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竜殺し編・《焔喰らう竜》
第五話・「壊れた秤(2)」
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唸りながらジリジリと距離を詰めて来る獣。
俺は向き合う状態をキープしつつ、ゆっくりと距離を取りながら獣を軸に左回りに動いた。
「来るなら来いよ、獣畜生が」
ガキンッ、と手に持った鉄パイプで鉄骨を叩き威嚇する。
こんなことが無意味なのは理解している。普通の獣ならば多少効果はあるのだろうけど、この黒い獣は耳の奥に響くようなこの金属音を聞いても、少しも臆した様子はなくジリジリと距離を詰めて来る。
緊迫した空間――
頬に冷たい汗が流れるのを感じた、その時――
「ヴァゥッ―――――ッ!!!」
咆哮上げて迫る獣。
先程と同じく突風のような速度で飛んで来る。
だが――俺の視界はしっかりとその形象を捉える。
常人では反応すらできないであろうその姿を、俺の眼はしっかりと視界に収め、その動きの軌道を読み取り冷静に対処に掛かる。
カウンタによる身体強化がされている今、まともに受けるのは無理でも、攻撃を逸らすことくらいは可能な筈だ。
迫る攻撃に意識を割きながら、飛来する攻撃に対処する。
眼前まで迫った獣は、前脚の鋭い爪で首を刈り取らんと振るう。即座にその攻撃に反応した俺は、鉄パイプで一撃を防ごうと前に出す。
しかし――
「なッ――!?」
鉄パイプが爪に触れた瞬間――スパンッ、とまるで柔らかい物を切る様にパイプが切断される。
あまりのことに驚くも、そんな間に鋭い爪が眼前まで迫る。焦った俺は瞬間的に体を捩り、右に避けたことで何とか、黒い獣の突撃を回避することに成功した。
あと0.1秒でも遅ければ、頭と胴体は繋がっていなかっただろう。
ゴロゴロと転がりながら即座に体勢を整えると切断されたパイプをその場に捨て、獣と距離を取ろうと離れる。
黒い獣は俺が回避したことにより、鉄骨の一本に衝突し、その鉄骨をへし折った所で再び、俺目掛けて疾駆する。以前としてその速度は変わらず、逃げるだけではすぐに追いつかれるだろう。
「追加固定。腕・Ⅱ固定――固定完了」
即座に腕への追加強化を施し、地面に転がる石を掴む。
次の瞬間、地面に強く踏み込み強く捻じりながら、背後に振り返る。同時――石を握る右腕に力を込め、振り返る勢いのまま、全力で石を投擲した。
――轟音。
ドッパン――ッ、と人の力では到底鳴りそうにない空気の裂けるするような異様な音と共に、投擲物がこっちへ走って来る獣の脳天目掛け飛んで行く。
黒い獣にとっても予想外だったのか、投擲物を回避する間もなく脳天に直撃した。
直撃した投擲物の石は、獣の体に当たった瞬間に砕ける。同時、投擲の威力に獣が後方へ吹っ飛ばされる。
えぐッ……。
自分でやっておいて若干引くほどの威力。流石に死んではいないが、それでもあの獣を怯ませるどころか、吹っ飛ばすほどの威力は我ながら人間離れし過ぎている。
まあ、よく考えれば、Ⅲ固定で家を持ち上げてるんだ、Ⅱ固定とはいえ人外レベルの力はあって然るべきだろう。
即座に走り出しつつ、そんなことを思った。
獣はすぐに体勢を整えると再びこちらへ向けて走り出す。今ので覚えて去ってくれれば良かったが、流石に食事への執着が勝ったようだ。
涎を垂らし迫って来る獣に、ある程度の距離を取りながら――再度、投擲。
流石に回避されるが、その動作で獣は減速。その隙に距離を取って再び石を掴み投げるの繰り返し、当たらずとも牽制するために投擲。
途中何度か投擲を掻い潜り眼前で接近されるが、回避前提に動けば問題なく躱せる。
荒れる獣は周囲の物を壊しながら突進を続けるが、都度投擲で出鼻を挫き、接近すれば容易に回避され、鉄骨に衝突することになる。
これなら、なんとか――
単純な動作の繰り返しに気を抜いたその瞬間、
「ヴアアアアッッッッ―――――ッ!!!」
咆哮――怒りの感情らしきものを見せる。
次の瞬間、黒い獣の体がなにやら隆起しているのがわかった。
俺の眼はその変化の所在を理解はしなかったが、瞬間的に異様なことが起きたのだと判断し、緩んだ気を一気に引き締める。
集中力を高め視線を獣に向けると、瞬間――眼前に獣の黒い体が映る。
脳の処理が間に合わない。俺の反応より速く獣は距離を詰め切り、投擲はおろか、回避すらできない速度で眼前に現れた。
驚く暇もなく、ことは刹那に下される。
〝死〟――
バッッコン――――ッ! ドッゴン――ッ!
異様な二つの衝撃音が聞こえた。
次に不思議な浮遊感と共に、体に何かにぶつかるような衝撃が走った。かなり痛みが全身に走ったが、痛いということはまだ生きているようだ。
ゆっくりと目を見開くと、俺は鉄骨の上に倒れていた。
真下の光景を覗くとそこには、異様なほど身体の大きくなった獣が建材に突っ込んでおり、体を起こしながら鉄骨の上にいる俺へ視線を向けていた。
「っ――!」
突然、右脚に痛みが走った。
全身の鉄骨に落ちた衝撃とは別種の痛み。その所在を確かめるために脚を確認したが、どこにも外傷はなく、痛み的に内部から発生したものだと理解した。
この感じ……。
鉄骨の下の光景を再度覗き、自身が何をしたのかを把握した。
さっきまで俺が立っていた場所を見ると、地面が陥没している。どうやら俺はほぼ無意識に近い状態――あるいは感でカウンタをセットして飛び上がったようだ。現在、おそらく建物の三階に当たる場所にいる感じから、Ⅲ固定くらいを設定して右脚に施したようだ。
命は助かったが、おかげで右脚に激痛が走っている。
この状態で走って逃げるのは不可能だ。それにあの変異した獣の速度はさっきまでの比じゃない。まったく反応できなかった以上、投擲しながら逃げるなんてことはできそうにない。
ゆっくりと立ち上がりその場を俯瞰するように見下ろした。
……ギリギリ足りるか。
「ふ――、脚・Ⅱ固定――固定完了」
状況を確認した後、俺は痛む右脚ごと再度両脚にカウンタで強化を入れる。これで鉄骨から鉄骨に飛び移るくらいは可能だろう。
ググッと四足に力を込める獣。
俺の双眸は獣を捉えタイミングを見定める。
浅く呼吸を吸い、冷静に冷静に、その時が来るのを待つ。妙に時間が長く感じたが、おそらく時間にしてみれば数秒にも満たなかっただろう。
瞬間――獣が飛ぶ。
そのタイミングを見計らった俺は、若干獣より速く飛び、隣の鉄骨へ向かって飛び移る。ギリギリで獣の攻撃を躱す事に成功する。
「ッ――!?」
しかし、鉄骨に飛び移った後、すぐさま見たその光景に驚愕する。
獣は三階ほどまで軽く飛び、さっきまで俺が立っていた場所を通過すると、四階の鉄骨を足場に踏み込み、落下しながらこっちへ突撃して来た。
驚異的な運動能力――
踏みつけた鉄骨がグニャリと変形している。
大きく広げた口から凶悪な牙が見える。
集中力が高まったことにより、先程と違いギリギリで反応することができたおかげか、瞬間的に俺はバックステップし、背後の鉄骨に飛び移ることでその一撃を回避。
獣は鉄骨をへし折りながら、凄まじい速度で地面へ落下して行った。
生き延びた事に一瞬安堵した俺だったが、目視せず鉄骨に飛び移ったせいでバランスを崩し、俺もまた地面に落下してしまった。
しかし、脚に相当負担が掛けたが、鉄骨を足場にゆっくりと落ちて行ったため、死ぬことはなく地面に無事着地することに成功した。だが、地面には先着の獣が、あの勢いで地面に叩きつけられて尚、ピンピンしており再びこちらへ牙を向けてきた。
一方俺は、今ので右脚が完全にイカれとても動ける状況じゃなかった。
「クッソ……」
悪態を吐きながら右足を擦って後退する。
鉄骨の組まれたゾーンから抜け出しつつ、少しでも距離を取ろうと離れる。しかし、やはりまともに動けないせいで然程距離は稼げない。
獣はそんな俺を嘲笑うようにゆっくりとした足取りで迫って来る。
俺は背後の光景を見て、必死になって逃げた。
このままだと死ぬ――
命の危険を感じて両脚に残った力を振り絞った。
意地汚く逃げる獲物に〝悦〟でも感じているのか、獣ながらにんまりと悪意に籠った笑みをが浮かべられる。そして、俺へトドメを刺そうと四足に力を込める。
その瞬間――フラッと俺が後ろに振り返り、無表情で言った。
「お前が、〝馬鹿なクソ犬〟で助かったよ――」
その言葉と共に、ガキン――ッ、と何かが捩じ切れる音が聞こえた。
犬か狼かは知らないが、獣特有の五感の鋭さにより黒い獣は一瞬にしてその音の発生源を見つける。
畜生に驚くというのがあるのかは、知らない……いや、怒るんだから、その手の感情はあるのだろう。だからこそ、俺の眼はその獣の感情を何となく読み取り、該当するものに驚くを上げたんだ。
普通の人間には読み取れないであろう微かな表情の動きを見て、俺はそう思った。
バキッン、バコンッ――!!!
自重に耐えかね捩じ切れる鉄骨の音が響く。獣はその時、ようやく次に何が起こるのかを察したようで、その表情がある一色に染まった。
次に瞬間――全てが瓦解する音が響いた。
――獣の真上から鉄骨の雨が降る。
幾度も獣によって壊され、鉄骨はその自重に耐え切れずに瓦解。
その最悪の光景を目にした獣は、獣らしからぬ――〝恐怖〟を見せて落下する鉄骨の中へ消えていった。
俺は向き合う状態をキープしつつ、ゆっくりと距離を取りながら獣を軸に左回りに動いた。
「来るなら来いよ、獣畜生が」
ガキンッ、と手に持った鉄パイプで鉄骨を叩き威嚇する。
こんなことが無意味なのは理解している。普通の獣ならば多少効果はあるのだろうけど、この黒い獣は耳の奥に響くようなこの金属音を聞いても、少しも臆した様子はなくジリジリと距離を詰めて来る。
緊迫した空間――
頬に冷たい汗が流れるのを感じた、その時――
「ヴァゥッ―――――ッ!!!」
咆哮上げて迫る獣。
先程と同じく突風のような速度で飛んで来る。
だが――俺の視界はしっかりとその形象を捉える。
常人では反応すらできないであろうその姿を、俺の眼はしっかりと視界に収め、その動きの軌道を読み取り冷静に対処に掛かる。
カウンタによる身体強化がされている今、まともに受けるのは無理でも、攻撃を逸らすことくらいは可能な筈だ。
迫る攻撃に意識を割きながら、飛来する攻撃に対処する。
眼前まで迫った獣は、前脚の鋭い爪で首を刈り取らんと振るう。即座にその攻撃に反応した俺は、鉄パイプで一撃を防ごうと前に出す。
しかし――
「なッ――!?」
鉄パイプが爪に触れた瞬間――スパンッ、とまるで柔らかい物を切る様にパイプが切断される。
あまりのことに驚くも、そんな間に鋭い爪が眼前まで迫る。焦った俺は瞬間的に体を捩り、右に避けたことで何とか、黒い獣の突撃を回避することに成功した。
あと0.1秒でも遅ければ、頭と胴体は繋がっていなかっただろう。
ゴロゴロと転がりながら即座に体勢を整えると切断されたパイプをその場に捨て、獣と距離を取ろうと離れる。
黒い獣は俺が回避したことにより、鉄骨の一本に衝突し、その鉄骨をへし折った所で再び、俺目掛けて疾駆する。以前としてその速度は変わらず、逃げるだけではすぐに追いつかれるだろう。
「追加固定。腕・Ⅱ固定――固定完了」
即座に腕への追加強化を施し、地面に転がる石を掴む。
次の瞬間、地面に強く踏み込み強く捻じりながら、背後に振り返る。同時――石を握る右腕に力を込め、振り返る勢いのまま、全力で石を投擲した。
――轟音。
ドッパン――ッ、と人の力では到底鳴りそうにない空気の裂けるするような異様な音と共に、投擲物がこっちへ走って来る獣の脳天目掛け飛んで行く。
黒い獣にとっても予想外だったのか、投擲物を回避する間もなく脳天に直撃した。
直撃した投擲物の石は、獣の体に当たった瞬間に砕ける。同時、投擲の威力に獣が後方へ吹っ飛ばされる。
えぐッ……。
自分でやっておいて若干引くほどの威力。流石に死んではいないが、それでもあの獣を怯ませるどころか、吹っ飛ばすほどの威力は我ながら人間離れし過ぎている。
まあ、よく考えれば、Ⅲ固定で家を持ち上げてるんだ、Ⅱ固定とはいえ人外レベルの力はあって然るべきだろう。
即座に走り出しつつ、そんなことを思った。
獣はすぐに体勢を整えると再びこちらへ向けて走り出す。今ので覚えて去ってくれれば良かったが、流石に食事への執着が勝ったようだ。
涎を垂らし迫って来る獣に、ある程度の距離を取りながら――再度、投擲。
流石に回避されるが、その動作で獣は減速。その隙に距離を取って再び石を掴み投げるの繰り返し、当たらずとも牽制するために投擲。
途中何度か投擲を掻い潜り眼前で接近されるが、回避前提に動けば問題なく躱せる。
荒れる獣は周囲の物を壊しながら突進を続けるが、都度投擲で出鼻を挫き、接近すれば容易に回避され、鉄骨に衝突することになる。
これなら、なんとか――
単純な動作の繰り返しに気を抜いたその瞬間、
「ヴアアアアッッッッ―――――ッ!!!」
咆哮――怒りの感情らしきものを見せる。
次の瞬間、黒い獣の体がなにやら隆起しているのがわかった。
俺の眼はその変化の所在を理解はしなかったが、瞬間的に異様なことが起きたのだと判断し、緩んだ気を一気に引き締める。
集中力を高め視線を獣に向けると、瞬間――眼前に獣の黒い体が映る。
脳の処理が間に合わない。俺の反応より速く獣は距離を詰め切り、投擲はおろか、回避すらできない速度で眼前に現れた。
驚く暇もなく、ことは刹那に下される。
〝死〟――
バッッコン――――ッ! ドッゴン――ッ!
異様な二つの衝撃音が聞こえた。
次に不思議な浮遊感と共に、体に何かにぶつかるような衝撃が走った。かなり痛みが全身に走ったが、痛いということはまだ生きているようだ。
ゆっくりと目を見開くと、俺は鉄骨の上に倒れていた。
真下の光景を覗くとそこには、異様なほど身体の大きくなった獣が建材に突っ込んでおり、体を起こしながら鉄骨の上にいる俺へ視線を向けていた。
「っ――!」
突然、右脚に痛みが走った。
全身の鉄骨に落ちた衝撃とは別種の痛み。その所在を確かめるために脚を確認したが、どこにも外傷はなく、痛み的に内部から発生したものだと理解した。
この感じ……。
鉄骨の下の光景を再度覗き、自身が何をしたのかを把握した。
さっきまで俺が立っていた場所を見ると、地面が陥没している。どうやら俺はほぼ無意識に近い状態――あるいは感でカウンタをセットして飛び上がったようだ。現在、おそらく建物の三階に当たる場所にいる感じから、Ⅲ固定くらいを設定して右脚に施したようだ。
命は助かったが、おかげで右脚に激痛が走っている。
この状態で走って逃げるのは不可能だ。それにあの変異した獣の速度はさっきまでの比じゃない。まったく反応できなかった以上、投擲しながら逃げるなんてことはできそうにない。
ゆっくりと立ち上がりその場を俯瞰するように見下ろした。
……ギリギリ足りるか。
「ふ――、脚・Ⅱ固定――固定完了」
状況を確認した後、俺は痛む右脚ごと再度両脚にカウンタで強化を入れる。これで鉄骨から鉄骨に飛び移るくらいは可能だろう。
ググッと四足に力を込める獣。
俺の双眸は獣を捉えタイミングを見定める。
浅く呼吸を吸い、冷静に冷静に、その時が来るのを待つ。妙に時間が長く感じたが、おそらく時間にしてみれば数秒にも満たなかっただろう。
瞬間――獣が飛ぶ。
そのタイミングを見計らった俺は、若干獣より速く飛び、隣の鉄骨へ向かって飛び移る。ギリギリで獣の攻撃を躱す事に成功する。
「ッ――!?」
しかし、鉄骨に飛び移った後、すぐさま見たその光景に驚愕する。
獣は三階ほどまで軽く飛び、さっきまで俺が立っていた場所を通過すると、四階の鉄骨を足場に踏み込み、落下しながらこっちへ突撃して来た。
驚異的な運動能力――
踏みつけた鉄骨がグニャリと変形している。
大きく広げた口から凶悪な牙が見える。
集中力が高まったことにより、先程と違いギリギリで反応することができたおかげか、瞬間的に俺はバックステップし、背後の鉄骨に飛び移ることでその一撃を回避。
獣は鉄骨をへし折りながら、凄まじい速度で地面へ落下して行った。
生き延びた事に一瞬安堵した俺だったが、目視せず鉄骨に飛び移ったせいでバランスを崩し、俺もまた地面に落下してしまった。
しかし、脚に相当負担が掛けたが、鉄骨を足場にゆっくりと落ちて行ったため、死ぬことはなく地面に無事着地することに成功した。だが、地面には先着の獣が、あの勢いで地面に叩きつけられて尚、ピンピンしており再びこちらへ牙を向けてきた。
一方俺は、今ので右脚が完全にイカれとても動ける状況じゃなかった。
「クッソ……」
悪態を吐きながら右足を擦って後退する。
鉄骨の組まれたゾーンから抜け出しつつ、少しでも距離を取ろうと離れる。しかし、やはりまともに動けないせいで然程距離は稼げない。
獣はそんな俺を嘲笑うようにゆっくりとした足取りで迫って来る。
俺は背後の光景を見て、必死になって逃げた。
このままだと死ぬ――
命の危険を感じて両脚に残った力を振り絞った。
意地汚く逃げる獲物に〝悦〟でも感じているのか、獣ながらにんまりと悪意に籠った笑みをが浮かべられる。そして、俺へトドメを刺そうと四足に力を込める。
その瞬間――フラッと俺が後ろに振り返り、無表情で言った。
「お前が、〝馬鹿なクソ犬〟で助かったよ――」
その言葉と共に、ガキン――ッ、と何かが捩じ切れる音が聞こえた。
犬か狼かは知らないが、獣特有の五感の鋭さにより黒い獣は一瞬にしてその音の発生源を見つける。
畜生に驚くというのがあるのかは、知らない……いや、怒るんだから、その手の感情はあるのだろう。だからこそ、俺の眼はその獣の感情を何となく読み取り、該当するものに驚くを上げたんだ。
普通の人間には読み取れないであろう微かな表情の動きを見て、俺はそう思った。
バキッン、バコンッ――!!!
自重に耐えかね捩じ切れる鉄骨の音が響く。獣はその時、ようやく次に何が起こるのかを察したようで、その表情がある一色に染まった。
次に瞬間――全てが瓦解する音が響いた。
――獣の真上から鉄骨の雨が降る。
幾度も獣によって壊され、鉄骨はその自重に耐え切れずに瓦解。
その最悪の光景を目にした獣は、獣らしからぬ――〝恐怖〟を見せて落下する鉄骨の中へ消えていった。
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