホルテン侯爵はたずねました。
「は、はいっ!」
彼女の返事を聞いて、嬉しそうに笑うホルテン侯爵。
イザーク、フェルテンのニトラ兄弟は、複雑な表情でそんな二人を見ています。
彼らの顔には(どうしてこうなった?)と、はっきり書いてあるのですが、ホルテン侯爵はそんなこと気にしません。
「さて、次は七番街で開かれている市を覗きに行くのだったな?」
上機嫌に午後の予定を確認してくるホルテン。
そんな彼に、コーネリアはおずおずと申し出ました。
「すみません。予定を変更してもよろしいですか?」
首を傾げるホルテンやイザークたち。
「……実は、この機会にご領主様やイザークたちに聞いて欲しい話があります」
コーネリアはそう言って、ペコリと頭を下げました。
不審そうにしながらも、彼らは、コーネリアの願いを聞いてくれることになったのでした。
そうして、コーネリアたちは、ニトラ兄弟の店にやってきました。ここなら、ゆっくり人目を気にせずに話をすることができます。
まだ開店前の店は、あちこちに荷物を入れた箱が積み上げられており、雑然としていました。
「散らかっているけれど、ここが店舗で、奥が工場。二階が居住スペースだ」
イザークが、家の中を案内してくれます。
「手前の部屋が居間を兼ねたダイニングキッチン。一番奥が俺の部屋で、右隣がフェルテン。……左がコーネリアの部屋で、その続きのスペースはユーリ用にしたらどうかと思っている」
淡々としたイザークの説明に、コーネリアはびっくりしました。
なんと、この店には、彼女の部屋とユーリ用のスペースまであるのです。
驚くコーネリアに、フェルテンが説明してくれました。
「王都の侯爵邸にお仕えする使用人は、街中に家を持っていて、そこから通っている人がほとんどだよね? お姉さんだって、落ち着いて王都に慣れたら、通いになるんだろう。だったら俺たちと一緒に住もうよ。どうせ部屋は余っているんだし、大勢で住んだ方が絶対お得だよ。俺たちの家が、お姉さんの帰って来る場所になれたなら、すごく嬉しい」
ニコニコ笑って申し出てくれるフェルテンは、本当に天使のようです。
「一緒に住もう。俺たちは――――俺は、お前と家族になりたい」
イザークの言葉は、なんだかプロポーズのようでした。
ついコーネリアは、ドギマギしてしまいます。
そんな彼女の前に、侯爵に付き従っていたジムゾンがやって来ました。優秀な侯爵家の執事は、イザークたちに向かいピンと背中を伸ばします。
「ニトラさん、あなたは良い方ですね。……郷里の“友人”に対する、たいへんご親切なお申し出、私も感激いたしました」
うんうんと頷きながら語られる言葉。
「……“友人”。……そうよ、そうよね。私ったら、何を勘違いして――――」
真っ赤になった頬を両手で押さえ、コーネリアは恥ずかしそうに呟きます。
「なっ、違う――――」
イザークとフェルテンが焦ったようにコーネリアに近づこうとしますが、その前にジムゾンが毅然とした態度で立ちはだかりました。
「ですが! 今回ばかりは、それは先走り過ぎたお心遣いです。サンダース嬢……コーネリアさんが街に宿を取る予定は、未来永劫ありません。コーネリアさんは優秀ですからね。当家に“永久就職”していただく予定でいます」
にこやかにジムゾンは言い切りました。
二の句が継げないコーネリアたち。
(……冗談ですよね?)
(……ジムゾンだからな)
ルードビッヒの言葉が肯定なのか否定なのか判断のつかないコーネリアでした。
騒然とした空気の中、ホルテン侯爵が声を出します。
「お前たちは、何をしている。その話は、今は後だ。私たちは、ここにコーネリアの“話”を聞きに来たはずだろう」
その言葉に、みんなハッとします。
(そ、そうですよね。私ったら……)
思いもかけないイザークの言葉に、ドキドキしてしまった自分をコーネリアは反省します。
「……それで、話とは何だ?」
ホルテンに促され、コーネリアはコクリと唾を呑みます。
「私が瀕死の前国王陛下を乗せた早馬を見たのは、はずれの森近くの街道でした――――」
彼女は、そう話し出しました。
――――――――――――――
「まさか」
「そんなことが……」
コーネリアの話を聞いたホルテンたちは、みんなびっくりします。
「本当なんです」
コーネリアは、一生懸命訴えました。
「早馬の通り過ぎた後にキレイな丸い球が転がっていて、なんだろうと思って、私、拾ってしまったんです。そしたら、ブワッ! と頭の中に自分が知らないはずの知識が浮かんできて……、わけがわからずアタフタしている内に、その球――――“記憶のオーブ”は消えてしまいました。」
――――それが、コーネリアとルードビッヒが考えた『言い訳』でした。
これまで、普通の平民の少女としては、有り得ない行動を重ねてきたコーネリア。
先日、ついに彼女は、彼女が会ったことのないシモンの正体まで見破ってしまいました。
その件についてホルテン侯爵やジムゾンは何も言わなかったのですが、不問にされればされるほど、これ以上ごまかせないとルードビッヒとコーネリアは思ったのです。
(ご領主様、絶対、怪しいと思っていらっしゃいますよね?)
(フム。奴らは奴らなりに調べておるのだろうな。まあ、どんなに調べてもわかるはずもないが)
まさか故国王陛下の幽霊が平民の娘に憑いているなんて、わかるはずがありません。
でも、わからないままにしておいたら、ヒドイ誤解をされるかもしれないのだそうです。
(下手をすれば、そなたがわしの“隠れた愛人”だったなどと思われるやもしれん)
とんでもない予想にコーネリアは青くなりました。
どうしたらいいのかと考えて、ルードビッヒが考え付いたのが、記憶を封じたオーブを偶然コーネリアが拾って、国王の記憶を得てしまったという作り話でした。
この世にありもしない“記憶のオーブ”。
……それでも、幽霊に憑かれたというよりは、よっぽど信じてもらえる話なのだとルードビッヒは言います。
そして、その言葉は本当でした。
「“記憶のオーブ”……あんなものは眉唾物だと思っていたのですが」
「故国王陛下だったら、持っておられても不思議ではないのかもしれないな」
「……お姉さん、“そんなもの”を拾って、体は大丈夫?」
ジムゾン、イザーク、フェルテンは、信じてそんなことを聞いてきます。
ホルテン侯爵は、ジッと考え込んでいました。
やがて――――
「陛下は、何故私の秘密を知っておられたのだ?」
「あ、その、リリアンナ・ニッチさんが――――」
「シモンのことも、陛下の記憶にあったのか?」
「はい」
次々と質問をしてくるホルテン。
コーネリアの答えを聞いた彼は、徐々にコーネリアの話を信じていくようでした。
「――――何故、もっと早くに打ち明けなかった?」
「こんな荒唐無稽な話、信じてもらえないと思いました。」
「……そうか。……そうだろうな。確かに、お前という人間をよく知らなかった頃の私であれば、信じなかっただろうな。…………すまなかった」
「そんなっ! ご領主様……」
ホルテンの謝罪に、コーネリアの胸はズキン! と痛みます。
彼を信じず、本当の話を打ち明けないのは、むしろコーネリアたちの方でした。
(陛下。ご領主様ならば、本当に本当の話をしても、信じていただけるのではないでしょうか?)
彼女の問いかけに、しかしルードビッヒは首を横に振ります。
(陛下!)
(ホルテンは信じぬよ。……信じぬ方がこやつのためだ。ホルテンは、今後も王宮の中心で、新たな国王に仕え、生きていく男だ。そんな男に、死んでしまった前の国王の幽霊などいない方が良いのだ)
ルードビッヒの言うことは、コーネリアにはよくわかりませんでした。
彼女にわかるのは、ホルテンがルードビッヒを好きで、その死を心から悲しんでいること。そして、もしもルードビッヒの魂がここにあり、コーネリアを介してであっても、会話ができるのだとわかったならば、絶対に喜ぶだろうということでした。
でも、コーネリアにわかることは、ルードビッヒにも、もちろんわかるのです。
それでも自分の考えを、変えないルードビッヒ。
コーネリアは、なんだか泣きそうになりました。
そんな彼女に、ホルテンが最後の質問だと言って話しかけてきます。
「……では、何故今になってこの話を我々に――――私とニトラ兄弟に、打ち明けた?」
コーネリアは、キュッと唇を引き結びました。
ルードビッヒは、力づけるように彼女を見守っています。
「それは、これ以上黙っていることが限界だと感じたことと……そして、もう一つ、ご領主様とイザークたちにお願いがあったからです」
コーネリアの言葉に、イザークとフェルテンは何事かと首を傾げます。
ホルテンとジムゾンは、黙って彼女に話の先を促しました。
それは、ホルテンたちにこの話をしようと決めた時に、ルードビッヒから提案があったことでした。
「懐中時計と同じように故国王陛下の記憶の中にあったモノなのですが――――、イザークに、『防御魔法付きの懐中時計』を作って欲しいんです」
コーネリアは、そう言いました。
防御魔法付きの懐中時計とは、その名の通り懐中時計の中に防御魔法を刻みこみ、実用性のあるお守りを兼ねて使うものです。
実はこれは、ルードビッヒが生前より考えていたものなのだそうでした。
この時計を作るには、イザークの技術と、原料となる魔力を帯びる銅山を所有するホルテン侯爵の協力がいります。
ルードビッヒは、王都という危険の多い街に出てきたコーネリアに、この防御魔法付き懐中時計を持たせたいと思ったのでした。
「なんだかスゴイ話だな。」
「うん。流石ルードビッヒ陛下のお考えだ。ねえ、兄さん、できそう?」
既にイザークとフェルテンは、『防御魔法付きの懐中時計』という未知のモノの可能性に、目をキラキラと輝かせています。
「……それが陛下の願いなのか?」
その様子を見ながら、黙って考え込んでいたホルテンが、ポツリと呟きました。
コーネリアはしっかり頷きます。
「……わかった」
最終的に、ホルテン侯爵はそう答えてくれたのでした。
立派な主人であるホルテン侯爵は、働き者のコーネリアに、休みの日はしっかり休むようにと言いました。
「せっかくの休暇なのだから、王都でも見学してはどうだ。……っと、……そ、その、もしも、その、お前が望むのならば……私が、王都を、あ、案内してやってもかまわない」
何故か真っ赤になるホルテン侯爵。
風邪でもひいたのではないかと、コーネリアは心配します。
当然、王都の案内は、お断りしました。
「大丈夫です、ご領主様。実は先日こっちに領地から知り合いが出てきたんです。今度の休日には、その人たちと王都巡りをしようって、約束してあります」
コーネリアが約束したのは、イザークとフェルテンの兄弟です。
イザークは、懐中時計の売れ行きが好調で、王都に店を出すことになったのだそうです。
今度の休みは、彼らに王都を案内してやる約束になっていました。
楽しそうにそう話すコーネリアを見て、ホルテン侯爵はムウッと顔をしかめました。
「私も一緒に行こう」
突然、そんなことを言い出します。
コーネリアは、焦ってブンブン! と首を横に振りました。
「ム、ムリです!」
「何故だ?」
「何故も、何も――――」
ただの領民である自分やイザークたちが、侯爵であるご領主さまと王都めぐりなど、どう考えてもできる話ではありません。
必死に断るのですが、ホルテン侯爵はさっさと出かける計画を立てはじめました。
「二番街の今評判の店で昼食をとろう」
あれよあれよという間に当日の予定が決まっていきます。
もはやコーネリアには、どうすることもできなかったのでした。
そんなこんなで、いよいよ今日は休日です。
「美味しかったか?」
予定通り王都で一番有名なレストランで昼食を食べたコーネリアに、ホルテン侯爵はたずねました。
「は、はいっ!」
彼女の返事を聞いて、嬉しそうに笑うホルテン侯爵。
イザーク、フェルテンのニトラ兄弟は、複雑な表情でそんな二人を見ています。
彼らの顔には(どうしてこうなった?)と、はっきり書いてあるのですが、ホルテン侯爵はそんなこと気にしません。
「さて、次は七番街で開かれている市を覗きに行くのだったな?」
上機嫌に午後の予定を確認してくるホルテン。
そんな彼に、コーネリアはおずおずと申し出ました。
「すみません。予定を変更してもよろしいですか?」
首を傾げるホルテンやイザークたち。
「……実は、この機会にご領主様やイザークたちに聞いて欲しい話があります」
コーネリアはそう言って、ペコリと頭を下げました。
不審そうにしながらも、彼らは、コーネリアの願いを聞いてくれることになったのでした。
そうして、コーネリアたちは、ニトラ兄弟の店にやってきました。ここなら、ゆっくり人目を気にせずに話をすることができます。
まだ開店前の店は、あちこちに荷物を入れた箱が積み上げられており、雑然としていました。
「散らかっているけれど、ここが店舗で、奥が工場。二階が居住スペースだ」
イザークが、家の中を案内してくれます。
「手前の部屋が居間を兼ねたダイニングキッチン。一番奥が俺の部屋で、右隣がフェルテン。……左がコーネリアの部屋で、その続きのスペースはユーリ用にしたらどうかと思っている」
淡々としたイザークの説明に、コーネリアはびっくりしました。
なんと、この店には、彼女の部屋とユーリ用のスペースまであるのです。
驚くコーネリアに、フェルテンが説明してくれました。
「王都の侯爵邸にお仕えする使用人は、街中に家を持っていて、そこから通っている人がほとんどだよね? お姉さんだって、落ち着いて王都に慣れたら、通いになるんだろう。だったら俺たちと一緒に住もうよ。どうせ部屋は余っているんだし、大勢で住んだ方が絶対お得だよ。俺たちの家が、お姉さんの帰って来る場所になれたなら、すごく嬉しい」
ニコニコ笑って申し出てくれるフェルテンは、本当に天使のようです。
「一緒に住もう。俺たちは――――俺は、お前と家族になりたい」
イザークの言葉は、なんだかプロポーズのようでした。
ついコーネリアは、ドギマギしてしまいます。
そんな彼女の前に、侯爵に付き従っていたジムゾンがやって来ました。優秀な侯爵家の執事は、イザークたちに向かいピンと背中を伸ばします。
「ニトラさん、あなたは良い方ですね。……郷里の“友人”に対する、たいへんご親切なお申し出、私も感激いたしました」
うんうんと頷きながら語られる言葉。
「……“友人”。……そうよ、そうよね。私ったら、何を勘違いして――――」
真っ赤になった頬を両手で押さえ、コーネリアは恥ずかしそうに呟きます。
「なっ、違う――――」
イザークとフェルテンが焦ったようにコーネリアに近づこうとしますが、その前にジムゾンが毅然とした態度で立ちはだかりました。
「ですが! 今回ばかりは、それは先走り過ぎたお心遣いです。サンダース嬢……コーネリアさんが街に宿を取る予定は、未来永劫ありません。コーネリアさんは優秀ですからね。当家に“永久就職”していただく予定でいます」
にこやかにジムゾンは言い切りました。
二の句が継げないコーネリアたち。
(……冗談ですよね?)
(……ジムゾンだからな)
ルードビッヒの言葉が肯定なのか否定なのか判断のつかないコーネリアでした。
騒然とした空気の中、ホルテン侯爵が声を出します。
「お前たちは、何をしている。その話は、今は後だ。私たちは、ここにコーネリアの“話”を聞きに来たはずだろう」
その言葉に、みんなハッとします。
(そ、そうですよね。私ったら……)
思いもかけないイザークの言葉に、ドキドキしてしまった自分をコーネリアは反省します。
「……それで、話とは何だ?」
ホルテンに促され、コーネリアはコクリと唾を呑みます。
「私が瀕死の前国王陛下を乗せた早馬を見たのは、はずれの森近くの街道でした――――」
彼女は、そう話し出しました。
――――――――――――――
「まさか」
「そんなことが……」
コーネリアの話を聞いたホルテンたちは、みんなびっくりします。
「本当なんです」
コーネリアは、一生懸命訴えました。
「早馬の通り過ぎた後にキレイな丸い球が転がっていて、なんだろうと思って、私、拾ってしまったんです。そしたら、ブワッ! と頭の中に自分が知らないはずの知識が浮かんできて……、わけがわからずアタフタしている内に、その球――――“記憶のオーブ”は消えてしまいました。」
――――それが、コーネリアとルードビッヒが考えた『言い訳』でした。
これまで、普通の平民の少女としては、有り得ない行動を重ねてきたコーネリア。
先日、ついに彼女は、彼女が会ったことのないシモンの正体まで見破ってしまいました。
その件についてホルテン侯爵やジムゾンは何も言わなかったのですが、不問にされればされるほど、これ以上ごまかせないとルードビッヒとコーネリアは思ったのです。
(ご領主様、絶対、怪しいと思っていらっしゃいますよね?)
(フム。奴らは奴らなりに調べておるのだろうな。まあ、どんなに調べてもわかるはずもないが)
まさか故国王陛下の幽霊が平民の娘に憑いているなんて、わかるはずがありません。
でも、わからないままにしておいたら、ヒドイ誤解をされるかもしれないのだそうです。
(下手をすれば、そなたがわしの“隠れた愛人”だったなどと思われるやもしれん)
とんでもない予想にコーネリアは青くなりました。
どうしたらいいのかと考えて、ルードビッヒが考え付いたのが、記憶を封じたオーブを偶然コーネリアが拾って、国王の記憶を得てしまったという作り話でした。
この世にありもしない“記憶のオーブ”。
……それでも、幽霊に憑かれたというよりは、よっぽど信じてもらえる話なのだとルードビッヒは言います。
そして、その言葉は本当でした。
「“記憶のオーブ”……あんなものは眉唾物だと思っていたのですが」
「故国王陛下だったら、持っておられても不思議ではないのかもしれないな」
「……お姉さん、“そんなもの”を拾って、体は大丈夫?」
ジムゾン、イザーク、フェルテンは、信じてそんなことを聞いてきます。
ホルテン侯爵は、ジッと考え込んでいました。
やがて――――
「陛下は、何故私の秘密を知っておられたのだ?」
「あ、その、リリアンナ・ニッチさんが――――」
「シモンのことも、陛下の記憶にあったのか?」
「はい」
次々と質問をしてくるホルテン。
コーネリアの答えを聞いた彼は、徐々にコーネリアの話を信じていくようでした。
「――――何故、もっと早くに打ち明けなかった?」
「こんな荒唐無稽な話、信じてもらえないと思いました。」
「……そうか。……そうだろうな。確かに、お前という人間をよく知らなかった頃の私であれば、信じなかっただろうな。…………すまなかった」
「そんなっ! ご領主様……」
ホルテンの謝罪に、コーネリアの胸はズキン! と痛みます。
彼を信じず、本当の話を打ち明けないのは、むしろコーネリアたちの方でした。
(陛下。ご領主様ならば、本当に本当の話をしても、信じていただけるのではないでしょうか?)
彼女の問いかけに、しかしルードビッヒは首を横に振ります。
(陛下!)
(ホルテンは信じぬよ。……信じぬ方がこやつのためだ。ホルテンは、今後も王宮の中心で、新たな国王に仕え、生きていく男だ。そんな男に、死んでしまった前の国王の幽霊などいない方が良いのだ)
ルードビッヒの言うことは、コーネリアにはよくわかりませんでした。
彼女にわかるのは、ホルテンがルードビッヒを好きで、その死を心から悲しんでいること。そして、もしもルードビッヒの魂がここにあり、コーネリアを介してであっても、会話ができるのだとわかったならば、絶対に喜ぶだろうということでした。
でも、コーネリアにわかることは、ルードビッヒにも、もちろんわかるのです。
それでも自分の考えを、変えないルードビッヒ。
コーネリアは、なんだか泣きそうになりました。
そんな彼女に、ホルテンが最後の質問だと言って話しかけてきます。
「……では、何故今になってこの話を我々に――――私とニトラ兄弟に、打ち明けた?」
コーネリアは、キュッと唇を引き結びました。
ルードビッヒは、力づけるように彼女を見守っています。
「それは、これ以上黙っていることが限界だと感じたことと……そして、もう一つ、ご領主様とイザークたちにお願いがあったからです」
コーネリアの言葉に、イザークとフェルテンは何事かと首を傾げます。
ホルテンとジムゾンは、黙って彼女に話の先を促しました。
それは、ホルテンたちにこの話をしようと決めた時に、ルードビッヒから提案があったことでした。
「懐中時計と同じように故国王陛下の記憶の中にあったモノなのですが――――、イザークに、『防御魔法付きの懐中時計』を作って欲しいんです」
コーネリアは、そう言いました。
防御魔法付きの懐中時計とは、その名の通り懐中時計の中に防御魔法を刻みこみ、実用性のあるお守りを兼ねて使うものです。
実はこれは、ルードビッヒが生前より考えていたものなのだそうでした。
この時計を作るには、イザークの技術と、原料となる魔力を帯びる銅山を所有するホルテン侯爵の協力がいります。
ルードビッヒは、王都という危険の多い街に出てきたコーネリアに、この防御魔法付き懐中時計を持たせたいと思ったのでした。
「なんだかスゴイ話だな。」
「うん。流石ルードビッヒ陛下のお考えだ。ねえ、兄さん、できそう?」
既にイザークとフェルテンは、『防御魔法付きの懐中時計』という未知のモノの可能性に、目をキラキラと輝かせています。
「……それが陛下の願いなのか?」
その様子を見ながら、黙って考え込んでいたホルテンが、ポツリと呟きました。
コーネリアはしっかり頷きます。
「……わかった」
最終的に、ホルテン侯爵はそう答えてくれたのでした。
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